美しき刑務官からの拷問
俺が目を覚ましたら、窓一つない薄暗い部屋だった。
俺は上半身を裸にされ、手首を鎖で縛られ、天井から吊るされていた。
四方コンクリートであり、冷たい心象を抱かせる狭い部屋だ。
窓一つないが、通気口は多い。
「ここは、地下室か?」
周囲を見渡しても、他は誰もいない。
さまざまな大きな器具が壁際に置かれている。
「拷問器具?」
なんとも怪しい部屋だ。
「地下だろうな。元の所有者の悪趣味か。それとも」
頑丈そうな鉄扉が、錆びついた音を鳴らして開いた。
モスグリーン色をした刑務官の格好が、さっそうと現れた。
「ようやく会えたな」
しかし違和感がある。
帽子の下の顔には、左右、赤黒半々の仮面をつけている。なので年齢がわかりづらいが、年若い少年の体つきに見える。
全国の刑務所は十数年前に崩壊した。この若さで現役刑務官だったはずがない。
つまりはコスプレである。
一応、刑務官と言っておくが、無言で壁にかかった鞭を手にとりだした。様になっているし、手に馴染んでいる。
やはりこの刑務官のための部屋だったようだ。
「こんな世の中だ。多くの者たちはいかれていく。だからといって放置はできない。お仕置きが必要だ」
刑務官は俺の話に耳を貸さず、長い鞭にオイルを塗りだす。
「どんな屈折した人生を送ったか、知りたくもないが、やり直しは利く。まず俺に痛めつけられたあと、反省し、罪滅ぼしを胸にし、新たな人生を歩むがいい」
刑務官が鞭を振るい、コンクリートの床に刺激を与えた。オイルが弾け、迸る音が冷たい壁に反響した。
「勝手に喋るな。貴様がお仕置きを受けるんだよ」
高めの声質だ。美青年を思わせる。仮面を外せば、薔薇の花を咥えだしそうな感じだ。
街を徘徊するモヒカンどもは、刑務官に怯えていた。
抑制できるだけの強さを誇っているのは間違いない。
元市長は子飼いにされていた。それも暴力によるものなのか?
刑務官はバシバシ床を鞭で叩いた。
威嚇であり、恐怖を刷りこみたいのだ。悪い奴はだいだいこんなだ。
俺は聞かなければならない質問がある。これは譲れない。
「相棒はどうした?」
俺の眼力に対し、微動だにしない刑務官が、鞭の一撃を入れてきた。
胸に斜めの熱が帯びる。かなり効くが、我慢できる痛みだ。鞭程度の武器で、怯むなんてことはない。
「勝手に喋るなと言っただろう。まあ答えてやる。私は弱い者虐めはしない」
「あいつ弱いもんな」
刑務官を睨みつけ、笑みを浮かべてやった。
「悪い奴じゃないじゃないか」
「貴様は行儀が悪いな。全身の皮を剥ぐほど打ってやる」
「ときに倒れた忍者はほったらかしなんだな? かわいそうに」
「余計なことを、べらべらと。あいつは私の部下ではない」
忍者から俺の戦い方を聞いていないのだ。
「残念だが、あんたの自己中ルールはすぐに崩れる。ショックを受けてくれ」
俺は背伸びをし、手首を結んでいる鎖の上を手繰って握った。
「愚か者め。気が狂いだしているじゃないか。人間の力で鎖を切れるものか」
「忍者との激戦、見逃し厳禁だったのに、もったいない」
俺は今日、二度目の鎖引きちぎり自慢をした。
「なんだと!」
邪魔くさいを鎖の切れ端を手首から外す。
「きっちりとショックを受けた顔を見られないのは惜しいな。さあ、お仕置きの時間だ」
刑務官は慌てて、鞭を構えた。
「とんでもない握力だな。しかし近づけないと、その力は発揮できない。私の武器は遠距離だ。貴様は私に勝てない」
遠距離武器との戦い。それも鎖分銅で経験したばかりだ。
この刑務官には負ける気が全くしない。拍子抜けする。
「喰らえ!」
鞭を生き物のように動かし、放ってきた。狭い部屋なので、後ろに下がっても届く。
「鎖鎌のような危険はない」
ガードを顔の高さにまで上げ、目を防ぐ。
皮膚を打たれて痛いが、戦闘者は戦いの最中、致命傷にならない痛みは無視できる。そう鍛えてきたのだ。
俺はガードを上げたまま、突進した。
「貴様、痛くないのか?」
わかりやすい反応だ。
「あとで存分に痛がるよ」
こいつなら、二秒で型をつけられる。
と思ったら、体が痺れ、全身の動きが止められた。
「なんだ?」
想像していなかった苦痛に、俺は戸惑った。
隙を作ったので、鞭の連打を浴びた。
「思いだした。電撃の刑務官という渾名だったな」
体験して初めて知らされた。本当に電気が流れてきたのだ。
「スタンガンみたいに鞭を改良したのだな」
オイルを塗ったのは電気を流れやすくするためだろう。
体が華奢なぶん、創意工夫で戦うタイプだ。
俺は後ろの壁にぶら下がっていたマナ板を手にした。拷問室にマナ板は嫌な想像を駆り立てるが、盾の要領で構えて刑務官に接近する。
奴の眼前に立った。
「間合いに入ったぜ」
俺は鞭を持つ右腕を狙う。手首を握った。細い腕だ。
「しまった!」
ひ弱な甲高い声だが、容赦しない。マナ板で殴った鞭が、床に落ちた。
もはや刑務官はなすスベがない。勝利の図式だ。
「折っとくぞ」
ところが、俺が力を込めようとすると、握った箇所から再びビリビリが流れこんできた。
「なぜだ?」
俺の全身の筋肉が、電気のせいで硬直する。刑務官が、無防備な俺の金的を蹴りあげた。
「はふん」
堪らずうずくまる。
刑務官のブーツの足裏が、俺の頭頂部に乗っかった。体重をかけられ、床に土下座の形で額を打ちつけた。
「野蛮な男は嫌いだ。何倍にもして返す」
拾い直した鞭で、背中を打ってくる。俺が魚なら、鱗が飛びまくっているところだ。
汗だくになった俺は、深海に潜るようにして、深い呼吸に勤しみ、回復を目指す。この刑務官は筋力的には弱い。体重も軽い。負ける相手ではない。
「浅ましく卑しい漢め。ボロ雑巾にしてやる」
俺は滅多打ちにされるが、大事な箇所は回復してきた。無礼千万で乗っている足を掴みにかかる。
「おっと、用心してるよ」
刑務官が横に飛び跳ね、距離をとった。
俺は筋肉を盛り上げ、立ち上がる。
「戦い方が気に入らねえ」
壁際には鉈や鋸など、武器になる物がいくらでもあるが、そんなものは使わない。
自らの肉体で、圧倒的な絶望を与えて倒してやる。
「愚かな男め。貴様はただの猛牛だ。きっちりと飼育し、家畜にしてやる」
俺は爆進して距離を詰める。
刑務官は慌てて鞭を放った。
「ぐぉっ」
体が痺れるが、鞭はすぐに離れる。覚悟して受ければ耐えられる。
電撃は鞭の仕掛けではなかったようだが、もう一度、確かめてやる。
動きが遅い刑務官の手首を捕らえた。
本来ならここで握りしめ、俺の勝ちだ。こんな華奢な腕、瞬殺できる。
だが。
「ぬおおっ、ビリビリ来たあ」
むしろ指が開かない。電気で筋肉が硬直し、握りっぱなしになった。離れられない。
「特異体質でな。生物の体の中では、常に微量な電気が発生しているが、私の細胞が生みだす電力量は異常に多いんだ」
「電気ウナギだな。こんちくしょう」
電力が強くなった。横隔膜がおかしい。呼吸が苦しくなってきた。
「こんなこともできるぞ」
俺の自由なほうの手が、自分の顔に殴りかかってきた。
神経から筋肉に電気信号が送られ、筋肉は動く。俺は配線を奪われたロボットと化し、操縦された。
いいように殴られ、オウンゴール連発だ。
電流が解かれた途端に、筋肉は脱力した。この緩急に俺自身がついていけず、刑務官からの喧嘩キックをよけられなかった。ふっとんで壁にぶつかった背中に、鉈の刃が刺さった。
「あんた、俺にとっては最悪の相性ってわけだ」
「どうやらそのようだな。ざまあない」
刑務官は刑務服の上から、一斗缶に入ったオイルを浴びだした。
「これでより電気が通りやすい。断っておくが、このオイルは引火点が高い。ランプの炎では着火しないぞ」
「俺はあんたを肉体で倒すと決めたんだ。姑息なことはしない。サラダ油野郎」
「アロマオイルだ。ゲス男。貴様は私に触ることができない。どうやって戦う? もはや下僕と化してんだよ!」
腕の延長となっている鞭が乱打される。