31、モリーとハワード卿の秋と冬⑥
「安全で、上品で、しかも楽しい」
それを自分たちの移動遊園地のモットーとしている、と言った男性は、この移動遊園地の園長だと名乗った。
「いくら刺激的でも、下品なのはいけません。まして、安全を疎かにするなど以ての外です。お客様もご存知でしょう、昨年の冬至祭りに州都アストレアで開催されたホリデーマーケットで起きた事件を。ある移動遊園地の経営者が『刺激的な非日常体験』を謳い文句に、機械仕掛けで動く作り物の魔物を集めて展示した『お化け屋敷』。それが、どれほど恐ろしい事態を引き起こしたことか」
「その事件についてはよく覚えています。『お化け屋敷』に惹き寄せられて多くの悪霊が会場に集まり、ホリデーマーケットを楽しんでいた人々を襲った事件ですね」
ハワード卿がそう答えると、園長は、我が意を得たりと頷いた。
「左様でございます。幸い死者こそ出ませんでしたが、あの事件の顛末は、我々のような同業者に対する、厳しい教訓となりました」
* *
第一南東州の州都アストレアで起きた「ホリデーマーケットの悪夢」事件のことは、モリーもよく覚えていた。
ホリデーマーケット前日の深夜、調査部からの報告があったのだ。
「ある移動遊園地の経営者が、旧大陸に本社を置く貿易会社から、機械仕掛けで動く作り物の魔物を十数体購入していた。彼は明日、第一南東州の州都アストレアで開催されるホリデーマーケットで、その魔物を陳列した『お化け屋敷』という見せ物を企画しているらしい。その情報を掴んだ調査部員が危険性に気付き、現在、企画を中止するよう、その経営者を説得している。だが彼は頑なで、全く説得に応じようとしない」と。
その報告を受けた聖騎士団員は、全員険しい顔になった。この世界の悪霊たちは、常に自分の体になりそうな物を探している。だから、立体的に人間や動物を模った物の取り扱いには注意が必要だ。まして魔物の姿を模した物は、悪霊たちにとって非常に魅力的なはずだ。もし、機械仕掛けで動く作り物の魔物に悪霊が取り憑いたならば、由々しき事態となるに違いない。
急遽、非常時に備えて本部に詰めていた聖騎士団員の半数が、まだ完成形とは言い難かったガソリンエンジン式大型輸送車で出動した。
出動した聖騎士団員たちは当時、自分たちのことを自嘲気味に「家族も婚約者もいない団員チーム」と称した。冬至祭りの休暇を返上しても問題ない、独身者ばかりのチームだったので。
そして事件後、チームに参加した団員たちの中から、結婚を前提に交際を始める者たちや、婚約を結ぶ者たちが次々と現れることになった。
モリーとハワード卿との接点が増えたのも、その事件以降のことだ。
――ここは私に任せ、早くその二人を連れて仮聖域へ!
第二沿海州の州都アーケイディアを出発した聖騎士団が第一南東州の州都アストレアのホリデーマーケット会場に着いたのは、午後四時のことだった。
日没までは残り一時間弱。既に強力な悪霊は「お化け屋敷」のある、会場の奥で暴れ出していた。
モリーは会場の入り口を中心に大きな魔法障壁のドームを張り、仮聖域を作った。戦闘を任務とする聖騎士団員たちも、浄光灯や魔除けの花束を手に会場へと駆け出して行く。だが一方で、会場に集まる悪霊たちの数も増えて来た。どうやら、他の悪霊を呼び集める悪霊がいたらしい。
そして、新たに加わったそれらの悪霊たちが、竜巻のように渦をなし始めた。
「皆さん、会場の入り口に安全な場所を作りました、こちらへ逃げて来てください!」
そう叫びながら魔除けの花束を振り回し、人々を誘導していた聖騎士団員たちの何人かが、悪霊たちの渦に吹き飛ばされた。
そして、悪霊たちの渦の中心に、逃げ遅れたと思われる若い女性の姿が見えた。
「いけない!」
本当ならば、魔法障壁を張っている間、術者は障壁の中心にいなければならない。しかし、モリーの魔法障壁は張ってからちょうど十分経過し、安定状態に入ったところだった。この状態なら、モリーが魔法障壁のドームから出ても数時間は保つ。
モリーは魔法障壁の外に駆け出しながら破魔の力を解放し、そのまま悪霊たちの渦に突っ込んだ。
渦をなしていた悪霊たちが、モリーの破魔の力によって、あっと言う間に消え失せた。
「大丈夫ですか?」
モリーは今まで悪霊の渦の中心にいた女性と、その女性が抱えていた乳児の生存を確認した。女性は足を負傷していたが命に別状はなく、抱かれている乳児は無傷だった。心身ともに健康な乳児だけが纏う清浄な気が、悪霊たちから二人の身を守ったのだ。
「安全なところへお連れしますね」
モリーは二人に向かって微笑んでみせると、女性に乳児を抱え直すよう頼み、それから二人をそっくりそのまま横抱きに抱えた。
「あの、重くありませんか、大丈夫ですか?」
おずおずとした様子でそう尋ねる女性に、モリーは余裕の笑みで答えた。
「何ということもありませんよ。お二人とも、羽のように軽くていらっしゃるのですもの」
悪霊たちも流石にモリーに不用意に近付こうとは思わなかったのだろう。三人を遠巻きにするばかり。
しかし、モリーは安心出来なかった。何故なら、こちらへ向かってものすごい勢いで迫って来るモノたちの気配を感じたからだ。それらは「お化け屋敷」が設置された場所とは別の方向から近付いて来た。おそらく宣伝用として「お化け屋敷」とは離れた場所にも機械仕掛けの魔物が幾つか設置されており、それらに悪霊が憑依したのだろう。何故なら、それらが近付くにつれて、カシャンカシャンという機械のような音も聞こえてきたのだから。
(今は両手が塞がっているのに!)
全力で足を前に動かしたものの、二人の人間を抱えていたために、流石のモリーも普段の速さでは走れなかった。
機械音と邪悪な気配が、どんどんこちらに迫って来る。
モリーが内心で冷や汗をかいていると、会場全体に銀の矢の雨が降り始めた。人間や会場内に設置された屋台を傷付けることのない、魔法の矢の雨が。
(ハワード卿の魔法だわ!)
矢の雨を受け、こちらへ向かって来ていた異形の者たちの勢いが落ちた。同時に、ハワード卿が魔法で脚力を底上げしたのか、信じられない速さでこちらへ駆けつけて来た。
「ここは私に任せ、早くその二人を連れて仮聖域へ!」
ハワード卿はモリーにそう声をかけると、腰の剣を抜き、こちらへ向かって来るモノたちと対峙した。
モリーは彼のおかげで無事に女性と乳児を魔法障壁のドーム内に避難させ、応急処置をすることが出来たのだ。
そして、ハワード卿自身も、さほど間を置かずにドーム内に入って来た。彼は静かにこう宣言した。
「会場内で暴れていた全ての悪霊どもと、悪霊が憑依した機械仕掛けの魔物の討伐が、今、完了した」
* *
(あの時初めて、素敵だと思ったのよね……)
移動遊園地のある辺りから離れてまた次の場所へと歩きながら、モリーはハワード卿の顔をこっそりと見上げた。
「頬が赤くなっているようだな。済まない、休憩を入れるべきだった」
ハワード卿がモリーの火照った頬に気付き、近くのベンチを示した。
ハワード卿はベンチの上にハンカチを敷き、そこにモリーを座らせた。
「もうすぐ、シェーンの出番が来る。少し休んだら、我々も舞台の方に向かおうか」
「ええ、そうね」
モリーはハワード卿を見つめて、うっとりとそう答えた。
二人がベッキーの忠告に従って離れずに行動したことは正解だった。
「モリーが男と離れたらすぐに、調子に乗って浮かれたあの女に、分を弁えさせてやろう」
などと、企む者たちがいたのだから。




