親切な火星人
人類と地球外生命体とのファーストコンタクトは、これ以上ない程に平和で穏やかなものでした。火星探査で遭遇した火星人は、翻訳機を用いて流暢な英語を操り、人間の火星への移住計画も笑顔で快諾してくれたのです。さらに人類が生活できる環境を整え、地球と火星間で利用できる画期的なワープゲートまでプレゼントしてくれました。
この異常なまでの親切の理由を尋ねると「私達には、この星は広すぎる」という意外な返答がかえってきました。火星人は繁殖能力が人間に比べて低いらしく、貴重な土地や資源を持て余すよりも必要としている人類に有効活用してほしいと考えたそうです。
寛大な火星人の言動に、当初は武力による植民地化まで検討していた人類は感動・猛省し、彼らの言葉に甘え、門を通過し多くの人間達が移住することになりました。瞬時に天文学的距離を移動できるこの技術を、地球でも応用できないかと考えた研究者達は火星人に教えを請いましたが、後に軍事利用される可能性がほんの少しでもある以上許可できないと頑なに拒否されてしまいました。
既に地球と火星の行き来には十分な数のゲートが設置されていましたし、いかに温厚な火星人といえども怒らせると遥かに進歩した科学技術を駆使して何をしてくるか分からないという懸念もありましたので、研究者達は大人しく引き下がりました。しかし、諦めの悪い一人の研究員は、その仕組みについて密かに調査を続けていたのです。
そして、彼は今ゲートの前で力なく膝をつき呆然としています。
「な……なんてことだ……これは……ワープゲートではなかったのか……」
「はあ、あれだけ注意したのに、困った人間ですね」
いつの間にか背後には火星人が立っていました。研究員は物怖じするどころか、彼に対して怒りを露わに食って掛かります。
「どういうことだ! これは転送装置ではないじゃないか!」
「ええ、そうですよ。この装置は、片方で対象のありとあらゆる生体情報を分子レベルでスキャンした後、完全に跡形もなく消滅させ、もう一方で受信したデータを基に正確に再構成するものです。まあ、実質転送されているようなものでしょう?」
「そんなのは詭弁だ! たとえ細胞やDNAまで完璧に再現したとしても、それはあくまでもコピーに過ぎない! 何よりこれを転送装置だと偽り人類に使用させたことは許されざる詐欺行為だ! 一体お前達は何を企んで……!?」
すまし顔の火星人に対し、詰め寄る研究員。ところが、まるで突然石になったかのように身体の自由が効かなくなってしまいました。首を振って溜息をつく火星人が手を動かすと、まるで操り人形のように彼の四肢も釣られて動きます。
「冥途の土産ならぬ、火星送りの土産に教えてあげましょう。先程お伝えした通り、これは実質的な転送装置です。ただ、向こうであなた達の身体を再構成するにあたって、ちょっとだけ細工をしているんです。具体的にはDNAを少し弄って、我々に近づけています。後は反抗心など余計な感情が芽生えないように脳も調整してますね」
「何だと……」
「我々の繁殖能力が低い原因は、出産にあたり必ず母体が死んでしまうように造られているからです。ここまで言えば、もうお分かりでしょう。心配しなくても、男女ともに差別なく子供を産めるように手を加えていますよ。我々のような高次生命体に下等な人類を有効活用してもらえるのですから、感謝してほしいぐらいです」
「くっ……」
「ふふ、怒りで言葉が出ないようですが、そんな暴力的で原始的な感情もあちらでは二度と感じなくて済みますよ。良かったですね」
満面の笑みを浮かべ手を振る火星人に、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせながら、研究員はゲートの向こうへと消えていきました。