11.「憧れの向こう側――甲斐レッドドラゴンズ戦、始動」
武田との練習試合――
その誘いを受けてから数日。信長は再び三河行きの電車に揺られていた。
(甲斐レッドドラゴンズとの練習試合……幼いころ、心を震わせたチーム。あの時、ただ夢中で、ただ憧れて、ただ――楽しかった)
窓の外を眺めながら、自然と口元が緩む。
――「ちょうどその武田軍との練習試合があるんだ。うちのエースが怪我しちゃっててさ。しかも、武田軍となると注目度も高い。いろんなチームが視察に来るから、うちとしても手の内を明かしたくないんだよね」
あの日の家康の言葉が蘇る。
――「君が参加してくれるのは、願ったりかなったりだよ」
(感謝する、家康。もう一度、あの感覚を取り戻せるかもしれない)
荷物からおにぎりを取り出し、包みをほどこうとしたそのとき――
「信長様ぁ~!」
車内に甲高い声が響いた。
「……!? 貴様、なんでここにいる!」
座席の下から、小柄な影がぴょこんと飛び出した。栗色の髪をリボンで結んだ少女が、満面の笑顔で立ち上がる。
「黙ってこんな楽しそうなことに参加するなんて、ズルいですよ~★ ついてきちゃいましたっ」
「佐久間……お前、忍者か! 伊賀出身かと思ったぞ!!」
信長が思わず声を荒げる。
そこにいたのは――
尾張デビルズの控えファースト、佐久間信盛。小悪魔系の外見に反して、地道な努力でアベレージを上げてきた実力者。最近、守備に加えて打撃でも著しく光る成長を見せていた。
「いいじゃないですか~! 私だって強い相手とやってみたいしぃ~。ちゃんと練習道具もおにぎりも持ってきましたよぉ」
そう言って、信盛はカバンから大きめのバットと、塩むすびを取り出して見せた。
(……呆れたやつだ)
信長はため息をつきながらも、その表情はどこか緩んでいた。
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三河に到着し、徳川家康に事情を説明すると――
「なるほど……そういうことね」
家康は少しだけ困ったように笑った。
「うちも恥ずかしながら、選手層はまだまだ薄いんだ。信盛ちゃん、ちゃんと動けるなら――出してあげてもいいよ」
「ほ、ほんとうですかぁ!? 家康様、大好きですっ★」
「うるさい。調子に乗るな」
信長が即座にツッコミを入れるが、佐久間はまったく気にしていない様子でスキップを始めていた。
こうして、信長と佐久間は、徳川チームの助っ人として――
かつて憧れた「甲斐レッドドラゴンズ」との練習試合へと挑むことになる。
“憧れ”との対峙。そして、“原点”の再発見。
三方ヶ原球場――
戦国地方に名高いそのグラウンドは、古戦場の名を冠するだけあって広く、硬く、どこか重々しい空気が漂っていた。
その球場に風が吹き抜ける。広大な三河の練習グラウンドは、今日だけは異様な熱気に包まれていた。
甲斐レッドドラゴンズ――
全国屈指の強豪チームであり、武田信玄の名のもとに、鉄の結束と圧倒的パワーで他を蹂躙する“赤の軍団”。最強の名を欲しいままにしている。
そのマウンドに――いや、今日はその“後ろ”に、圧倒的な存在感をもって構えていたのは一人の男。真紅のユニフォームを纏い、分厚い胸板と威風堂々たる体格。
武田信玄。甲斐レッドドラゴンズ監督兼キャッチャー。
――“戦国球界最強の捕手”。
どんな投手でも魔法のようにリードし、どんなランナーも肩一つで凍りつかせる。
キャッチャーマスクの奥から、冷徹に状況を見つめるその双眸。
まさに“球界の軍神”と称されるにふさわしい姿だった。
「ふむ……聞けば、三河の小娘どもが挑んでくるとな。ならば――」
――「徳川のひよっこに、野球を教えてやるとするか」
重々しく放たれたその一言が、球場全体に響き渡った。
まるで開戦の号令のように――
その圧に呑まれることなく、三河セイクリッドフェニックスの選手たちは黙々と準備を進めていた。
観客席には他校の偵察部隊らしき姿もちらほら――この練習試合が、思った以上に注目されている証拠だった。
甲斐レッドドラゴンズの選手たちは皆、余裕の表情でアップを続けていた。
「今日って徳川? 軽く流して調整するか」
「フリーバッティングが出来るな」
余裕。
完全なる“上から目線”。だが、その言葉には偽りのない実力と誇りが滲んでいた。
だが、その輪の中で、ただ一人闘志を燃やしているのが――
真田幸村。
若き投手にして、魔球ナックルを日々磨く、信玄に最も忠誠を誓う熱血漢。
(どんな相手であろうと、全力でぶつかる――それが、武田の教えだ!)
その目は、家康軍の選手を鋭く射抜いていた。
(手を抜くなんざ、信玄様に失礼ってもんだ!)
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一方――
三河側ベンチでは、三河セイクリッドフェニックスの選手たちは静かに熱が高まっていた。
「……信玄、相変わらず威圧感すごいね」
ユニフォーム姿の徳川家康は、小さく息を吐く。
その目は、ほんのわずかに焦り、だが確かな決意を宿していた。
「だが、今日は一矢報いてみせる」
「たとえ“格上”でも、やれることはある。そうだろう、信長?」
「うっひゃ~~~っ、あれが……本物の信玄様!? し、しぶすぎるぅ~~!!」
「ふぇぇ~、やっぱ怖いよぉ、赤い人たち~! こっち見てる気がするぅ~!」
信長の返答に割り込んで、目をキラキラさせて騒ぐのは、尾張デビルズ控えファースト――佐久間信盛。
栗色の髪をリボンで結んだ小悪魔系少女は、まるでアイドルを前にしたファンのように頬を赤らめていた。
「おい、佐久間……」
その声に、信盛がビクッと肩をすくめる。
「な、なんですか~信長様ぁ。いま良いとこだったのにぃ~★」
「……舞い上がるな。相手は“本物”だ。今日は敵だぞ」
一瞬だけ、信長の眼差しが険しくなる。
その声には、確かに戒めと――ほんのわずかな“震え”があった。
(……俺も、あの背中に憧れたことがある)
(だが今日は、その憧れに、正面から立ち向かう日だ)
ゆっくりと帽子を目深にかぶり直すと、信長は背筋を伸ばして立ち上がった。
その背中に、いつしか信盛も黙ってついていく。
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そんな様子を見て、徳川家康は静かに笑った。
「いいよ。本気の武田相手に、僕たちも“火”を灯そう」
その中に黙して言葉少なに素振りを繰り返す選手がひとりいた。
――本多忠勝。徳川軍最強の一塁手。
無口、寡黙、無感情。
そう見えるが、その内には誰よりも熱い炎がある。
(武田信玄……全国屈指の男。叩いて、超えれば……家康様を、一歩でも高く押し上げられる)
忠勝は、緩やかにバットを握り直す。
(赤い巨星を打ち砕く――それが、俺の役目)
まるで戦の矛を手にしたように――
やがて、試合開始のサイレンが鳴り響く。
憧れを超え、革命を起こすその一打を目指して――
甲斐レッドドラゴンズ vs 三河セイクリッドフェニックス(+信長・信盛)の練習試合。
“最強”と“未完”が交差するこの一戦。
果たして、勝つのは“憧れ”か――それとも、“原点”か。




