打倒、全能探偵シャーラック
「助けてください! あああ」
突然、抱きつく女性が一人増えた。そして痺れる。
「なに、離れてよ」
ロリカが怒り顔で電撃を解き、見知らぬ女性を突き放した。
「乱暴はよせ」
「ごめんなさい。でも変質者だと思ったの」
本当は二人の空間に侵入してきたからだろう。
改めて女性が抱きついてきた。
「痺れたと錯覚するほど素敵」
「本当に痺れたのよ。なんで抱きつくのさ?」
少し年上ぐらいの女性なので、俺は手を握ってしまった。
「ちょっとノブちゃんまで!」
「いやあの感触を確認するため」
無論、記憶の感触とは全く異なる。
「二人とも、ころ」
ダボついた服を着た男三人が、肩を揺らしながらやってきた。
「あんちゃん、その女を渡しな」
真ん中のリーダー風の男が、サングラスをずり上げ、睨みつけてきた。
「助けてください」
女性が俺の背中側に回った。
「オレらが悪いように見えるだろうな。だけどよう、その女は盗人だ。オレの金ピカネックレスを返せ」
女性は俺の陰から、言い返す。
「あんたたちだって、誰かから盗んだものでしょ」
乱世において、こういう言い合いは終止符が打たれないのが常識化している。何しろ街丸ごと奪い合っているのだから。
男の立場で判断するなら、女の味方をするしかない。
「大きな被害じゃないだろ。妥協しろよ」
俺は手を払いのける仕草をした。
この女性が生きられるのなら、それでいい。
「ちっこいあんちゃん、理想と現実にズレがあるな。理想は虎で現実はうさぎだぞ」
他の二人が笑うなか、リーダー野郎は問答無用で襟首を掴みにくる。
やれやれ。俺に対し、最もやってはいけない行為だ。
俺が手首を握ろうとしたら、リーダー野郎の腕に鞭が巻かれた。
「邪魔よ。みんな邪魔!」
問答無用だったのはロリカだった。感電したリーダー野郎は体を硬直させたあと、腰から崩れ落ちた。
「なんだ、何が起こった?」
狼狽える男どもに鞭が飛び、等しく倒れていく。
「あんたも離れなさい、女」
鞭を両手で握り、ピンと張った。
「よせって」
ロリカの狂気の側面が出まくっている。
「予定とちがっ」
俺の後ろに隠れていた女が、変な言葉を口走った。
「ほう、何か裏があるというのだね?」
女性は後退りしていく。顔が猛烈に強張っている。走って逃げだした。
「二度と近寄るな」
ロリカがベーと舌を出し、鞭を無闇に振り回す。
遠くにドローンが見える。こっちに向かって来ているようだ。
「よそ者を歓迎しないのか。それとも歓迎しているのか」
「何台でも撃ち落としてやるわ」
俺はロリカの手を握った。
「あら、やっぱり」
「一旦、かわそう」
俺はロリカの手を引き、走る。
ドローンが来る前に、建物の影に隠れた。
裏路地を進んでいく。
「ノブちゃん、目的は? わたしの体じゃなくて」
「シャーラックは神ノ国と対立しているのに、壁やバリケードを設けて要塞化していない。ということは、暴虐無尽に痛みを与え、近寄れないようしてきた」
「ネコちゃんが言っていたわね」
「要塞化せず、交流の自由は認める。それでいて、不都合な者には暴力的に抑止を加える。壁なき鎖国だ」
「鎖国?」
「つまり、交流の自由は認めているが、常に選別や検閲をしているということだ」
「だから裏から行くのね」
「そういうこと。さっきの女。俺たちに助けたように思わせ、甘い話でどこかへ誘うつもりだっただろうな」
「拷問室でビシバシよ、きっと。嫌だわ」
「ロリカ君が言うでない」
路地裏には破けた服を着た浮浪者が、地べたに座っていた。
「ノブちゃん、こいつも演技かしら」
「こっちに逃げるなんて予想できないだろ」
表から外れた場所にいる見窄らしい男。街の中枢から恩恵を受けられない住人。こんな輩に最も相応しい質問をしてみる。
「俺はシャーラックを倒しに来た。奴は何者だ?」
見窄らしい男は、落ち窪んだ目で、俺を見上げた。口を歪ませている。
「あんた、頭がおかしいのか。あいつに勝てる奴なんていないぞ。そうか、薬だな。俺は持ってねえ。そばに寄るな」
見窄らしい男は重たそうに腰を上げ、ヨタつきながら離れていった。
「やはり、裏路地はシャーラックの目から逃れられる場所なんだ。しばらく聞き込みをしよう」
汚らしい路地を歩いていると、案の定、ロリカ目当ての男どもが寄ってきた。
「いい女あああがあああ、なぜかいるううう」
まるで盛りのついた獣だ。自制心なく、飛びかかってくる。
「うざいんですけどお」
ここは俺が行く。
「野郎は邪魔だべふべっ」
拳を顔面にめりこませた。せい、えいや、と等しく減りこませ、三匹のゴミムシを潰した。
「おい、シャーラックのことを詳しく教えろ。俺が倒しに行ってやる」
「そりゃすげえな。でもオレらには関係ねえ。誰が統治者になろうと、オレらの人生は変わらねえ。世の裏側で残飯を漁るだけだ。その女、おめえの残飯でいいから食わせろ!」
ロリカが吐き気を催したような顔をする。
「ノブちゃん、殺して」
「よっしゃ、えい」
死なない程度に、顔を踵で踏んでやった。
「この人たちには、神ノ国に行く発想はないのかしら」
「縛られて窮屈な思いをしたくないのだろう。どこにも向かえない人間たちだ」
後ろで物音が聞こえた。
「次から次へと」
振り向いても移動する影が残るばかりだった。ネズミ穴のごとく、建物の壁にはところどころ小さな穴が空いていて、通路になっている。
「すばしっこいな」
足音だけが聞こえる。
俺たちの脳内には、裏路地の地図がない。人間がモグラの経路を知らないのと同じだ。陽光が届かない陰から陰へ移動している者に、なすすべがない。
「たぶん、子供ね」
見抜いた風のロリカに何かがぶつかった。
「いたっ、何よ」
「やりい」
小さな少年の声が遠ざかっていく。
「ロリカ、財布は無事か!」
「あああ。全財産、入れてあったのに!」
「そうか」
「冷静すぎい。わたしたち明日、飢えて死ぬわ!」
どうやら敗北の様相だ。もぐらに対し、俺たちのほうが手も足も出なかった。
ところが、さっきの少年の叫び声が聞こえてきた。
「やめろお! 返せ!」
「捕食者が出たか。弱肉強食だな。しかし相手は子供だぞ」
俺は声のするほうへ走った。ゴミが散乱していて、走りづらい路地を進んでいく。
「このやろう、金返せ」
「噛むな、こら」
汚らしい男が汚らしい少年を引っ叩いている。
「お二人さん、それは俺たちの財布だ。無慈悲に返してもらうぞ」
「はあ? 兄さん、ここのルール知らないんだな。手にしたもの勝ちなんだよ」
追いついたロリカが息を切らしながら、腕を伸ばす。
「じゃあ、わたしを手にしてみろ」
「ガキよりいいぜ、いただき、ぐわべはぐっ」
ビリビリバタンのお約束だ。
「わたしの財布。あっ、待て子供」
俺が逃げる少年の首根っこを掴んで持ち上げた。7、8歳といったところか。
「痛いい。離せええ」
「少しだけ恵んでやるから、暴れるな」
「ええノブちゃん。わたしのお金よ」
「アカツキ翁のだろ」
「ノブちゃん、ほんと?」
少年が馴れ馴れしく俺の名前を呼び、大人しくなった。
ボサボサ頭で土汚れた顔。哀れだ。誰かの命令かもしれないが、子供に罪は問えない。
「いいわ。ほんとよ。あなたの親は?」
「いない。一人だもん」
ロリカが悲し気な顔になり、少年に顔を近づけた。が、すぐに離れた。
「あんた、臭いわ。うずうずする。綺麗にしてやりたくなるわ」
「お姉さんはすでにキレイ」
ロリカがぷっくり頬を赤らめた。
「我慢できないわ。ノブちゃん、決めた。表通りに出るわよ」
「構わないよ。裏から行かなければならないわけじゃない。別にシャーラックから逃げる理由もない。襲ってきた者をヘッドロックして直接案内させよう」
「あなた、名前は?」
「ユウキ」




