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謎の少女

『歌を確認』

『俺もだ。キング、そっちは?』

『おう、儂も聞こえた!』

 『ご苦労さん』というキングの声が聞こえる中、改めて雲海へとその身を沈める龍に目をやる。

 ――龍が憎い・・・いや憎かった

 ――けれど、あれにもし子がいるのだとしたら、その子も私を憎むだろう

 ――ラズは考えてはいけないというが、ボクは憎しみで憎しみを作りだしているに過ぎない・・・

 目につけた、兄の形見の古いゴーグルをそっと撫でる。兄は旅立った先の世界で自分に何を思うのだろうと思いに耽っていると、その身の大半を雲海に沈めた龍が何かキラリとしたものを落とすのが見えた。

 首を傾げて望遠鏡を手に取る。

 見えたものに、シヴァはわが目を疑った。

「―――――え?」

 ――・・・人!?

 慌てて操縦桿を切る。カッターのもとに戻るラズの後ろを離れ、加速しながらシヴァは落ち行く人の下へとカヤックを走らせた。

『お、オイ!どうした、シヴァ!?』

 突然の奇行にラズが言うが、シヴァもとても現実とは思えなかった。だが実際に目の前で人が雲海へ落ちているのだ。

『人が・・・人が見えた!』

『ハァ!?何言ってんだお前!?』

 素っ頓狂な声を上げながらも、一人で行かせまいとラズがシヴァの後を追う。

『ま、待てシヴァ!それ以上は綱が伸びん!』

 綱が最大まで伸びきり、あまりのスピードでカヤックが飛ぶので、カッターがそちらにグイグイと引っ張られる。単純にそれだけならいいのだが、綱は左舷から伸びている為、カヤックが急降下しすぎるとそちらに転覆してしまうのだ。

 『戻れ!こちらがもたん!』と叫ぶキングに、シヴァは綱を切った。

 燃料の少ないカヤックが、それが尽きたとしても落ちることの無いよう、母船につなげてある綱。それはカヤック乗りにとって命綱であり、「何があっても放すな」とまず初めに教え込まれるものであるが、シヴァは何のためらいも無くそれを切り離した。

 半端に自分が戦う理由を考えてしまったせいかもしれない。

 シヴァは望遠鏡越しに見えた、雲の海に落ちる少女をどうしても見捨てることが出来なかった。

『バカ!お前そのままじゃ雲海に飛び込んじまうぞ!中は異常な渦だ!やめろ!』

 綱が限界を迎え、シヴァを追うことをやめたラズが無線に怒鳴る。

 雲海に飛び込んで帰ってきた者はいない。内部で渦巻く嵐に、フリゲートなどの超大型の船ならまだしも、カヤックなど入ってしまえば一瞬でもみくちゃにされる。軽量化されたシヴァのものなら言わずもがなだ。

 ――くっ・・・!

 ――間に合えっ!

 フルスロットルで急降下するカヤックは、その機体の耐久を超えた負荷に船体がミシミシと軋み始め、機器も振り切って異常を知らせるランプが点灯している。

 シヴァ自身も、もはや空気の塊となって押し寄せる風にギリギリと歯を食いしばって耐えていた。

『退けェ、シヴァ!そのままじゃバラバラになってしまうぞ!』

『シヴァ、もうよせッ!』

 キングとラズの声もどこか遠く聞こえる。

 酸素マスクをしていても息苦しさが襲い掛かり、マスクを剥ぎたい衝動にかられた。

 ――耐えろ

 ――あと少しだっ!

 ゴーグル越しに見える少女。それに何とか追いついてちらりと横目で確かめた。

 まだ7歳にも満たないだろう。生まれつきなのか、真っ白な長い髪をした少女は気を失っているようで、いやに大きなクリーム色のワンピースをヒラヒラとさせながら落下している。

 ――下に先回りしてキャッチするしかない!

 一旦少女を追い抜いてから、機首が雲海を撫でたところで、機首を軽く上げて雲海の上を飛ぶ。タイミングを合わせるようにスロットルを下げると、ちょうど少女がふわりと落ちてきた。

 ――チャンスは一回

 ――手を滑らせたらお終いだ・・・!

 ――頼むっ!

 果たして少女はシヴァの上げた両手の中に、滑るようにして入って来た。

 落とさないよう抱きしめながら、膝を使って操縦桿を思いっきり引き上げる。

 しかし既に雲海の表面を滑っている船体は中々持ち上がらない。むしろ雲海へと沈んでいってしまう。

 少女を両腕の間に挟むようにして両手で操縦桿を持ち上げた。

 ――上がれっ!

 ――上がれぇっ!!

「上がれぇええええええッ!!」

 叫んだシヴァに応えるように、エンジンが唸りを上げ、海面を擦っていた機首がその頭をもたげる。

 瞬時にスロットルを上げ、噴射で雲海の雲を吹き飛ばしながら上昇する。

 何とか舞い上がったカヤックに、ふぅと安堵のため息をつきながらカッターの方へと舵を切った。

 ――・・・こんなに必死だったのはいつ以来だろう

 ――フフ、手の震えが全く収まらないな・・・

『・・・すまない、何とか無事だ』

『馬鹿野郎、とんでもねぇ無茶しやがって・・・!』

 無線越しにもラズやキング、レンたちが胸を撫で下ろした様子が分かった。

 寄ってきたカッターの甲板ギリギリにカヤックをつけると、船員が慌てて予備の綱を引っかけた。皆まだ青白い顔をしており、シヴァはやってしまったことの大きさにつばを飲み込んだ。

 少女をしっかりと抱きかかえ、左右にまっすぐ広がった翼の上をすべるようにしてカッターに乗り移る。すぐにヘルメットやマスクを外すと、船員に手渡された毛布で、少女をくるんでやった。

「ヒヤヒヤさせおって、この大馬鹿もんがっ!」

 その頭に鉄球のような拳骨が落ちた。

 火花が散るとはまさにこのことで、あまりの衝撃にシヴァはクラリと意識を失いかけた。

 鼻息荒く拳を握りしめているのはキングだった。

 こめかみに青筋を浮かべて怒りを露わにするキングだったが、しかし目は子を心配する親のような色が映っている。彼がいつも連れている猿のカクも心配げな顔でシヴァを見つめている。

「お前が自分をどう思っているかは知らん。じゃがな、お前が思っている以上に、儂らにとってお前は必要な存在なんじゃ。それは道具としての意味ではない。欠くことのできない、仲間じゃ!あんな無茶な真似はもう金輪際やめろっ!」

「すまない・・・」

 全くの正論でぐうの音も出ない。このシヴァの勝手な振舞いで何かあったら、巻き添えを食らうのはキングたちである。

 改めてしでかしたことに反省して、素直に頭を下げるシヴァに、キングは怒りを吐き出すかのように深く息を吐いた。

 そしてその大きな手でポンポンと優しくシヴァの肩を叩いた。

「でも、お前が無事でよかったわい。それに・・・よくやった」

 「こんな小さい子を見捨てろ、だなんて言った儂は防人失格じゃ」。そう呟いてキングがシヴァをねぎらうと、カクも船員たちも緊張の糸がほぐれたようで、顔をほころばせて口々にシヴァをたたえた。

「その子の容体はどうじゃ?」

「呼吸はある。ケガもしていないようで、気失ってるだけみたいだ」

 少女の細い首に手を当てて頷くシヴァに、キングはフサフサに生やした髭を撫でながら「ウムゥ」と唸った。

「一体何だって龍から子供が・・・」

 「ここで話していても仕方ない」とキングがシヴァたちを船室へ促した時、パチッと少女が目を覚ました。

 シヴァの顔を不思議そうに見上げた後、キョロキョロと周りに目をやる。

 「気づいた」とそうシヴァは口にしようとして、首に鋭い痛みが走った。

 少女に突然噛みつかれたのだ。

「グッ!」

「シヴァっ!」

 獣の牙のように鋭い犬歯が首筋に突き刺さり、痛みのあまりその場に屈みこんでしまった。

 キングが噛みついた少女を慌てて引きはがそうとするが、今度は彼の手に噛みついた。

「アタタタッ!!」

 即座にカクがポカポカと少女の頭を叩くが、小さな猿ではどうしようもない。

 カヤックを固定していた船員たちも、慌てて少女を抑えようと駆けつける。

 近づいてくる大柄な二人の船員にシャーッ!と猫の様に威嚇しながらも、怯えたように後退る少女。犬歯といい長い爪といい、その姿はまるで小さな龍のようであった。

 ――・・・あの子震えてる・・・

 ――怯えてるんだ・・・!

 隅に追い詰められ、ブルブルと震える少女。

 傷の痛みをこらえて何とか立ち上がったシヴァは、二人の船員を押し退けて少女の前に躍り出た。

 少女の目には、屈強な船員よりも女であるシヴァの方がまだ抵抗できると思ったのだろう。飛び掛かるようにして再び噛みついてきた。

 躱せないわけでは無かった。常日頃から龍と格闘を繰り広げているシヴァにとって、鍛えられた反射神経で回避はこなれたものである。

 だが少女のその様子に、噛まれることを厭わず受け止めることにした。

 人間の急所を知っているのであろう。首筋を狙っていた少女だったが、飛行服の襟ごと噛みついてしまい、ギリギリのところで歯が皮膚に届かなかった。

 それに気づいて離れようとする少女を、シヴァはギュッと抱きしめた。

 まるで親を殺されたように、フーフーと息を荒くし、身を震わせる少女。その体は思っていた以上に小さく、思っていた以上に暖かかった。

「・・・大丈夫、大丈夫だぞ・・・」

 少女は抱きしめたあともポカポカとシヴァのことを殴りつけてきたが、それに動じず抱きしめたままでいると、次第に目から大粒の涙を流して泣き始めてしまった。自然とシヴァを殴るその手も力を失い、咽び泣くようにしてワンワンと泣き声を上げる。

「―――ッ!―――!」

 泣きながら何かしゃべるが、ボロボロと零れ落ちる涙と嗚咽に阻まれて上手く言葉を紡げていない。シヴァはただ、「大丈夫」と優しく背中を擦ってやった。

 キングたちが見守る中、少女の涙で服が濡れるのにも構わず、暫く背中や頭を撫でていると、その内少女は泣き疲れたかのように眠ってしまった。

 その寝顔はすこし寂しそうで、実際に時折何かつぶやいていたが、しかし少しだけ安心したようにシヴァの飛行服をつまんでいた。

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