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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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森の奥で、皇帝(あなた)を待つだけの檻。――星のアザを持つ少年との約束に、私は一生を捧ぐ。

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/02/22

 この世界は歪んでいる。


 歪んだ世界で、私があなたに贈る執着——。


 森の奥、暗い木のトンネルの小道の先に、私はいる。


 誰も来ない、誰にも触れない。


 陽の光を通さない木々が、冷たい空気と冷えた地面を作る。


 座っている私の背中を通る冷えた感触に、小さく息をつく。


 あの子のことを思い出す。


 泣いていたあの顔。


「ずっと必要としてあげる」——そう言った私の言葉。


 あの子が泣くのを止めたのを覚えてる。


 言葉が檻になる。


 あの子を“ずっと必要とする”と決めた日。 


 私を閉じこめる理由ができた。


 外の世界は遠く、森の向こうに広がっているはずなのに、私の世界はここだけ。


 あの子の為に待っている。


 足音も、人の声も、物語も、まだ届かない。


 でも、ときどき知らない人が街にやってくる。


 見知らぬ旅の人が、静かに微笑む。


 そのたび、心のどこかがそわそわして、止まっていた時間が少しだけ揺れる。


 それでも私は戻る。


 あの子のことを忘れられないから。


 あの子の泣き声が、私を呼んでいる気がするから。


 私はここにいる。


 誰も気づかなくても、私はここにいる。


 あなただけが気づいて。


◆◇◆


 少し大人になった私に、結婚の話が時折り舞い込む。


 私は首を横に振るだけ。


 私は待つだけなのに、いつか、ここから連れ出される。


 それは私にはどうする事もできない。


 それが決まっている事だから。


 ずっと同じ場所に留まる事は、この世界で罪になる。


 決められた法律は無いけれど、それはルールだ。


 従わなければいないモノにされる。


 あの子みたいに——。


 目に見えないルールはたくさんある。


 あの子の捉えられていたルールはもっと複雑だった。


 あの子がルールに捉えられた時。


 私の檻は開かれた。


 「誰もが俺を邪魔者扱いする——」


 誰にも必要とされないあの子はもういない。


 だから、私がずっと必要としてあげるのは、お終い。


 あなたに出会った森を出て、ずっと街で暮らそうか……。


 でも、鍵が開いても出る方法を忘れたの。


 森のざわめきよりも確かなあの子の嘆きを、あの日聞いた。


◆◇◆


 まだ私は子供だった。


 あの子と会って、悲しみの涙を知った。


 ただ同じ年頃の男の子と遊べるのが嬉しくて一緒に森で遊んだ。


 木に登るのも、川を渡るのも最初は私の方が上手だった。


 毎日遊ぶうちに男の子はだんだん上手になっていく。


 ついてこれる様になった男の子と同じ速度で遊ぶ。


 いつの間にか男の子が先に行く。


 ——待って!


 私が転んだ先に地面がなかった。


 私は一段下の窪地に落ちていた。


 血の出ている膝に驚いて泣く。


 男の子が上から私を見つける。


 でも、助けてくれる事は出来ない。


 伸ばされた手は届かず、涙が降ってきた。


 ただ心配そうにそばにいてくれる男の子。


 夜の闇が森を包む頃に、明かりの一団がやって来る。


 私を探しに来た。


 抱き上げられてホッと安心した私は父の腕の中で眠る。


 「これは、領主様の所の厄介者か——」


 誰かの声が聞こえた。


 男の子も一緒に森から戻る。


 男の子を探す人はいなかった。


 誰にも必要とされない悲しさを私は知った。


 優しい大人のあの子への冷たい声が私の中に響いた。


 優しい父の腕が冷たい檻のよう。


 役割を演じられないなら、私も冷たく捨てられる。


 当たり前だと思っていた優しさが水面のように揺れる。


 水が引くようになくなる居場所。


「誰もが俺を邪魔者扱いして、死ねばいいと思っている」


 大人びた声で男の子が言う。


 遠くに行きそうで、私は男の子の腕を掴んだ。


 見つめた先に、男の子の綺麗な瞳があった。


 私をただ心配して見つめて泣いていた瞳。


 今は何も映さず雫が溢れる。


 その涙は私のもの。


 ずっと私が受け止める。


「私が、ずっと必要としてあげる」


 そう言うと、男の子はうつむいた。


「どうせ、すぐに忘れる」


「絶対に、忘れないよ」


 信じて欲しかったけど、どうしていいか分からなかった。


 ずっと待つから、信じて。


 だから、私も必要として。


 近づいた男の子の耳元に、星の様な形のアザがあるのが見えた。


 近づかなければ分からない。


「素敵な模様……」


 そう言って、私は思わず口付けした。


 私が近づくから、私の事を見て。


「こんな模様を持ってるなら、あなたは特別な子だよ」


 男の子は真っ赤になっていた。


「——絶対に俺を忘れるなよ!」


 木のトンネルが影を作る冷えた場所に熱が残った。


 それが最後の日だったのだろうか?


 覚えてはいないけど、いつの間にか男の子と会えなくなった。


 名前も忘れてしまった男の子。


 ただ約束だけは残った。


◆◇◆


 森の奥でずっと待ってる。


 少し大人になった私。


 日課になっていた森であの子を待つ儀式は、いつの間にか日を減らしていく。


 それでも週に一度は必ず訪れる。


 夏は木陰が涼しく、冬は雪の積もる音が心地良い。


 私の檻はもう開いている。


 無数の手が出て来いと呼んでいる。


 幾つもの縁談が母の口から語られる。


 私は首を横に振る。


 私の人生に新しい儀式が加わりかけた——。


 領主様の息子との縁談がくる。


 断ることは難しい。


 ただ、彼とは会った事がある。


 遊んだ事もある幼なじみだ。


 私が男の子との約束に固執している事を知っている。


「一時期は彼と一緒に暮らしていたけど、人を寄せ付けない子供だった」


 男の子の事を話してくれる。


「森に行った日、君と遊んだ日は機嫌が良かったよ」


 知らない話を聞かせてくれた。


「彼を惹きつける子がどんな子か気になってずっと見ていたら、君を好きになっていた——」


 そう真剣な瞳を向けられる。


 私は何も答えられない。


 男の子の思い出を映すだけ——。


 領主様の息子の縁談が無くなってからは、他の縁談も途切れるようになる。


 この世界から捨てられた。


 針で縫う手だけが私を森から遠ざけた。


◆◇◆


 森の中であなたを待っている。


 私を変えたのは見知らぬ旅の人——。


 旅の人が静かに私に微笑む。


 森で待つこの場所が他人に知られた事が怖かった。


 私は走って逃げ出した。


 もう戻れない——。


 街の中で、あの見知らぬ旅人に出会う。


「怖がらせて悪かった」


 私は首を横に振るだけ。


 旅人とはその後も何度か顔を合わせた。


 私をただ見つめる旅人の瞳。


 いつの間にか怖くはなくなっていた。


「俺と一緒に来てくれないか?」


 でも——。


 結婚する気にはなれない。


 断ると旅人は去っていく。


◆◇◆


 新しい皇帝が即位したと聞いた。


 私と歳が変わらない。


「あの厄介者が皇帝か……」


 誰かが言った。


 領主様の家に一時期いた厄介者。


 あの男の子が皇帝になった。


 前皇帝の隠し子だった彼は、兄弟が死んで、皇帝になる。


 必要とされない男の子はもう居ない。


 あの子がルールに捉えられた時。


 私の檻は開かれていた——。


 皇帝陛下とお妃様の結婚式が盛大に執り行われたと、少し遅れてこの街に伝わってきた。


◆◇◆


 旅人が来る。


 何度目かの季節の変わり目の来訪を、心待ちにしていた自分がいた。


 でも、結婚は出来ないと断った。


 約束はなくても、あの場所は未だ残っている。


 ただ、待っていたいの。


 いつもの季節より、少し遅れて旅人が訪れた。


 ——いつもの様に、待っていた私。


 旅人が森に現れても今は怖くない。


 待っているのは誰なのか分からなくなる。


 儀式の様に彼は繰り返す。


 結婚の申し込みを私は断る。


 いつもの儀式——。


 二人で、確認して、安心するみたい。



 ただ、今回は近づき過ぎてしまった。


 ただ並んで歩いただけ。


 彼の唇が私の唇に重なる。


 驚いて、でも——。


 旅人の耳元にアザが見えた。


 近づかなければ分からない、星の形の小さなアザ——。


 あなただったの。


「やっと会えた」


 約束通り、私は彼をじっと必要としている。


 季節の変わり目の公務の日に1日だけ会いに来てくれていた。


「君を約束から解放したくて——」


 かつての男の子は言う。


「あなたを必要としてくれる人がもうたくさんいるのね」


 約束の終わり——。


 ただ、私はあなたをずっと待っていたかった。


 泣きながらずっと私を見てくれるあなたを、ずっと私のモノにしたかった……。


 私も、あなたのモノでいたかった。


 最後に私は、手をあなたに伸ばしてしまう。


「でも、本当に俺が必要な人は君以外いない——」


 私の手を掴んだあなた。


 あなたはもう別の檻にいる。


 私は入れない檻。


「約束よりも、もっと強く君を縛りたい」


 捕まえられたウデは、今なら振り解ける。


 でも自分で作った“出られる”檻はもう要らない。



◆◇◆


 兄弟たちが死に俺が皇帝になる。


 厄介者と言われて過ごした日々。


 誰かに必要とされたいと思っていた。


 皇帝を、求める声が聞こえる。


 その椅子に座り、家臣の声を聞く。


 美しい妃が囁く。


 皇帝を呼ぶ誰かがここには大勢いる。


 誰かじゃなかった——。


 俺に必要なのは、俺を待つだけの君。


 冷たい森の、陽の当たらない場所。


 会いに行く。


 約束の場所はまだ守られている。


 俺を見上げるしか出来ない君。


 もう……戻らない事も出来たんだ。


 俺が戻らなくても、君は俺を待つ。


 約束に閉じ込めておけた。


 約束を終わらせて、続きを望んだのは俺だ。


◆◇◆


 彼は、私を本当の檻に閉じ込める。


 古い城の一室に、たまに彼がやって来る。


 皇帝の愛人と人は私を呼ぶ。


 ここは私がずっといた森と同じで場所が変わっただけ。


 私の心は何も変わっていない。


 今も外に、彼を縛る檻があるだけ。


 皇帝に後継が産まれたと、幸せな知らせが続く——。


 彼の皇帝と言う役割の檻の中の、私を閉じ込める檻。


 檻の中の彼が、私の為に用意できた唯一の自由。


 彼は、どちらの檻からも逃げられない。


 あの日、私を見つめていた男の子。


 男の子を見つめる私。


 ただ、時だけが私たちの立場を変えていくだけで、今も二人で見つめあってる。


 待つ状態に慣れた私の幸せを感じてる歪な笑顔が、彼を惹きつける。


 ――待つだけのつまらない女、俺を裏切らない。

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