第16話:クロスの宣戦布告──「全部なかったことにしてやる」
──ズバァァァッ!!!
空間の網膜が裂けたような音とともに、
その男は現れた。
漆黒のコードが足元に広がり、
歪んだ赤のオーラが彼の輪郭を撫でる。
「久しぶりだな、サトル」
覚の目が、見開かれる。
「……クロス……ッ!!」
「よう、ノヴァ。って呼ぶべきか。
お前も随分、きれいになったな? 昔は泣いてばっかだったのによ」
リリィの指先が微かに震える。
「……っ、クロス。あの日、牙兄を……」
「置いてきた? ああ、そうだよ。
でもな……俺が“お前たちを置いてきた”んじゃない」
クロスが両手を広げる。
その指先から、断片的な過去の映像が空間に投影される。
──第七層ダンジョン、転送の罠。
──閉じ込められる牙。
──泣き叫ぶアメリア(リリィ)
──立ち尽くすクロス。
──そして、彼の横に現れた、“フードの上位存在”。
「俺だけ、“選ばれた”。
この世界を観測し、“終わらせる鍵”として、な」
【クロスの正体】
名:クロス=ルヴィア
本名:神ヶ原 悠真
属性:干渉因子/選定破壊者
契約存在:「虚構の管理者“ミラー”」
クロス「俺はもう、選ばれる側じゃねぇ」
「世界に期待したって、どうせ裏切られる。
仲間を信じても、家族を想っても、結局“誰も助けに来ない”」
「だったら俺は、全てをなかったことにする。
“こんな世界、初めから無かった”ってことにしてやるよッ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!
虚数空間が悲鳴を上げる。
クロスの背後に、空間そのものを“吸い込む”ような黒球が浮かぶ。
それは、ただの魔法でも技でもない。
《因果情報の巻き戻し》
世界線そのものを逆回転させる、最終禁術。
「やめろクロス!! お前が消すのは、“俺たちの選択”だッ!」
「知るかよ!!
お前らがなんで“転生に価値”を見出せるのか、俺にはわからねぇんだよ!!」
──次の瞬間。
クロスの手が掲げられる。
バチン……バチバチバチ……バギィィィン!!
空間が“ひっくり返る”。
その光景は、まるで……何もなかった世界の記憶。
牙の魂が覚の中で叫ぶ
『やべぇ……このままじゃ、全部の歴史が塗り替えられる……!!』
『覚!! 今、最後の魂統合をやるぞ!!』
覚が頷く。
「わかってる。牙、行くぞ……!」
《魂統合・最終段階》
→ 鳳凰スキル・真名解放
→ “想い”を過去ごと焼き尽くす、唯一の拒絶手段
《真名:煌命焔・終焉ノ型》
鳳凰の翼が“黄金”から“紅蓮”へと変わる。
覚の眼が、一瞬だけ牙の眼差しに重なった。
「クロス……今こそ終わらせる。
この世界も、俺たちの罪も……未来の無力も!」
──ズドォォオオオオンッッ!!!!!
覚とクロス、魂と魂のぶつかり合い。
空間そのものが砕けるような衝撃。
クロスが言う。
「……それでも、まだ“希望”とか言うのかよッ!」
覚が叫ぶ。
「希望じゃねえ、“意志”だ!!!」
──ズギャァアアアアンン!!!
鳳凰の炎が、因果を焼く。
クロスの因子が、黒の核となって暴れ……
そして、徐々に……砕けていく。
クロスが、倒れた。
血ではない、記憶そのものが崩れていくような表情で、呟く。
「……なんで、俺だけ……置いてかれたんだろうな」
その時、リリィがそっと彼の手に触れる。
「……ごめんね。あの時……私も、助けられなかった」
クロスが、わずかに……笑った。
「……バーカ。だから全部、終わらせたかったのによ……」
──静寂。
虚数座標《NΦ》に、ふたたび“輪郭”が戻り始めた。
《選定者:確定》
→ 覚・リリィ・牙の融合存在、世界定義権限獲得
「お前たちは……次の世界を、どう定義する?」
その声はもう、敵ではなかった。
覚が目を閉じ、静かに言う。
「もう、転生なんていらねぇ」
「生まれた場所で、生き抜く力を“世界が与える”――そんな世界だ」
世界が再定義されていく。
命が、重みを取り戻していく。




