18.「紅白戦の後は、癒しの湯!」
紅白戦が終わった。
Aチームの勝利。これは、事実上――信長と勝家のバッテリーが導いた勝利だった。
陽が傾きはじめたグラウンドに、静かな余韻が残る中、信長がゆっくりと歩み寄る。
「……その、なんだ」
いつになく口調が歯切れない。
「正直、見くびっておった。……そなたのピッチング、とても良かったぞ」
珍しく、いや、信長としてはほとんど初めてとも言える“称賛”の言葉だった。
向けられたその視線に、光秀は一瞬だけ目を見開く。
だがすぐに、丁寧に帽子をとって深く頭を下げた。
「信長さま……試合前には、生意気なことを申し上げて、申し訳ございませんでした」
素直な反省。だが――今のところは、という注釈付きである。
信長は「ふん」と小さく鼻を鳴らして、それ以上は何も言わなかったが、口元はわずかに緩んでいた。
一方、別の場所では――。
「長可、おぬしのキャッチャーはとても良かった。リードも落ち着いていた。今後は、共に高めあおう」
勝家が、真っ直ぐな声でそう告げる。
普段は無口な彼女が、ここまで言葉を尽くすのは珍しい。
それを聞いた森長可は、照れ隠しに頭をかきながらも、にっと笑った。
「勝家の旦那にそんなふうに言われたら、断れねえな。……こちらこそ、よろしくお願いいたします」
がっしりと交わされる熱い握手。
紅白戦で火花を散らした者同士に、確かな信頼が芽生えていた。
――控え組の奮闘、主力の復帰、そして選手同士の結束。
尾張デビルズは、確実に変わりはじめていた。かつての“寄せ集め”ではない。“チーム”としての地盤が、今まさに固まりつつある。
その様子を、グラウンドの外から腕を組んで見守っていた男がいた。
斎藤道三である。
静かに目を細め、どこか満足げに頷くと、ぽつりと口を開いた。
「よし……皆も、かなり疲れがたまっておるだろう。美濃の秘湯にでも行くか」
その一言に、静まりかけていたグラウンドが一瞬で湧いた。
「えっ、温泉!?」「ほんとですか!?」「行く行く〜〜!!」
その瞬間、グラウンドが沸騰したかのように歓声が上がった。
蜂須賀小六が
「うっひょーっ!やったやった!これはテンションあがるでぇ〜〜!」
とバンザイし、
木下藤吉郎は
「じゃあさ〜!お菓子いっぱい持って行こ〜♪ 金額制限とかないよねっ?」
と無邪気に跳ねる。
前田利家も
「よっしゃぁーーー!!温泉!飯!お菓子!最高かよ!!」
と叫び、肩をぶつけ合って盛り上がる。
「いっちょ騒ぐで〜!うちらのチーム、最高やん!」
小六もノリノリで肩を組みに行き、ベンチ前がちょっとしたお祭り騒ぎになる。
皆のテンションは、すでにバスの中で温泉ソングを歌っているレベルだ。
そこへ、少し距離を取っていた竹中半兵衛が、珍しくテンション高めに口を開いた。
「美濃の温泉……あそこの泉質は本当に最高です。僕がいた頃は毎週のように通ってまして。疲労回復、筋肉痛の緩和、あと皮膚にも良いって評判で――」
「どういう成分でしょうか?」
とすかさず森蘭丸が眼鏡を押し上げて尋ねる。
「おお、聞きましたね?」
と半兵衛は嬉しそうに語り始めた。
「まず主成分はナトリウム―炭酸水素塩泉。俗に“美肌の湯”とも呼ばれておりまして、肌の角質をやわらかくし、さらに弱アルカリ性の泉質が毛穴の奥の汚れを――」
「なんで温泉で論文始まんねん!」
すかさず小六が全力でツッコみに入る。
「え、でも興味あります。肌がすべすべになるなら入浴時間は何分がベストなんですか?」
蘭丸は真剣な顔で問い続けており、半兵衛もノリノリで
「では、個人的なおすすめルートをご紹介しましょう。まずは掛け湯三回、そこから徐々に体を――」
「だから誰がガイドブック求めてんねん!!!」
小六の叫びは夕空に吸い込まれていった。
笑いと歓声に包まれながら、尾張デビルズのメンバーたちはベンチへと引き上げていく。
そんな中、ひとり信長は立ち止まり、ふと空を仰ぐ。
(変わってきたな……このチームも)
夕陽が、赤く染まる雲の間に溶けてゆく。
風が吹き抜ける。どこか懐かしい夏の匂いを運びながら。
尾張デビルズ――かつては“寄せ集め”と嘲られた最弱チーム。
だが今は違う。彼らは確かに、着実に力をつけ戦国リーグの“風雲児”として、確かな歩みを始めていた。




