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誰もいない茶会

「驚いたぜ。あの箱を、壊しちまうとはな」


 うす暗い部屋で、

 白兎は独り言のように呟いた。

 湯が沸く音。紅茶の香りがそっと広がる。


「カナタ……お前には、何かあるのかもな」


 白兎は、ティーカップを、向かいの椅子へと差し出す。


 そこには……

 焦点の合わない瞳の少女が、静かに座っていた。


 身に着けているドレスは、どこかで見た色。皺ひとつない布が、

 彼女の身体に沿っていた。


「お前と同じだったんだ、俺も」


 白兎は、カップに視線を落とす。


「今じゃ、何も覚えてねえ。

 自分が何者だったかさえも、な――」


「儀式を受けるってのは、そういうことだ」



 少し間を置いて、白兎は言った。



「だが、お前はそれじゃ済まない」

「名を失い――役割に固定される……最も、残酷な形でな」


 懐から、小さな包みを取り出す。

 中には、丁寧に焼かれたクッキーが入っていた。


 ふわりと、焼き菓子の甘い香りが広がる。


「俺は菓子職人だったらしい。

 菓子を作るのが、ほどほどに上手いからな」


 冗談めいた口調でそう言い、クッキーをそっとカナタの前に置いた。


「食っとけよ。美味いぜ?」


 返事はない。

 それでも、彼は続けた。


「ここで、俺は与えられた。お子様には言えない……色んなものもな。

 だが――」


「俺は、俺を失った」







「……それじゃ、お前とはお別れだ」



「ありがとよ。

 こんな俺に、同情してくれてよ」



 白兎は、大切にしていた、不完全な懐中時計を投げ捨てた。

 それは、最初から存在しなかったかのように、

 忽ちに消えた。



 そして……


 立ち上がり、背を向けた。


 彼はもう、振り返らなかった。








 ――じゃあな。









「――有栖」




 最後の一言は、別人のように冷たかった。


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