ロリカ、母性を見せる。
表通りに出たが、ドローンは見当たらなかった。
「街中ほど監視の目はなさそうだ」
商店街は繁盛しているようだった。道ゆく者たちはみな小綺麗な服装だ。
通行人はユウキの姿を見て、蔑む目をする。
「お姉ちゃん、裏路地に戻りたいよ」
ユウキが肩を縮こませた。
「大丈夫、すぐに綺麗になるから」
ロリカが露天商で無造作に子供服を籠に放り込む。
「衝動買いかよ」
「そうよ。ストレス溜まるんだから」
温泉宿もあった。ロリカはユウキと手を繋ぎ、女湯に入っていく。
「あなた、入らないの?」
「俺はもっぱら川で水浴びだ」
温泉は無防備になるので、俺には合わない。
「じゃあ財布預かっといて」
分厚い財布を放り投げてきた。スタスタとユウキを連れて女湯に入っていく。
「まるで家族だな。尻に敷かれるもんか。いやそんなこと言う俺が嵌まってる。だいたいユウキもお母ちゃんの言いなりみたいになっているぞ。平気で女湯に入りやがって」
路地裏に住む孤児の境遇。
「俺も孤児だった。母親の記憶はない。まあ甘えるのもいいか」
俺は用心棒のごとく、温泉宿の前で仁王立つ。
通行人は目を逸らして通りすぎていく。
「いい傾向だ。絡んでくるなよ」
静かに待っていると、妻と息子もといロリカとユウキが出てきた。
「誰?」
ロリカが女の子を連れていた。
「驚いたでしょ。こんなに綺麗になったわ」
路地裏にいたぶん日焼けせず、土汚れを取ればすべすべ白肌だ。ボサボサだった髪の毛も、滑らかに梳られている。
で、おめかしの衣装だ。
「女の子だって知っていたのか?」
「はっ? 男の子だと思っていたの? 汚い姿で暴れていたからそう思ったのね。可愛い娘を見抜けないなんて酷いわねえ。ユウキちゃん」
「ほんと、失礼しちゃうわ」
態度もお嬢ちゃんに変わっていた。
刑務官姿のロリカに続き、またもやられた。今回は俺の勝手な勘違いだが。
「ねえブランブランして」
俺たちはユウキを挟んで手を握った。ブランコ状態で少女をブランブランさせながら商店街を歩く。
飲食店で食事をした。ユウキは男の子のようにカレーライスを貪った。
商売は盛況の様子で、天気がいいのも相俟って、非常に平和な街の印象を受ける。
ロリカがユウキにソフトクリームを買ってあげながら言う。
「本当にシャーラックって悪い奴なのかしら」
「どこの街にも貧困者はいるから、この街が特別なわけではなく、縄張り拡大したい勢力が、奴を貶める情報を流布してきたってことか」
「そんな感じ」
防衛には武力が必要であり、攻めこんでくる者たちに惨い仕打ちをしていたとしても、住民を守るための見せしめだったと言える。
商店街を抜けた先の広場では、食料品が山積みにされていた。
「変な服装だわ」
茶色いジャケットに赤い蝶ネクタイ、そして八角帽子。探偵服に見える制服姿の者たちが管理している。
「あれ、週に一回やるんだよ。売れ残りを配るの」
「週一なんてケチね」
俺は頬を膨らませたロリカを諭す。
「無尽蔵に配給したら、商売が破綻するよ。働く意欲がなくなるし、労働者が権力を持つ者の思うがままになり、自由もなくなるだろう」
「シャーラックは貧困をなくせなくても、最低限の配慮はしているということね。それなりにいい奴に思えてきたわ」
崩壊した日本で、民のための自治に勤しむ姿勢があるのなら、有能か無能かは別にして、確かに評価できるのかもしれない。
裏路地に住まうボロ雑巾のような者たちが、湧くようにやってきた。足取りの悪い者たちもいる。子供たちも多い。この街の現状が表に滲みでてくる。
「もっといい思いさせてやりたいわ」
ロリカはユウキに対して目覚めた母性を、未だ溢れださせている。
腕が急に引っ張られた。
「どうした、ユウキ」
少女が俺たちの腕を引き、後ずさろうとする。
「近寄っちゃだめ」
路地裏の住人たちも急に足を止めた。
「お姉ちゃん、おじさん、止まって」
ユウキが強張る顔になった。
「お兄ちゃんはお姉ちゃんと同じぐらいの年だよ」
俺の神経ピリピリを無視するかのように、重たい走行音が轟いてきた。
「ロードローラーだと?」
振り向くと、重い車体を猛烈な速度で走らせていた。躊躇なく食料の山に突っこんでくる。10トンはありそうな車両を止められる人間などいない。
ただひたすら、食料が潰されていくのを見守るしかなかった。
「うわあああ」
ユウキが叫んだ。怯えてしゃがみこみ、震えている。
ロリカがすかさずユウキを抱きしめた。
「大丈夫よ。わたしたちがついているわ」
ぐちゃぐちゃ、と鳴り響く音が気持ち悪い。食品が廃棄されていく音だ。
もったいない。
いくら重いローラーで轢いたところで、物量が多いため、ペシャンコまではいかなかった。ペースト状に引き延ばされている。
ロードローラーを運転していた探偵制服のデブが、颯爽と飛び降りた。
「ぐわっはっはっはっ。ゴミども、今日も生かしてやるぞ。一週間分、まとめてたらふく食え!」
ユウキが強い力でロリカを振り払おうとする。
「お姉ちゃん、離して。食べないと、食べないと、死んじゃう」
ユウキが獲物を狙う獣のように瞳孔を開かせていた。
「大丈夫よ。さっき、おなかいっぱい食べたでしょ」
「死んじゃうよう、死んじゃうよう」
ユウキの反応は本能だ。こんな小さな子が、生きるために必死なのだ。
路地裏の住人たちは、大人も子供も、目をぎらつかせ、地面を這いながら、潰れた食料を食い漁っている。
「いい光景だ。ゴミども、虫ケラども、クソども。生かされる喜びを胸に置き、感謝するがいい。ぐわっはっはっはっ」
膨らんだ顔に膨らんだ腹、膨らんだ耳たぶ。贅沢な肉をたっぷりと蓄えたファットマンが、豪快に笑い、あげくステップ軽やかに踊りだした。
先に到着して管理していた配下たちが、手拍子でリズムをとっている。
「這いずる虫ケラ、価値なきゴミムシ、だが優しさ溢れる平和な世界は、クソ虫でも生かすっす。はっ、いやっ、ほっ」
その踊りっぷりは真剣そのものだ。
放心して貪る者。涙を流して喰らいつく者。目の前の食料を奪い合う者たち。言っては悪いが獣の様相だ。
「ユウキ、落ち着いて、落ち着いて」
「お姉ちゃん、こんなの嫌だ。もうこんなの嫌だあ」
ロリカは泣きだす少女を強く抱きしめ、自分も泣きだした。
「普通に食べさせればいいものを。ノブちゃん、わたしもこんな光景見たくない」
探偵制服のデブが這いつくばる者たちを蹴りだした。腹を蹴られ、吐きだしている。
「こうやれば何度でも食えるぞ。ぐわっはっはっはっ」
現状は惨状へと変わりだした。光景が悪化していく。
俺は掌に指が喰いこむほど、拳を握った。
「ユウキ、あいつがシャーラックなのか?」
「知らない。わたし、子供だもん、何も知らないもん、悔しいよう」
「そうか。どちらにしろ、あいつには地獄を見せないとな」
食事の邪魔をしては悪いと思い、様子を見ていたが、食事中の人々を蹴り、踏みつけるのなら、躊躇はいらない。
「ロリカ、ユウキに見せたいようで見せてはいけない。奴の手足が折れるところを」
「きちんと抱きしめとく。ユウキ、わたしの胸に顔を埋めて」
俺は手足をぶらつかせ、筋肉を温める。
ブタ野郎は踊りながら蹴り続け、踏みつけ続ける。
「ブーと鳴け、ブーと。貪る豚はブーブー鳴くもんだぞ。オラッ」
子供にまで足を伸ばしていく。
俺は腰を低くし、足音の鳴らない走り方で詰め、水面蹴りで軸足を払った。豚野郎の重い体が宙に浮き、背中から地面に落ちた。
「いでええ」
そう奇声を上げるが、潰れた食料がクッションになり、怪我なしで澄んだようだ。
「いでええ、じゃねえだろ。貴様がブーと鳴け」
でかい腹に踵落としを喰らわせた。




