28.師弟の間合い
六回表。浅井・朝倉ベースボールクラブの攻撃は、一番から始まった。
マウンドの信長が深く息を吸う。観客席の温度が一段上がったような圧。 光秀に浴びせられていたそれとは質が違う。刺すように鋭く、迷いを許さない勝ちに来る気配だ。
彼女の投球時では正確無比ではあったが、今まではどこか“測る”ような入りで、打者もまだ探り探りのスイングだった。しかし――今は違う。信長の登板と同時に、A&A打線の目つきは鋭さを増していた。
バットの振り抜きが速くなり、ステップが半歩分前に出ている。全員が「打ち崩す」ためのスイングを、初球から全力で放ってきていた。
夕暮れの光がスタンドの青と白を染め、観客の声援が風に乗る。マウンドには信長。金の瞳が細く光る。捕手・松永久秀は膝を落とし、涼やかに笑みを浮かべた。ミットを構えた久秀が、わずかに顎で合図を送る。
「さて……甘い球でも投げたら一瞬で持ってかれるぞい、ぬし」
信長が小さく頷く。その間合いは、師と弟子が呼吸を合わせる瞬間のようであった。
一番・真柄直隆
真柄は黒髪を高く結い、足場を確かめるようにスパイクを踏みしめた。初球、内角ギリギリのツーシームをすくい上げるように叩く。2球目、外角いっぱいのスライダー。わずかに芯を外された打球は遊ゴロ……のはずが、真柄は一塁へダイブ。判定はセーフ。
明らかに、4回までとは別の前傾姿勢だ。俊足が光る出塁。
「ほう……あの足は厄介よの」
久秀はマスクの奥で片眉を上げ、次のサインを送る。
________________________________________
二番・磯野員昌
「こやつ、前で捉えるのが得意じゃ……ならば一度、泳がせてみるか」
初球・外角チェンジアップ。二球目・高め直球。そして三球目、落ちるフォーク。2-1からの四球目――鋭い打球が左中間へ飛んだ。場内が一気に沸く。だが、わずかにミートポイントを狂わせられており、打球は伸び切らない。レフト・佐々成政がフェンス際で捕球。一死一塁。
________________________________________
三番・朝倉義景
義景は白手袋をきゅっと締め、優雅な足取りで打席へ。その目は監督としての分析と、打者としての闘志を同時に宿している。
「外低めで引っかけさせよ……あやつ、舞台は自分で整えるのが好きじゃからな」
久秀の読み通り、義景は外角低めのツーシームを三遊間へ。だがショート藤吉郎が華麗な一歩目で捕球し、素早く二塁封殺。二死一塁。
________________________________________
四番・浅井長政
打順がアナウンスされると、スタンドのボルテージが一気に上がる。艶やかな緑髪がふわりと揺れ、琥珀の瞳が真っ直ぐに久秀を射抜いた。久秀は面越しにその視線を受け止め、わざとらしく首をかしげる。
「……お手柔らかに頼むよ」
「くく……数年前から同じ台詞か。成長がないのう」
バットを肩に預けたまま、長政が笑う。
「じゃあ今日は、初めての本気でお願いしようかな」
「ぬし、すぐに天狗になる癖、治っておらんじゃろ」
初球、バックドアのスライダー。見送りストライク。二球目、フロントドアのツーシーム。1-1。
三球目、高め直球。空振り。1-2。久秀の右膝が静かに沈み、銀の髪飾りが陽を弾く。
「……今じゃ、外、落とせ」
信長の腕がしなり、外角低め――沈むフォーク。長政のバットが空を切った。スイングアウト三振。
通りざま、久秀がにやりと笑う。
「お手柔らかと言うから、この程度で済ませてやったぞ」
長政は小さく肩をすくめ、
「なら次は遠慮しないでくれ」
と返す。その声にほんのわずか、悔しさがにじんでいた。
________________________________________
こうして六回表、A&A打線が序盤とは比べものにならない圧力をかけてきたにもかかわらず、信長の投球と久秀の采配が一つずつ封じ、六回表を無失点で切り抜けた。 ベンチへ戻った久秀はマスクを外し、風に銀髪を遊ばせながら笑う。
「さて……そろそろいいじゃろ。」
六回裏。尾張の攻撃へ。




