バチクソ野郎VS門扉を守る忍者2 勝つ!
電撃の刑務官までもう少しだ。
黒装束の忍者は小刀を手放している。
だがさまざまな暗器を隠しもっているだろう。術も使う。
神経を研ぎ澄ましつつ、冷静さを保たなければならない。
「どうした、こいよ」
俺は手招いたが、忍者は無手のまま動かない。俺の呼吸を読んでいるかのように観察してくる。
山賊みたいに正攻法ではないぶん、やりづらい。
先に動いたら負けというなら、あえて動こう。仕掛けてこいよ。
俺は握った拳で殴りかかった。
忍者は腕をだらりと垂らした状態で、陽炎のごとくゆらゆらとよける。
「忍者特有の体術か」
ゆらゆら、ひらひら。
拳から遠ざかる動きに、俺は苛立つ。
より近接に踏みこんで拳を突きだした。
忍者も大きく状態を反らしてよける。同時に、右腕をしならせた。攻防一体だ。俺の顔に拳が飛んでくるが、手甲剣が伸びていた。
「ぬおお!」
首を捻ってよけたが、頬から鮮血が舞った。
忍者が竹みたいにしなって上半身を起きあがらせる。そして両手の手甲剣で突きを繰りだしてきた。
「そいそいそいそいそいそいそい!」
無言だった忍者が突きに声を乗せている。
この攻撃は軽快すぎて、飛び道具と変わらない。一気に仕留めに来ているのだ。
「真眼!」
俺は無駄を省いた動きで、手甲剣をかわしまくる。
この真眼という技は、ボクシングが元になっている。打たれたパンチは、人間の反射神経ではよけきれない。
眼球の動き、呼吸の変化、筋肉の初期動作など、複数の要素を組み合わせて予測し、先によける。
それが応用され、矢どころか、銃弾をもかわす技術が生みだされた。
ただし飛び道具は人の拳よりも速く凶悪なので、極限の集中力が前提とされる。
そのため、真眼には持続性がない。
一瞬一瞬、精神を昂らせるため、のちテンションが下がる欠点を持つ。
限界間近で、俺は手甲剣の合間を縫い、タックルを成功させた。
だがテンションがた落ちで意識が遠のき、指に力が入らず、体を雪崩こませて倒すのが精一杯だった。
「真眼の使いすぎだ。未熟者め」
優勢なのは忍者だった。俺は巴投げを喰らい、力なく回転している。
離れたら手裏剣を使ってくるだろう。今度はよけられない。
俺は懸命に指を黒装束に引っ掛けた。
力を戻すのに必要なのは集中力ではない。脱力だ。俺が最も最初に力を戻せるのは、指しかない。真逆の対処により、指に力が宿ってきた。
俺は黒装束を強く引く。
「なんだこの力は?」
俺は忍者の体を引き寄せようとしたのだが、黒装束が破れた。
「蜘蛛の糸を織り交ぜた装束を。この力は」
なんと、裂け目から煙玉が溢れ落ちたではないか。
しばしインターバルを要する俺は、必死に煙玉をぶっ叩いた。
白煙が周囲を支配する。
音が鳴りだした。ミツからの支援だ。いろんなものを至る所に投げ、俺の逃げる音を掻き消してくれている。
実に優秀な相棒だ。
俺は移動して身をかがめ、深く呼吸する。
真眼はここぞのときしか使ってはいけない。肝に銘じておこう。
白煙が空けていく。
忍者の仁王立つ姿が見えてきた。
俺はすかさず間合いを詰める。
白煙に穴が空き、何かが飛んできた。空気の動きが見えて、むしろよけやすい。
その武器は宙に線を引いていた。
「鎖分銅か」
ならば鎌付きだろう。
白煙が斜めに切り裂かれるが、難なくダッキングでかわす。
忍者が後方に飛びのいた。
「貴様の武器は、尋常ではない握力なのだな」
ばれた。
「近づかせないよ、ならず者」
白煙を吸収するかのような渦が生まれた。分銅を回しているのだ。実際、急速に空気が澄んでいった。
「そろそろ決着をつけてやる」
俺が宣った刹那、鎖が地面を波打った。分銅が俺の手前でアッパーのごとく跳ね上がったので、スウェーでかわす。
この分銅には棘が付いていて、またも頬が切られた。
「よけづれえ」
自在に動く鎖を掻い潜っても、鎌の一閃が待っている。奴には慣れた戦い方であり、俺は初めての経験だ。不利だが勝てば、強さの上乗せが起こる。
俄然、燃えてきた。
俺は落ちていた枝を拾う。
「なかなか頑丈だぞ」
「鎖を絡めとる戦法だな。誰もがそう考える。たわいない」
忍者は自在に鎖を波打たせ、牙付きの分銅を操る。涎を垂らした蛇のごとく飛びかかってきた。
速度が上がっている。俺は紙一重でかわすが、棘があるぶん、皮膚が裂かれた。激しい連続攻撃に、微塵も前進できず、全身が切り裂かれていく。
俺が一方的に削られる。
時間をかけられないが、初心者の思いつきの策では、全て対処されるだろう。
枝を持ったのは鎖を絡めとるためではない。
俺は爆発的に指に力をこめ、枝を折り、その勢いのままで手首も利かせた。
枝の折れた先が飛び道具となり、忍者に向かって飛んでいく。
即席のボウガンだ!
忍者の一貫して冷徹だった目が見開いた。必死になって鎌で打ちおとす。
初期動作のない、しかも初見の攻撃を、よくぞ防いだ。
不恰好な枝だから、空気抵抗を受け、途中で減速したのだ。それがなければ真眼を使う暇もなかっただろう。
つまり奴は今、真眼を使ったのだ。集中力が極限のうえ、慌てさせた。ならばその後、間隙が生まれる。
「とったぞ、懐」
攻撃には転じられなかったが、近接戦の始まりだ。
飛びこみに対するカウンターで、鎌が頭上から降りてくるが、それは予測できる。だから囮であり、返しの分銅が本命だろう。
鈍い風切り音が後ろから来た。
二つの攻撃を同時によける器用な選択はしない。攻撃の構えはできている。
格闘者の本能、それは先に咬みついたもん勝ちだ。
「俺のはゼロ距離だぜ」
肝臓に当てた拳を盛大に捻りこみ、突きあげた。
「ぐはああ!」
忍者は奇声をあげたが、拳から手応えが逃げたから、自ら飛んで威力を殺している。
後ろからは棘分銅が迫ってきた。
「やっぱ痛いのは嫌だ」
俺は鎖にしがみつき、体に巻きつけた。
俺はその回転のまま、回し蹴りを放った。両手を十字にしてガードされたが、鎖鎌は奪いとれた。
「慣れていないもんは使わない」
俺は鎖の端を引きちぎり、鎌と分銅を外した。
「鎖帷子だ」
体に鎖を巻きつけたまま、よろけている忍者に突進する。
撒菱を撒いてきた。
「今更、そんなの通用するか!」
焦っている証拠だ。レバーブローのダメージは、急には回復しない。
俺は跳びこえて間合いに入った。
忍者は再び手甲剣を出した。無論、即席の鎖帷子など悲しい防御力だが、焦る者は判断が鈍くなる。予測通り、攻撃を頭に誘導できた。
余裕を持って頭を下げて超近接となる。こいつは陽炎避けをするから、策が必要だったのだ。この距離なら陽炎は通じない。
「腹に穴、空いとけ!」
ガードを下げたので、顎に会心の一撃を喰らわせてやった!
完璧に手応えあり。
忍者は人形のように手足を脱力させ、仰向けに倒れた。
「勝ったぞ」
ミツが木陰から出てきた。
「兄貴、やっぱすげっす」
「息を吹き返すかもしれない」
鎖で巻いて身動きできないようにした。
「あんたにはなんの恨みもないからすまないけど、あんたが任務に忠実な忍者だから仕方がなかった。俺たちは問答無用で前に進ませてもらうよ」
再び、門扉に向かうのであった。