奴隷商2
拳銃は何処だと周りを見渡すと、通路を挟んで向かい側に転がっている。拾おうと通路に足を踏み出したその時、パァンと乾いた音が響いて足を弾丸が切り裂いた。
「――――――ッ!」
「クソッタレ、二人も殺しやがって!ぶち殺してやる!」
硝煙の上がる拳銃を手に、血相を変えたヴィックスが走ってくるのが見えた。
――クッ
――銃はあきらめるしか・・・!
撃たれた場所を見ると、少し掠っただけのようだ。傷口が少しヒリヒリとするが、走るのにも問題は無い。
踵を返してクウの隠れていた場所まで走る。藁の束を向けると、耳を塞いでギュッと目を瞑っていたクウが薄っすら瞼を開け、シヴァだと気づくと途端に弾けんばかりの笑顔を浮かべた。
「待て、まだ一人いる。もう一回、バンって音がしたら逃げるんだ。いいな?バンで逃げるんだぞ!」
出てこようとするクウを隙間に押し込みながら口早に告げると、彼女は少し困ったような顔をしながらもコクコクと頷いた。シヴァもクウの額にそっと口づけをして、再び藁の束を被せた。
ちゃんと言葉の意味が伝わったかどうか、神に祈るだけだが、今は止まってはいられない。
ヴィックスの気を引く様に倉庫内を走り、クウの隠れた場所から距離を取る。
――あの男は今はボクに怒りを燃やしてる
――こちらに引きつけて、何とか倒せないか・・・!?
適当なコンテナの影に隠れて、呼吸を落ち着ける。ちょうど手ごろな長さの支柱があったためそれを手に取った。何度か深呼吸して周りの様子を伺うが、足音一つせず、本当にこの倉庫内にヴィックスがいるのかと思うほどだった。
――さっきまであんなに足音を響かせて鬼の形相だったのに・・・
――どうする?闇雲に動いても仕方がないか?
「いや、もう少し動いてみよう」と思ったその瞬間、背後でカチャッと音がした。
「わりぃが鬼ごっこは嫌いでな。オオッと、振り向くんじゃねぇよ。ドタマぶち抜くぞ?その棒切れを捨てな」
棒や手足が届かないでかつ、シヴァが銃弾から逃げられないような絶妙な距離。それを取って、ヴィックスが拳銃を握っていた。いつでも撃てるように撃鉄を起こして――。
言う通りにシヴァが棒を手放すと、カランカランと音を立ててそれが床の上を転がった。あまりにも軽く、そしていやに響いたそれは、何かものが一生を終えるような音だった。
「ペラペラ語るようで悪いけどな、俺はこう見えて銃の腕はいいんだ。だからお前が筋の一本でも動かせば、即お陀仏だ。分かるな?」
「・・・ああ。死と隣り合わせの生活を送っているんだ。死の匂いぐらいわかるさ」
死ぬかもしれないと思った時は、今まで出たくさんある。
初めてカヤックで飛んだ時、操作を誤って雲海に突っ込みそうになった。龍と戦った時も、あの鉤爪で引き裂かれそうになったこともある。
それらすべての時に、嫌な匂いが鼻を衝いたのだ。生臭いような、鉄臭いような、鼻腔をくすぐる嫌な匂い。
その死の匂いが、今も彼女の周りに漂っていた。
「そりゃあいい。もうアンタは生かしちゃおけねぇからな。殺してからどこかに隠れてるガキを貰うことにするぜ!」
――クソ・・・
――ここまでか・・・
歯ぎしりするシヴァだったが、いつの間にか横にクウが立っていることに気づいた。ちょうど物陰に隠れていて、ヴィックスからは見えていない。
「なんでここに!?」とシヴァは目を大きく見開いたが、彼女は弱々しい笑みを浮かべ持っていた何かをシヴァに差し出そうとした。
よく見ると拳銃である。先ほどシヴァが倒した男のものを、クウが拾ったのだろう。すぐそこにヴィックスがいることはわかっているのか、彼女は声には出さず口の動きだけで「バンバン」と拳銃をシヴァに渡そうと手を掲げた。
おそらくシヴァの言う「バン」から拳銃を想像したのだろう。見るとクウの服は所々赤く染まっており、男の下の周りでそれを懸命に探し回ったことが伺える。
――クウ・・・
だが拳銃を受け取ろうものなら、すぐに射殺されてしまう。
「辞世の句はいらねぇよな?」
「・・・ああ」
――・・・どちらにせよこのままでは死ぬのに変わりはないか
――なら一縷の望みに賭けるのも・・・
ニヤリと笑ったヴィックスが引金を絞る指に力を入れた時、バンッと倉庫の扉が開いて声が倉庫内に響いた。
「シヴァ!クウ!いるの!?」
――メリーっ!
「アァ!?」
ヴィックスが声に気を取られたその一瞬の隙。
それを逃さず、シヴァはクウから拳銃を受け取ると、ヴィックスに向けて引金を引いた。
細い鉄の筒から吐き出された、死の匂いを纏う弾丸が目にも止まらぬ速さでヴィックスの胸を貫く。
驚愕の表情を浮かべたヴィックスは、撃たれる中でも抵抗しようと拳銃の引き金を引こうとしたが、そこに二発三発・・・と弾丸が吸い込まれていった。
五発ほど撃ったところで、引金を引いてもシリンダーがクルリと回転するだけで弾は発射されなくなった。
手から拳銃を滑り落としたヴィックスは胸の傷口を抑え、ヨレヨレと壁にもたれかかったまま崩れ落ちた。
「――――・・・ガッ!アガ・・・グ――――――!!」
何かをシヴァに告げようとするが声にならず呻くだけである。まだ反撃してくるかもしれないとクウを抱いて守る様にヴィックスに背を向ける。
キーンとまだ耳に発砲音が木霊す中、メリーが連れてきたのだろう、自警団の面々がライフル片手にシヴァの下に駆け付けた。
「防人さん!大丈夫かい!?」
「ああ!ハァ・・・ハァ・・・ありがとう。クウ、ケガは無いか!?」
自警団がヴィックスの体を慎重に調べる中、シヴァはクウが傷を負っていないか慌てて確認した。幸い彼女に目立った外傷は無く、躓いた際に膝小僧を擦りむいた程度であった。
相当不安だったのだろう。涙目のクウをぎゅうと抱きしめて頭を撫でていると、メリーも二人の姿にホッとした様子だった。
「ごめんなさい、私が畑に呼んだばっかりに・・・」
「そんなことないさ。・・・メリーが今来ていなかったら、死んでいたのはボクだった」
メリーは家へ帰る途中でヴィックスたちとすれ違い、彼らの様子から自警団に通報したそうだ。もしその時通報していなければ、シヴァは死に、クウはヴィックスに攫われていただろう。
「むしろ礼を言わないといけないのはこっちだ」と告げるシヴァにメリーはかぶりを振ると、二人の手を取ってにっこりと笑いかけた。
「さぁ、帰りましょう」
その笑顔に、シヴァもようやく緊張がすっとほぐれた。