〈番外編〉モリーとハワード卿の秋と冬①
今回は二角ゆう様のリクエストにお応えして、二人のラブラブな(?)デートに向けてお話を書いていきます。
「モリーさん。貴女、お裁縫と編み物はお好き?」
オルソン夫人からそう尋ねられたモリーは、一瞬言葉に詰まった。
「……正直に申しますと、とても苦手なのです」
モリーが観念してそう答えると、シェーンからは気の毒そうな眼差しを向けられ、エズメ・ロイド教授に溜め息をつかれた。しかしオルソン夫人とローラ・ホプキンス嬢は目を輝かせ、ベッキーは面白そうに笑った。
* *
ハワード卿と婚約してから間もなく、モリーはハワード卿に連れられて、オルソン夫人の家を訪問した。
オルソン夫人は、エズメ・ロイド教授やその秘書のローラ・ホプキンス嬢、ハワード卿と同じくベッキーの名付け子で、ベッキーやベッキーの名付け子たち、それから近隣の女性たちを招いてのキルトの会や、編み物の会を開くのが好きなのだという。
「今日は、ハワードからモリーさんを連れて来ると伝えられていましたから、ベッキーとエズメとローラだけなのですけれどね。私は元々、賑やかなのが好きなの。夫は船乗りで滅多に帰って来ないし、息子のバズはアーケイディア単科大学に通っているのだけれど、放課後はすぐにガールフレンドの所に行ってしまうから」
エズメが補足した。
「バズのガールフレンドのパメラはしっかり者の良い娘よ。あの子とデートをするようになってから、あの課題忘れ常習犯だったバズが、決して課題を忘れなくなったのだもの。……レポートの字は相変わらず読みにくいけれど」
エズメの教え子であるモリーは、バズが課題忘れの常習犯だったと聞き、まだ会ったこともないのに「並外れて神経の図太い若者に違いない」と確信した。モリーも一度だけ課題を忘れたことがあるが、その時のエズメの恐ろしさに、二度と忘れまいと肝に銘じたし、今でも風邪気味の時にはその時のことを夢に見るほどなのだから。エズメに言わせれば、守護者のくせに幾度となく拳に破魔の力を込めてヴァンパイアを殴り倒したモリーも、充分に神経が図太いということだが。
「ともあれ、私たちは、モリーがハワードのお嫁さんになってくれると聞いて、言葉では言い表せないくらい嬉しく思っているのよ。モリーほどハワードのお嫁さんに相応しい子はいないもの」
ローラ・ホプキンス嬢が心から嬉しそうにそう言った。モリーも、いつも優しくて親切なローラのことが大好きだ。ローラの手作り料理だけは二度と口にしたくないが。
「ハワードの恋が実って良かったと思うし、その相手がモリーなら言うことなしだよ。是非、来年の結婚に向けて、私たちにも準備を手伝わせてほしい」
ベッキーにそう言われて、感激したモリーだったが、オルソン夫人の次の言葉に凍りついた。
「結婚の支度と言えば、モリーさんは新居に置くクッションやパッチワークキルトはどうなさるの?」
祖母から受け継いだパッチワークキルトが去年の火事で薔薇荘と共に全て灰になったことを、モリーは今さら思い出した。薔薇荘のクローゼットは祖母御自慢の、未使用のパッチワークキルトでいっぱいだったというのに。
「昨年の火事で、全て燃えてしまったのです」
オルソン夫人は気の毒そうな顔で頷いた。
「それなら、これから結婚式まで、私たちと一緒に大急ぎで縫いましょうね。大丈夫、十三枚もあれば充分よ」
「……十三枚も?」
小さく悲鳴を上げたモリーを見て、オルソン夫人が尋ねたのが、冒頭の言葉だった。
「モリーさん。貴女、編み物とお裁縫はお好き?」
モリーの返答を聞いたエズメが言った。
「一応、破れた所を繕ったり、取れたボタンを付け直したりするくらいは教えたのだけれどね。さすがに、服を縫ったり、パッチワークキルトを作ったりするところまでは難しかったわ。時間がある時に練習しなさいとは言い続けていたのだけれど」
「すみません、練習していませんでした……」
しおしおとモリーは頭を下げた。課題を忘れてエズメに謝るのは、アーケイディア単科大学を卒業して以来、十年ぶりだった。
ベッキーが励ますようにモリーの肩を叩いた。
「まぁ、幸い、モリーの使い魔のエラはブラウニーだ。モリーが最低限の技術さえ身に付けることが条件だが、それさえ出来ればエラに家事六倍速の魔法をかけてもらえば良いと思う」
「……最低限の技術」
モリーが呻くと、エズメが首を傾げた。
「編み物の方は、ヒルダから教わったことはなかったのかしら。ヒルダの編み物の腕前はそれはもう素晴らしいものだし、貴女、よくヒルダの手編みのマフラーやセーターを身に着けていたわよね?」
モリーは目を泳がせた。
「伯母上が何でも編んでくれるので、これまで自分で編む必要がなくて……」
「……ああもう、ヒルダったら、本当に甘やかし過ぎるんだから」
エズメがその視線を何処か遠くにやった。ヒルダの愛が重いのは、パートナーのオシアン公と釣り合いが取れていて結構なことだし、エズメも毎年ヒルダから手編みのセーターを贈られるので、滅多に自分では編まないのだけれども。
二人の様子を見たベッキーがくすっと笑って虚空に右手を伸ばすと、そこに一個の大きな毛糸玉と、二本の編み針が現れた。
「心配は要らない。モリーには、このゼム・リブシェの編み物の妖精から貰った魔法の編み針と無限に使える毛糸玉を貸してあげよう。この編み針には、私が出来るだけの編み方を教え込んである。この編み針を手にすれば編み針が勝手にメリヤス編みだろうとガーター編みだろうとケーブル編みだろうと編んでくれる。毎日二時間、編み針を手に編み続ければ、モリーの手と指も編み方を覚えるはずだよ」
要は身体に叩き込め、ということか、とモリーは半ばげんなりしながら思った。
すると今度はローラが、モリーの耳元に口を寄せ、こう囁いた。
「想像してみて。モリーが一生懸命編んだマフラーを渡したら、ハワードがどんなに喜ぶかしら?」
モリーの頬が熱くなった。自分の編んだマフラーを渡したら、ハワードはどんな顔をするのだろうか。
「私、やります。頑張ります!」
俄然やる気になったモリーに、その場にいた女性たちが温かい拍手を送った。
翌週から、聖騎士団本部でのモリーの仕事が半減した。これまで見習いだったイー・リューが正式に入団したからだ。
「リュー君は、破魔の力は私よりも少し弱い程度ですが、魔法障壁に悪霊対策の罠を巧妙に組み合わせる工夫で補うところには本当に感心してしまいます」
昼休み。イー・リューの教育係になったメグが、そう教えてくれた。
「あの子はハワードが任務で赴いた先から引き取って来た子だけれど、その時もまだ小さかったのに、自力で編み出した魔法障壁で何とか身を守っていたと聞いているわ。それからずっと魔法障壁の技術を磨いてきたのね」
「魔炎弾に充填出来る魔力も、私よりもずっと多いんですよ」
嬉しそうにそう教えてくれるメグを見ているだけで、モリーの心は癒された。あともう少し、この可愛い後輩の尊い笑顔を側で守りたかったな、と、ついほんの少しだけ聖騎士団の仕事に未練が湧いてしまう。
「メグは浄化と防御系魔道具への魔力充填が飛び抜けて得意だものね。リューと二人で組んだなら、私よりもずっと皆を助けられるわね」
半ば自分に言い聞かせるようにそう言いながら、モリーの手はせっせと編み針を動かしていた。
「モリーさん、編み物がお上手なんですね。まるで女子学院の先生のようです」
モリーの手を見て感嘆するメグに、モリーは苦笑した。
「違うの。これはベッキーの魔法の編み針で、しばらくこれを使い続けて編み方を習得しなさいと、貸してくださったのよ」
「大聖女様は、名人の技を身体に叩き込めと仰せなのですね」
真面目に頷くメグに、ヤッパリソウイウコトヨネ、とモリーは返した。
ヒルダの意外な特技が明らかになりました。
オシアンが「いつか我にも編んでほしいものだ」とうるうると上目遣いで言いそうな気がします。でもヒルダはオシアンのフワフワモフモフな毛皮を見て「……いや、本当に要るのか?」と答えそうです。




