47、第三の花婿介添人②
「以前、ハワード卿がご紹介くださった人物は、現在、思恵・典という名で、とある大学で学び直しているところなのですがね。彼が最近、『騒動屋』に遭遇したのですよ」
アーセン氏の話によると、ディエンが文房具を買いにいつもの雑貨店に行こうとすると、顔見知りの男がふらふらと路地裏に入って行くのを見た。何やら嫌な予感がするのでこっそりついて行ったところ、男は粗末な敷物を敷いた上に何かの空き箱を置き、その上に、生薬の類を盛った白皿を並べた露店の前で足を止めた。
「お客様、身重の奥様のご気分がすぐれない時にうってつけのお茶は如何でございますか?」
店主が男にそう声をかけると、男は虚ろな表情で頷いた。男には来月に臨月を迎える妻がいることを、ディエンも知っていた。少し前に、初めての子ということで不安と体調不良とでとにかく大変なのだ、とディエンに零していたので。しかし、この店主は――。
「買うよ。幾らだい?」
ぼんやりとした様子で男がそう言うと、店主は金額を答え、白皿の生薬を無造作に二種類、紙袋に入れてスコットに渡した。それを見たディエンは黙っていられなくなった。
「いけない、スコットさん。それは妊婦には毒だ!」
ディエンの叫び声に、スコットは目が醒めたようだった。
「え、ディエンじゃないか」
呑気な挨拶をするスコットの肩を、ディエンは掴み、噛みつくように言い聞かせた。
「スコットさん、一体どうなさったのです。貴方が買ったのは、堕胎効果のある生薬と、血が止まりにくくなる生薬ですよ。我々男が飲む分にはさして支障はないが、もし妊婦が飲めば、腹の子共々死んでしまいます」
「へ……、死ぬ?」
スコットが青褪めた。
「いや、でも、気分のすぐれない妊婦に効くって……」
「ですから、これは毒だと言っているではないですか。それに大事な時期の奥方に、こんな怪しげで汚らしい店で買った物を飲ませるだなんて正気の沙汰ではありませんよ!」
「あ、いや、だからこうして立派な構えの店に……」
スコットは周囲を見回し、頓狂な声を上げた。
「ここは何処なんだ!」
ディエンは、はっとして店主の方を見たが、既に逃走した後だった。だが、彼の鼻は、昔嗅いだことのある臭いを捉えていた。
「……生きた野干に似た臭いがする?」
「なるほど、生きた野干の臭いは独特ですからね」
イー・リューが物知り顔に頷いた。
「野干とはあまり耳馴染みのない魔物の名だが、リューの郷里に棲息する魔物なのか?」
ハワード卿が尋ねると、リューは頷いた。
「ええ。狐やジャッカルに似た魔物なのですが、人語を解し、狡猾で淫乱、人に化ける能力も持っています。……アーセン殿、『騒動屋』の正体は野干だとお考えなのですか?」
アーセン氏が首を振った。
「いいえ、リュー殿。ディエンによれば、奴らの使った魔法の名残りは妖精のものだったとのことでした。ご存知の通り、妖精の魔法は妖精の血を引いていなければ使えません。ですから、奴らが妖精でありながら、どの妖精の王の声にも応じない理由は察しがつきます。おそらく奴らは野干との混血なのでしょう」
善き妖精にしろ、悪しき妖精にしろ、大抵の妖精はそれぞれの王や女王に従うものだ。
例えば小妖精たちはタイタニア女王とオーベロン王に従い、妖精の騎士たちは嵐の王に従い、猫型妖精はオシアンに従い、ゴブリンはゴブリン王に従う。
そして、王の命令する声は配下の妖精が何処にいようとも届き、妖精たちがその命令に抗う術はない。
だが、「騒動屋」はどの王にも従わず、それぞれの妖精の領分に土足で踏み入る。故に、妖精の王たちにとっても忌々しい存在だったのだ。
「異種族との混血の場合、王の命令に縛られることはありません。現に私にも、伯父の声は届かないのですよ」
おかげで連絡手段は手紙か、妖精の輪を用いて直接行き来するかのどちらかしかないので不便だ、とアーセン氏は肩を竦めた。どうやら彼だけではなく、生粋の猫型妖精たちさえ、王の声を便利な連絡手段とみなし、自分たちを縛るものとは思っていないらしい。
リューがそれを聞いて目を輝かせ「鼓腹撃壌」と感嘆するように呟いた。ハワード卿は後でその意味を尋ねておこうと思った。
「……百五十年前の『イムレの大虐殺』も、表向きには、半エルフがエルフの王の命令に縛られず、それでいて純血のエルフよりも魔力が強いことを、純血のエルフと人間たちの双方が脅威とみなしたことから始まったと言われています」
シェーンが苦い表情でそう言った。ハワード卿にはシェーンがそのような表情になる理由を知っていた。「イムレの大虐殺」さえなければ、シェーンの主であり、ハワード卿の名付け親でもある女性は、半エルフの婚約者と結婚し、幸せに暮らしていたはずなのだ。
「魔法侯爵ラウル・イドロメル殿の悲運については聞き及んでおります。――彼の歩む新たな生がどうか、その魂に相応しいものでありますように」
アーセン氏の口をついて出た祈りの言葉は猫型妖精独自の言い回しだった。
「それにしても、妖精と言っても様々な種類がいますよね、どの妖精との混血なのかで探知と捕縛の魔法陣の術式は変わると思うのですが」
リューが首を傾げた。例えば、ゴブリンを捕縛する魔法陣でグレムリンを捕らえることは出来ない。
アーセン氏がにやりと笑った。
「異種族と子を為せる種は限られています。まず、単為生殖のゴブリン、グレムリン、ノームは除外出来る。単為生殖ではないが、ブラウニーも妖精以外との交配は出来ません」
リューが思案顔になった。
「そうなると、エルフ、森の貴婦人、猫型妖精、犬型妖精、小妖精、妖精の騎士のいずれかですか」
四人のうちで最年長のシェーンは、記憶を探りながら物憂げに言葉を紡いだ。
「そのうち、エルフの血統管理は完璧ですから除外して良いでしょう。森の貴婦人は、二百年前に我が主が最後のお一人となったと聞いております。我が主は奴らの親ではあり得ませんし、『騒動屋』が暴れるようになったのは、つい六十年前からですね」
「つまり、猫型妖精か、小妖精か、妖精の騎士ということですか?」
リューが眉間に皺を寄せた。もしここに年上の女性がいたなら、せっかくの可愛らしい顔が勿体ないと窘めたことだろう。彼自身は美少女と見まごう自分の顔が好きではないのだが。
「いや、リュー。野干は狐やジャッカルに似た魔物なのだろう。ということは、犬型妖精との混血なのではないかと思う。……アーセン殿、当たっていましたか?」
ハワード卿は、途中からアーセン氏が満足気に頷いていることに気付き、思わずそう確かめた。
アーセン氏は心底嬉しそうだった。
「ええ。ハワード卿は妖精王子ロビン・グッドフェローと契約しておいでのことだけはある。ところで何故、猫型妖精は除外なさったのです?」
「マクユーアン夫人とロイド教授から、旧大陸で惜しくも『騒動屋』を逃がしたと聞いたことがあります。猫型妖精との混血なら、同行されたオシアン公がお気付きになったはず」
「そうなのです。奴らは三十年前、私たちの伯父伯母たちから逃げおおせた。ならば我々が奴らを狩るべきだと思いませんか?」
そう言いながらアーセン氏は胸の内ポケットから数枚の呪符を取り出した。
「こちらの呪符は、犬型妖精を捕らえる術式が得意な者と野干を捕らえる術式を知るディエンの共作です。後は餌を撒くだけですよ」
猫型妖精が登場するなら、犬型妖精も、ですよね。騒動屋が起こした騒動そのものは、これまでのエピソードでも語られております。




