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19.「進化する尾張デビルズ」

温泉から戻ったばかりの夜――

湯気の余韻を残すまま、信長はミーティングルームへと呼び出されていた。

待っていたのは、森蘭丸。

部屋の照明は落とされ壁際のプロジェクターが淡く光を放つ中、

彼女は一枚のスライドを静かに示す。


「信長さま、次の公式戦の対戦相手が決定しました」


表示されたのは、あの名前だった。

信長の表情は、まるで波一つない湖のように静かだった。


「……であるか」


短く呟くその声の裏に、わずかな熱があった。

しばしの沈黙ののち、信長は振り返り、言った。


「全員を、ここに集めよ」



やがて、尾張デビルズの面々がミーティングルームに集まる。

信長はホワイトボードの前に立ち、静かに一言。


「次の対戦相手――浅井・朝倉ベースボールクラブである」


張り詰めた空気が、一瞬だけ流れる。

信長はそれを感じ取り、次の言葉を用意していた。鼓舞し、不安を打ち消す言葉を――。

(来るか――動揺、焦り、狼狽……)

信長は皆の顔を見渡し、喝を入れるつもりで構えていた。


しかし――

先に言葉を発したのは、木下藤吉郎だった。


「んー、そんな予感してたよね〜★」


軽く伸びをしながらそう言うと、すぐ隣で前田利家がニカッと笑う。


「だな! むしろ、ここで倒さなきゃ意味ないからね!」


竹中半兵衛は真剣な眼差しでデータシートを手に言う。


「浅井・朝倉はお市だけじゃありません。他のピッチャーも抑え投手も、データ通りに来ないときがある。注意が必要です」


滝川一益は眼鏡を押し上げ、静かにうなずく。


「お市のピッチング、最終段階の対策に入りましょう」


その一方で、森長可は腕を組んでにやりと笑う。


「控え組も全力で臨むぞ。こっちも層を厚くしていく」


蜂須賀小六も頷きながら付け加える。


「みんな、腹くくってるみたいやな。ええ感じや」


それぞれが、それぞれの言葉で、すでに“次”を見据えていた。

動揺も、狼狽も、疑念も――一切、なかった。

そのまま全員が自発的に席を立ち、次の練習準備へと移っていく。

まるでもう、ここで話すことなど何もないといわんばかりに。

やがてミーティングルームには、信長と森蘭丸だけが残されていた。

信長はその場でぽかんと固まる。


(……我が喝を、待っていたのではなかったのか)


それが今は――

誰もが当然のように、戦う構えを持っていた。

森蘭丸はその様子をみてクスクス笑いながら、


「ふふっ……もう、皆は“信長さまに引っ張られているだけ”じゃないのですよ。」


静かな言葉が、信長の胸にすとんと落ちた。

信長は、ゆっくりと目を閉じ、そして微笑む。


「――そうだな。ならば、我もその成長に応えねばなるまい」


その声に、チームの士気がまたひとつ、上がった気がした。



【越前国・浅井・朝倉ベースボールクラブ ナイター練習場】

静まり返った夜のグラウンド。照明が白銀にきらめくなか、捕手・浅井長政はキャッチャーミットを構えてしゃがみ込む。

その眼差しは柔らかくも、鋭い光を宿していた。


マウンドに立つのは、浅井・朝倉ベースボールクラブの秘密兵器――お市。

以前、尾張デビルズとの練習試合で登板したときは体力不足で短い登板だったが、今や彼女の瞳は迷いなく燃えている。


「相手、決まったって」

長政が軽く声をかける。ミット越しに微笑を浮かべながら。

「尾張デビルズ。信長さんたちさ」


お市の表情が一瞬だけ引き締まり、そして静かにうなずく。


「…そうですか。なら、初回から完封狙いで行きます」


「おお、強気だね」

長政は少し驚いたように肩をすくめつつも、満足そうに頷く。


「今ならできる。あのときと違って、体力も、精神力も、積み上げてきましたから」


その返答に、長政は軽く笑いながら立ち上がり、ヘルメットを取って風に髪を揺らした。


「ふふ、心強いな。でもね、もし向こうに“越後の雪姫”や“甲斐の龍”がいたら、ちょっと話は変わってたよ?」


「上杉謙信や武田信玄がいたとしても関係ありません」


お市は静かに、しかしはっきりと口にした。


「お姉さまの“革命野球”――それを打ち砕くのは、私です。……長政さまとともに」


琥珀色の瞳が、ナイターの光を受けて強く輝く。

長政はその気迫に一瞬息を呑み、それから満足げに目を細めた。


「ふふ……お手柔らかに頼むね。僕は全力で受け止めるよ――君のその意志も、球も、ぜんぶね」


こうして、浅井・朝倉のバッテリーは静かに、しかし確かに、尾張との再戦に向けて火を灯した。




【尾張・尾張デビルズ練習場】

温泉で英気を養ったのもつかの間――

尾張デビルズは次なる公式戦に向け、再び猛特訓の渦中にあった。

球音が響き、掛け声が飛び交うグラウンドの隅に、

ひときわ小柄で、童子のような風貌の人物がひとり。

誰よりも堂々と、当たり前のようにその場に立っていた。

そう。それは、かの“野球仙人”――松永久秀である。


「やはり、おぬしらの“チーム”そのものも見てみたいのう。ふむ。よし、決めた!」


と言い出し、誰よりも自然に「そこにいる」のだった。


「それにしても……うむ、でびにゅんの新バージョン、やはり可愛いのう」


…練習中に何を見ているのかはさておき、

仙人はすでに尾張デビルズのメンバーに溶け込んでいた。


そのころ、信長は一人ベンチに腰を下ろし、黙考していた。

彼の手元には、公式戦の通知書がある。

そこにはこう記されていた。


「なお、本戦におきましては、チーム規模の不均衡を考慮し、一部球団に限り、

他球団からの“助っ人”選手の起用が特例として認められております。」

尾張デビルズは、その対象チームとなります。

と記載している。


「助っ人か……道三殿のところから帰蝶を借りて、投手陣の補強をするか……」

独り言のように呟いたその袖口を、後ろからちょんちょんとつつく指。


「わしわし」

 小さな声とともに、仙人・松永久秀が小柄な体でつついてくる。


(信長、無反応のまま思案を続ける)


「あるいは、三河から……家康を……いや、さすがに本人は出せんか。本田忠勝あたりをお願いして打線強化を図るか――」


「わしわし……わしじゃて」


なおも懲りずに袖を引っ張りながら、久秀は小声で主張を続ける。

ついに信長はイラッときて、勢いよく振り返った。


「うっとおしいわ!誰じゃ!? 今は大事なことを考えておるんだ!!」


 そこに立っていたのは、満面の笑みを浮かべた松永久秀。


「だからのう~。わしが助っ人として出てやると言っとるんじゃよ♪」


 その言葉に、隣にいた斎藤道三の目が見開かれる。

「……!」


 瞬間、場の空気が一変する。

 道三は静かに、だが力を込めて言った。

「信長、久秀様が試合に出るとなれば――上杉謙信や武田信玄を招く以上の戦力アップだぞ!」


「……そ、そうかもしれぬな……(戦力的には確かに……だがリスクも……)」


そんな信長の内心など気にする素振りもなく、久秀はもうやる気満々である。


「ふふふっ、久しぶりの実戦じゃのう。腕が鳴るわい」


信長は冷静さを取り戻すように、やや間を置いて尋ねる。


「ちなみに、どこを守れるんだ?」


信長は冷静に尋ねる。久秀は肩をすくめて、軽く笑った。


「どこでもじゃ。苦手なポジションなんぞ無いわい」


(冗談で言っているようには見えぬ……こやつ、マジでどこでもこなせるのか……?)

 信長は内心、顔を引きつらせる。


「わ、わかった。とりあえず……序盤はベンチで様子を見てくれ。」

ひとつ深呼吸し、信長は決断した。


「もちろんそのつもりじゃ。まずはベンチから、敵チームの癖をじっくり観察させてもらうとしようかのぅ。ニシシ……」

久秀はニヤリと笑い、悪戯っぽく片目を細める。

道三が、腕を組んだまま口元を緩める。


「練習試合では惨敗したが、今回は――いけるかもしれんぞ!」


信長は拳を強く握りしめ、ゆっくりと立ち上がった。


「当たり前だ。倍返し――いや、十倍にして返してやる」


 松永久秀の底知れぬ笑みと、織田信長の漲る闘志。

 それが交錯した瞬間、尾張デビルズのベンチに、不敵な熱気が満ちはじめていた。

嵐の前の静けさ。だが、このベンチに渦巻く“異質な戦意”は、確かに告げていた。

――ここからが、本当の戦いの始まりだと。


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