〈番外編〉不死鳥の流儀①
今回はシロクマシロウ子様のリクエストで、シェーンのお話です。
前半、グロテスクな話題もありますのでご注意ください。
シェーンは聖なる鳥の一族の最後の生き残りで、森の貴婦人ベッキーの使い魔だ。
そして、聖騎士団長ハワード・キャンベル卿の親友でもある。
シェーンはベッキーの使い魔だが、ずっとベッキーの側にいるわけではない。ベッキーがアーケイディアに住むオルソン夫人主催のキルトの会に出掛けている間、あちらこちらの新聞社や警察署に顔を出したり、アーケイディア単科大学の図書館に赴いたり、聖騎士団本部の資料室長や情報部長と面談をしたりする。
その日も、彼は聖騎士団本部の資料準備室で、資料室長と情報部長を相手に話をしていた。
「なるほど、犬の血には、神性を帯びた種族を酔い狂わせたり、呪術への抵抗力を奪ったりする作用があるのですね。生きている犬には魔女の呪いが効かないことと関係しているのでしょうか……」
資料室長モニカ・フィッシャーが、シェーンの話を聞きながら、ノートに万年筆を走らせた。
情報部長ベンジャミン・パターソンは、眼鏡を人差し指で押し上げながら疑問を口にした。
「しかし、シェーンさんは旧大陸エーデルワイス地方で、サーカス団が虎に安価な犬肉を与えているところも見たことがあるのですよね。その時は何も異常はなかったのでしょう?」
シェーンはその当時のことを思い出そうとした。
「……そうですね、エーデルワイス地方で見たサーカス団の虎はごく普通の虎で、神性を帯びてはいませんでしたから、それが理由かもしれません」
「ジロー・トミタ小隊長によれば、虎は大金帝国では神罰の代行者、幼児の守護者として崇められる存在とのことですから、もしかすると、東旧大陸には神獣の血を引く個体が多いのかもしれませんね」
モニカ女史がそう言いながら、万年筆をさらさらと走らせた。
「今回のエリザベスタウンでの大規模作戦と、ニューシャーウッドでの虎討伐は、資料室にとって収穫の多いものでした。ありがとうございます、シェーンさん。是非今後もお話を伺いたく思います」
「我々情報部も助かりますよ。我々の協力が必要な時には、ご遠慮なく仰ってください」
最後にモニカ、ベンジャミンと握手を交わしたシェーンは、少し疲れたと思いながら、資料準備室を出た。
廊下を少し歩いたところで、ハワード卿に会った。
「この度もご協力感謝する、シェーン殿」
「いいえ、私の話が聖騎士団の活動のお役に立つのでしたら、幾らでも」
ハワード卿が柔らかく微笑んだのは、もしかするとシェーンが知らず微笑んでいたからかもしれない。
「これからカフェに行くのだが、よろしければシェーン殿も如何だろうか?」
「喜んで」
隣り合って無言で歩く時間も、ハワード卿とならば気まずくはない。むしろ喋るのが得意ではないシェーンとしては、ほっとするくらいだ。
カフェの窓際の席に着くと、二人はそれぞれコーヒーとサンドイッチ、それからケーキを頼んだ。ハワード卿は必ず「女帝陛下のケーキ」を頼み、シェーンは必ず胡桃のタルトを注文する。この店の胡桃のタルトは、旧大陸のエーデルワイス地方の胡桃タルトと同じ味がするのでとても気に入っている。
ハワード卿が、先日、スカーレットウッズの薔薇荘でモリーに求婚し、無事に承諾を得たとシェーンに報告した。
「この後、ベッキーにも報告をするつもりだが、シェーン殿に最初に伝えるべきかと」
求婚が上手くいったらシェーンに花婿介添人になってもらう約束だったから、とハワード卿は言った。
「おめでとうございます」
シェーンはハワード卿の幸せを喜び、それから、夜行列車でのゴブリン退治の話を聞いてくすりと笑い、最後に、モリーの故郷で無作法な男に遭遇してハワード卿が不快を覚えたという話に共感した。
「そのレオナルド・マーティンとかいう男、ターナー嬢に対する執着を感じますね」
ヴィーナス・モリー・ターナーは、無自覚に人間の男を惹きつける。それは彼女に流れる水妖の血のせいかもしれないし、美貌や人柄の良さのためかもしれない。
何やら嫌な予感がした。一度調べておかねば、とシェーンは思った。
夕方、シェーンがスカーレットタウンに調査に赴きたいとベッキーに願い出ると、ベッキーはにやりと笑った。
「ちょうど、また旅行したいと思っていたんだ。私も同行するよ。スカーレットタウンのバンガローは悪くなかったし、スカーレットウッズの紅葉も見頃だろうからね。さてと、ローラに頼んで夜行列車の切符を手配してもらおうか」
名付け子の一人の名を挙げ、ベッキーは浮き浮きと荷造りを始めた。
* *
スカーレットタウンは取り立てて名物のない町ではあるが、ホテルとバンガローは悪くない、と評判だった。それというのも、町の唯一のホテルを経営し、バンガローを管理するマープル家の人々が、清潔と勤労を愛する誠実な一族だからだ。
とはいえ、どのような人間にも悪癖というものはあるもので、彼らは好奇心が旺盛で自分たちが吹聴することはないものの、噂を聞くのは大好きだった。しかも、家長の妹で、五十歳を少し過ぎて未だ独身のラベンダー・マープル嬢は、一族の中でも特にその傾向が強かった。
彼女は、夏の後半にスカーレットタウンにやって来た、ぶかぶかの服を着た黒髪の美少女と、ほっそりと華奢な印象の美青年のことを覚えていた。あの時は州都の単科大学の教授とその秘書と一緒に避暑に来たという話だった。後から薔薇荘のヴィーナス・モリー・ターナーがそこに合流したことも覚えている。残念ながら、モリーは酷い風邪を引いて、数日はバンガローから出られなかったが。……何故覚えているかというと、彼女がこのバンガローの管理人だからだ。
「ベッキー・マール様と、シェーン・マール様でしたわね。バンガローは掃除済、井戸もいつでも使えるようにしてありますし、お洗濯物は朝の十時までに出してくだされば、夕方にはお返し出来ますわ。お食事は、どうなさいます?」
「そうだね、夜はホテルの食堂で摂りたいな。モリーから、この町のホテルの料理は美味しいと聞いているから」
ベッキーの答えを聞いて、マープル嬢は思わず得意になった。
「ええ、この町で一番のお料理をご提供いたしますわ」
* *
「あのマープル嬢という婦人は色々知っていそうだし、私は彼女から話を聞き出しておくよ」
ベッキーはソファに腰掛けると、面白そうにそう言った。そこで、シェーンは町の人々に話を聞いて回ることにした。
「薔薇荘のヴィーナス・モリー・ターナーなら知っているわ。性格は悪くないんだけど、粗忽だし、地味な娘よね。料理以外に取り柄がないのに、秋祭りで、そのせっかくの料理を運ぶ途中でひっくり返した時には驚いたわ。あの娘ったら祭りで歌うために新調した服もその時に汚してしまって、急遽、あの娘の従妹のアウロラが秋祭りの歌い手の代役を務めたのよ。でも、結局それが正解だったわ。最初からアウロラに歌い手を任せれば良かったのよ」
シェーンが入った喫茶店のウェイトレスはそう話した。
果物屋の女店主は、シェーンを熱心に見つめながらこう言った。
「ここだけの話、薔薇荘のマチルダ・ターナーは老後はお金に困ることもあったらしいわ。孫娘のモリーが無理に州都に出て行ったせいね」
雑貨店の老店主夫婦の話はもっと酷かった。
「金貸しのグレゴリー・テンプルトンが言っていたよ、モリーを後妻に寄越せば幾らか融通してやると薔薇荘のマチルダに言ってやった、とね」
「彼だけじゃないわ。どうせモリーにまともな結婚なんぞ無理だから、自分が娶って奴隷同然に扱ってやるだなんて放言する男が何人かいたもの」
どうやら、レオナルド・マーティンもその一人だったらしい。




