愛するカノジョは脱け殻と化しました
僕の部屋のベッドには、彼女が横たわっている。
脱け殻のように。
というか、本当の脱け殻だ。
彼女の魂は、少し前に、何処かに行ってしまった。
僕は、半年ほど前、クラスメートに水を掛けられている彼女を、助けた。
そこから、段々と彼女とは、仲良くなっていった。
彼女は、警戒心が強いが、距離を縮めるのも早い。
だから、お互いのベッドで、ぐったり出来る仲にまでなった。
でも、今の今まで、いじめが続いていたことは、知らなかった。
僕のいる前で、あの女子たちは、大人しくしていたからだ。
黒い布団に紛れるように、濃紺の制服の彼女がぐったりしている。
彼女と、同じクラスなら良かった。
彼女は僕の、隣のクラスだったから、どうすることも出来なかった。
授業中にいじめられていては、どうすることも出来ない。
【あっ】
僕はあることを思いついた。
やったことはないので、実現するかは分からない。
でも、やる価値はありそうだ。
その方法とは、彼女のカラダに乗り移って、彼女として生活することだ。
そうすることで、彼女のいじめの現状が見えてくるかもしれない。
父の発明が、初めて役に立つと、感じた瞬間だった。
もちろん、僕はその間は学校を休んで、脱け殻を部屋に置いて生活することになる。
彼女の寝姿は、いつ見ても美しい。
彼女の脱け殻は、部屋にオブジェとして飾っても違和感のない、美しさに溢れていた。
魂が入っていた方が美しいが、入っていなくても十分、美しい。
勾玉のような格好で、ベッドの左半分に横たわる彼女の横に、寝る体勢に入る。
合わさるように、頭を逆さまにした勾玉で、ベッドの右半分の空いているスペースに横たわった。
そして、機械のスイッチを押した。
父の発明を、活かすも殺すも、僕次第だ。
魂が僕の身体から抜け、彼女の身体に、スーっと入って行くのが分かった。
朝のバタバタした時間帯に、何の計画も立てずに、彼女の身体を借りてしまった。
脱け殻になった僕の表情は、生き生きしていた。
キレイな丸まり加減で、部屋のベッドに存在していた。
制服姿の彼女となり、最低限の身支度をして、学校に向かった。
スカートはスースーするし、ロングヘアーは邪魔だし、まだ慣れない。
周りにいる男子生徒が、こちらに視線を送っていることに、気が付いた。
いつも、こんなに見られているのだろうか。
こんなに、男子たちを惹き付けているのに、彼女へのいじめを、誰も助けてはくれないのか。
正義感を持った男子が、彼女のクラスにはいないのか。
男子たちがいない場所でやっているとしたら、仕方ないのだが。
特に、困難という困難はなく、勉強には支障がなかった。
彼女の身体は、健康面では心配はなく、視力も良好で、ノートに書く行為も普通に出来た。
少し気になったのが、授業中なのに、女子の数人が、こちらを何度も見ていること。
どうやら、あれが彼女をいじめているグループなのだろう。
友達の背中を指でツンツンして、紙の切れ端を、頻りに回していた。
今日はヤケにシャキッとしているな、とか書かれているんだろうな。
怖さはなかったが、彼女の身体が、もっと傷付いてしまうことへの躊躇から、勇気の全開放は、出来そうにない。
昼休みまでは、特に変化はなかった。
誰ひとりとして、話してくることはなかった。
空気は重いけど、時間は起伏なく過ぎた。
いつもと違う彼女の姿に、警戒しているのだろうか。
教室で、ひとりで弁当を口に運ぶ。
朝、時間がないのに急いで作った、茶色いお弁当。
彼女をいじめているグループのことが、頭から離れてしまうくらい、卵焼きに夢中になった。
小学生の時に使っていた、あの懐かしい木で出来た茶色い机みたいな、色をした卵焼きが身体に、染み渡る。
そこへ、奴らはどっしりと向かってきた。
そして、すぐに弁当箱は天地を返された。
飛んだ卵焼きは、ホワイトベースの机に落ち、浮き上がるように存在していた。
彼女として生活している、彼女の姿の僕にも、容赦なくいじめを継続された。
彼女は、クラスの男子だけではなく、電車の中でも、男子の視線を十分に浴びている。
いじめの原因は、モテている彼女への嫉妬とか何かだろう。
僕は逃げずに、真相をいじめていた女子に聞くことを選んだ。
「ねえ。何でこんなことするの?」
「気に入らないからだよ」
たぶん、想像の通りだ。
彼女が、可愛すぎるから、こんなことになったんだ。
可愛すぎるが故の、苦しみや痛みがあることを、今まで理解していなかった。
ひっくり返ったお弁当箱を見つめると、悔しさと怒りが、込み上げる。
だから、なるべく、見ないようにした。
「どうしたんだよ。いつもとだいぶ違うけど」
「いつもと違う?どんなところが?」
「いつもは怯えて、震えてるから。だから、面白いのに」
「そうだよ。今は、まるで別人だから、つまらなくてさ」
全然、落ち着きを保ててはいないみたいだ。
「もしかして、嫉妬?」
「えっ? ああ、そうだよ」
その女子の落ち着きは、さらに無くなり、突き進んでゆく。
「私、こういう生き方しか出来ないから」
「こういう生き方しかって、どういう生き方?」
この女子を、嫌いになんてなれない。
みんな葛藤を抱いて、生きているから。
でも、まずは相手のことを考える、という意識をもってほしい。
「前もあったの。前もやった」
「何を?」
「嫉妬して、いじめを」
自分の気持ちしか、考えられない人なのだろう。
気持ちが、先走っちゃうタイプなのだろう。
僕がここで、きちんと説得するしかない。
「色んな人にしてるわけ?」
「うん。でも最近はあんただけ。前もあんたに好意を持っているイケメンに、嫉妬していじめていた」
彼女が憎くて、嫌がらせをしていたことは、確定みたいだ。
「ああ」
「やっぱり、中身、違う人でしょ?」
「いやっ」
素直に言った方が、絶対にスムーズに行く。
でも、言い出せない。
言うことで、彼女の負担を増やしてしまうかもしれないから。
「私は、あんたの彼氏が好きなの。大好きなの、完全なる嫉妬なの」
「そ、そうなんだね」
「本当に、本当にごめんなさい」
「明日、改めて謝ってもらってもいい?」
「いいけど、どうして?」
変なこと言ってる自分がいた。
別人だと名乗っているに、等しい。
でも、なんとか乗り越えられただろう。
女子の憎しみというものは、他に比べて深いと感じた。
僕は彼女に、少しの罪悪感を抱いた。
彼女の知らないところで、色々と変えてしまおうとしているのだから。
僕が彼女を、脱け殻に追い込んでしまったと、言われても仕方がない。
その後、クタクタになりながら、ゆっくりと自分の部屋に向かった。
明日からは、もう彼女がいじめられることはない、そう信じて。
僕は、部屋に戻り、自分のカラダに戻ろうとしていると、違和感を感じた。
彼女の中に入っている間に、彼女の魂が僕のカラダに入った形跡があったからだ。
許可を取ってはいるものの、僕も彼女の中に入っている。
だから、何も言えなかった。
彼女が、僕の姿に変わって、何もしていなければいいのだが。
何事にも、興味深々すぎる彼女が、何もしないわけがない。
疑惑を持ちつつ、急いで元のカラダへと戻った。
すると、少しだけカラダが重かった。
何かしらの重労働をしたに違いない。
でも、特に嫌な感じはなかった。
クラスメートとは、和解のようなカタチになった。
だから、明日は元のまま普通に登校出来る。
やっぱり僕の姿が、一番しっくり来る。
「ねえ?」
「あっ、カラダに戻ってたんだね」
「うん。お願いがあるんだけど?」
「何?」
「今週はずっと、入れ替わりのカタチでお願い」
「えっ?まあ、いいけど」
入れ替わり生活を始めて、一週間が経った。
クラスメートとの距離は縮まり、馴染んでいた。
彼女は、僕のおかげでクラスにフィットした。
僕のカラダはというと、前より筋肉質になっているような気がした。
彼女の好きなタイプが、マッチョであることは確かだ。
ちゃっかり、僕を育てようとしていることは、とても恐ろしかった。
でも、そんなことが出来るってことは、元気がある証拠なんだろうな。