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生きる理由

翌日

 ドンドンと誰かが戸を叩く音に、シヴァは目を覚ました。時計に目をやるとまだ早朝も早朝で、太陽も随分と東にある。

 「今日の哨戒はボクじゃないのに」と愚痴をこぼしながら階段を降りる。二階建てのシヴァの家は、二階を寝室に、一階がキッチンやリビングになっている。

 欠伸を零しながら戸を開けると、ラズの妻のメリーが寝巻にガウンという軽装で立っていた。いつもの健康的な顔からは信じられないような、青白い表情で彼女はシヴァの両肩を掴んだ。

「メリー、どうしたんだ?」

「あの子、来てない!?」

「あの子?」

 一瞬なんの話か理解できなかったが、すぐに昨日救った子のことだとシヴァは目を見開いた。あの後ラズが家に連れて帰ったはずだったが、何があったのだろう。

「うちには来てないが・・・何かあったのか!?」

「いなくなったのよ!朝起きたらベッドにいなくて・・・!」

 メリーの言葉に眠気など吹き飛び、反射的に体が動いた。外套を掴んで通りに駆けだす。

 彼女が言うには、あのままずっと寝ていたため、ベッドに寝かしておいたそうだが、朝そこから姿を消していたらしい。

 ――一体どこに・・・?

 ――あんな子一人、間違えて島から落ちてしまったら・・・

 ――クッ、無事でいてくれ・・・!

 きさらぎの島は面積が20キロ平方メートルの細長い島で、子供の行ける範囲は限られている。外縁部の畑や放牧場へ行ったなら、見知らぬ少女に農家たちが保護するだろう。それならばすぐに自警団へ届け出が出るはずである。

 だがそちらから連絡が無いということは、そこへは行ってないということだ。きっと町のどこかにいるのだろう。

 商店などの並んだ島の中心街をメリーとラズに任せ、シヴァは波止場へ走って行った。少女を探すのもそうだが、そこなら防人たちに協力も呼び掛けられる。

 転がり込むようにしてドックの中に入ると、ちょうどキングの指導の下、レンがカヤックの操縦を確認しているところだった。

「おう、どうした?シヴァ。今日の哨戒任務はヘンリーたちじゃが・・・」

「あの子が・・・あの子が消えたらしい」

 肩で息をするシヴァに、キングは「なっ」と言葉を詰まらせたが、すぐにレンに何かを言って事務所の方へ走らせた。

 家からドックまで一キロほどの道のりを、一回も足を止めず全力で走り抜けてきた為、自分でも思う以上に呼吸が荒く、肺が痛かった。

 そんなシヴァの背をキングが優しくさする。

「大丈夫か?」

「ハァ・・・ああ・・・ラズとメリーが・・・町の方へ・・・まだ自警団にも連絡が行ってないみたいで・・・ハァ・・・ハァ・・・ボ、ボクも波止場の方を・・・」

 ヨレヨレと走り出すシヴァだったが、脚が重く縺れて転んでしまった。

 「無茶するなと言ったじゃろう」とキングの手を借りて身を起こしたが、焦りからかどこかイラッとした怒りを爆発させてしまった。

「この状況で無茶するなだと!?もしかしたら島から落ちそうになってるかもしれないんだぞ!落ち着いてなんかいられるか!」

 ――ッ!

 ――・・・ボクは何を・・・

 言ってから何も悪くないキングに八つ当たりしてしまったことに頭を抱えた。自分が焦っているのがいけないのに、それをとがめられて思わず反発してしまう。

「・・・クールを気取っておっても、熱いし青いのう、お前も」

 俯いたシヴァの頬にピトッと冷たいものが押し当てられる。見ると冷えた水の入った水筒だった。

「時に感情は目を曇らせる。あの子は龍にも振り落とされなかったんじゃから大丈夫じゃ。少し落ち着けい」

「・・・すまない。ありがとう」

 水を浴びるようにして飲んでいると、レンが事務所からわらわらとカッター船員の防人たちなどを連れて帰ってきた。

「ガキが一人迷子じゃ。二人一組でラズの家を中心に探して回れい!」

 キングの声に「おう!」と威勢よく答えた防人たちがドックから駆け出していく。

 その背を見送って、暫く息を整えていたシヴァとそれを見守るキングにレンだったが、シヴァが口元の水を拭った時、奇妙な歌がドックまで響いてきた。

「・・・こ、これって・・・」

 レンが目を丸くし、キングも訝し気に眉を顰める。

 ――バカなっ!

 ――これは・・・!

 顔を強張らせたシヴァは、二人を他所にドックから飛び出した。

 波止場から聞こえるそれは、あまりにあの龍の歌にそっくりだった。

 息を切らせながら波止場へ出ると、先ほどはなかった船乗りたちの黒山の人だかりが出来ているのが見えた。

「すまない、通してくれっ!」

 彼らを掻き分けその中心へと躍り出ると、あの白い髪の少女が雲海を見下ろしながらに歌を口ずさんでいた。気のせいだろうか、シヴァの目には彼女が先日よりも体が大きく、そして何よりも長い睫毛の下のアンバーの瞳が悲し気に見えた。

 幸いなことにこれが龍の歌だと気づいているのはシヴァだけのようで、他の船乗りや商人たちは物珍しさに見ているだけだった。もしこれが龍の歌だと気づかれてしまったら、どうなることか分からない。かと言って少女に「やめろ」と言うわけにもいかず、さりとて男たちに「散れ」と言うわけにもいかず、どうしようかとオロオロしていると、陽気な声が響いてきた。

「きさらぎの島の歌姫はすごいじゃろう!さっ、紳士諸君の寛大なご支援を!」

 三角帽子をひっくり返したキングがカラカラと笑いながら人だかりを回る。集まっていた人々も口々に、「良かったぞ」「また聞かせてくれ、嬢ちゃん」など言いながら貨幣を帽子に入れて散っていった。

 不思議そうな顔で彼らを見つめていた少女は、やがてこちらを見つめるシヴァに気づくとその物憂げな表情を変えぬまま、そっと寄ってきた。

 気のせいではない。やはり少女は昨日よりも身長が伸び、体も如実に成長していた。町医者の言っていた、「私たちとは違う」というものの一つなのだろうかと思っていると、駆けつけてきたと思われるラズが声をかけた。

「ここにいたのか」

「良かった・・・」

 メリーがホッとしたような顔をして少女に笑いかけると、彼女は少し怖がるようにシヴァの背後に隠れた。

 少し困ったような笑みを浮かべるメリーと少女を見比べて、ラズはシヴァに目を向けた。

「・・・やっぱり、お前が育てた方がいいんじゃないか」

 シヴァは自分の背に隠れた少女に目をやった。シヴァに対してもまだおっかなびっくりという様子の彼女だが、それでもメリーやラズに向ける顔よりは柔らかい表情だった。

 ――この子も、前の見えない状況に放り込まれて、それでもこうして生きている

 ――生きる理由・・・か

 ――この子となら、見つけられるのだろうか・・・

 シヴァは静かに目を閉じるとコクンと頷いた。

「ああ。ボクが育てるよ」


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