16.デビルス紅白戦
「……勝家、生きておるか」
「信長さま、なんとか……」
比叡山・早朝。草いきれの漂う朝の大地に、二人の人影が沈む。
ユニフォームは泥まみれ、顔には無数の擦り傷。
息は荒く、全身が悲鳴を上げている。
織田信長と柴田勝家は、松永久秀による地獄のような特訓を終えたばかりだった。
「私もチームでは“鬼柴田”と呼ばれておりますが……このしごきは比ではありません……」
「わしもだ……まったく非科学的な訓練だったが……なぜか理にはかなっている……。理屈じゃ説明できんが……何か掴んだ気がする……」
「信長さま、昨日の“覚醒”は本当に……凄まじかったです」
勝家の顔がかすかにゆるむ。
「……あまり覚えていないのだ」
信長は空を見上げる。
がらんどうになった体の奥に、黒く燃える芯があるのを確かに感じていた。
風が止み、時が凍るような静寂。
光のように速く、闇のように重い──あの球。
小さな咳払いとともに、松永久秀が背後の岩陰から姿を現す。
「よーやったのう、坊やたち。とりあえず、今日で特訓は終わりじゃ。――却ってよいぞよ」
背後から飄々とした声が響く。
「……終わった……か」
「ついに……」
二人は草地にばたりと倒れ込む。もはや動く気力もない。
「ふぅ……何日やっておったんだ、これは……?」
「わかりませぬ……太陽の高さでしか時間を見てなかったので……」
「そろそろ日曜日か……? いや、水曜だったか……」
「というか、まだ今月……?」
ぽつりぽつりと交わす会話が、すでに常人の領域を外れている。
「そんな悠長にしててよいのか? まもなく“公式戦”じゃろ?」
「!!」
信長と勝家の目が、パッと見開かれる。
「まずい! すっかり忘れておった。勝家、すぐに支度だ!」
「御意!」
「全体練習。もう再開している頃かと……」
「戻ろう、勝家。チームの連中が忘れておらぬうちに」
必死に立ち上がり、荷物をまとめる二人の背に、松永久秀が手を振る。
「ふぉっふぉっふ、忘れるでないぞ~。教えは球で示せ~。勝負はこれからじゃ~」
「お主が一番“非日常”なのだぞ……!」
ぼやく信長の声を背に、朝靄の比叡を後にする二人──
その歩みに、確かな変化の兆しが宿っていた。
ーーーー尾張デビルスー清州キャンプ場
「信長さまたち、やっと戻ってくるってよ〜!」
藤吉郎がベンチで通信端末をいじりながら、軽い調子で報告する。
「えっ、マジ!? どこ行ってたん、あの二人……連絡も途絶えてたやろ?」
木下の隣、蜂須賀小六が首をかしげる。
「まさか山ごもりでもしとったんちゃう? 修行とか……今さら僧兵にでもなる気かいな」
小六が笑うと、利家がバットを担いだまま
「いや、あの二人やぞ? 遭難の方がまだ現実味ある」
と真顔で返す。
そのとき、グラウンドの出入口がギィィと音を立てて開いた。
「おかえりなさ──い!……って、うわぁぁぁあああ!!?」
藤吉郎が声を裏返す。
現れたのは信長と勝家。
信長の代名詞ともいえる真紅のマントは裂け、足元は泥だらけ。
ユニフォームには焦げ跡。
勝家の額には謎の絆創膏、両肩には泥と草の斑点。どちらも満身創痍の様子だ。
「……一揆に巻き込まれた? いや、火事場……? ていうか戦?」
「……な、なにこれ。どこの戦場から帰ってきたん?」
小六が目を丸くする。
「“火の試練”でも受けてたんかよ……」
利家が呆れたようにぽつりと呟く。
「うっそ……そのマント、高級特注だったんじゃないの……?」
滝川一益が半分引き気味に見つめる。
「帰ってきたというより、生還したって感じやな……」
小六がぽそっと呟くと、藤吉郎が「合掌〜」と手を合わせた。
――その後、風呂と着替えを済ませた信長と勝家は、会議室にてチームメンバーを前に立っていた。
「……迷惑をかけた。留守にしてすまなかった、皆」
信長が深く頭を下げる。
その後、信長は道三の方へ向き直る。
「……道三様。留守中の采配、感謝いたします」
「フン。勝手に山籠りなどして、殿の風上にも置けん」
道三は鼻で笑いながらも、目を細める。
その様子に、信長もわずかに口元を緩めた。
その一方、利家がそっと勝家に歩み寄り、小声で尋ねた。
「……勝家先輩。その、ご無事で何よりなんスけど……いったい、どこで何を……?」
勝家は傷だらけの顔をわずかに上げ、静かに口を開いた。
「我々は……古き武将にして“野球仙人”なる者に師事し、極限の特訓を積んできた。もはや……言葉で語れる領域ではない」
「………………」
利家はそのまま固まり、目だけが虚空を見つめていた。
(や、野球仙人……? 極限特訓……? いやいや、なにその修行マンガみたいな……)
ほんの少しだけ背筋が寒くなったのを、利家は見なかったことにした。
小六盗み聞きしていてが吹き出しそうになるのをこらえながら、こくこくと頷いた。
信長はチーム全員を見渡し、高らかに宣言する。
「本題に入る。公式戦も近い。実戦感覚を取り戻すために、試合形式での練習を行う!
──すなわち、紅白戦だ!!」
「おおっ!」
「きたきた~!」
士気の上がるメンバーたち。
だが、その中にあって、明智光秀は静かに呟く。
「……きたね、信長」
その傍ら、森長可がニヤリと笑った。
「じゃあ、一泡吹かせてやりますか。
“革命のエース”に、ちょっとした現実ってやつを──ね?」
光秀と長可、静かに拳をぶつける。
信長と勝家の帰還から翌日。
公式戦を控えた尾張デビルズは、信長の提案により実戦形式の紅白戦を行うこととなった。
グラウンドに全員が集まると、信長が一歩進み出て宣言する。
「スタメンを固める前に、一度、真剣勝負をしておきたい。紅白戦を行う」
誰からともなく「おお…」と小さな声が漏れる中、勝家が続けた。
「公平を期すため、チーム分けは我らが主導しよう」
信長が振り返る。
「まず、Aチームは――わしと勝家、そして藤吉郎、恒興」
「利家も当然こっちっす!」と即座に割って入る声。
「よし。おまえもAチームだ」
笑みを浮かべて肩をすくめる信長に、利家はガッツポーズで応える。
続いて道三が前に出る。
「では、Bチームはこちらで預かろう。光秀、長可」
「スタメンが偏るのも困る。外野はBに回そう。滝川、丹羽、佐々、任せたぞ」
一益たちは小さく頷き、無言で位置につく。
「やるからには本気でいきますよ、信長さま」
半兵衛が道三の後ろからひょいと顔をのぞかせる。
「……私もこちらで」
「ふむ、頼もしいわい」
と道三が目を細める。
バランスよく分かれた形に全体が納得した空気が漂う中、光秀がふと前へ出た。
「信長さま。ひとつ、提案をしてもよろしいでしょうか?」
「言ってみよ、光秀」
「――この紅白戦の結果で、スタメンを根本から見直すというのは、どうでしょう?」
空気が張りつめる。
その意図を察して、勝家が目を細める。
「光秀。貴様、何を言っている」
光秀は涼しげな表情のまま微笑む。
「あくまでも、提案です。勝家さん。ただ……現状を見つめる機会にはなるかと。ふふ」
隣の長可が、爪を鳴らしてにやけた。
「乗ってくれると嬉しいなぁ、信長さん」
一拍の沈黙ののち、信長はまっすぐ光秀を見据え、答える。
信長(低く、笑いながら)
「……面白い。いいだろう」
空気が、一気に変わった。
火がついたように、周囲の表情が引き締まる。
尾張デビルズ、紅白戦──いざ、開幕。




