メイドの美女に招かれ、いざ豪邸へ。
男たちの熱き戦いの物語。
俺たちは門扉の前に戻った。
檻状の門が立ちはだかる状況は変わらない。
「兄貴、ピンポンはありませんね」
「訪問者を招く気が一切ないってことだな。だが手ぶらで帰る選択はない」
「不法侵入するんですか? 僕たちが悪になりますよ」
「俺たちは突然、忍者に襲われたんだぞ。主人を問い詰める立場にある」
「強引ですね。まあそもそも、法治社会が破綻していますけどね」
警察が機能していないゆえ、武力で身を守るしかない時勢だ。力を持つ者がのし上がり、ルールを押しつける世界なのだ。
高い障壁。俺一人なら登って越えればいいのだが、体力のないミツには無理だ。
ならば、力づくでいこう。
俺は縦に並ぶ鉄棒を、一本ずつ握った。
「隙間を広げる」
「マジっすか」
「ふざけてどうする?」
「待ってくださいよ。例えば2本の鉄棒を布でまとめて縛り、棒っこをハンドルみたいにつけて、ぐるぐる回すんです。そうすると、布が捻れていって鉄棒が曲がっていきます」
「賢明なようで間抜けだぞ。ハンドル用の棒っこって、枯れ枝ぐらいしかない」
「では、兄貴の握力で直接、布を捻れば」
「だったら鉄棒を直接曲げればいいだろ」
賢いがどこか抜けているのが、ミツだ。
俺たちが時間を無駄に潰していると、門扉の向こう側から、カートが一台向かってきた。
「新手の敵か?」
「勘弁してくださいよ」
体を休めたいところだが、俺は臨戦態勢をとる。
運転していたのは女だった。
門扉に横付けされたカートから降りた彼女は、にっこりと微笑んだ。
「可愛い」
ミツが思わずといった感じで呟いていた。
リンゴの皮を剥き残したような赤いショートカット。首は細いのに頬はぽっちゃりとし、大きな栗色の瞳はリスが食べに来そうなほど、みずみずしい。
彼女は白基調のメイド服に似合った、しとやかな動作で、門柱に近づき、レバーを下ろした。
門扉が開いていく。
「主が受け入れております。どうぞ、お入りくださいませ」
女は軽くお辞儀をした。
俺は警戒を怠っていなかった。忍者特有の歩き方は隠し切れるものではない。動きを観察していたが、クノイチではないようだ。
「ご苦労様です」
ミツが気分を高揚させながら、先に敷地に入る。
警戒心をなくした相棒に対し、俺はやれやれとなった。
俺たちはカートに乗った。
「あなたの主は刑務官なのか?」
「わたしは使用人ですので、語り合うことは認められておりません。申し訳ありません」
「あの、お名前は?」
ミツが聞いてしまった。
「ですから、わたしは口を慎まなければなりませんので」
緊迫が続くなかで、恋心を抱いてどうする、と叱咤したいところだが、荒廃した世界では、夢も希望も必要だ。
屋敷に入るまでは良しとしよう。
メイドの運転で屋敷の前まで来た。
巨大な洋館だが、老朽具合が築年数の多さを示している。
大工の松つぁんが見たら、すぐにリフォームしたくなるだろう。
「どうぞ、中へ」
子供達なら、お化け屋敷の探索だと張り切りだしそうな、怪しい空気をまとう建物に、俺たちは招かれた。
扉の軋む音が鳴りやむと、ランプの灯りだけになった。
薄暗い廊下を抜けると、日の差す広間に出た。中央にソファーとテーブルが置かれている。
「ここでお待ちくださいませ。紅茶をお持ちいたします」
俺たちは言われるがまま、ソファーに座った。
メイドが去ったあと、ミツが堂々と鼻の下を伸ばした。
「兄貴、可愛かったですね。スタイルいいし」
「わかってんのか。俺たちは門番に命を狙われたんだ。話を聞く主ではない。その門番を倒したら、中に招かれた。ということは」
「わかってますよ。罠の可能性が十分にあります」
俺は窓ガラスの一枚を見やる。
「ボロい屋敷だ。強化ガラスのわけがない。逃げるときは、あの窓をぶち破る」
「場合によってはあのメイドを人質にとりましょう」
ミツは狂気じみた笑みを浮かべた。俺は感心して背筋が伸びた。この辺は荒廃した世界で鍛えられているのだ。
「無理やり雇われていて、逃がしてあげれば感謝されるパターンあり」
また浮かれだした。やれやれだぜ。
柱時計が欲張りなほど針を進める。
「遅いな。実際、喉かわいてんだよな」
「毒の調整に時間がかかっているのでしょう」
「なるほど。砂糖は入れないでほしいな」
ようやく人が現れた。が、白いシャツに黒いベストを着た、執事風衣装の男だった。
白髪混じりのその男が、紅茶とクッキーをテーブルに置いた。
「お召し上がりください」
そう言って、男は相対するソファーに腰を下ろした。
座るんかい!
「私がこの屋敷の主の、アカツキです。私になんの御用ですかな?」
執事風ファッションで、お茶を運ぶ主とは、ある意味警戒が必要だ。
そして訪れる者を、問答無用で忍者にあやめさす男だ。
何食わぬ顔で、何の御用、と言いやがるので、すぐさま言い返す。
「最初から話を聞いてくれれば良かったのですがね」
「それは失礼しました」
アカツキはクッキーを鷲掴みにして貪り、紅茶をがぶ飲みした。接客のイロハはないんかい!
ただ、三つ並んだカップのうち、右手に近い端を選んだのだが、ミツに近いのもそのカップだった。ミツが先に飲むかもしれなかったのだ。
クッキーも無差別に掴んでいるし、行儀は悪いが、毒入りではないと判断していい。
俺たちも紅茶を啜った。
「この廃れた街では、モヒカンどもが跋扈していますが、刑務官と呼ばれる者の仕置きに怯え、魑魅魍魎の棲家にまではなっていません。明確に自治すれば住民のためになると思うのですが」
俺は主の男を睨みつける。
「刑務官、あなた、怠慢じゃないですか?」
「私が刑務官だと踏み、ここまで来たか。残念だが、私は刑務官ではないよ。なんの力もない、しがない男さ」
俺は引き下がらない。
「豪邸に住み、忍者を門番に雇っているのなら、一般人のわけがありません。あなたは正直に語っていない、となります」
「私はかつて金持ちで、自己資金を食い扶持に使い、先の見えない未来に自己充足だけを求めて隠居しているとか。そんなんでどう?」
すっとぼけた年配の男だ。いろんなことを諦めている空気を漂わせているのは、間違いないのだが。
ミツが口を開いた。
「例えば、あなたはこの街の元市長だったとか」
アカツキは心臓を抑え、頬を引き攣らせた。思いっきりドキッとした時の態度と表情だ。
「いかにも。かつて私はこの街の自治を、住民から付託されていた。それは暴力が物を言う前の時代だったよ」
アカツキは眠そうなほどに、がくりと項垂れた。
「自治の総元締めたる政府が崩壊しては、地方自治も成り立たない。悪漢の徘徊に抗う公的な抑止がなくなれば、市長など、ただのしがない男だった」
元市長アカツキの声は消え入りそうになっていく。
「私は諦めたよ。名家の息子で預金、いっぱいあったから、治世から逃げた。強い、忍者雇った。自分が良ければいいって。そこに、元刑務官が現れて」
やはり、刑務官を知っていたのだ。
「強かったから、任せた。それなりに、抑止がかかったから、私は言いなりになって。今も、睡眠薬入れて」
アカツキがソファーに横たわり、いびきを掻きだした。
「このやろう、自分もろとも、眠らせるとは」
紅茶に薬が入れられていたのだ。
「ミツ、大丈夫か?」
「無理です、おやすみ、なさい」
「刑務官め」
俺たちはどうなるのだ? 戦わずして抹殺する手段をとられたのか。
刑務官の顔を拝まず、あの世へ逝くのか。
俺の瞼が落ちていき、意識も潰えた……