邪竜を封印した聖女を追放したら、思ったよりやばい事になった
「ボインプルン、悪いが君にはギルドを抜けてもらう」
「えっ!? どうしてですか!?」
とある王国の冒険者ギルドの一角で、そんな会話が展開されていた。
片方は筋骨隆々の男で、身体のいたる所に傷跡のある歴戦の戦士。それとは対照的に、ボインプルンと呼ばれた女性は、輝くような銀髪と美しい顔立ち、そして顔よりもでかい乳を持った温和そうな女性だった。
「どうしてもこうしても、君を雇う必要が無くなった。よって出ていってもらう」
「邪竜を倒してギルドに貢献したのはこの私、聖女のお陰なのでは?」
男の言い分にボインプルンは反論した。実はボインプルンの所属しているギルドは、王国の中でナンバーワンのギルドである。
つい最近までは中堅どころだったのだが、聖女を募集したところこの女性がやってきたのだ。
ちなみに聖女とは、この国では悪魔や邪悪なる者に対して特効能力を持った人間の事で、性格的にどうこうという訳ではない。
そしてボインプルンがギルドに加入した直後、この国に想像を絶する恐怖が襲いかかってきた。邪竜とよばれる恐るべき魔物が、突如として出現したのだ。
人間ではとうてい太刀打ちできない怪物相手に蹂躙されるしかない。そう思った矢先、ボインプルンが聖なる力で邪竜を封印したのだ。
その功績として、彼女が所属しているギルドは国で唯一無二といっていい地位を与えられた。
「確かに伝説の邪竜を倒したのは君のお陰だ。むしろ君一人で倒したと言ってもいい。だが、邪竜などそうそう現れるものではない。数百年に一度、たまたま人間の住処の近くを通った時に被害を受けるくらいだ」
「邪竜以外にも脅威はあるのでは?」
「多少の外敵なら俺達でどうとでもなる。それよりも脅威なのは君の維持費だ。君は聖女としては素晴らしいが、平時に君に払う分の給与で何十人雇えると思う?」
「要するに、必要が無くなったのでお払い箱というわけですね」
「そういう事だ。なあに、君は美人で優秀だ。うち以外でも引く手あまただろう」
「分かりました。そういう事でしたら私は身を引きましょう」
言うが早いか、ボインプルンは風のようにギルドを去っていった。
「ふう、無事に追い払えたか」
「ねーギルド長ー。あの巨乳追っ払えた?」
ボインプルンが居なくなった直後、部屋に一人の少女が入りこんできた。ボインプルンが来るまでギルドで一番の使い手と呼ばれていた聖女だ。
聖女というより小悪魔という感じの女の子だが、繰り返すが聖女はあくまで職業名である。
「文句を言われると面倒だったが、思いのほかすんなりと立ち去ってくれた」
「よかったぁ。あいつ、いちいち収納魔法で乳の谷間から物を出してウザかったし。金食い虫に出ていってもらえてよかったじゃん。これでうちのギルドも安泰ね」
言い方は悪いが、ギルド長も少女の言葉に同意した。邪竜の襲撃はおそらく自分が生きている間に無いだろう。無駄飯食らいを置いておく必要は無い。
あと、ボインプルンはいちいち他の女性メンバーに『あなた方はいいですね。私などこんな胸ですから殿方からはいやらしい視線で見られるし、本当にあなた方が羨ましい。ああ、つらいつらい』
……などと言いながら、アイテム収納魔法を発動する際、乳の谷間から道具を取り出したりするので反感を買っていた。一言で言うとウザかった。
「まあ、彼女の功績で俺たちは国一番のギルドになれたんだ。感謝しておこうじゃないか」
「あはは! ウケるー! 自分で育てたギルドから追放されたなんて馬鹿みたい!」
余程気分がいいのか、聖女の少女はけらけら腹を抱えて笑った。
ギルド長としても、最高のギルドに所属していれば並の貴族よりよほどいい生活が送れる。実力だって邪竜レベルでなければこなせるくらいのメンバーは揃えてある。
「これで俺たちは人生の勝利者だ!」
その翌日、王都の近辺に突如として邪竜が現れた。
「なんでだよォ!」
ギルド長は泣きそうになりながら、邪竜出現地にいやいや向かっていた。短期間で邪竜が二度でるなど今までの歴史に無かったのに。
でも出てきちゃったんだからしょうがない。国で唯一の邪竜を封印したギルドとして、先陣を切らざるを得ないのだ。他のメンバーも顔面蒼白で死地におもむく。
「ねえ! なんで邪竜が出てくるのよ!? この間封印したばっかりじゃん!」
「俺に聞くな!」
聖女も半泣きでギルド長に泣きつくが、報告通り邪竜は街の外で暴れ回っていた。山のように大きな身体に、どんな魔法も剣も弾き返す闇の鱗に覆われた化け物だ。夢ならば覚めて欲しかった。
石造りの頑強な防壁や街の建物を、邪竜は紙をちぎるように破壊していく。唯一対抗できるのは闇の力に強い聖女だが、ボインプルンの抜けた今、ギルドの聖女では到底太刀打ち出来そうもない。
「お困りのようですね」
「ボインプルン!? 来てくれたのか!?」
「はい」
ギルド長と少女、さらに他のギルドメンバーが絶望に打ちひしがれていると、唐突にボインプルンが現れた。それはまさに誇張抜きで聖女そのものだった。
「どっこいしょっ、と」
「……? 何をしているんだ?」
「ええ、今日はいい天気なので外でお茶でもしようと思ったので」
「……は?」
ボインプルンは乳の谷間から真っ白いテーブルと椅子、それにティーポットを取り出すと、優雅に腰掛けてお茶を飲み始めた。一体何をしているんだこの女は。
「な、何をしているんだ!? 邪竜が目の前で暴れているんだぞ!?」
「見れば分かります」
「じゃあ、なんでそんな悠長にしてられるんだっ!!」
「私は来たと言っただけで、邪竜と戦うとは言っていませんが」
ボインプルンは邪竜が目の前で破壊の限りを尽くしているというのに、まるで意に介せずお茶をしていた。
「ギルド長! もう無理だよォ! あんな化け物に勝てっこないよ! みんなみんな死んじゃうよォ!」
「落ちつけ! 落ちつくんだっ!」
ギルド長とボインプルンが話している間、他のギルドメンバーが邪竜に挑んでいたが、みんなゴミのように吹き飛ばされていた。聖女が半狂乱でギルド長に泣きつくが、彼だって今すぐに逃げ出したいくらいだ。
「頼む! ボインプルン! 力を貸してくれ!」
「何か言いましたか? あいにく邪竜とギルドメンバーの戦いの音がうるさくてよく聞こえなくて」
「すまん! 謝る! 謝るから許して下さい! 邪竜をなんとかして下さい!」
「は? よく聞こえませんでしたね」
「偉大で聡明で美しく強く、それでいて慈悲無限大の偉大なる聖女ボインプルン様! どうか! どうか哀れな俺達に救済を!」
ギルド長はなりふり構わず地面に頭を擦りつけて懇願した。偉大が二回被っているが、それくらい焦っていた。このままでは聖女の言う通り、みんな邪竜に滅ぼされてしまう。
「そこまで言うなら仕方ありませんね。邪竜を倒してさしあげましょう」
『えっ』
ボインプルンがそう言った途端、先ほどまで暴れ回っていた邪竜の動きがぴたりと止まる。
『ちょ、ちょっと待ってくれ! 街を破壊すれば俺たち邪竜族を見逃してくれるって言っ……!』
「ボイン光殺砲!」
邪竜がセリフを言い終わる前に、ボインプルンの人差し指から放たれた光の矢が邪竜を撃ち抜いた。邪竜は断末魔の悲鳴を上げ、光の粒子になって消えていった。
「ふう、無事に邪竜退治が出来ましたね」
「あの邪竜、なんか言いかけてなかった?」
「あなたは聖女ボインプルンより邪竜の言葉に耳を傾けるのですか?」
「い、いや、そうじゃないけど……」
小悪魔聖女がぽつりと呟いたが、すぐに黙った。これ以上は喋ってはいけないと本能が告げている。
「さてと、じゃあ私はお茶も終わったし去りますが、邪竜がこんなに短期間で現れたのは、きっと人間が間違った神を信奉しているからでしょう。その証拠に、この街の中心部の女神像が邪竜によって粉々に粉砕されています」
「まだそこまで進行してなかったのでは」
「何か?」
「いえ、何でもないです」
ボインプルンが指差した先、街の中心部の噴水近くにある女神像が砕け散っていた。だが、邪竜はまだそこまで進行していなかったはずだ。その証拠に、なぜか女神像だけが綺麗に粉々になっている。
邪竜騒動に乗じて何者かが故意に破壊したとしか思えないが、一体誰がやったのだろう。
「私はギルドを追放された身ですからこの国を去りましょう。ですが、聖女である私はこう思うのです。願わくば、人々が正しい信仰を持ち、永遠に邪竜に襲われない世になって欲しいと。そのために正しい神を祀る必要がある、と。いいですか? 正しい女神を崇めたてまつるのですよ」
大事な事らしいのでボインプルンは二回言った。
「あ、ああ、分かった。俺もそうなるよう尽力する」
「それは結構です。あなた方は、私が入ってあげたお陰で、この国一番のギルドになれたのですから、発言力も強いでしょう。それに、二度も邪竜を封印したのです。あなた方の意見に反対するものなど居ませんよ。私は陰の功労者として名前を出さないでおきましょう」
「そ、そうだな……あ、ありがとう」
「…………」
「ありがとうございます」
「よろしい」
ギルド長はボインプルンに対し、首を縦に振る事しかできなかった。他のギルドメンバー、あのボインプルンを毛嫌いしていた少女すら、壊れた人形みたいに首をがくがく振っていた。
「それならば結構です。正しい女神像を街の中心部にすえるのですよ。正しい女神像をですよ。でないと、また邪竜が封印から解かれる可能性もありますから」
ボインプルンは同じ事を五回くらい言った後、ギルド長に背を向けどこかへと去っていった。
それから数年の歳月を掛け、街の中心部には新たな女神像が建造された。
前の女神像の五倍は大きく、乳は十倍くらい盛られていたし、顔もある人物に似ていた。
冒険の前、その女神像の美しさを称えていった者たちは、いつもよりも多くの報酬を得る事が出来た。
一方、そんなものは迷信だと馬鹿にした者は、何故か巨大な落石の下敷きになったり、通常ならば遭遇しない上位の魔物と遭遇する等の不幸に見舞われた。
こうして、この巨乳女神像は新たな守り神となり、崇拝する者には祝福を、それ以外の者には不幸をもたらす、呪われた幸運の女神像というよく分からない物体となり、国が滅びるまで残る事になった。