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4.決戦前夜

■尾張・燃ゆる陽の砦「オダ・ドメイン・スタジアム」――夜


誰もいないグラウンドに、ひとつ、乾いたミットの音が響いていた。


「ッ……はあっ!」


汗と土にまみれたユニフォーム。織田信長は、ひとりマウンドに立ち、黙々とボールを投げ続けていた。


肩に疲労が溜まっても、フォームが崩れても、なお止めない。彼は誰よりも自分に厳しく、そして野球に誠実だった。


そこへ、スタッフが伝令に走り込む。


「信長様、チーム全員、ミーティングルームに集合完了とのことです!」


信長は一球、最後の力でストレートを投げ込むと、振り返った。


「ようやくか。いいだろう――叩き直す時間だ」


屋内練習場。


選手たちは泥だらけのまま、重い足取りで並んでいた。連日の猛練習。チームは疲弊しきっていた。


その中を、信長が高圧的な足音で現れる。ピッチャーグローブを手に、目には一切の甘さも情けもない光。


「ボロボロだな。もう限界か? ……ならここで辞めろ。“革命”を名乗る資格などない」


重く響くその言葉に、誰一人反論できない。


信長はスクリーンを操作すると、次の対戦相手――美濃ナイトスパイダーズの試合映像を映し出した。


「公式戦の次の相手は斎藤道三。奴の野球は、徹底したマニュアル野球。スモールベースボールの極地。無駄を削ぎ、全員が機械のように動く。……だがな」


信長の目が、静かに光を増す。


「――それは、俺たちの革命野球と非常に近い」


ざわつくチーム。


「だが、似て非なるものだ。奴らの野球は“従属”だ。型に嵌った優等生どまり。俺たちは“破壊”と“創造”の野球だ。――根本から違う」


信長は拳を握りしめ、言い放った。


「戦術じゃ勝てん。分析でも互角だ。今回試されるのは、チームとしての“地力”だ。誰かの閃きに頼るんじゃない。全員で勝つ。それができなきゃ、おまえたちはただの寄せ集めだ!」


その怒声は、まるで球速160キロの直球のように突き刺さった。


「俺は、おまえたちを信じている。だから容赦しない。自分を律せ。仲間を支えろ。勝利は、全員の上にしか降ってこない!」


信長の言葉が、鼓動となって広がっていく。


「さあ、戦闘態勢に戻れ。“本当の試合”は、これからだ!」


革命の投手、織田信長――

その背中が、沈黙するチームに再び炎をともした。


重苦しいミーティングが終わり、選手たちは無言のままベンチへ向かう。

だが、その中でひときわ明るい声が響いた。


「いや〜、信長さまってば相変わらず怖いわぁ!でもアツいよねぇ、アツすぎてグローブ焦げるわ!」


小柄な体を飛び跳ねるように動かしながら、秀吉が誰に言うともなく声を上げる。


「おい秀吉、ふざけてるとまた本気で怒られるぞ」


隣を歩く前田利家が肩をすくめながらも、どこか楽しそうに言う。


「だって〜、あれで“俺は信じてる”とか言うんだよ?ツンデレすぎない!?可愛いかよ!」


「誰が可愛いんだ誰が」


背後からずっしりと重たい声が響く。振り向けば、鬼のような表情の柴田勝家が仁王立ちしていた。


「ッス、すみません勝家姉さん!!今日もお美しいッス!!!」


瞬時に敬礼し土下座の勢いで頭を下げる秀吉。


「おまえ、試合前に膝壊すなよ……」


と、利家がぼそっとツッコむ。


すると今度は、滝川一益が真顔でスコアブックを開いたまま呟く。


「さっきの信長様の演説、だいたい3分45秒。心拍数平均145。感情のピークは“全員で勝つ”のところ……記録しておこう」


「いや一益、そういうの試合でやってくれ……」


チームの中に、徐々に笑いが戻ってくる。


そんな空気を感じながら、ベンチの端に座っていた丹羽長秀が静かに立ち上がり、誰にともなく言った。


「でもさ……本当に、信長さまは誰より練習してる。だからああやって言えるんだよね。やるか、みんな」


「次もみんなで勝つぞ!」


「打って走って革命だー!!」


泥と汗にまみれた尾張デビルズの少女たちが、もう一度グラウンドへと歩き出す。

その背中には、笑顔と共に、確かな決意が宿っていた。


ネオンも灯らない簡素なグラウンドに、ぼんやりと照明が差し込んでいた。

重い空気の中、誰もが声を出さず、ただ黙々とバットを振り、ボールを投げていた。

木下藤吉郎ショート

「うふふ〜♪ どーしよっかな〜、明日、ファーストにバウンド投げちゃおっかな〜、あえて♡」

口ではふざけていても、グラブを持つ手は真剣そのもの。

その額には乾きかけの泥がこびりつき、膝の包帯は何度も取り替えた跡。

今日だけで何本、ノックをさばいたか数えきれない。

「でも……本音を言うとね、ちょっとだけ怖いんだ。道三ちゃんって、ホントに機械みたいだからさ」

それでも笑う。誰にも見せない顔で。

「でも、信長ちゃんの革命ってやつ、けっこう気に入ってるんだよね。うん。だから、ちょっとくらい怖くても……うふふ、やってみる価値ありそだね★」


前田利家ライト

「全身バッキバキ……。けど、オレはまだ走れる……はず」

ガムを噛みながらグラウンドを何周目かのラン。

泥でベタつくユニフォームに、なぜか風が気持ちよかった。

「信長の姐さんが『全員で勝つ』って言ってたろ? それが出来たら……本物だよな」

藤吉郎が笑顔ながらも今にも倒れそうな姿を横目に、次のダッシュの準備をした。


柴田勝家キャッチャー

「……明日は、一球たりとも無駄にできん」

膝を庇いながらも、ミットを鳴らし続ける。

いつもは無口な彼女が、今日はぽつりと呟いた。

「信長様の真意……、わかりかけている気がする。これは“勝ち方”の革命じゃない。“生き方”の話。

私が信長さまをリードするぐらいの気持ちでいないと。」

その背中は、ずっと支える気だった。どこまでも。

________________________________________

織田信長ピッチャー

薄暗いブルペン。

誰もいないマウンドに立ち、グローブを握る。

グラウンドからバッティング音が聞こえる。藤吉郎あたりの悲鳴も混じっている。

「……全員、限界だな。だが、それでいい」

風がポニーテールを揺らす。

その瞳は静かに燃え、星の光をも溶かしていくようだった。

「明日、革命を起こすのは俺じゃない。おまえたちだ」

壁際に設置されたホワイトボードには、丁寧な手書きの分析メモ。

“斎藤道三”という名の上には、赤いペンでこう書かれていた。

「革命の価値は、対等の敵を超えてこそ証明される」

信長はボールを持ち上げ、ゆっくりと握った。

その指に込められた意志は、かつての戦国の火よりも熱かった。

「……この革命は、俺たち自身のためのものだ。勝って証明する。今こそ、尾張に炎を灯せ」

彼女は、静かに目を閉じる。

明日という日が、すべてを変える日であることを信じて。


■ 美濃・宵闇の戦略殿「ナイトスパイダー・ドーム」――夜

美濃の屋内練習場。

張りつめた静寂の中で、機械のように動く選手たちの足音とボールの跳ねる音だけが響いていた。

斎藤道三は、黒衣のまま壇上に立ち、チームを見下ろしていた。

その目には情熱も怒りもない。ただ、研ぎ澄まされた冷徹な光だけがある。

彼女が、口を開いた。


「――明日、尾張と戦う。だが、恐れることはない」


淡々と、それでいて一分の隙もなく、言葉は空間を支配していく。


「相手が誰であろうと、我らが行うのはひとつ。“定式通りの野球”だ。

一球ごとの位置取り、全員守備、徹底したランサポート、塁上の制圧。すべては既に、記されている」


彼女は手元のタブレットを操作し、巨大なスクリーンに尾張デビルズのデータを映し出す。


「まず尾張軍の要注意選手を共有する。まず言わずと知れた織田信長。型破りな球種でバッターを翻弄し奇襲的な采配で知られた。東海一のピッチャー、今川義元との投手戦にも負けるに劣らずだったが、所詮はデータが揃えば対応可能。序盤によく観察し、対応せよ。

次に木下藤吉郎。動きは速く、塁に出るとやっかいだが、そこで惑わされるな。失点は覚悟で後続打者を確実に仕留めよ。

同じく新人の前田利家、好打者だがムラがある。冷静に対処せよ。

柴田勝家。長打力があるが、利家と同じく安定感にかける。勢いづかせるな。またフレーミングに信頼は置けるが、可動域が狭い」


無表情のまま、対戦相手を次々に分析し切っていく道三。


「……先日の今川軍の敗北。あれは“事故”だ。奢りからくる分析不足であった。

あの程度の戦術で我々が崩されるなど、本来あり得ない。『機械の誤作動』と考えるべきだろう」


一部の選手が、小さく笑う。


「“革命野球”? 笑わせるな。そんな無秩序な野球が、我らに勝てるはずがない」

「今回は地力で押し切るだけだ。遊びはここまでだな」


軽口をたたく者すらいる。勝利を疑っていない。


その空気の中で、道三はふと手を止め、静かに言った。


「――だが、侮るな」


空気が凍る。


「油断は最大の誤作動を招く。革命とは、時に、既存のすべてを破壊する力を持つ。

“信長”という存在は、我らのシステムと最も相性が悪い。“個”を基軸とした波状型戦術は、我らにとっての“毒”だ」


一瞬の間ののち、道三は言葉を締めくくった。


「よって、明日の戦術は標準通り。誰も逸脱するな。私がすべてを制御する。

勝利とは、正しき手順を正しく行うこと。それ以外の方法を、私は認めない」


その目には、絶対の確信が宿っていた。


「以上。各自、行動パターン21-Bに基づき、就寝準備。明朝五時、集中最終シミュレーション開始」


チームは一糸乱れぬ動きで解散を始めた。規則のもと、静かに、精密に。


だがその中に、ひとりだけ、違う空気を纏った者がいた。


竹中半兵衛サード

空になった戦術ルームに、一人だけ残っていた。

彼女はホワイトボードの前で立ち止まり、指でなぞっていた。戦術図――尾張デビルズ戦、前回の“誤作動”。


「……本当に“事故”だったのかな……?」


彼女の指が、信長の投球ルートに引かれた赤いラインの上で止まる。


「前回の彼らの動き、ただの偶然じゃない。……むしろ、“意図”が見えた。自分たちのルールで動く、強烈な意志が」


天才参謀――そう呼ばれる彼女の頭の中では、既に次の十手先まで読まれている。

けれど、道三の指示に逆らうことは、組織の“誤作動”を意味する。


「私は……間違ってるのかな」


自問する声は、誰にも届かない。


「でも、なんだろう。怖いんだ。あの信長って人、普通じゃない。何かを“変えてしまう”人の気配がする」


静かに、スクリーンに映る信長の顔を見つめる半兵衛。


「……機械が間違えた時、人間はどうするんだろうね、道三様」


ただ、彼女の目の奥にだけ、

まだ誰も気づいていない“異常な未来”の兆しが、静かに瞬いていた。

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