風に贈る名 【魔法聖女と魔炎の戦場】― ミリエル異譚 ―
王国歴1432年、カルセリア王国は崩壊寸前だった。
かつてこの地は、騎士の誓約と信仰の旗のもとに統一されていた。しかし、王位継承をめぐる兄弟の対立が、国土を二分する内戦へと変わっていった。兄アルベルト王子と弟セドリック公爵――二人の理想は、あまりにかけ離れていた。
そしてその隙をつき、南方のヴェルゼア連邦が弟側に肩入れする形で軍を進めてくる。
もはや、王国の命脈は風前の灯火。
そこへ、神託の声を受けて現れた少女がいた。
その名は、ミリエル。
白い魔獣〈スノウリープ〉に跨り、手にはアポリアの書の旗を掲げる。彼女は言った。
「私は神の導きにより、王国を救う者。兄王のもとで戦わせてください」
◇◆◇
兄側の王子アルベルトには、一人の若き騎士がいた。
名をクレイン・フォルカー。
正義感の塊のような青年であり、理想に燃えるがゆえに、現実に目を背けがちだった。
「この国は魂の運用で肥え太った貴族どもに支配されている!」
そう叫ぶクレインの父は、まさにその「魂の欠片(MP)」の資産運用で王国の上層を占める重鎮だった。
その矛盾に苦しむクレイン。
だが、ミリエルとの出会いが、彼の心に変革をもたらしていく。
◇◆◇
戦場は北西の要衝、トリスタ平原。
ヴェルゼアの魔法重装歩兵が押し寄せるなか、ミリエルは魔導銃を構え、風のように矢の中を駆け抜けた。
「祈りを、魔力へ!」
ミリエルが魔導カートリッジを銃へ装填する。その弾には、戦場に散った仲間たちの記憶が刻まれていた。
魔炎弾が夜空を照らす。
旗が翻り、スノウリープが咆哮する――
そして、その姿を見た兵士たちは叫んだ。
「聖女だ! 神の軍が来たぞ!」
◇◆◇
勝敗を分けたのは、勇気でも軍略でもなかった。
それは、
「信じるという行為」そのものだった。
ミリエルの登場は、王国の士気を一変させた。兵士たちは彼女の後ろ姿に、魂の輝きを見た。
クレインは剣を構え、こう叫んだ。
「私はミリエルの信じる世界に賭ける! 神の奇跡でも、幻想でもない。俺たちの祈りが、ここにある!」
◇◆◇
しかし、戦場の激闘のさなか、ミリエルは敵軍に捕らえられ、その身柄は神権国家ザラム教国へと送還された。
彼女の正体――それは、かつてザラムの巫女長が密かに育てた実の娘。
ザラムにおいて、巫女とは神の声を聞く者、すなわち預言者である。
神の意志を告げる存在として崇められてきたが、ミリエルのように正式な儀礼も承認もなく、突如として“神の声”を口にした者は、神を騙る異端とされる。
査問会議では意見が激しく対立した。
「神の意志を冒涜する異端者として処断すべき」――律法派。
「これは神が新たな時代を告げる兆しだ」――寛容派。
決定は下されぬまま、ミリエルはザラムの“聖域”へと幽閉された。
一方、カルセリア王国。
フォルカーは深い苦悩の末、ある決意を胸にユウトを訪ねる。
「君の力が必要だ。ザラムの聖域に囚われたミリエルを、取り戻したい」
ユウトは静かに頷いた。
「その祈りに、まだ命が宿っているなら、きっと救える」
魂の力と禁呪を携え、二人は神の律法と信仰の狭間に囚われた魔法聖女奪還のため、ザラムへの潜入を開始する――。
本作は、『アポリアの彼方』シリーズの外伝であり、信仰と戦争、魂と貨幣のテーマを描いた寓話です。
ジャンヌ・ダルクの史実と、魂を通貨とするアポリア世界の経済設定を融合させ、「なぜ祈りが人を動かすのか」という問いを描きました。
【登場人物】
ミリエル:神託を受けた少女。白い魔獣〈スノウリープ〉に跨り戦場を翔ける。
クレイン・フォルカー:カルセリア王国の騎士。正義感の強い理想主義者。
アルベルト王子:兄の王位継承者。内戦に苦悩しながらも国のため戦う。
セドリック公爵:弟の反乱軍指導者。ヴェルゼア連邦の支援を受ける。