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九の末裔 ~春眠~  作者: 日向あおい
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4 おそるべし芳香パワー

 4 おそるべし芳香パワー

 

 

 

 

 支度を終え、一行がゆずるの妹の家へと瞬間移動したのは、あと数十分で日付が変わろうかという時刻だった。

 移動先のリビングでは、まるで来ることが分かっていた、という顔の女性が直久たちを出迎えてくれた。

 直久の記憶の糸が、『ゆずるの母』という単語を引き当てる。

 最後に会った時より、若干の小じわが増えたような気がするが、直久好みの美人の顔を忘れるわけがない。

「ゆり叔母さん、大丈夫ですか?」

 直久は、叔母の顔を覗きこむ。ゆりは、その名にふさわしく、上品に微笑んだ。

「ありがとう、直ちゃん。でも、ゆずるが助けてくれるって信じてるから、心配してないのよ」

 ゆりは、そのまま視線をゆずるに移し、ね、と言った。

 ゆずるは、それには答えず、妹の部屋へと向かうために、その身を翻してしまう。

「和くんも、来てくれてありがとう」

 ゆりが、わざわざ、和久の手をとって言った。

(あ、ひでえ。何その対応の差!)

 美人の手を握っている弟を、明らかに恨めしそうに眺めながら、直久は心の中でそうつぶやいた。

「ゆずるのことは、僕が必ず守ります」

「お願いね。今、あの子あまり力が出ないはずよ」

「分かってます。でも、心配しないで。大丈夫、今日は直ちゃんだってついてるんです」

「え、俺?」

 そこで自分の名前が突如でてきたので、直久は驚きの声を上げた。

 自分にやれることなんて、このラベンダーの芳香剤のキャップを開けて、香りがいきわたるように扇風機を稼働させるくらいのものだ。

 まさか、そのことを言ってるわけではないだろうし。

 瞬時に、あれこれ思案すると、それが表情に出ていたようで、弟がぷっ、と吹きだした。

「ゆり叔母さん、直ちゃんはこの間、大活躍したんですよ。一人で悪霊をやっつけちゃったんだから! その強さは、山の神様のお墨付き」

「まあ、そうなの! それは頼もしいわね」

 ふふふ、と含み笑いをしながら和久が言うので、ゆりもつられてクスクス笑った。

「まて、今、どっか可笑しいところあったか?」

 慌てて直久が声を荒げる。

「ううん。喜んでるんだよ。直ちゃんの成長を。それに、今日は直ちゃんをかなり当てにしてるんだから、がんばってよね」

「頼りにしているわね、直ちゃん」

 叔母に微笑みかけられ、うっかり直久は「任しておいってください! たとえこの命が果てようとも!! 優香ちゃんのことを助けて見せます!!」と言ってしまいそうな自分を、なんとかこらえる。

「カズ」

 優香の部屋から、ゆずるの声が聞こえてきた。

「今行くよ」

 慌てて、和久は返事をしてから、再び叔母に柔らかな笑顔を向けた。

「そうやって、笑っててくださいね。心配や不安は破魔の力を妨げますよ」

 一瞬、言われた叔母は、目をパチクリとさせたが、すぐにふわりと笑った。

「わかったわ。娘たちをお願いね」

「はい」

 和久は、深く頷いた。そして、直久に向き直った。

「行くよ、直ちゃん」

「ガッテン承知の介」

 リビングを後にしながら、和久は直久に苦笑いをして見せた。

「……承知の介? 直ちゃん、それ古い」

「冗談は由之介。てやんでい、こっちとら江戸っ子だ。古いもくそもあるか~」

「江戸時代の時代劇でも見てたの?」

「うん。さっき待ってる時、暇だったから」

 それが何か? と言いたげに、直久が和久を振り返った。

 何かを言いかけ、諦めたように和久は小さく息を吐くと、これからの段取りを説明するよ、とだけ付けたした。

「まずは僕らで、お祓いしちゃうから、部屋の端っこで邪魔にならないように見ててね」

「お祓い? 効かないんじゃないのか? ほら相手は英語圏のヤツラだから」

「そうじゃなくて」

 またそれか、と和久は思ったが、しっかりと説明してやることにした。

「基本的に東洋の妖怪も、西洋の悪魔も、人間が作り出した負の感情だという点で同じものなんだよ。だから、御経でも、祝詞でも、聖書の言葉でも何でも効果があるんだ」

「じゃあ何か? 人間は幽霊になったとたんに、英語も日本語もフランス語もドイツ語も中国語もぺらぺらになっちゃうってことか!?」

「一言も、そんなこと言ってないよね、僕」

 和久は強調するように、ゆっくりと言ったのだが、直久はまったく聞いてない。

「いや、だってさ。テレビでよく、外国から来た太めのオバサンが、日本人の幽霊の悩み相談受けてるじゃん? てっきり、その幽霊がたまたま英語が得意だったのかと思ってたわ。そうか、幽霊なら俺も英語がぺらぺらになるんだな」

「……だから、そうじゃなくて」

 幽霊と通じている時は、言葉を使うというより、心を直接かよわせている。つまり、一種のテレパシーのようなものである。

 そう兄に訴えているのに、兄の方は、まったく聞く耳を持たず、自分の妄想に陶酔している。

「そうか。英語が赤点になりそうになったら、幽霊になればいいのか。いや~、いいこと聞いた」

 和久の口元が、一瞬、かすかにひくついたが、直久には見えていないようだ。

 気をとりなおして、和久は「とにかく」と続けた。

「――今回の夢魔にお祓いの効果がのぞめないと言ったのは、そのくらいで追い払えるような弱い相手じゃないだろう、って言う意味だよ。一度やってみて、効果がなければ――」

「コイツと俺の出番だな」

 兄が紫色の芳香剤をこちらに見せながら、得意げに和久の言葉を奪った。

「いつでも、俺は心の準備はできている!!」

「心の準備って、大げさな……」

「何を言う! このキャップの下には、銀紙が付いててな! そいつを、一度で上手く剥がすのがどれだけ難しいか、それをお前は知らんのか!」

「そ、そうなの?」

「上手くやらないとな、端っこにちょっとだけ残ったりして、そいつが俺をあざ笑うかのように、キラリと光ってこう言うんだ。『はっはっは、悔しいか。悔しかったら俺様を取ってみろ、さあ、さあ!』ってな」

「……ごめん、直ちゃん。全然、共感できない」

 と、その時、さすがに待ちくたびれたのか、ゆずるの呼ぶ声が再び二人の耳に飛び込んできた。

 直久たちは慌てて、優香の部屋に入ると、ちょっと触っただけでみじん切りのされそうな目で、ゆずるが直久だけをまっすぐ睨みつけてきた。

「ごめん、待たせたよね」

 ゆずるは、和久の問いかけには返事をせず、直久を睨み続ける。

(え、俺!? 全部おれのせい!? ……あ、うん。そうかも)

 自分でも意外なほどあっさり納得した直久は、さきほど和久に言われたとおり、すごすごと部屋の隅へ自主的に移動した。

 その殊勝な態度を、反省と受け取ったのか、ゆずるはあえて何も言わずに、和久の方へと向き直った。

「先に、お祓いを試しておいた」

「あ、ごめん、一人でやらせちゃったね。で、どうだった」

 ゆずるが、顎で妹を見るように促した。

「……やっぱり駄目か」

「行くしかないな」

 ゆずるの渋い声に、和久も厳しい顔で頷いた。

 

 


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