2.織田軍の革命野球
雨がしとしとと降りしきる桶狭間球場。濡れたグラウンドに映えるのは、可憐で凛々しい美少女戦国武将たちの姿だった。
マウンドに立つのは、金色のポニーテールを揺らす織田信長。彼女の瞳は強く、冷たくも輝いている。
9回裏ツーアウトでカウントは4-5。一打サヨナラのチャンス。
三塁には、無邪気な笑顔が印象的な木下藤吉郎、そして二塁には気丈な前田利家。皆が信長の打席に期待を寄せていた。
そんな彼女たちの前に立ちはだかるのは、今川義元――凛とした佇まいの美少女ピッチャー。圧倒的な投手力で尾張軍の打席をねじ伏せてきた今川義元にもこの雨の中、疲労は隠せないが、東海一の弓取り(ピッチャー)の誇りを胸に、彼女は声高らかに宣言した。
「余は東海一の弓取り(ピッチャー)であるぞ!」
その言葉と共に、彼女の放つボールは鋭く飛んだ。豪速球、変化球、多彩な球種が織田軍の打者たちを翻弄する。
そして、打席に立つ織田信長。金髪のポニーテールを揺らしながら、静かに呟いた。
「我は戦国野球の革命児、信長よ」
バットを握る手に力が込められ、球筋を見極めたその一打は、雨の中に光を放つように強烈だった。
「カキーン!」
ボールは鋭くライトスタンドへ飛び、三塁の木下藤吉郎が猛ダッシュでホームイン。前田利家も着実に塁を進む。そして、ホームに突っ込む。
観客席からは歓声が沸き上がり、織田軍は劇的なサヨナラ勝ちを収めた。
この一打が、戦国野球界に革命をもたらす予感を、誰もが感じていた。
さかのぼること数ヶ月前。尾張デビルズ主将就任の日。
尾張デビルズは戦国プロ野球中部リーグ最弱のチーム。敗北が日常化し、士気は低く、選手たちは無気力だった。
「このままではいけない」
織田信長は冷静にチームを見つめ、静かに決意した。
「私が変える。科学と戦略でこのチームを強くする。」
初のミーティングルームで、信長は熱く語った。
「敵の癖、球種、フォーム。全部分析し尽くそう。感覚だけじゃない。データこそが真実だ。」
前田利家は腕を組みながら呟いた。
「豪快なスイングだけじゃ勝てん。タイミングも科学的に追求する価値はあるな。」
木下藤吉郎は笑顔で応えた。
「俊足を活かすためにも、動きの癖を直そう。繰り返して体に覚えさせるんだ。」
初の合理的練習風景
翌日。朝焼けのグラウンドに、選手たちが集合。いつもの根性論とは違う、新しい練習が始まった。
信長は最新の投球解析器を手に説明する。
「これで球速、回転数、変化量を測定する。投手の弱点もわかるはず。」
投手の明智光秀はスマートフォンのような端末で投球を解析しながらつぶやいた。
「フォームは独特だが、腕の振りを少し変えるだけで球種の切れが変わる。」
信長は投げ、投げ、投げ続けた。汗が滴り、膝が震えるほどの量だ。
「もっと正確に、もっと鋭く。」
その言葉を背に、柴田勝家が声を張る。
「気合だ、気合!やる気がなければ何も変わらんぞ!」
佐々成政は不機嫌そうに腕を組みながらも、チームメイトの鼓舞に心を動かされていた。
科学的守備練習
森蘭丸はデータタブレットを駆使し、相手打者のフォームを映像解析。
「この選手の打球は右方向に弱点がある。次の試合でそこを突く。」
藤吉郎は内野を駆け回り、送球練習を繰り返す。
「守備は一瞬のひらめき。体だけじゃなく頭も鍛える。」
信長は瞑想も取り入れ、集中力を高める訓練も始めた。
「メンタルは技術と同じくらい重要だ。」
チーム内の火花
柴田勝家は激しく練習に打ち込み、佐々成政と火花を散らす。
「お前の捕手はまだまだだ、勝家。」
「口だけじゃなく、結果で示せ、成政!」
互いのライバル心がチームの結束を強めていく。
蜂須賀小六は関西弁で軽妙に場を和ませる。
「おい、藤吉郎、もっと盗塁速ならなあかんで!」
お市はチア衣装でベンチから応援し、チームのムードメーカーだ。
迫る今川軍の脅威
ある日、森蘭丸が暗い表情で告げる。
「今川義元軍が迫っております。準備はよろしいですか?」
信長は冷静に答えた。
信長はグラウンド中央に立ち、深呼吸をした。彼女の眼差しは遠く東海の空を見据えていた。
「ただ闇雲に強くなるだけじゃない。戦いは頭脳戦だ。データを活かし、相手の心理も読み解く。」
その言葉に、前田利家が声を潜める。
「信長様の戦術は我らの誇り。だが、実践でこそ真価が問われる。」
柴田勝家は険しい顔つきで頷いた。
「守備においても、無駄のない動きが求められる。疲弊しては勝てん。」
一方で、佐々成政は疑念を抱いていた。
「データだ分析だと言うが、そんなものが実際の勝負で役立つのですか?」
信長は佐々を真っ直ぐ見つめた。
「確かなことは、感覚だけに頼っていては限界がある。無駄を省き、効率的に勝利を掴むのが新時代の戦国野球だ。」
そんな折、チームの投手陣に異変が訪れる。
明智光秀が突然の故障で、練習を休む日々が続いた。信長は心配の色を隠せなかった。
「光秀がいなければ、我らの投手陣は厳しいな...」
しかし、蜂須賀小六が笑顔で言った。
「大丈夫や。みんなでカバーしたらええねん。」
この言葉に励まされ、尾張デビルズの選手たちは結束を強めた。
ある日、信長は全体練習でこう宣言した。
「今日からは実戦形式の練習を増やす。情報戦に勝つためには実際に勝負を経験し、対応力を高めなければならない。」
練習試合の日、尾張デビルズは同じ中部リーグの強豪、織田義父軍と対戦した。
打撃陣は信長の指示のもと、対策を練った球種を待ち構え、守備はデータ通りに動いた。
試合は手に汗握る攻防の連続。
柴田勝家の渾身のスライディング、前田利家の豪快なバット、藤吉郎の華麗な守備で観客を沸かせた。
試合後、佐々成政が信長に歩み寄り、静かに言った。
「認めます。信長様のやり方は間違っていなかった。」
やがて、尾張デビルズは練習で得た力を携え、今川軍との本戦に挑む。
「彼女の球を恐れるのではなく、科学で攻略する。尾張デビルズの革命はまだ始まったばかりだ。」
雨で湿ったグラウンドは重く、選手たちの足取りを鈍らせていた。
マウンドには今川義元。彼女の放つボールは冷酷に鋭く、まるで東海一の弓取りの矢のように一直線に打者を貫いた。
尾張デビルズの打者たちはその球威と巧みな変化球に翻弄され、初回から連続三振を喫する。
「見ろ、あの球筋!」蜂須賀小六が舌打ちしながら言った。
「尾張デビルズ、甘くはないぞ!」
守備でも今川軍の外野手たちが俊敏に動き、打球は確実に処理されていく。
三塁手の今川の姫は、華麗なグラブさばきで何度も尾張の攻撃の芽を摘んだ。
信長はマウンドからの今川の投球を目で追いながら、額に汗を滲ませた。
「このままでは勝てぬ……」
ベンチ裏では柴田勝家が荒い息をつき、前田利家が歯を食いしばっている。
「まだ、諦めるな!」信長は声を張り上げた。
しかし、今川の冷静な投球術は続き、尾張の打線は完全に封じられていた。
「試合はまだ序盤。だが、これほどの相手にどう立ち向かうべきか……」信長は己の戦略を必死に練り直す。
ベンチに戻ると、森蘭丸が迅速にデータを示した。
「信長様、右打者にスライダーが有効のようです。特に前田利家選手の過去の対戦データによると、スライダーに弱点があります。」
信長はその数字を一瞬で把握し、戦術を修正する決意を固めた。
「よし、次の攻撃で狙うのはそこだ!」
その指示を受け、尾張デビルズは次第に今川の投球パターンを読み始めた。
だが、攻撃の手を緩めることは許されない。
内野を守る木下藤吉郎が全力で打球を追い、相手の反撃を食い止める。
だが、投手陣はまだ信頼できる完成度に達していない。
控えの明智光秀はまだ復帰できず、信長が初回からマウンドに立って投げざるを得なかった。
その投球は必死の思いが滲み出ていたが、制球に乱れも見え始めている。
「自分にできるのはこれだけだ……!」信長は己のすべてを込めてボールを放つ。
しとしとと降り続く雨は、まるでこの戦いの厳しさを象徴するかのようだった。
桶狭間球場の濡れたグラウンドに、細かな水滴が音もなく落ちていく。
三塁ベースのところで、小さな体を屈めて身構えているのは木下藤吉郎。
透き通るような白い肌に、ピンクの艶やかなツインテール。
泥で少し汚れたユニフォームも、彼女の純粋で繊細な雰囲気を際立たせている。
普段は無邪気で明るい彼女だが、今この瞬間だけは違った。
その大きな瞳には、闘志と決意がぎゅっと詰まっている。
「ここまで来たからには、絶対にホームを踏みたい…信長様のために、みんなのために!」
小さな胸の内で何度も繰り返す言葉。
たった一歩でも、前に踏み出すことが、チームの勝利へと繋がる。
じっと次の投球を見つめながら、身体を少しだけ前に傾け、いつでも走り出せるように準備を整えた。
二塁の前田利家は、藤吉郎とは対照的に豪快な笑顔を見せている。
長身でがっしりとした体躯は、まるで頼れる兄貴のような存在感だ。
金色の髪は汗と雨に濡れて重そうに顔の周りに張り付いているが、表情は明るく、周囲のチームメイトに安心感を与えていた。
「よし、ここからリズムを作ってやるぜ…信長様の勝利のために、一塁から全力で攻めていく。」
強い決意を秘めながらも、笑顔を絶やさず、ベンチや仲間に声をかけてチームの士気を高める。
前田の豪快な性格は、疲労困憊の選手たちにも希望の光を灯していた。
その彼女の背中には、チームの期待がずっしりと重くのしかかっている。
そして、二人の目線の先にあるのは、バッターボックスに静かに佇む織田信長。
彼女の金色のポニーテールは雨に濡れて重たくなりながらも、風に揺られてひらりと舞った。
その瞳は、雨粒さえも跳ね返すかのような強い輝きを放っている。
冷静に、しかし揺るぎない意志を宿し、ボールの行方を見つめていた。
信長の顔には緊張の色はない。
むしろ、どこか清々しいまでの凛々しさがあり、彼女の背中からは「革命児」の風格が漂っていた。
「この一打で、私たちの未来を切り拓く。」
心の中でそう呟き、静かにバットを握りしめた。
その瞬間、三塁の藤吉郎が小さな声で励ましの言葉をかける。
「信長様、あなたならできる…みんなが信じてるよ。」
二塁の前田も軽く拳を握り、笑顔で応えた。
「絶対に打ってやろうぜ、信長様!」
二人の想いが一つになり、チーム全員の気持ちが信長の背中を押す。
まるで雨雲の合間から差し込む一筋の光のように、希望がグラウンドを照らした。
時間が止まったかのように静かな中、信長はゆっくりと構えを取った。
一球、一球に全てを賭ける決意が込められていた。
その時、観客席のざわめきも、一瞬の間を置いて大きな歓声に変わった。
今まさに、戦国野球に新たな伝説が刻まれようとしている。
あの一打で勝利をもぎ取った尾張デビルズだが、これは始まりにすぎなかった。
試合後、信長はバットを立てかけたまま、マウンドを振り返り静かに呟いた。
「勝利とは、革命の第一歩だ。旧き力に勝ったからこそ、次は自らを超えねばならぬ。」
観客席では、ひときわ静かに立ち尽くす一人の影があった――それは、武田信玄率いる甲斐レッドドラゴンズのスカウト、そして越後の冷風をまとう上杉謙信率いるブリザードエンジェルズの副将・直江兼続の姿もあった。
「この尾張の火種は、いずれ天下を焼き尽くすかもしれぬ…」