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就職

翌朝。


一人のベッドで目が覚める。


頭では分かっていたけれど、現実として突きつけられると、部屋の広さがやけに寂しく感じられる。


……けど、メソメソしてばかりもいられない。


お腹は減るし、今日をどう生きるか考えなきゃいけない。時間は有限!


というわけで、適当に朝の身支度をした私は仕事に向かう人たちを横目に見ながらリューイの家を訪ねた。


扉を叩くと、寝癖をつけたままの彼が顔を出す。


「……もう朝?」


「うん。朝ごはん、食べさせて」


「えぇ……なんで僕が?」


「優しい大好きなリューイお兄さんが腹ペコな私の朝ごはんを用意してくれるんだって信じて来たんだよ」


「かわいい顔しても無駄だからね」


文句を言いながらもリューイは中へ入れてくれ、残っていた黒パンとスープを温め直してくれた。


スクランブルエッグも作ってくれるらしく、意外と家庭的なのがいつ見てもちょっとウケる。




「で、これからどうするの?」


「マジでどーしよーって感じ。仲良い人の家、当分渡り歩こうかなー」


「何度も言うようだけどさ、やっぱり店に所属する方がいいんじゃないかな。個人でとるより安全だし泊まる場所もある。トラブルが起きても守ってくれるからね」


「やっぱそうなるよねー。さすが常連さん、ご意見たすかります」


「いや、僕は常連じゃないから! 何回言わせるのさ!」


スープをすすりながら、つい笑ってしまう。


見た目は全然チャラくなさそうで話し方はチャラくて根っこはチャラくない。変なやつ。


「いい店なら知ってるから紹介してあげるよ」


「助かるー。リューイって意外と頼りになるね」


「“意外と”は余計だな……。でもさ、どうせなら――」


彼はパンをかじりながら、軽い調子で言った。


「なあ、いっそのこと僕と結婚しないか? これでも同期の中じゃ一番の出世頭だし、男をとらなくたって生活には苦労させないぜ」


「はぁ? 何その唐突なプロポーズ」


「案外悪くないと思うんだけどな」


天気の話でもしているかのような雰囲気で言うリューイに、呆れながらスプーンを向ける。


「ごめんけど私ってば乙女だから、一途な人が良いんだよね」


「ひでぇ、君に出会ってからはずっとよそ見してないよマイハニー」


「マイハニーって言うな!」


その後も食べながら適当な会話の応酬が続く。


ご飯は美味しいし、窓から入ってくる日差しは綺麗で眩しくて暖かい。


良かった、ちゃんと笑えてる。私って自分で思ってたより図太いのかもしれない。

 


「ごちそうさまー」


テーブルに食器を並べっぱなしにして、椅子の背もたれにのけぞる。


「んー、お腹いっぱい。リューイの家なら絶対ご飯あると思ったんだよね」


「なんだそりゃ。買い置きの食糧くらいで、たいしたもんは無いよ」


「私の部屋なんて、こないだ途中までかじって飽きた干し肉くらいしかないもん」


「いや、捨てなよ......」


リューイは呆れながらも、皿をまとめて台所に運んでくれる。


私はだるーんとテーブルに顔を突っ伏す。


「ほら、手伝って」


「えー、ムリ。食べたばっかで動けない」


「子どもか君は」


ママみたいなお小言を言いながらも、彼はフライパンを洗い、食器を拭き、次々に片付けていく。


優しいし、生活力あるし、稼いでるし……結婚したらそこそこ幸せになれるんだろうな。


でも、なんか結婚する気にはなれないんだよなあ。リューイが、とかじゃなく今は誰とも。


みんなはもう未来を決めて進んだのに私だけ落ちこぼれの気分。


「……よし、終わったよ」


リューイが手を拭いながら振り返った。


「午後はどうする? このままゴロゴロするか?」


「んー、買い物行かない?宿で食べるおやつ欲しい。飽きなさそうなの」


「ふむ、じゃあ僕も買い出しを一緒に済ませようかな」


「やった、荷物持ちゲット」


「荷物持ちだけじゃなく、護衛とエスコートも任せてくれ」


「リューイってばかっこいー」


二人で笑いながら、外に出る。


昼下がりの市場は、今日も大賑わいだった。


肉の焼ける匂い、呼び込みの声、色とりどりの果物が山積みにされ、馬車がぎしぎしと荷を運んでいく。


「ねえ見てリューイ、あれおいしそう」


「干しプートのタルトか。買うか?」


「うん!」


露店で二つ買ってもらって、歩きながら一緒にかじる。


外はサクッと香ばしくて、中のカスタードに混ぜ込まれた果実の酸味が口に広がる。


何となくエッグタルトっぽい。果実はなんていうかブドウとラズベリーの中間?って感じだけどローズみたいな香りがする、美味しい。


「うまっ」


「良かった。 僕も好きなんだこれ」


「やっぱ甘い物って正義だわ」


近くでは大道芸人が魔法で剣を浮かせていて、外国っぽい陽気な音楽がどこからか聞こえている。


日本じゃ考えらんない。


この一年でそれらにはすっかり慣れたけれど、今日はいつもよりリューイが甘い顔を向けてくるから、デートみたいで照れくさい。


「香奈ちゃんって、甘い物食べてる時は本当に子どもみたいな顔するよね」


「うるさい」


「可愛いって意味だよ?」


「はいはいありがとねー」


ふざけ半分の雑なやり取りなのに、胸の奥がちょっとだけ熱くなる。


何か買うたびに、リューイは率先して荷物を持ってくれた。


「はい、お姫様は楽してて」


「悪いねー、王子様」


「王子様と結婚すれば毎日こうして楽できるよ」


「またそれぇ? だから言ったでしょ、一途な人が良いって」


「僕は君に一途だよ、マイプリンセス」


「やめて鳥肌立つ」


笑いながら並んで歩く。夕焼けが市場を赤く染め、早い店は撤収し始めている。


モタモタしていると、すぐに夜が来てしまう。リューイが手を差し出して、帰ろうと言ってくれる。


この時期、昼間はまだ暑いが今は首に当たる風が少し冷たい。


繋いだ右手の熱が心地いいのがなんかウザくて、繋いだまま軽く親指の爪で甲を引っ搔くと、嬉しそうに笑ってた。



夜ベッドに入った後、リューイは私の頬にキスをしてくれた。


鼻とおでこにも数度落として、私が眠りにつくまでの間ずっと、優しく頭を撫でていたーーー




 ◇ ◇ ◇




次の日、早速私はリューイの紹介で店に行った。


面接があるなんて一言も聞いてなかったので正直グダグダだったけど、そこはもう気合と愛嬌で乗り切った。


実際の所、この一年の間に5人で文字を勉強していたので、ある程度の読み書き計算が出来て敬語や礼儀作法が出来ていた事が大きかったと思う。


根気良く教えてくれた阿部マジありがとう。


とにかく私は、この店のマムにそこそこ躾のなっている可憐なお嬢さんとみなされた。よっしゃ。


王都でも評判の、そこそこ格式ある酒場――というか“社交場”。


もともとは有名な劇団に併設されていた会員制の賭博クラブだったみたいで、劇団の子達がトップスターに駆け上がるためにパトロンを見つける場でもあったとかなんとか。


今でもその名残で、お客様とゲームをしたり、指名が来ないときにはディーラーとして出ることが多い。


夜の店ではあるけれど、客層は貴族や騎士団員、裕福な商人など、身なりの良い人が多くて、基本的にはみんな気前も良いし乱暴もしてこない。


飲みの席に女の子数人で呼ばれて、話して、笑って、お酒飲んで解散。そんな日も結構ある。


お店に支給してもらった紺のドレスは総レースで腕も鎖骨も出ていないのに背中が大きく開いたもの。


スリットもがっつり入っていて結構ギリまで太ももが出る。


最初こそ恥ずかしかったけど、三日目くらいで慣れた。


鏡に映る自分を見て「けっこう似合うじゃん」とか思っちゃうくらいには、気に入ってる。


ただ、スライムで脱毛するのだけは何回やっても慣れないから正直やめてほしい。


肌がヒリヒリしてどんだけ保湿すればいいのってくらい乾燥するけど産毛一本すら残さず消えてむしろ怖い。異世界すぎ。

 


店の子たちは思ってたよりみんな気さくで優しかったけど、それでも妬み嫉みや陰口はあった。


異世界でもこういうとこは変わんないんだよなー。


私は全員とそこそこに話す方だけど、特に仲良くなったのは同い年のエミル。


華奢な体に、ゆるく巻かれた長い亜麻色の髪をハーフアップにしていて見た目だけならどっかのお嬢様っぽい。


裏ではちょっと口が悪いけど世話焼きでツンデレな可愛い友達。


初対面の時に「新人だからって舐めた接客してたら潰すわよ」と言いながらも、政治の話とか付いていけない話題の時はさりげなくフォローしてくれたり、バックの付くお酒やギャンブルなんかにも誘ってくれた。


面倒見の良いエミルとは、指名客の増やし方や悪酔いせず飲むコツ、夜の作法などなど色んなことを教えて貰ううちにすぐ仲良くなった。




「香奈、今日の新規の方、次は指名で来てくれそうだったわね」


「うん。でも騎士なんだよねー、がっついてきそう」


「あー......実家が高位貴族じゃない限りそんなにお金に余裕はないし色恋ばっかだしでちょっとね」


「そうなんだよね、まあ誰だって指名してくれるなら文句はないけどさ」


「それはそうね。 そういえばクララさん、水揚げのうわさ本当らしいわよ。心中か結婚かで迫ったって」


「ひぃ、怖すぎ」


そんな感じで、エミルとは仲良くやってる。


仕事終わりに一緒に裏路地の朝までやってる店で軽く飲んだり、夜風に当たって散歩してみたり。


気づけばリューイ以外に、この世界の友達ができていた。


リューイはというと、相変わらず優しくて、たまに店の外で顔を合わせると食事をご馳走してくれた。


でも、あの日みたいに「結婚しないか」なんてことは、もう言わない。


代わりに、からかうような笑顔で「ますます綺麗になったね」とか「人気者だなあ」と言ってくる。


そういう時、少しだけ胸の奥がチクリとする。


けれど、それ以上に毎日が忙しかった。


仕事を覚えて、常連がついて、生活が安定して――

やること、やりたいことが多過ぎて寂しいなんて感じる暇もなかった。


昼に起きてカフェで日替わりプレートを食べ、夜は店で笑って、その後の指名がなければ自室に戻り綿の入ったマットレスの上で眠る。


共同だがお風呂もあるし、雑用から私たちのヘアメイクや着付けまでやってくれるメイドだっている。


5人で暮らしていたころには考えられないほど贅沢な暮らしを送っている。


それに、エミルと馬鹿話をしている時は、孤独なんて言葉はどこか遠い世界のものみたいに思えた。


「香奈、次の休みどうするの?」


「えー、寝る」


「もったいな。王都の南の方に新しいアクセサリーショップできたのよ? 行こうよ」


「うーん……リューイ誘っていいなら」


「やっぱ好きじゃん」


「違うし!その日は夜にご飯食べ行く約束してたから、ほんと、それだけだからっ!」




そうやって必死に働いて適当な話して笑って、気づけば半年が経っていた。


財布の中身は増えて、顔見知りも増えた。


リューイは昇進して制服の肩章が増えたらしい。


会うたび「また綺麗になった?」なんて茶化してくるのも、すっかり日常になっていた。




最近、夜中にふとベッドで目が覚めたとき。


外の風の音を聞きながら、頭の奥のどこかで思う。


“私、なんでこんなにこの世界に馴染んじゃってるんだろう”


帰りたいとは、来たばかりの時からあまり思わなかった。他の4人もそう。


少なからず寂しかったし心細かったけれど、そのくらい。


不思議で仕方がない。


泣いて困惑したっておかしくない状況だった、ううん、むしろそれが普通な気がする。


地球への郷愁はあるけれど、未練や強い感情が消されているような感覚。


そんなことをぐるぐると考えているとすぐに朝が来る。


なんにせよ、生きていく為に働かなくてはいけないのだからメソメソしていない事はラッキーくらいに思おう。そう自分を無理やり納得させている。




 ◇ ◇ ◇




王都の風はいまだに冷たい。


市場には焼き栗の屋台が並んでいて、路地の猫たちは陽だまりを探して丸くなっている。


その日も仕事を終え、朝までお客様と過ごすエミルとは一度別れていつもの道を歩いていた。


石畳の上を、ヒールの音がコツコツと響く。


鐘も鳴らない時間、あたりは暗い。お客様に使いを出してもらって、店の馬車を呼べばよかった。


「……あれ、リューイ?」


角を曲がったところで、ちょうど彼と出会った。


肩章が月明かりに光る。相変わらず硬派なイケメンって感じで顔が良い。


「香奈ちゃん偶然だね。遅い時間までお疲れ」


「そっちこそ、こんな時間まで警備?」


「明日の式典の下見や最終調整が長引いてしまってね。貴族の行列なんて久しぶりだから、いろいろ面倒でさ」


彼は気だるげに肩を回すと、ふっと笑った。


「……送るよ。夜道は危ないから」


「いいよ。リューイだって疲れてるでしょ?」


「僕は兵士だからね。疲れててもレディを一人で帰すなんてできないさ」


そう言って先に歩き出す。


昔はこういうところで強がって断っていたけど、今は素直にありがたく感じる。


慣れって、怖い。


並んで歩きながら、他愛もない話をする。


新しいドレスのこと、お気に入りのアクセサリーが壊れたこと、店のマムに男が出来たこと。


リューイは相槌を打ちながら、笑って聞いてくれた。


「楽しそうだね、最近」


「うん、まあね。仕事も慣れてきたし」


「ちょっと前までの香奈ちゃんは、もう少し頼りなかったのに」


「失礼だなー。でも、確かにリューイに会った頃の私は何も考えてなかったしバカだったかも」


「バカっていうか、危なっかしかったんだよ」


少し間を置いて、リューイが言葉を続けた。


「今は――なんかちゃんと生きてる感じがする。良い顔してる」


この人は本当に、ちゃんと見てくれてるんだなと思う。


ふざけてるようで、時々そういうことを真顔で言うからずるい。



館の前まで送ってもらい、玄関先で軽く手を振る。


「リューイありがと、またね」


「うん。また今度、ご飯でも行こう」


「今度じゃない、すぐね」


「わかった。空いてる日あったらまた誰かに言伝しておいて」


そんな掛け合いをして、リューイは帰っていった。



扉を閉めたあと、しばらく玄関扉にもたれかかったまま動けなかった。


彼の靴音が聞こえなくなるまでその場を離れたくなかった。

見てくれてありがとうございます。

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