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雷雨の牢と白兎

 カナタが目を覚ましたとき、

 目の前には、冷たい石壁と、鉄の格子があった。


 優しい夕陽も、餌をねだる野良猫もいない。


 壁は冷たく、体温だけを奪っていく。

 高い位置にある窓の向こうでは、雷雨が続いていた。

 遠雷が、城の奥まで響いている。


 万華鏡の城――その奥にある、牢。


 カナタは、自分の姿を見下ろした。

 長い銀色の髪。上品に仕立てられた、黒のドレス。

 現実の彼女が着ていた制服とは、あまりにもかけ離れている。


 父がいつも褒めてくれた、長い黒髪は、もうそこにはなかった。


「……目、覚めたかい」


 声は、格子の向こうから聞こえた。


 白いなにかが、そこに立っている。

 腰ほどの高さしかない、小さな白兎だった。


 仮面ではない。その兎は、人だった。

 白兎は、カナタの姿を見て、肩を揺らして笑った。


「くく……いやぁ。

 ずいぶんと、良い趣味だな」


 視線が、銀髪からドレスへと滑る。

 その目にあるのは、興味でも欲情でもない。


 ――嘲り。


「その格好か?あぁ……主様にとっては、似合うかどうかじゃない。

 "像として収まりがいい"だけさ」


 そう言って、白兎は肩をすくめた。

 小さな手を広げ、にたりと口角を吊り上げる。


 カナタは、何も言わずに白兎を睨んだ。


「私を、ここから出して」


「そりゃ無理だ。

 なにせお前さんは、"残華の儀"の保存対象だ」


 言葉の意味は分からない。

 だが、それが希望ではないことは理解できた。


「今回は、質が良い……、

 ――いや、余計な事だったな」


 白兎は、懐から葉巻を取り出した。

 火を点け、ひと吸い。


 次の瞬間。

 紫がかった不思議な色の煙を、ためらいもなく吐いた。


 煙はまっすぐ、カナタの顔にかかる。


「……っ」


 カナタの表情が、わずかに歪む。



「おっと。〇〇には、まだ早かったか?」


 白兎は、さぞおかしそうに口にした。


 カナタは、そっと白兎を睨む。そして、ふとため息をついた。



「……何を、されるの」


 カナタの声は、かすれていた。

 白兎は、少しだけ首を傾げた。


「何もしないさ。

 ――余計なことは、な」


 そう言って、窓の外へ視線を向ける。

 見たこともない黒い鳥が、暗雲の中を羽ばたいていた。


 白兎は、それを気にも留めなかった


 雷光が走るたび、牢の中で、彼女の姿だけが浮かび上がった。

 ドレスの裾から覗くのは、

 雷光を反射する、ひどく白い影だった。


「ここはな。

 そのままじゃ、いられない場所だ」


 白兎は牢に背を向け、

 最後に一度だけ立ち止まった。

 首にぶら下がった懐中時計へ、指先を伸ばす。


 文字盤の奥には歯車が覗き、

 針は収まるべき形を、まだ持っていない。

 仕上げの工程だけが、抜け落ちたような造りだった。


 ……なぜか彼は、それを大切そうに持っていた。




 そして赤い瞳の兎は、何事もなかったかのように、牢の外へと歩き出した。


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