第8話:逃走と追跡。地下迷宮《ノス=ルイン》
セレオス郊外。
廃墟の奥に、口を開けるように存在する洞穴があった。
「ここが……牙が“殺されかけた”場所か」
覚の目の前に広がっていたのは、黒曜石のように鈍く光る階段と、瘴気に満ちた魔素の空気だった。
ラーナが言った。
「ここに逃げ込めば、普通の兵士は追ってこない。だけど……」
「……奴らなら来るな」
そう、“聖騎士団”。
牙がかつて所属し、そして――裏切られた組織。
「ゼンヴィス教国直属・聖騎士団第四部隊“祓滅課”が追ってきてるって話だよ」
ラーナが口にした名に、覚は息を飲む。
「第四部隊……隊長は……まさか」
「そう。牙を“あの地獄”に置いてきぼりにした、本人」
——アーデン・クロムウェル。
清廉潔白を装いながら、陰で多くの“不都合な存在”を処理してきた冷酷な聖騎士。
「今度は“牙のなり損ない”として、お前を消しにくる」
リリィが、怯えながら覚のマントを掴んだ。
「お兄ちゃん……怖いとこ、また行くの……?」
覚はしゃがんで、彼女の目をまっすぐ見た。
「今度は絶対、守る。あの日の俺じゃない。牙でも、覚でもない、今の俺が、守るんだ」
――その言葉に、リリィの胸の奥で、何かが共鳴した。
《リリィのスキル覚醒:魔素精律》
《古代魔術適応体質:コード種“ノア”が発動準備中》
ラーナが驚愕する。
「……嘘でしょ。まさか、リリィ……“コード種”だったなんて……!」
「それって……」
「異世界由来の魂にしか反応しない、“原初型の魔導因子”だよ。
彼女は……この世界の魔術を“再定義”できる存在」
そのとき、背後から轟音が響いた。
バリィィンッ!!!
洞窟入口の封印が粉砕される。
「見つけたぞ、“牙”。貴様は死んだはずだった。ならばこれは、異端だ」
鎧を纏い、槍を手にした男。
銀髪と冷たい灰色の瞳。
アーデン・クロムウェルが、降臨する。
「異端は、浄化されねばならぬ」
槍の穂先に光が宿る。
《スキル発動:天槍》
——迷宮の入口が、光に包まれた。
覚は叫ぶ。
「ラーナ! リリィを連れて先へ!」
「でも……!」
「大丈夫だ。牙の“記憶”が、ここで止まってる理由――
今、全部、取り戻してやる!」
光の中、覚とアーデンがぶつかる。
その瞬間――
《記憶共鳴:封印された記憶を開放》
《閲覧:牙の“最初の死”》
……当時の映像が、頭に流れ込む。
《アーデン「すまないな、牙。お前は“過ぎた力”を持ちすぎた」》
《アーデン「私の任務は“神の選別”。お前は“選ばれなかった側”なんだ」》
《牙「裏切ったのか……! お前は……!」》
ズゴォッ!!!!!
槍が、牙の胸を貫いた――その瞬間。
「もう一度、あの時の続きをやろうじゃねえか、アーデン」
覚の炎が、再び燃え上がる。
それは、牙の記憶と、覚の怒りが重なった“復讐の火”。