ダンスブタ野郎、撃沈。
俺の体はダメージを受けたが、その状態から戦えないようでは、天下統一などほざけない。
「殺処分? あんただよ。ブタ野郎」
「もう言葉は慎め。この保阿郎は一切、太っていない。こんなに身軽だ」
贅肉をゆらしながら華麗に踊る。確かにありえないほど未だ切れている。
しかしながら、もはや慣れた。戦いは対応力が鍵を握る。
「俺のほうが強いと証明してやる」
「この保阿郎が勝つのは決定済みだ」
「勝つは勝つでも豚カツだな」
ど下手なシャレだが、笑いをとるのが目的ではない。
「つまんねえぞ、クソチビが。その無駄な口、封じてやる!」
アホロウが飛び跳ねながら突っこんできた。
奴の攻略法はカウンターだと見抜いたから、挑発したのだ。
手足を掴ませないための、ゴムの塊のような体当たり攻撃。確かに破壊力は凄まじいが、多彩性は乏しい。
とは言っても、顔面へのカウンターは用心しているだろう。まず隙を作る。
俺は腕を胸の前で交差させた。
「受け止めてやる」
「地球の裏側まで吹っ飛べ」
俺は当たった瞬間、奴の探偵制服を掴み、勢いを利用して巴投げに持っていった。
「甘いわい」
アホロウは背中から落ちたが、バウンドして立ち上がる。
「そら、押せ!」
円陣を組む住人たちが必死に受け止め、押し返した。
「スペシャルヒップアタッ」
読んでいるぞ。
「ここは肉がねえ」
素早く立ち上がっていた俺は、後頭部に跳び蹴りを喰らわせた。
「痛ずこおお」
アホロウは耐えることなく、うつ伏せに倒れていく。
カウンターで入ったのに、意外と肉が厚くて延髄が守られていた。致命打にはなっていない。
豚野郎は器用に腹で跳ねた。
「もっかい押せ!」
今度は正面を向いてくるだろう。その瞬間、今度は顔面を打ち抜いてやる。
「そらよ」
アホロウは薄汚い手段をとってきた。住人の男一人をぶん回し、投げた。はなからそれが狙いだったのだ。
「外道が」
俺は泣きそうな顔の男を受け止めた。
「邪魔してすんません」
ゲス豚野郎がすかさず飛んでくる。
「二人まとめて逝け!」
かがみこみ、悲劇の男を地面に寝かせた。この状態だと俺だけが直撃する。
と思ったら大間違いだ。対応力の勝負。
顔面を打ち抜くと言ったら打ち抜くんだ。
かがむ姿勢のまま、両手を地面について勢いよく逆立ちした。振り上げた足を加速させ、逆立ち式踵落としに持っていく。
「ぐげぼこっ」
アホロウの鼻っ柱に見事、カウンターで命中させた。
「どうだ!」
「ノブちゃん、やりい」
ロリカが跳ねて喜んでいる。
「痛えよう、涙、でまくるよう」
鼻を抑えてのたうつ豚野郎だが、それもまたダンスの足捌きになっているのは大したものだ。
だからといって容赦はしない。外道には隙を見せず、攻めあるのみ。
「うらああ、覚悟しろ」
顔面目がけて追い討ちの拳を振るうふりをし、足を踏んづけた。流石にここは贅肉が薄いだろう。
「はうあ」
体勢を崩して顔がガラ空きになったところで、渾身の回し蹴りをこめかみにぶちこんだ。ここも贅肉が薄い。派手に吹っ飛ばないが、その分、力を逃せていないということだ。白目を剥きかけ、膝が崩れ落ちる。
「ぐげべっ」
「俺のほうが強かったな」
脳が揺らされ、足に効いている。でかい尻で地面を突いた。が、声は張りあげた。
「エンジンをかけろ! 下民はこいつを囲み、袋叩きにしろ」
とんでもないことを部下に命じやがった。
俺を住民もろともローラーでぺちゃんこにするつもりなのだ。
豚野郎は這って逃げる。
「この保阿郎様に対する仕打ち、許せまじ。シャーラック様に報告だ」
住民が命令通りに動こうとする。
「あんたら、まじか? 俺の勝ちだぞ。従う必要はない」
立ち止まる者は出るが、多くの者はそうはいかなかった。慣性の法則に従い、俺に掴みかかってくる。
住民に手出しする気はないが、対処は簡単だ。睨みを利かせばいい。歴戦で身につけた眼光だ。同時にオーラも張りだせば、戦いの素人は誰でも足をすくませる。
立ち向かってくる者はいなくなった。
「シャーラックが君臨しているんだ。このデブ一人倒したところで、恐怖は消えないんだよ」
たじろいで下がる住人の一人が呟いた。
「俺はそのシャーラックを倒しに来た。この豚を這い這いさせたことで、嘘ではないと証明しているのだが」
住民は顔を見合わせ、ざわつきだす。
逃げるアホロウを蹴りだす者が出た。放り投げられた男だ。
「さんざん好き勝手やってくれたな、このブタ」
すぐさま新たな流れが生まれ、暴力的な足の数が増えていく。アホロウが袋叩きの様相になった。
「痛ずこおお。下民が調子に乗るな。全員処刑だぞ」
悶える四足歩行の動物の言葉は影響を失っている。住民の蹴りが止まらない。
食料を貪っていた者たちも参加し、集団リンチが勢いづく。きっちりと躾けられた囃し立てる作法が、皮肉に支配者へ向けられた。広場が断罪からの処刑場と化していく。
「負け豚が。俺たちには救世主がいるんだ。もう頭に乗れないぞ。おまえがブーブー鳴け!」
集団心理が狂気の坩堝を作りあげ、アホロウは無抵抗で蹂躙される。
「なんかいや」
ロリカの嫌悪混じりの声が届いてきた。
彼らはこのアホロウに酷い仕打ちを受けてきた者たちだ。恨みの堆積は相当なものだろう。だが見ていると、確かに気分が悪くなる。
「ロードローラーはまだか!」
めちゃくちゃにされているアホロウが死に物狂いで叫んだら、忠実な部下がアクセルを踏んだ。
「みんな離れろ!」
興奮状態の住民だが、救世主扱いの俺の声には反応してくれて、巨大ローラーを避けていく。こんな重い重機なら、加速までの時間がかかるので助かった。
しかし一人だけ動けていない者がいた。
「愚か者が。ストップしるぉ、ぎゃあああ!」
このアラクーレ・保阿郎に恨みを持っていたのは、住民だけではなかったようだ。運転席に座る部下が、目をギラつかせてハンドルを握っている。
冷静さはかろうじて保たれ、ブレーキを踏んだ。よってアホロウはうつ伏せの状態で、つま先だけが下敷きになっていた。蠢くが、自力では抜けそうにない。
「お願いだあ。早くバックしてくれえ」
上司から命令口調が消え失せ、情けない涙声になっている。
運転席の部下は興奮が醒めず、動かない。後悔もしていて、現実逃避をしているのではないか。
「早く下がれ!」
俺が怒鳴ると、部下は我に帰り、ロードローラーをバックさせた。
アホロウは痛みで立てずにいるが、足指だけがあの世に持っていかれたにすぎない。得意のダンスが踊れなくなる程度で、命にはまるで別状がない。
「痛風だから痛いんだな。普段から太りすぎだ」
「ふざけるな。ダンスを踊れない人生がどれほど苦痛か」
「踊れない豚はただの豚か」
「ふざけるな。ふざけるな」
俺は奴の頭部付近でしゃがみこみ、首根を手で抑えこんで、顔を地面に押しつけた。
「誰が同情する? あんたは他人にどれほどの仕打ちをしてきた?」
アホロウの涙が地面を濡らす。
「ノブちゃん、やりすぎよ」
同情する女がそばにいた。
「ロリカ、黙っていろ」
「はあい」
「地面を舐めてみろ。あんたがここの住民にやってきたことだ」
「ちゃんと、餌を与えたんだ。地面を舐めさせたわけじゃない」
「そうか? じゃあ感謝されるはずだ」
住民を眺め回すと、再び襲いかかりそうな空気になっている。
「俺が抑える手を外すと、より危険な目に遭いそうだぞ。部下からも恨まれていたあんたは、強いから傲慢でいられた。だが今のあんたは完全に敗者だ。二度とステップを踏めない。シャーラックからも信頼されなくなったな。全てが終わったんだよ」
「くおおお」
悔しすぎて言葉になっていない。
「シャーラックに処刑されるんだろ? 奴は何者なのか、どこにいるのか、俺に告げろ。俺が奴を倒せば、あんたは死なずに済むかもしれないぞ」
絶望しかない敗北者は笑った。諦めが見て取れる。シャーラックの恐ろしさを物語っている。
「貴様は俺を殺さないということだ。だったら何も言うもんか。ざまあみろ」
悲しき足掻きだ。
しかし俺は拷問という手段を使わない。
「ならば眠れ」
握力を増していくと、アラクーレ・保阿郎は泡を吹いて気絶した。
戦いが決着した直後、住民が拍手をしだした。あげく、
「メシア、メシア」
と連呼を始める。
俺は素直に喜べなかった。
この者たちは初めから戦わなかったのか。戦ったが敵いっこなく服従したのか。蹂躙があっても平定もあるなら妥協したのか。その全てなのか。
とにかく救世主の到来を願い、戦い続けてきた者たちには見えない。
シャーラックと戦う意義に疑念が滲みでてきた。シャーラックの下でも生きられているのだ。この者たちはそれでいいのではないか。
「おじちゃん、ありがとう。大人たちが喜んでいるよ」
ユウキがあどけない顔で見上げてくる。俺がしゃがむと抱きついてきた。
「俺、ロリカと同じぐらいの年だよ」
「ノブ兄ちゃんでいい?」
「それだ」
汚れなき子供の体温を感じる。この女の子は一人で必死に生きてきたのだ。
他の子供たちも寄ってきた。みな土汚れた汚い顔だが純朴の笑顔で、ノブ兄ちゃんと連呼してくる。
ガチ嬉しくなってしまった。
子供たちには如何なる罪もない。親をなくし、路地裏で生きるしかなく、まともな手当てを受けられていない。
この状態を放置していいわけがない。
保阿郎を倒したことで、この最低限の施しすらなくなるだろう。だからといって、見過ごせばよかったとはならない。
「後戻りはない。ユウキ、待っていろ。未来を見せてやるからな」
「ノブ兄ちゃんなんかかっこいい」
「ユウキちゃん、もういいから離れましょうね」
ロリカが嫉妬している。大人げない。




