〈番外編〉不死鳥の流儀⑤
舞台上にいたモリーは、レオナルド・マーティンとアラスター・ヤングが何やら叫び出してハワード卿の怒りを買っているのを見て、舞台に上がる前から肩に止まっていた「見えないロビン」に、聴衆の声が聞こえなくなる魔法を解除してもらった。野次やブーイングが聞こえたら、焦って歌えなくなってしまうかもしれないと思って頼んでいたのだが、現在どういう状況なのかが全く分からないというのも怖いので。
「何ということ。こんなに品性下劣な人たちは、このスカーレットタウンに住むのに相応しくないわ」
祖母マチルダと懇意にしていたラベンダー・マープル嬢が、今にも失神しそうな顔色でそう言っていた。
「ついこの前まで『隣人たち』の機嫌が悪くて森に入れなかったのに、お前らのせいでまた『隣人たちの森』に入れなくなったら、こっちは死活問題だ。さっさとこの町から出て行け!」
森での楓糖蜜採りを副業にしている老人、ジョシュア・ベックがそう叫んでいた。
「……どうしたの?」
舞台袖近くにいたシェーンに尋ねると、彼は簡単に答えた。
「あの二人の男が、ターナー嬢に向かって、とてもお聞かせ出来ないようなことを言い、ハワード卿の怒りを買ったのです。『決闘か、今後一切聖騎士団からの助けを拒否すると誓うか選べ』と。さらに町長殿が『ターナー家あってこそ、我々は森の恵みを享受出来るというのに』と仰ったことで、町の人々が、ターナー嬢をあの二人が侮辱したことで、また森の妖精の機嫌を損ねるのではないかということに思い至ったようです。マープル嬢は純粋に義憤に駆られているようですが」
「せっかくの秋祭りが争いの場になるのは良くないわね。あの場を収めに行きましょう。ロビンさん、シェーンさん、ついて来てくれますか?」
「ええ、勿論」
モリーは舞台から降りると、ハワード卿の腕にそっと自分の手を添えた。
「みんな、お願いだからどうか落ち着いて。ハワード、彼らのような詰まらない人たちと決闘するには及ばないわ。それに、この二人に聖騎士団の助けが必要になったとして、私は助ける気にはならないけれど、報酬が必要な団員の誰かが助けてあげる分には構わないと思うの。でもその誰かには、とびっきりの高額で引き受けることをお勧めするけれどね」
少し茶目っ気を込めてそう言うと、ハワード卿の呼吸と心音が落ち着くのを感じて、モリーは少し安心した。それから彼女は、マープル嬢とベック老人に向かって微笑んだ。
「マープルさん、私のために怒ってくださって嬉しいです。ベックさん、レオナルド・マーティンとアラスター・ヤングが私に対して酷い態度を取るのは何も今に限ったことではありませんから、この二人が私や森の周辺に近付きさえしなければ結構ですわ。どうぞ、ベックさんや他の皆様は安心して森にお入りください」
モリーが助けに入ったとでも思ったのか、レオナルド・マーティンとアラスター・ヤングが、哀れっぽく言った。
「助けてくれよ、俺たち同じ学校で学んだ仲じゃないか」
「幼馴染だろう、頼むよ」
モリーは二人に冷ややかな目を向けた。この二人のせいで学校生活は散々だったし、幼馴染だと思ったことも一度たりとてないのだ。それに、先日レオナルド・マーティンに遭遇した時には、はっきりと見えていなかったのだが、今日は彼ら二人の男の背後に、はっきりと見えたものがある。
「言ったでしょう、私と森の周辺に近付かないで。そもそも私、貴方たちのことを幼馴染だなんて思ったことは一度もないわ、気持ち悪い。……それから、もう二度と会わないでしょうから今教えておくけれど、貴方たち、ローズ・アレンに何をしたの。彼女は絶対に貴方たちを許さないと言っているから、せめて彼女のお墓の前で誠心誠意謝った方が良いわよ」
それを聞いた町の人々の顔色が見る間に青く、或いは赤く変わった。
「皆、レオナルドとアラスターを取り押さえろ、殺人犯だ!」
町長が叫んだ。ハワード卿とシェーンがモリーを庇って後ろに下がる。働き盛りの男二人が死に物狂いで抵抗しても、多勢に無勢。二人は町の男たちの手で取り押さえられ、地に押し付けられた。
ローズ・アレンの母親が、許さない、人殺し、殺してやる、と叫び、地に押し付けられたアラスターの頭をブーツを履いた足で幾度も蹴るのを、誰も止めなかった。ローズ・アレンの兄で町一番の力自慢のボブ・アレンは、取り押さえるふりをしながら、アラスターの腕をあり得ない方向に捻じ曲げた。
「警察を呼んでくれ、早くこの穢らわしい者どもを引き渡すんだ!」
町長の声に、子どもたちが駐在所に向かって走って行った。
こうして、モリーに悪意を持つ者たちは、半ば自業自得な形で片付くことになった。
* *
「私の歌には、悪しき魅了や洗脳から人々を解放するだけでなく、罪深き者の本性を明らかにする効果があるのです」
バンガローで、ベッキー、ハワード卿、モリーと共に、マープル嬢の特製ピクルスとパストラミビーフサンドイッチを食べながら、シェーンはそう種明かしをした。
「アイリーン・スターリングがこの町でのターナー嬢の評判を下げに下げたままという状況では、お二人の婚礼どころか安心して生活することすら覚束ないと考えましたので、聖騎士団情報部にもご協力を仰ぎ、対処させて頂いたのです」
「何だか大事になってしまって、恐れ多いし、申し訳ないわ」
モリーがそう言うと、紅茶を飲んでいたベッキーが眉間に皺を寄せた。
「いいかい、モリー。君は自分の価値を充分に自覚すべきだ。君は破魔の力を持つフォスター家の血を引く者の中で唯一次代を残せる可能性を持ち、スカーレットウッズの妖精たちと人間たちの橋渡しをする『薔薇荘の姫』で、聖騎士団長ハワード・キャンベル卿の妻となる人間なんだから。……分からないなら、これだけ肝に銘じておきなさい。君が侮られるということは、君を選んだハワードが侮られるということだ、と」
ベッキーにそう言われ、モリーは秋のスカーレットウッズの森のように頬を赤く染めながら、こくこくと頷いた。
「しかし、詐欺に手を染めた金貸しや、遊び半分で罪なき婦人を手にかけるような男たちがモリーに邪悪な執着を向けていたと分かり、今になって恐ろしくて堪らなくなりました。もしシェーン殿が気付いて手を打ってくれなければ、どうなっていたことか。……改めてお礼を申し上げます、シェーン殿。この御恩は、私もモリーも、生涯決して忘れることはありません」
ハワード卿から心のこもった感謝の言葉を捧げられ、シェーンの頬が薄っすらと赤みを帯びた。
「いいえ、私は、お二人の婚礼とその後の結婚生活が幸せなものになるよう、力を尽くしただけです。なぜなら私はハワード卿の親友であり、お二人の婚礼では花婿介添人の筆頭を務めることになっているのですから」
* *
シェーン・マール。聖なる鳥の唯一の生き残りで、旧大陸エーデルワイス地方出身。一度はヴァンパイアの元に売られて、奴隷の身に落ちたこともある。魔法侯爵と呼ばれたハーフエルフのラウル・イドロメルによって解放され、現在はラウルの婚約者だったベッキー・マールの使い魔となり、家族同然の弟子という扱いを受けている。年齢は自分でも正確には覚えていない。好きな食べ物は胡桃のタルトで、嫌いな食べ物は七面鳥や鶏を丸焼きにしたもの。
誰もがはっとする美貌だが、普段は少し寡黙。表情豊かとも言い難い。
しかし、信頼する友の幸福のためならば、彼は、微塵も手段を選ばず、全力を尽くす。情報を得るためにはその美貌さえ存分に利用し、遠慮なく他者に協力を仰ぎ、多少強引な手を使って敵を叩き潰すことも厭わない。
それが彼、不死鳥のシェーン・マールの流儀である。
ひとまずシェーン編はこれで終了です。リクエストをくださったシロクマシロウ子様、本当にありがとうございました。




