第5話:記憶の共鳴と、牙の過去
夜。焚き火の残光が、森の闇をかき消していた。
「……眠れないのか?」
ラーナの声に、覚は首を振った。
「いや、眠ってたはずなのに、気がついたら……」
——夢だった。
自分の夢ではない。
“牙”の記憶が、まるで映画のように流れてきた。
笑い合っていた仲間たち。
焚き火を囲み、傷を癒し、酒を酌み交わしていた夜。
その中に、いた。
——エルナ。
長い黒髪の神官の女。牙が最も信頼していた、“希望”そのものだった。
《牙、あなたなら絶対、大丈夫だから。私、信じてるよ》
その笑顔が、最後の記憶だった。
……そして、あの地下迷宮で。
「エルナ、助けてくれ……!」
——だがその時、彼女は背を向けていた。
《あなたには、“ああなってもらう”必要があったの。ごめんね》
「……ッ!」
焚き火が、パチンと弾ける音で覚は現実に引き戻された。
「裏切ったのは……エルナだった」
ラーナが少しだけ目を細める。
「……愛してた?」
「……いや、憧れてたんだと思う。信じてた。全部……本気で」
覚の声がかすれる。
ラーナは、黙って小さな果実を火にかけた。
その匂いが、焚き火と混じって優しく漂う。
「牙の記憶と、お前の意識。混ざってるんだね」
「……ああ。これが“共鳴”ってやつか」
《スキル共鳴:記憶の断片を取得。現在の同調率:38%》
《次の閾値で“真名”が解放されます》
「……真名? なんだそれ?」
《警告:真名の解放は、“自我の侵食”を伴います》
「……俺は、俺のままでいられないのか?」
風が強くなった。焚き火が、揺れる。
ラーナが静かに言った。
「それでも、生きるんでしょ?」
覚は、ぎゅっと拳を握った。
「――ああ。生きる。牙のためにも。俺のためにも」
「じゃあ、立ちなよ。牙」
ラーナの言葉には、迷いがなかった。
そのとき、木々の向こうに――黒い人影が現れる。
「よう。生き延びてたとはな、“牙”」
その声に、覚は拳を握る。
かつての仲間。牙を売った男の一人――
ガレム。重装歩兵の戦士だった。
「“追跡任務”に来た。残念だったな。ここで終わりだ」
覚はゆっくりと立ち上がる。
その右手には、炎が再び灯っていた。
「いや……ようやく始まったんだよ、“俺たちの復讐”はな」