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聖騎士団長、遠征途中に死亡フラグを立てる【本編完結済・番外編連載中】  作者: 書庫裏真朱麻呂


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20/27

Epilogue 彼が結婚し、子を授かり、いつか死ぬ場所

 聖騎士団本部のあるアーケイディアの駅から、モリーの故郷、スカーレットタウンまでは夜行列車で一泊二日かかる。駅に着いたハワード卿とモリーは、隣り合った個室を二つ手配した。モリーは価格の安い解放寝台でも構わないと言ったが、ハワード卿が「レディには安心して休んでもらいたい」と、頑なに考えを曲げなかったからだ。

 アーケイディア駅の係員は、何処かの国の騎士が姫君のお忍びの旅のお供でもしているのだろうか、と思ったに違いない。一方のハワード卿は見るからに高潔で凛々しく、もう一方のモリーは妖精のように美しかったので。

 

 晩餐の時、一等食堂車に上品なドレスを着て現れたモリーを見て、ハワード卿は胸の高鳴りが相手に聞こえるのではないかと思った。

 高級ホテルのダイニングと見紛う一等食堂車は、仕立ての良い上品な衣服に身を包んだ紳士淑女ばかり。レコードから流れる音楽と、食事を楽しむ人々の囁きに満ちた空間は華やかだが、聖騎士団員の皆と過ごす夕食時の賑やかさはない。

「でも、こういう場所も、たまには良いですね」

 モリーはアーケイディア単科大学のエズメ・ロイド教授仕込みの優雅な所作で、スープをひと掬い口に運んだ。この美しい淑女がエリザベスタウンで魔物と戦っていたなどと、誰が思うだろう。

 

 不意にレコードから流れて来た歌に、モリーとハワード卿は一瞬、目を見合わせた。良からぬ魔物の気配がしたのだ。

「すぐに戻ります」

 モリーはカトラリーを八時二十分の形に置き、すっと席を立った。ハワード卿は援護のため、見えないロビンを三羽ほど呼び出した。ロビンの魔法が食堂車を覆ったので、誰もモリーが蓄音機に近づいても不審に思わない。彼女はそのまま護り指輪を嵌めた右手で、蓄音機をさり気なく撫でた。

 聞き苦しい悲鳴が蓄音機から上がった。しかし、この食堂車でそれが聞こえたのはハワード卿とモリーだけらしく、乗客たちは相変わらず、優雅に食事と歓談を楽しんでいた。

 蓄音機から飛び出したリスほどの大きさの小鬼を、モリーはすかさず掴んだ。小鬼は恐ろしい形相でモリーの手から逃れようとしたが、焼け石の上に落ちた水滴のように、ジュッと音を立てて消滅した。

 蓄音機の上に現れたブラウニーのエラに洗浄魔法をかけてもらった後、モリーはテーブルに戻って来た。

「グレムリンに擬態したゴブリンでした」

 モリーが澄まし顔でそう言った。機械好きのグレムリンは悪戯好きな魔物だが、飴玉一つ与えられれば悪戯はせず、職人たちの仕事や発明の手助けもするため、大目に見られがちだ。しかし、ゴブリンとなると話は違う。ゴブリンは悪意の塊なのだから。

 ハワード卿は短く尋ねた。

()()は蓄音機に仕掛けを?」

「ええ。あと数分遅かったら、ここは『クレバリー屋敷』になっていたでしょうね」

 食事を楽しむ人々を憚るように、モリーはそう答えた。ちなみに「クレバリー屋敷」とは、三十年前にジョージ・クレバリーの屋敷で起きた連続殺人事件を指す。アーケイディア単科大学の学生たちがゴブリンの呪いの実例として学ぶ事件だが、世間での知名度は低い。ハワード卿は念の為、見えないロビンたちに、他に良からぬモノが潜んでいないか、全車両を確認させた。

 幸い、他に良からぬモノはいなかったので、ハワード卿とモリーはデザートの『女帝陛下のケーキ』をゆっくり楽しんだ。


 その晩、ハワード卿は寝付けなかった。彼は隣室にいるモリーのことばかり考えていた。明日、彼女は求婚を受け入れてくれるだろうか――?

 *         *

 列車は十一時になる前にスカーレットタウン駅に到着し、ハワード卿とモリーはそれぞれトランクを手に、予約していたホテルへ歩き出した。

 モリーの故郷の人々は、凛々しい美丈夫と睦まじく連れ立って歩く女性の美しさに息を飲み、それが薔薇荘のヴィーナス・モリー・ターナーだと気付いて更に驚いた。

 これまで、彼らはモリーのことを、料理以外に取り柄のない娘だと思っていた。華やかな美貌と朗らかさで人々を魅了するアイリーン・スターリングの姪でありながら、今ひとつぱっとせず、飾り気もない地味な娘。聖騎士団に入団してからは滅多に帰って来ることもなかったので、ほとんどの者たちは、きっと聖騎士団員として物騒な仕事を続けるうちに淑やかさも失って更に魅力のない女になったに違いない、と意地悪く噂していたというのに。

 ついに、一人の男がモリーに声をかけた。

「おいお前、モリーじゃないか?」

 モリーは少し首を傾げた。

「あら、どちら様?」

「俺だよ、レオナルド・マーティン」

 少し苛立ったようにレオナルドがそう答えると、モリーは澄ました顔で応じた。

「お久しぶり、お元気そうね。私たち、これから急ぐので失礼するわね」

 これは、モリーが相手に対して心のシャッターを閉じている時の応対だな、とハワード卿はすぐに気付いた。ところが、レオナルドは彼女に構いたげな様子だった。

「お前さ――」

 まだ話しかけてくるレオナルドに、ハワード卿は威圧的に言葉を被せた。

「まだ何か?」

 背の高いハワード卿に見据えられ、レオナルドの顔から色が失せた。

 しかしそれで容赦するハワード卿ではない。

「悪いが、我々はこれから重要な用事を控えている。特に用がないのなら失礼する」

 レオナルドが無言で頷くのを振り返りもせず、二人はその場を去った。

 しばらく歩いたところで、モリーがくすりと茶目っ気のある笑い声を立てた。

「ハワード卿、助かりました。私、あの性悪男が心底大嫌いなんです。あの怯えようを見て、やっと溜飲が下がりました」

「それは良かった」

 ハワード卿はモリーに微笑んで見せた。

 

 ホテルに荷物を預け、軽食の入ったバスケットと水筒、ピクニックブランケットを受け取った二人は、薔薇荘のある森、スカーレットウッズに入った。

 秋になり、その名の通り紅く染まった森の中では、小鳥の鳴き声に混じって、近隣の人々が「気のいい隣人たち」と呼ぶ妖精たちの笑い歌う声が聞こえた。また時折、町の子どもたちが胡桃を拾い、クランベリーやキノコを摘んでいるのも見かけた。

「良かった、妖精たちの機嫌が良くて」

 森の平和な様子に、モリーは目を細めた。


 再建中の薔薇荘に辿り着いた二人は、秋薔薇が咲き誇る庭にピクニックブランケットを敷き、バスケットと水筒を下ろした。

 休日なので、再建作業に携わる団員たちは誰もいなかった。

「今日は皆、町にいるのだろうな。後でバンガローに差し入れを持って行こうか」

「そうですね」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 それからハワード卿はモリーに向かって跪くと、柘榴とオレンジの花束をポケットから出し、それを一抱えほどの大きさに変えて差し出した。

「ヴィーナス・モリー・ターナー。私、ハワード・ブライアン・キャンベルは、聖騎士団長として戦う身。故に常にこの身を貴女の側に置くことは叶わないでしょう。しかし騎士の誇りにかけて生涯貴女だけを愛し、心は常に貴女の側に在ると誓います」

 ハワード卿は一旦言葉を切り、そしてモリーの青い瞳を見つめた。

「どうか私の妻になって頂けますか?」

 モリーの目が潤んだ。

「ええ、もちろん。……喜んで、貴方の妻になります。薔薇荘に帰って来た貴方を、いつでも温かく迎えると誓います」

 *        *

 ロビン・グッドフェローが、厳かな口調でエラに予言した。

 遠からず、薔薇荘はハワードとモリーにとって、婚礼を挙げ、子を授かり、いつか死を迎える場所、つまり(ホーム)となるだろう。

 そしてハワードは、モリーに看取られて最期を迎えることだろう。

「まぁ、それは七十年も先のことだけどな」

〈了〉 

『女帝陛下のケーキ』は、バターとアーモンドの風味豊かなケーキに甘酸っぱいラズベリージャムを挟み、バタークリームを塗った表面にスライスアーモンドと粉砂糖をまぶした、フランクフルタークランツとヴィクトリアサンドイッチケーキを足して二で割ったような感じのケーキです。モリーの得意なケーキで、ハワード卿の好物でもあります。

 レオナルド・マーティンはモリーと同い年で、昔からモリーに嫌がらせばかりしていたのですが、モリーは地味な女だから自分が嫁にしてやると言ったら泣いて喜ぶだろう、と失礼なことを思い続けていましたので、今回、とてもショックを受けています。

 ハワード卿とモリーは百歳まで生きるようです。

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― 新着の感想 ―
女王陛下のケーキ……めちゃ美味しそう! 高級寝台列車は死ぬまでに一度は乗ってみたいなぁ……。 さり気なくざまぁを挿し込んだのもお見事! ヾ(・ω・*)ノ ピクニックも良いですね〜。 (*ノ・ω・)ノ…
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