24、不死鳥の流儀④
マープル家が経営するホテルの食堂。ベッキーはシェーンの報告に最後まで耳を傾け、ようやく口を開いた。
「なるほど、天使の真似事を、ね。でも良い判断だ」
「ありがとうございます」
褒められて、やっとシェーンは呼吸を再開した。
「せっかくの料理だ、冷めないうちに食べなさい」
苦笑混じりにそう言われ、シェーンは初めて目の前の料理を口に運んだ。
シェーンはベッキーの「使い魔」だが、実際は弟子に近い。学生が自分の書いた論文に教授からの評価が下されるのを待つ時のように、彼も自分の判断と行動が彼女に認められるかどうか、評価を受けるまでは、なかなか緊張が解けないのだ。
肉料理が済んだところで、ベッキーが尋ねた。
「それで、一番厄介な奴の片付けは済んだけれど、他の有象無象はどう片付けるつもり?」
「それなのですが、実は、この町で開催される秋祭りの歌い手になろうと考えています」
スカーレットタウンの秋祭りは、その年の収穫を祝って晩秋に開催される。祭りには町中の人々が集まり、小規模なサーカス団や移動遊園地がやって来て、町の秋祭り実行委員会が用意した幾つかの模擬店が並び、広場中央の舞台では町の住民の中から選ばれた歌い手が歌を披露する。
「過去には少女時代のアイリーン・スターリングが毎年のように選ばれ、ターナー嬢も一度だけ、選ばれたことがあったそうです。残念ながらターナー嬢は模擬店の料理を運ぶ手伝いをしていた時に料理をひっくり返してドレスを汚してしまい、本番で歌うことは出来なかったそうですが」
シェーンはスカーレットタウンの住民ではない。しかし、彼が秋祭りの歌い手になることは不可能ではなかった。
「アイリーン・スターリングの娘たちが町を出てからは適役が見つからず、ここ数年は町の外から呼ばれた人間が歌い手を務めているそうです。そこで先程、歌い手を選定する町長に接触しました」
「仕事が早いね」
ベッキーが感心してくれたので、シェーンは少しだけ得意になった。
「聖騎士団本部にも手紙を送りました。ハワード卿とターナー嬢、それからパターソン情報部長に」
ハワード卿とモリー宛の手紙には、スカーレットタウンの収穫祭に共に参加したいと書いて送り、情報部長ベンジャミン・パターソンには、情報部員をこれから何人か、スカーレットタウンに送り込んでほしいという手紙を送った。
私用で聖騎士団情報部を動かすわけではない。破魔のフォスター家の血を引く二級守護者モリーが滞りなく結婚し、その力を受け継ぐ子どもをハワード卿との間に儲けるか否かは、聖騎士団の存続に関わるのだ。聖騎士団を支える守護者としての適性を持つ人間は実に少ないのだから。
「それなら今年の秋は、丸々この町で過ごそうか」
ベッキーがそう決定した。
* *
シェーンは町長をはじめとする秋祭り実行委員全員から選ばれ、その年の歌い手の座に収まった。
秋祭り当日。その日は祭りに相応しい、よく晴れた暖かい日だった。
見目麗しいシェーンが舞台で歌い、舞い踊れば、誰もがその素晴らしさに釘付けになった。彼の歌声には、魅了や、洗脳から人々を解き放つ効果がある。アイリーン・スターリングが長年かけて染み込ませた言葉の毒も、シェーンの歌の力によって人々の心から残らず抜けていった――。
町の人々は何も気付かず、ただシェーンの歌と舞踊に惹きつけられ、熱狂した。
シェーンは自分の歌声が充分に人々の心を掴んだと見て取ると、次の歌い手を紹介した。
「ここでもう一人の歌い手を紹介しましょう。スカーレットタウンの誉れ、聖騎士団の麗しき守護者、ヴィーナス・モリー・ターナー嬢!」
ブーイングは起こらず、拍手が上がった。彼女を紹介するシェーンの声に魔力が宿っていたこともあるが、この秋祭りの日までに、聖騎士団情報部員たちがモリーをあちらこちらで称賛して回ったのも大きかった。
「私たちの故郷の町は、聖騎士団のヴィーナス・モリー・ターナー嬢のおかげで救われたのですよ」
「ヴィーナス・モリー・ターナー嬢のような優れた女性が生まれ育った町とはどのような所かと思っておりましたが、なるほど、ここは本当に素晴らしい町ですね」
「聞いていますよ。この町は、あの聖騎士団長ハワード・キャンベル卿の婚約者のヴィーナス・モリー・ターナー嬢の出身地だそうですね。貴方がたもさぞ、誇らしく思っていらっしゃることでしょう」
町の人々は、町の外でのモリーの評価がとても高いことを知った。もし情報部員たちの言葉に僅かでも嘘を感じ取ったならば逆効果だっただろう。だが、情報部員たちによるモリーへの称賛は本心からのもので、彼らがそれとなく仄めかすモリーの功績も全て本当だった。それで町の人々の認識も徐々に変わりつつあったのだ。
それに、舞台に上がったモリーは、かつての地味で自信のない娘と同じ人物には見えなかった。州都で洗練され、聖騎士団で積み上げた実績とハワード卿から愛されているという実感が自信となり、彼女を輝かせていた。
また、その気高く清らかな歌声は、スカーレットタウンの人々の心に深く染みた。モリーは伊達に各地を、特に最近ではエリザベスタウンの鉱山を、歌によって清めてきたわけではない。アイリーン・スターリングとその娘たちの声からはついぞ感じられなかった神々しさに、思わずひれ伏しそうになる聴衆も少なくなかった。
――聖女様だ。我らが郷土の聖女様が、魔物や悪霊どもとの長い戦いの果てに、ようやくお戻りになった。
モリーの歌が終わった直後、感極まったように町長がそう呟けば、他の年配の人々も口々に、確かに聖女様だ、と囁き合った。
「聖女」とは、聖騎士団の守護者に対する古い尊称だ。現在ではその役割を担う男性もいるので「守護者」が正式名称になったが、北部連邦の人々が幼少期から親しむ民話には、魔物から人々を護る聖騎士団と聖女たちの話もあり、今でも年配者の多くは素朴な敬愛を込めてその尊称を口にする。
人々は思った。「薔薇荘のモリー」は、あの敬愛すべき聖女たちと、同じ存在になった。彼女はもう、薔薇荘の評判を落とす出来損ない娘ではない。いや、彼女は元々優れた資質を持つ娘だったのだ。自分たちが気付かなかっただけで。
「ふざけるな、『薔薇荘の恥かき娘』が聖女だと?」
突然聞き苦しい声を上げた男に、町の人々は非難と軽蔑の眼差しを向けた。男自身もまずいという顔をした。しかし、男の口は止まらなかった。
「モリー・ターナーなんざ、大人しく俺と結婚して、一生奴隷同然に俺に尽くすのが似合いだ」
その隣りにいた別の男が言い放った。
「へぇ、お前、結婚してやる気があるなんて優しいな。あんな出来損ない女、結婚をちらつかせりゃ何でも言うこと聞くだろうに」
その男もしまった、という顔をしていたが、彼の口もやはり止まらなかった。
「せいぜい利用すりゃ良いんだ。あんな女、少し遊んでやるだけで充分だ」
舞台袖近くに控えていたハワード・キャンベル卿が足早にその二人に近付き、そのすぐ目の前に立ち止まった。彼は氷のような怒りを二人に向けた。
「よくも聖騎士団の守護者にして、このハワード・キャンベルの婚約者でもある婦人を侮辱したな。選べ、今すぐ私と決闘するか、それとも聖騎士団には今後一切、保護も救助も求めないと誓うか」
怯えて黙り込む男たちに、町長が厳しい顔で言った。
「レオナルド・マーティン。アラスター・ヤング。私は君たちの言動こそ、この町の恥だと思うがね。そもそも我々が『隣人たちの森』の恵みを享受出来るのも、森を管理するターナー家があればこそだというのに」
町の人々が、はっとした表情を浮かべた。そう、ターナー家の人間は現在、モリーしかいないのだ。
モリーの評判を上げようキャンペーンでした。次回こそ、シェーン編終わります。




