転移
ある日、十七年間生きてきた世界から、まったく違う世界へ転移した。
教室で友達と彼氏の愚痴を言い合っていたときだった。
突然、肩に何かがぶつかる感触があり、それと同時に視界が白く弾けるように光って次の瞬間、景色は一変していた。
さっきまで目の前にいたはずの友達の姿はなく、座っていた椅子も消え失せている。私は固い地面に背中から倒れ込み、思わず息を詰まらせた。
背後から人の話し声が聞こえ、驚いて上半身だけを起こす。そこには、同じクラスの男子三人――阿部、遠野、太田が立っていた。
彼らは「やばい」「これってもしかして」と、落ち着かない様子で小声を交わしている。
状況がまったく理解できず、頭の中が真っ白になる。
そのとき、横から控えめな声がかかった。
こちらを心配する声に視線を向ければ、同じクラスの女子が心配そうにこちらを見ていた。
スカートが捲れていることを指摘され、私は適当にそれを直し、差し出された手を借りて立ち上がる。
彼女の名前は山下。グループが違うせいでほとんど話したことはなかったが、その柔らかい雰囲気に少し安心した。
背が低く、丸顔で、いわゆる癒し系というやつだろう。オタクにモテそう、などと場違いなことを考えてしまう。
山下と二人で、直前まで何をしていたかを確認し合ったが、結局「気付いたらここにいた」という以上の情報は得られなかった。
ぼそぼそ喋ってた男子たちがこっちに来て結局5人で話し始めたけど、その3人 阿部、遠野、太田が言うには私たちは異世界転移をしたらしい。
神様が居ないのは変だとかステータスが出ないとか色々言ってるけど正直半分もわかんない。
「それで、僕等3人はとりあえず街を目指そうって結論になったんだけどそれでも良いかな?」
「うん、阿部君たちが言うなら私はそれで良いよ」
「私も動くのはいいけど街とかあんの?見渡す限り森じゃん、ここ」
「うーん。一応、道は整備されているからそこそこ主要な街道じゃないかと踏んでる。ここに留まるよりはマシだと思う」
眼鏡の阿部が主にしゃべって横2人はうんうんとうなずいている。
まだ日は高いけど、街までどれだけ遠いかも分からないから武器代わりの棒を各々持ったら固まってさっさと歩き始める。
最初は風や生き物で音が鳴るたびビクビクしていたけど途中からみんな慣れてきて色んな話をした。8割私が喋ってたけど。
山下さんとはだいぶ仲良くなってお互い下の名前で呼び始めた。
美穂めっちゃいい子。阿部とは幼馴染で仲良いらしくて、こっちに来る直前も一緒に話してたっぽい。
阿部は私ら2人の事を気にかけてちょくちょく休憩を入れてくれる。私らっていうか、多分美穂を気にかけてなんだろうなと思う。
付き合ってはなさそうだし、阿部の片思いじゃないかな。私こういうの外したことないし絶対そう。
遠野と太田は街に着いたらどうするかを2人で話し合っていて、あとはたまに出る蛇や虫を追い払ってくれた。なんか蛇も虫もデカくてキモイ。
◇ ◇ ◇
体感4時間くらい歩いてようやく、私たち以外の人に会うことが出来た。
大きな門の横で兵隊みたいなかっこをして立っているお兄さん。目つきは鋭いけど結構イケメン。
皆ビビっちゃって誰も話しかけないから私が名乗りを上げた。虫はマジで無理だけど人間相手なら任せてほしい。
「お兄さんすいませーん、ちょっと教えてほしいんですけど、ここって入るのに手続きとかいります?」
耳に髪をかけながら困ったような顔を作って話しかける。
「綺麗な脚のお嬢さん、王都の門は国民全員に平等に開かれているよ。お貴族様や商人以外なら昼の間はずっと出入り自由さ」
「よかった、教えてくれてありがとお兄さん」
「いえいえ。これも何かの縁だ、6の鐘には仕事上がれるんだけど良ければその後どうかな?」
げっ、こいつ見た目よりだいぶチャラそう。ぶりっ子するまでもなかったかも。
また今度ねーと適当に流して美穂たちと門を抜ける。目の前には幅の広い大きな通りがあって道の脇には屋台が沢山出ている。
フリーマーケットみたいな感じでちょっとテンションが上がる。
まだ街に入ってすぐなのに思っていたより人は多いし活気がある。
「これ、進むのも大変そうだな。山下、離れるなよ。久本さんも気を付けて」
「なあ遠野!向こう見てみろよ!馬鹿みたいにデカくてピンク色のトマトあるぞ!」
「でっか!つか人多っ!」
「香奈ちゃん、あの、手繋いでもいい?」
「いいよー。はぐれるとヤバそうだしね」
香奈は美穂の小さな手をぎゅっと握り返す。
5人はできるだけ小さく固まって歩き始めた。
門を出てしばらくは野菜や肉類が並ぶ露店が多く、その賑わいはここに住んでいる人たちの生活を強く感じさせた。
「うわっ!あれ海老?でかすぎんだろ!」
太田が指差す先では濃い深緑の巨大海老らしきものが整列している。日本で見る海老の5倍はある。
遠野は「あれホントに食えんのか……?」と若干引き気味だった。
香奈的には伊勢海老みたいなもんと思えば割とおいしそうに見える。
次第に屋台のラインナップは変わっていく。
市場の奥へ進むにつれて焼き肉や揚げ物の香ばしい匂いが鼻腔を刺激した。
「腹減ったぁ~」遠野が呟けば「呑気だな」と阿部が呆れ気味に笑う。
ご飯を食べる人の近くで楽器を持った吟遊詩人が歌を披露し、大道芸人が空中で複数のナイフを投げ合う。歓声と拍手が入り交じる空間。
美穂は目をキラキラさせていた。
「すごいね!まるでお祭りみたい」と小声で話しかけてくる。
「ね、なんかワクワクする」
周りを歩く人たちは全員がお伽話のような恰好をしていて、異世界って感じがすごい。女性は丈の長い簡素なドレスワンピースを着た人がほとんどだ。
先ほどから感じる視線は私たちの格好が浮いているせいか、と一人で納得する。
男性からは驚きと下心を感じる目線が、女性からは若干の嫌悪感をはらんだ視線が私たちへ向けられていて居心地が悪い。
5人はさらに進み噴水のある広場に出る。
噴水を中心に円形の広場が広がっており、周囲には雑貨店や装飾品店が並んでいる。
「できれば、ここで何か換金してこの世界の通貨を手に入れておきたい」と阿部が提案すると、「じゃあ、二手に分かれよう」と太田が即決する。
阿部と美穂、遠野と太田のペアでそれぞれ手分けして回ることになった。香奈は悩んだが、阿部に気を利かせてあげようと思い遠野と太田に付いていくことにした。
簡素な木の台の上に小ぶりでシンプルだが可愛らしいネックレスやブローチが並べられている。
人の好さそうな店主のおじさんが指輪を磨いていた。
「おじさんこんにちは。実はちょっとお金が必要で、これ換金できる?」
香奈が手持ちのピアスを見せると、おじさんは私たちを上から下までしっかり見て怪訝そうな表情をする。
ダメかも、と3人に緊張が走ったがそれを隠すようにずい、とおじさんの顔の前までピアスを出すと「おや、これは珍しいね」と言って慎重に査定を始める。
結果としてピアス一つあたり銀貨2枚という値段で買い取ってもらえることになった。
香奈の付けていたピアスの他には着ている服くらいしか持ち物がなかった3人はほっと胸を撫で下ろし、そのまま他2人と合流するために噴水の方へ戻った。
広場の中央にある石造りのベンチに5人は集まった。
噴水の水音が心地よく響く。
阿部がメガネの位置を直しながら話し始める。
「まず現金についてだが俺の持っていた定期入れを売って銀貨1枚と半銀貨を手に入れた。次に物価について、俺と山下でこの辺を一周見て回って分かったことを共有したい」
「パン1個が銅貨2枚。屋台の串焼き肉が1本銅貨4枚。宿屋は一番安いところで一人一泊大銅貨3枚から。これはベッドが無くて床に寝なきゃいけない共同の大部屋だそうだ。個室だと銀貨4枚から」
香奈が眉をひそめる。「銀貨4枚……。今のうちらじゃだいぶ厳しいね」
美穂が少し困った表情で言葉を継ぐ。
「あとね、この街は王都だから比較的治安はいいみたいなの。それでも、女の子が一人で夜に出歩いたりするのはやめておいた方が良いみたい」
「当分一人行動は全員しないでおこう。夜も宿にこもる。何があるか分からないうちはそうした方が良いと思う」
2人の話を聞いて異論は出なかった。
その後もいろいろ話し合った結果、宿は節約優先で1部屋だけ借りて雑魚寝をすることに決まった。
また、服が目立つのか視線を感じると話すと美穂も同じことを思っていたようで、すぐに広場内の店で安い服を買うことになった。
屋台の陰に隠れてコソコソ服を着替えた私たちは来た道を戻り始めた。太陽は西に傾き始め、市場はさっきよりもさらに賑やかになっている。
「香奈ちゃんは大丈夫?やっぱり女の子二人だけで泊まれる場所も探してみる?」
美穂が気遣ってくれるけど、私は首を振る。
「まー、皆でいるのが一番安全だし何よりお金は今後のためにも取っておきたいじゃん?美穂こそよかったの?」
こんな状況じゃあ仕方ないよと笑って言ってるけどちょっと無理しているようにも見える。美穂に手でも出そうもんなら3人ともぶっ飛ばしてやるんだから。
門に近づくにつれレンガや石造りのものから木造の古そうな建物が多くなっていることに気付く。
大衆酒場みたいな場所も見かけた。道に並んだ屋台にしか目がいかなかった行きでは分からなかった。
門のすぐそばまで着いたので、この辺の路地に入り門から少し離れつつ宿を探そうと決めた時、大きな鐘の音が鳴った。
「......今の音、時報か?」
阿部の呟きにと美穂が頷く。
「多分そうだと思う。噴水広場のさらにずっと奥に、高い塔があったからそれかも」
彼女は少し遠くを見ながら続ける。
「いま6回なったから、6時って事でいいのかな?」
「へー」
私と遠野と太田が声を合わせる。美穂ってよく見てんなぁ。
先頭の阿部について路地へ入ろうとしたその時──。
「やあ、美しい脚のお嬢さん。さっきの門でのご挨拶は覚えているかい?服装が変わっていたから、一瞬気付けなかったよ」
振り返ると、門で出会ったチャラい兵士のお兄さんが立っていた。夕陽に照らされた暗めの金髪が映える。
彼は私たちを見てニコッと笑ってこちらに近づいてくる。
「えーっと……あ!さっきの人?」
私が手をひらひらさせると、彼は嬉しそうにうなずいた。
「そうそう。覚えてくれててよかった。ちょうど仕事上がりでね。約束通り、今晩どうかな?」
彼はウィンクしながら誘ってくる。相変わらず軽いノリだ。
「あー……」
返答に詰まる私の横で、遠野がぼそっと漏らした。
「……ナンパ師?」
「遠野!」
阿部が慌てて嗜めたけどもう遅い。お兄さんはふっと笑った。
「まあそういう捉え方もできるね。ただ僕は純粋に可愛いレディと食事がしたいだけさ。
大方、君達3人は彼女ら2人が仕事に就くまでの護衛と言ったところだろ。まだ決まってないなら良心的な店紹介してやろうか?」
そこまで悪い人ではなさそうだけど、渋谷のナンパくらいぐいぐい来るなこの人。
太田は明らかに引いていて美穂は不安そうに私と彼を見比べている。
「いやー嬉しいけど今日はパスで」
私が言いかけたその時だった。
「……門番ならこの街には詳しいですよね」
阿部が一歩前に出て声をかける。
「お、なんだ少年?観光名所でも優しい婆の店でもなんでも答えられるぜ」
お兄さんは意外そうな顔をする。阿部は落ち着いた口調で続けた。
「俺たち、宿を探してるんです。できるだけ安くて安全なところがあれば教えてもらえないでしょうか?」
「それくらいお安い御用だ。こっちついて来な」
彼はさっさと歩き始めて路地に入っていく。慌てて5人で背中を追う。歩きながら、お兄さんは自己紹介してくれた。
「僕はリューイ・グランツァード。家が裕福じゃなかったから15歳から団に所属して働いてる。20歳にして班長様だ。ちなみに彼女募集中」
冗談めかして言う彼に太田が「班長なんだ!凄いね!」と無邪気な反応をする。
班長って、会社で言うとどんくらいなんだろ。
路地は車一台分は通れそうな広さで、いくつか酒場のような看板も見かける。リューイさんは迷わず歩きながら話し続ける。
「今から行く所はここいらの兵士が良く使う飯屋でね。泊りは一見さんお断りなんだが僕が紹介すれば大丈夫だろう」
リューイさんが美味くて安い店で尚且つ女将さんが働き者だと教えてくれる。
着いた宿は本当にいい店で、ちょっとうちらの基準だとボロッちかったけどそれも味って感じだった。
掃除は行き届いてたし、シーツはガサガサで固かったけどおひさまの良い匂いがした。
あとで皆で下に降りてご飯を食べに行こうって話してたけど疲れてたのか部屋についてすぐに眠気が来る。
下で待ってるリューイさんには悪いけど明日門に行って謝ろうと決め、瞼を閉じた。




