バチクソ野郎VS門扉を守る忍者1 勝つのはどっちだ?
電撃の刑務官を探し、いざ豪邸へ。
俺たちは、街を徘徊する雑魚的モヒカンどもを締めあげていき、この地域の情勢を調べていった。
確かに刑務官の格好をした者がいるらしい。モヒカンどもは怯えていたから、かなりの強さを誇っているようだ。
しかし明確に自治に関わっている話ではなかった。ただ刑務官野郎が恐ろしく、その恐怖によってモヒカンどもに節度が与えられている様相だ。
浮浪者や女性といった弱い立場でも、おこぼれではあるが、モヒカンどもからの恩恵があるのだ。
「刑務官、どんな奴か、見えてこないな。一度、会っておきたい」
所在は誰に聞いても、判明しなかった。
「ならば推理するしかないな。ミツ」
「はい、任せてください。この街で一番、豪華な屋敷に住んでいるのではないでしょうか」
「あるな」
「それでいて、人里から遠い場所ではないでしょうか」
「かもな」
俺たちは30年以上前のバブル期に、ホテル王と呼ばれた男が所有していた屋敷へ、向かうことにした。
屋敷は鬱蒼とした森の奥にあった。ゆるい登り坂の先に聳え立ち、下界を見下ろす形になっている。
俺たちは登っていく。
左右に連なる高い壁と、頑丈な両開き扉が、行く手を阻んでいる状況だ。左右の門柱の上には、カラスを模った巨大な像が飾られている。
「近寄りがたい佇まいだ。人が住んでいるのか?」
「刑務官が住むイメージではないですね」
「住んでいるのなら、皆が知っていそうなのだが」
俺は背中がチリチリした。戦闘者が感じとれる、いわゆる殺気だ。
「兄貴、誰も近寄らない理由には、暴力による圧力が最も考えられます」
戦闘力のないミツは、戦闘力がないゆえに敏感だった。
門扉に近づくほど、殺気を感じるのに人影はない。異様だ。
「ミツ、俺の後ろを歩け」
「すでに歩いています」
誰かがいる。俺は最大限に用心する。
左右前後を見渡しても、俺たち以外はいない。
「頭上?」
門柱の上にいたカラスの像が、翼を捨て、落下してきた。
華麗な襲撃だ。
「門番だったか!」
俺は後ろに飛びのき、攻撃を避けた。
「よい読みと反射神経だな」
全身黒づくめの男二人が地上に降りた。
「黒装束のイデタチ、あんたら、逸れ忍者か?」
俺を襲った、向かって右の忍者が応える。
「失礼な言い方だぞ。忍者は陰に忍ぶから忍者だ。逸れてなどいない」
日本が崩壊したあと、忍者たちは表舞台に躍りでた。
史上最高の忍者を自称するタンゲが、忍者王を名乗り、日本征圧を目指し、忍者王国を立ち上げたのだ。
かたやタンゲには従わず、身をひそめる道を選んだ忍者たちもいた。むしろその者たちが正当のようだ。
「その立派な忍者がなぜ、こんなところにいる」
「野暮なことを。雇われたからだ。それ以外に何がある?」
「あくまでも忍ぶ者か。それは悪の主人であっても仕えるのか?」
「貴様、我が主を悪と決めつけ倒しに来たか? 何を持って悪という」
「人々を虐げる者だ」
「服従を喜びとする者もいるだろう。己が価値観を押しつけるな」
俺は矢継ぎ早に問う。
「主は刑務官か?」
「喋りすぎたな。契約条項に反してしまった」
左右の忍者が同時に構えた。
この忍者たちはかなりの手練れだ。ミツの読み通り、こいつらがいるため、ここの主は知られていないのだ。
2対1はさすがにきつい。
ミツはいつもの要領で、かなり後ろに下がっただろう。後方支援には期待だ。
俺はすり足で、忍者二人と等距離になるよう、ゆっくりと移動した。
「兄貴、相手は一人ですよ!」
ミツの声が轟いた。
「なんだと?」
緊迫の場面で、頓珍漢な発言をするわけがない。
俺は左の忍者に目を凝らす。ようやく気づいた。人間味を感じとれない。これは、カカシだ!
先ほど構える動きをしたが、その程度はリモコンで操作できる。それ以外の動きはまるでない。
「兄貴、こうです。左の柱の上の大カラスはハリボテで、右の本物が降りたと同時にペしゃんこになったんです」
後方のミツは全体が見えていた。
「そして右の忍者が兄貴に攻撃を加えた瞬間、地面に隠されていたカカシが起き上がったんです」
攻撃されている最中に、よそ見は難しい。それを逆手に取った仕掛けだった。
「左の忍者も落下してきたと、錯覚させられたというわけか。忍術とは奇術だったとはな」
蔑んでいるわけではない。
侵入者が一人ならば、最初の一撃であやめて終わりだ。
複数人であっても、一人をあやめて注目させ、冷静さも剥奪する。そうすれば錯覚させやすい。恐ろしい忍者が二人もいるならと、戦意喪失で逃げだすだろう。
立ち向かってきても、いっときカカシに戦力を分散化できる。
周到な策だ。この忍者は手強い。
忍者が右手で小刀を抜いた。
「本来、後方に下がる者は逃亡する者だ。予想外の陣形で術が見破られるとは」
「別に陣形じゃないし、そもそもあいつは優秀なんだよ」
俺は拳を構えた。
「強そうなあんたの名を聞いておこう」
語る言葉は最早ないといった感じで、忍者は突進してきた。
「影の者は名乗らないってか」
たぶん目潰しとかやってくるだろう。用心だ。
案の定、忍者が左手を振ると、粉が舞った。小刀で仕留める距離に入ってくるなら、毒の粉ではない。視界を奪うだけだ。
俺は右に跳んでよけた。
ところが忍者は俺のいない方向に進み、粉を迂回した。
「おい待て」
俺は怖気立った。無言と化した忍者が狙ったのはミツだった。
後方支援を消すのが先だと、疾風となり、俺の相棒に向かっていく。
救いだったのは、用心深いミツがひたすら下がり続けていたことだ。30メートル以上は離れているだろう。手裏剣を当てるのが難しい距離で助かった。
「待てこらあ」
俺は全力で追いかける。
突如、忍者が低空で宙を舞った。頭が下で半回転している。即ち、逆さで俺のほうを向いている。
空中で止まっているかのような低空跳びから、手裏剣を放った。
「ちゃんと用心しているよ、真眼!」
俺は奴の腕の動きから、軌道を読みとり、左に避けた。日本が乱世になって以来、飛び道具対応の技術は、必須となったのだ。
忍者が上下逆さになったぐらいで、撹乱されることもない。
対して、こいつは俺の売りを知らない。柔道やってんじゃねえんだ。
真正面から律儀に組み合う必要はない。
体の一部を掴めれば、勝つ!
俺はラグビーでトライするかのような姿勢で跳び、忍者を掴みにかかる。
忍者は猫のように体を捻り、体勢を戻して着地した。流れるように走り続ける。
俺は地面にトライを決めていた。
「失敗だと思うなよ」
土埃が舞うなか、俺は落ちている石を拾った。体勢を立て直す暇すらないが、俺なら投げられる。
握力を鍛えると必然、手首も強靭になる。俺はうつ伏せのまま、指の力と合わせて投石した。
「くがっ」
忍者の首根に当たった。黒装束は前のめりに倒れていくが、膝をつく前に踏ん張った。
「十分だよ」
俺は跳ね起き、忍者に襲いかかる。
「貴様からにしよう」
作戦を変えた忍者が振り返り、小刀を薙いできた。だが軽さを感じる。
「嘘だな。あくまでもミツを狙う気だろ」
俺は刃圏に入る寸前で止まり、もう一つ持っていた石を投げつけた。
忍者は反射神経よく、半身で避けた。
「さすがに真眼を使うか」
俺は連続した動きで、奴の右手を掴みにいく。
すでに小刀を持っていなかったのには驚いた。
俺の腹の前に、放られた刃がある。奴は束尻に足ノ裏を当て、刃を押しこんできた。
「あぶねえ」
相手の手首を掴んでいる場合ではなく、俺は体を捻りながら後ろに跳びのいた。
「貴様は拙者を掴みたがっている。柔術か合気道の使い手か」
強くなるため、あらゆる武術の訓練は受けてきたが、どれもS級にはなれなかった。
才能のなかった俺が切り拓いた道は、どんな物でも粉砕する握力だが、簡単にはバレない。
ミツの姿が見えなくなった。
「時間は稼げた。どこの木陰にいるか、俺に背を向けてカクレンボに勤しむか?」
「自ら負けを選ぶ愚か者はいない。貴様から始末する」
ようやく1対1だ。