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伝説の島

 そのまま船室に運んでいき、少女の体をそっとベッドに横たえる。かなりの力で握られた少女の手は、中々飛行服から放すことが出来ず、結局シヴァはキングと共にそのまま傷口の処置を受けた。

 首の傷は幸い動脈から僅かに離れたところだったようで、出血も大したことは無く、首や手足は問題なく動いた。キングもその丸太のように太い腕に、うっすら少女の歯型が残っただけで大事にはならなかった。

 暫くすると、シヴァと同じようにカッターに船をつけたのだろう、ラズたちも心配げに船室に入って来た。

「シヴァ、キング、ケガって聞いたけど大丈夫か!?」

「馬鹿言っちゃいけねぇ。もう50年も防人やってんでい、体の丈夫さは人一倍よ」

 ラズにキングが頼もしく胸を叩き、シヴァも首の包帯を擦りながら「問題ない」と答えた。

 ホッとしたように息をついたラズとレンは、ベッドの少女に目を落としてから「それにしても」と顔を見合わせた。

「この子は一体どこから・・・」

 スヤスヤと寝息を立てる少女。キングは「龍に襲われた船に乗っていた子供だろう」と言った。

「とは言ったものの、最近沈められた船の話なんて聞いておらんしのう。そもそも龍に運よく引っかかったとて、振り落とされておらんのが不思議で仕方ないが、そう考えんと辻褄が合わんしなぁ」

「本当に、どこから来たのか・・・泣いていた時も、ボクたちとは全く別の言葉を話していたように聞こえた」

 シヴァにキングも「そこなんじゃ」と頭を掻いた。

「連盟に入っとる島じゃあ、全部言葉は共通じゃ。イントネーションの違いあってもな」

 連盟はシヴァたちのきさらぎの島を始め、付近12の島からなる共同体だ。付近と言ってもその距離は様々で、最大面積を誇るしわすの島の調査隊が見つけた島々で構成されている。

「じゃがのう、この子の言葉は泣いていることを踏まえても、さっぱりわからんかった。そもそもの言語体系が違うように思えるんじゃ。となると、連盟外から来たと考えることになるが、そんな島は存在せんのは周知の事実じゃ・・・」

 連盟外の島。そこは12の島とは異なって広大な大地が広がり、水や食料に動物、鉱物など豊富な資源が湯水のように湧いているらしい。

 伝説の域を出ない話であるが、実際にそれを見つけようと、シヴァが生まれるよりももうずっと昔から調査は幾度となく行われた。結局のところ、連盟に所属するこの12個以外の島は存在しないという事実をより強固にしただけなのだが。

 だが、言葉が通じない人間がここで表れたとなると話が変わってくる。シヴァも物理的・精神的に言葉をしゃべることのできない人間などには会ったことがあるが、どうもそれとも違うような気がする。

「に、人間じゃないって可能性は・・・?」

 恐る恐るといった様子でレンがシヴァたちの顔を見る。

「二足歩行で言葉を話し、服を着たこの子が人間じゃなかったら、儂らも人間という保証がないのう」

 レンの言葉を笑い飛ばそうとしたキングだったが、すぐに真面目な顔になって「今は何とも言えんがな」とカクと顔を見合わせた。

 ――異なる言葉

 ――連盟外の島

 ――本当に人間かどうか・・・

 「こんないたいけな少女に一体何が・・・」。そう思うと途端に少女に目を当てられないような気がしてきて、シヴァは船窓に目を向けた。

 薄い雲を掻き分けて進むカッター。暫くするときさらぎの島が見えてきた。

 難しい顔をして黙り込む面々に、キングが口を開いた。

「ここで悩んでいても仕方ないわい。取り敢えずはその子を医者に見せよう」


  ◇ ◇  ◇ ◇ 


「・・・あんまり信じられるものでもないんだけど」

 押し黙って少女の胸に聴診器を当てたり、体の各部を確認していたきさらぎの島唯一の町医者は、開口一番困ったように頬を掻いた。

「今この状況で確実に言えるのは、この子は私たちとは違うって事だけかな」

「違うって・・・具体的にはどう?」

 腕を組んで壁に寄りかかっていたラズが当然の疑問を口にすると、町医者はかぶりを振った。

「そこが言えないんだ。体を開けて解剖できるわけじゃあない。だから触診と外観からの判断のみになるわけだ。だからあくまで推測の域を出ない話になるけど、彼女の臓器の配置などが我々と違うということは分かった。ただ、どう何が違うのか、それによってこの環境下でどうなるのか、それについては皆目見当もつかないね」

 「呼吸やものを食べるというのは全く変わらないだろう」と町医者は加えたが、シヴァは目の前のベッドに横になった小さな少女が、そんな自分と違う存在には思えなかった。

「今はただ寝ているだけのようだけども、突然容体が急変する可能性もある。何かあったらすぐに私を呼びなさい」

 丁重に礼を言って町医者を見送ると、「問題は、じゃ」とキングが口を開いた。

「この子をどうするか、じゃな。言い換えれば、誰が育てるかじゃ。犬や猫や、このカクみたいにペットじゃあない。人だ。どこかに親戚がいるかもしれないが、連盟とはいえこんなバラバラの島じゃ見つけようがないのう。腹ァ括って、誰かが大人になるまで育てないといかん」

 キングの言葉に同意するように、タバコを咥えたラズが頷いた。他にも数人の防人がいたがどれも難しい顔をしている。

 連盟の島々では人口の増加と寿命の上昇によって土地や水、食料に服など、生活の根幹となるものの不足が年々深刻になっていた。今でさえギリギリの生活を送る者も多い中で、人が一人増えてもやっていける者などそう多くはない。

「・・・シヴァ、お前はどうなんだ?」

「ボクは・・・」

 ラズの声にシヴァは少女へと目を落とした。

 確かに筋から考えれば、救ったシヴァが育てるべきなのかもしれない。

 だがシヴァには覚悟が無かった。キングの言葉がずっしりとのしかかる。甘い見通しと矮小な正義感で請け負っていいものでは無いということは、シヴァ自身が良く分かっていた。

「・・・ボクはできない」

「なら、俺が育てる」

 首を横に振ったシヴァを見てからラズが言った。齢23歳とまだ若いが、きさらぎの島のカヤック乗りのリーダーとして認められつつある彼は、ちょうど去年結婚したこともあり、シヴァやキングにも適任に思えた。

「そうか。困ったことがあればすぐに頼れ。少しぐらいは皆も出せるわい」

 キングにシヴァたちも頷き、ラズは「ああ」と答えると、防人たちは部屋を出て行った。

 最後にキングもラズの肩を叩いて出て行き、部屋にはシヴァとラズ、そして眠ったままの少女だけが残った。

 そんな少女の顔を覗き込みながら、ラズはシヴァに呟いた。

「・・・こんなところで言うようなもんじゃねぇのかもしれねぇけど、お前少し休んだらどうだ?シヴァ」

「ボクが?なんで?」

 その言葉とは裏腹に、シヴァも分かっていた。

 龍への憎しみが消えつつある今、焦りからか少しおかしいのだ。

 戦いに集中できず、そして無茶な行動をとりがちになっている。結果として今日のように成功しているから良いものの、一歩間違えれば自分だけでなく仲間も巻き込むような行動だ。

「キングのオッサンも口にしちゃいねぇが、お前の行動を疑問に思ってる。何か悩んでるんだろ?」

「・・・気のせいさ。今日みたいな危険な賭けはもうしない」

「だと良いけどな。お前は憎しみから防人になり、そしてその才能を発揮してるわけだが、その憎しみって感情はそう長く続くもんじゃない。キングもお前に説き続けたし、お前自身もそれは分かってるはずだぜ」

「・・・」

 何も答えず俯いたままのシヴァをちらりと見て、ラズは続けた。

「そして遂にその終わりが来たんだよ。お前の心はいまボロボロなんだ。何のためか分からずに戦ってる。いや、そもそも何のために生きているのか、そこが分かって無い。それが最近の自分の命を顧みない行動に繋がってんだ」

 タバコの灰を皿にポトリと落としながら、淡々と紡がれる言葉。それはシヴァが目を背けていた現実だった。

「枯れた心じゃ何もできねぇ。少し休んで満たしたらどうだ?お前の空いた穴なんて、俺がハナクソで埋めといてやるし、レンだっているんだ」

「・・・でも・・・」

 シヴァは怖かった。兄を失ってから自分を突き動かしていた、龍への復讐という感情。それを忘れないよう、兄の形見のゴーグルを肌身離さず持ち歩いていたが、ふと憎しみが消えてしまった。

 それを認めてしまったら、もうカヤックを駆れないような、もうどんなものにも臨めないような気がして、認めたくなかった。龍と共に雲海に沈み、燃え尽きればよかったのにと思うが、しかしこうして生きている。

 そんなシヴァの心を見透かすように、ラズは少女に目を落とした。

「休む理由が欲しけりゃ、与えてやれないこともない。だが俺が与えるのは、それはお前にとっても、この子にとっても悪手だ」

「・・・」

「ま、少し考えてみろよ。自分が生きる理由ってヤツをさ」

 タバコをギュッと灰皿に押し付けて、ラズは少女を抱き上げると部屋を後にした。

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