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第7話 U・TA・GE

 ――季節は巡る。


 病院に運ばれてきたとき、俺は危篤の状態だった。生きるか死ぬかの大手術は即座に執り行われた。半日以上生死の境をさまよい、両親や妹も呼ばれて、消えそうだった俺の命は多くの人たちに見守られた。



 手術は、成功した。けれど予断を許さない状況は続く。俺は意識不明のまま何週間も昏睡して、その間も多くの人たちのお世話になった。苦しみから逃れようと死を選んだ俺の身体は、俺の意思に反してずっと死に抵抗し続けていた。俺以外のあらゆるものが、俺を生かそうとずっと努力し続けていた。



 目が覚めたとき、傍に萩尾さんがいた。萩尾さんは俺のために泣いてくれた。わけがわからなかった。てっきり彼女も死を選ぶと思っていたから。父さんと母さんを萩尾さんが呼びにいったあと、妹が病室にやってきた。妹は玩具で俺を殴りつけ、不肖の兄にバカなことをした罰を与えてくれた。後にも先にも、身内から叱られたのはこのときだけだった。



 押し寄せる嫌な見舞い客を追っ払ってくれたのも萩尾さんだ。怪我人の俺に謝罪を要求する偉い人たちから解放されたとき、心底嬉しかった。けど、リハビリがんばろうって彼女に言われたとき、ちょっと面食らった。生きていれば苦しみが続く。萩尾さんもそれを痛いほど知っているはずなのに。



 リハビリは、やる気が起きなかった。適当にやればどうにかなると思っていた。甘かった。途轍もなく甘かった。水野さんの課すリハビリ計画はそんななまっちょろい覚悟では完遂できなかった。毎日クタクタになってリハビリセンターから吐き出された俺は、病室で泥のように眠った。目覚めると、昨日より身体が動くようになっていた。俺はもっとがんばらなきゃと思った。



 萩尾さんが、毎日見舞ってくれるようになった。病室では、萩尾さんが持ってきてくれた見舞い品を食べながら、いろんな話をした。萩尾さんは俺の身体の状態をしきりと聞きたがった。許可が出てからは、病院内散歩にも連れだしてくれた。屋上へ続く階段の手摺りに触れ、まだ死にたいか自問している姿を見られた。萩尾さんは俺のために泣いてくれた。俺は、少し、心が痛かった。



 一度、水野さんの不在日に、萩尾さんと一緒にリハビリをしたことがあった。本当は、俺はもう二度と歩けないと思っていた。両足に力がまったく入らなかったから。けど萩尾さんが応援してくれて、俺は歩くことができた。平行棒の間を、ときおり倒れそうになりながら、自力で踏破することができた。けど最後の最後でつんのめった。俺は萩尾さんを押し倒すようマットの上に倒れてしまい、それから二人して一緒に笑った。ここに入院してから、一番、笑った。



 ――季節は、巡る。


 ――否応なく。


 俺が校舎の屋上から飛び降りたのは、秋の終わりの頃だった。

 まだ秋の名残を残した世界から、俺は消えてなくなろうとした。


 飛び降りで壊れた身体は病院で再生され、少しずつよくなっていった。

 たくさんの人たちが今も、俺を生かそうとしてがんばってくれている。


 そんな人たちの想いに応えるために、俺もリハビリをがんばった。


 人体っていうのは不思議だ。生死に関わるほどの大怪我を負ったというのに、流れる時間が傷を癒してゆく。尽くした努力が身体に息吹をもたらす。


 ……さながら、春に芽が花開くように。


 そうして季節は巡り、凍てついた冬が過ぎ去り、また新たな春が到来したとき――俺はここから出てゆく権利を手に入れていた。



◇◇◇



「……それじゃあ天音くん、いこっか」


 自ら求めて来た場所じゃなかった。

 けれど名残がないと言えばウソになる。


 俺は長い間お世話になった病室を一度振り返ると、スポーツバックに纏めた自分の荷物を肩に担いだ。

 それから、病室の出入り口で待っている私服姿の萩尾さんへと問い返す。


「時間、まだ早いんじゃ?」

「そうかも。けどこういうのって多少早めに出とくのがいいと思うよ。天音くんだって、早く外の空気を吸いたいでしょ」

「いや、それはどうだろ。ちょっとした浦島太郎の気分だし……」


 複雑な心境は、流れた時間の多さが原因だった。

 秋にこの病院に担ぎ込まれた俺は、生死の淵をさまよった。


 昏睡状態から目覚めて、リハビリに精を出し、やっと日常生活が送れるほど回復した頃――季節は新しい春を迎えていた。


 担任の話によれば、進級はできるらしい。それに、春休みの間に退院できるのは僥倖だったと言えるかもしれない。

 何故なら新しい学年、新しいクラスメイト、新しい環境――それら新生活に溶け込むのに、ハンデを負わずに済むのだから。


 けど心はどうだ?

 かなり負い目がある。


 大怪我のせいで学校に通えなかった時間は長い。

 ちょっとした青春の一ページが破れて飛んでいった。そんな感じがある。


 そんな俺の心境をいくらか察してくれたんだろう。

 萩尾さんはことさらに声を大きくして励ましの言葉をくれた。


「心配しなくても、天音くんならきっと大丈夫だよ! ホラ、私も含めて、みんな進級するから人間関係とかもまたゼロからのスタートになるし!」

「そうだね……それに、公には交通事故ってことになってるんだっけ、俺の怪我」


 どうも、生徒の自殺という大問題に関して、方々の偉い人たちは協議の末そういうことにして始末をつけたらしい。


 ――これ、普通に隠蔽だと思うんだけど、本当に大丈夫なんだろうか?


 あまりの不安に訊ねると、萩尾さんはあっけらかんと。


「へーきへーき。学校でだって別に噂とかになってないよ。私の聞いた話だと、天音くんは大型トラックに撥ねられて頭から電柱に突っ込んだせいで全治四か月の大怪我を負ったってことになってるし」

「それを聞いて一安心、なんだけど……それって俺死んじゃってないかな……?」


 どう考えても異世界までぶっ飛ばされるような致命傷だと思うんだけど。


「そう? じゃあちょっとだけ設定いじっとこうか? 高校生の口に昇る噂なんて、だいたい紙切れをチラつかせたらどうにだってなるし……」

「うん? 紙切れ?」

「あ、こっちの話ね。ほらほら、それより早く外に出ようよっ! 今日ってとってもいい天気なんだからっ!」


 なんだか、露骨に話の方向を逸らされた気がするけど、まあいいか。

 先行する萩尾さんの背を追うように、俺は病室をあとにした。



 病院の廊下を歩くとき、異質な空気に気づいた。


 その違和感は、今に始まったことじゃない。ただ、ずっと理由がわからなかった。何故そんな事象が起こるのか。それがなにに起因するのか。その因果関係にまったく心当たりがなかったからだ。


 けれど、退院を目前にした今となってはわかる。


 原因は、萩尾さんその人だと。

 彼女の存在こそがこの不可思議な現象の中心であり、台風の眼であると。


 以前、萩尾さんに訊ねたことがあった。


「ねえ萩尾さん、変なこと訊いていいかな」

「なに? あ、ひょっとして私のスリーサイズとかに興味出た~?」


 冗談なのかどうなのか、いたずらっぽい笑顔でそんなことをのたまう萩尾さんだったが、俺は死ぬ気でその魅力的すぎる謎を脇に置き、当初の目的を優先した――。


「あっあの、そうなんだけど、そう、じゃなくて……萩尾さんって、ひょっとしてこの病院の関係者だったりするの?」


 するとパチクリと瞬きをして、意外そうな表情が返ってきた。


「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてないと思うけど……誰か親族の方、看護師さんとして勤めてるとか?」

「うーん、近いと言えば近いのかな?」

「まさかお医者さま? だったらすごいな。エリートの家系なんだ」


 たしか知能っていうのは、遺伝と不可分の関係にあったはずだ。

 俺はこのとき、萩尾さんが7組で国立狙いなことを思い出したのだったが――。


「じゃなくて、その上の人と関係がある感じかな」

「え? 上って?」


 どういうことだ? この病院にお医者さまより上の位の人がいると?

 その疑問は、あまりにも畏れ多い回答で上書きされた。


「正確には上って言うのが正しいのか、よくわからないんだけど……この病院、パパのだから」

「へ?」

「だから、パパがここの病院の院長で、私が娘ってこと。だいたいここ『萩尾病院』って名前の私立病院なんだし、天音くんもとっくに気づいてたと思ってたんだけど――天音くん?」


 このとき、俺は絶句してしまっていた。


 今まで気がねなく、フランクな態度で接してきた萩尾さんが、まさか大病院の跡取りだったなんて。


 けれど、思い返せばたしかにこれで疑問が氷解する。


 萩尾さんが俺の車椅子を押して病院散歩に出かけたとき、廊下を歩く看護師さんたちの方が道を譲っていたこと。それどころかこちらに頭を下げて会釈していたこと。急な用事で来れなくなった水野さんの代わりに、萩尾さんが俺のリハビリを手伝ってくれたこと――。


 そんな諸々の違和感にあまりにも簡潔な一発回答が出され、俺がなおも黙したままなにも言えずにいると、萩尾さんがつまらなそうに唇を尖らせた。


「むー。そのリアクション、なんだかとっても心外なんだけど」

「あっ、ご、ごめん……けど、本当にビックリしたから」


 それに、だとしたら俺は萩尾さんにあまりにも大きな借りがある。

 そんな心中をまるで諫めるように、萩尾さんは続けて。


「別にいいけどさ。けど私、天音くんにはそのままでいてほしいな。これまで通り接してほしい。だって私は私で、パパはパパでしょ」

「えっと、うん……努力するよ」

「ダメ。絶対にそうして。でなきゃ、もう話し相手になってあげないよ?」


 からかうようにそう告げる萩尾さんだったが、その瞳には切実な光がある。

 だから俺もまた、ひとつ大きな決心をするつもりでそれに応えた。


「わかった! 俺、これまで通りに萩尾さんに接するから!」


 萩尾さんが再び笑顔に戻るのを見て、俺もこのとき溜飲を下げたのだったが――。



 廊下に出た俺は、眼前の光景に度肝を抜かれていた。

 レッドカーペットが敷かれている。病院なのに。昨日までなかったのに……。


 後ろを振り返ったのは反射的なものだ。そこには萩尾さんがいた。手提げポーチを片腕にかけ、腰に手を当てて、眼前の光景をじっと見据えていた。


「うーん、80点、かな? でも一日で準備したにしては上出来でしょう」

「えーっと、萩尾さん? なにをおっしゃられているので……?」


 戦々恐々としつつそんなことを言う俺に、萩尾さんは自然体で。


「なにって、今日は天音くんが退院する日で、言ってみれば記念日みたいなものでしょ。だから病院内を飾り立てておくよう、私から看護師長さんに頼んでおいたの」

「……え?」


 ――なにをおっしゃっているのですかこのお嬢さんは?


 だがそんな俺のリアクションは、幸か不幸か萩尾さんの目には入らなかったようで、萩尾さんは前方を注視していた。


「できたらもうちょっと煌びやかに飾りたかったんだけど、まあ仕方ないよね。紙でできた輪っかとか、お花とか作って準備するの時間かかるし。けどこのレッドカーペットはいいよね。毛足が長くてすごくVIPって感じでさ……あれ? 天音くん?」


 萩尾さんが気づいた先、俺は肩をこごめて縮まっていた。

 その身体に満ちるのは、申し訳なさといたたまれなさ――。


「なんだか生まれたての小鹿みたいに震えてるけど、どうしたの?」

「ねえ萩尾さん、この準備ってひょっとしてさ、看護師さんたちにいつもの仕事をこなした上でやってもらったのかな……?」

「当然だけど? だって患者さんほっとくわけにはいかないでしょ」


 つまり俺の退院のためだけに、看護師さんたちに余計な仕事を強いてしまったわけか……。


 あまりの申し訳なさに俺がクラクラしていた矢先、廊下の向こうから看護師さんがやってきた。


「…………」


 看護師さんは俺たちの姿を認めると、手にしていた書類を脇に挟み、パチパチパチと、こちらに向かって拍手をし始める。

 すぐ隣を歩く別の看護師さんもまた同様だ。病院食が納められた手押しのワゴンをいったん脇に停めると、彼女もまたこちらに拍手をし始めた。


 ――やめて!!


 心の中で思いっきり悲鳴を上げる俺。


 そんな青ざめている俺の表情をいざ知らず、萩尾さんはなんでもない風に病院のスタッフさんたちの間を先に歩いてゆくのだった……。



 エントランスホールまでやってきたとき、俺は疲弊していた。


 理由は言わずもがな完全な気疲れ。大病院のご令嬢を先導役にここから退院しようとしている俺は、図らずも先に萩尾さんが言った通り完全なるVIP待遇というもので遇された。


 病院のスタッフさんたちのリアクションは一様だった。俺たちの姿を目に入れるとその場に足を止め、パチパチパチとこちらに拍手を送ってくれる。


 いたたまれなかった。ちょっと消えたかった。なんかエ●ァみたいだった。


 俺はその都度ペコペコと頭を下げ、心の中で「すみませんすみません俺なんかのためにマジですみません」と念仏のように唱えていた……。


「うぅ……まさか最後の最後にこんな展開が待っていようとは……」

「天音くん、今なにか言った?」

「い、いや、ナンデモナイデスヨ」

「なんでカタコト?」


 でも感謝しなくちゃな、と思う。だって、萩尾さんは俺のためによかれと思ってやってくれたんだ。

 生死の境をさまようほどの大怪我からの退院がめでたくないはずがない。


 うんうんとひとり頷いて納得していると、萩尾さんが足を止めて振り返った。


「ねえ天音くん、退院したらやりたいこととかある?」

「やりたいこと? うーん……そういや、あまり考えたことなかったかな」


 入院中、時間はたくさんあった。けどその大部分は不安の色に塗り潰された。これから先どうなるのか。俺はまた学校や社会でやっていけるのか。

 それらはどれも受動的で後ろ向きなマイナス思考で、どうも積極的になにかしたいと思うようなことはなかった気がする。


 だから、俺は萩尾さんの方へと水を向ける。


「萩尾さんこそ、どうなの? これまでずっと俺のお見舞いに来てくれてたけど、その時間が空くわけでしょ?」


 言いつつ、俺のために多くの時間を使わせてしまったことを申し訳なく思う。


 お見舞いに来てくれるよう、俺から頼んだことはなかった。けど萩尾さんは、自分から進んで俺のもとに来てくれた。俺の怪我を人一倍心配してくれて、俺のリハビリにも付き合ってくれて、俺の回復を誰よりも喜んでくれたんだ。


 俺が退院して、萩尾さんはやっと俺から解放される。自由になれる。だからもっと自分を大切にしてほしかった。自由な時間は彼女の好きなことをしていてほしい。


 そんな俺の願いは本当に切実だったんだけど――萩尾さんは不思議そうに首を傾げた。


「あ、そういやそうだったね。私、これでもう天音くんのお見舞いにくることもないんだ……」

「そんな、まるで今気づいたみたいな」

「いやだって、本当に今気づいたもの」

「……ええー?」


 ちょっと引いた。というか、これが日常になるくらい俺は長い間入院してしまってたわけか……。


 俺がまたしても罪悪感に胸を痛めていると、萩尾さんはあっけらかんと続ける。


「でも、やりたいことならあるよ」

「本当に? じゃなくて……それ、どんなことかな? もし俺に力になれるようなことなら、是非力になりたい」


 それは切実な思いだった。大恩を、是非とも返したい。

 けれど萩尾さんのリアクションは少々以外なもので、困ったような顔をした。


「気持ちはうれしいな。けど、私にはまだその権利はないから。だから……もしその権利を手に入れたら、天音くんにも手伝ってもらうね?」


 そうして、萩尾さんはこちらがつい見惚れてしまうそうな素敵な笑みを浮かべて。


「それより、そろそろ時間だし、玄関の方に行かない? たぶん、準備とかも整ってると思うし」

「準備って、どういう……」


 言いかけつつ、首を捻った俺の目の前に、それは現れた。


 それはまるでイベントごとの一幕のようだった。


 ガラス張りの玄関の向こう、多くのお医者さんや看護師さんを含む病院の関係者が集結し、なにやら記念写真を撮るようにそこに並んでいる。


 いや、その感想は厳密には間違っている。公式に病院をアピールする写真を作る場合、病院それ自体を背にして集まるべきだ。けど今はその逆で、病院を正面に回して面々が集結していた。


 そんな、あまりにも不自然な光景にはひとつの意図がある。

 ていうか、それは俺の視界の中で既に、デカデカと記されていた。


 ガチガチと、歯の根を鳴らす俺に、キリッとした表情で萩尾さんは――。


「ね、見ての通り。みんな待ってるでしょ?」

「いや、待ってるでしょって、その……これ、本気で俺のために……?」

「もちろん、当たりきだよ? ホラホラ、さっさと急ぐ急ぐっ!」


 棒立ちになる俺の背を押して、萩尾さんは玄関の外へと急がせた。


 ガラスの自動ドアが音を立てて開き、外の新鮮な空気とともに、俺は彼らの前へと躍りでた。その瞬間――。



「「「天音卓己さん、退院おめでとう!!!」」」



 眼前で病院スタッフさんたちが掲げる、縦約80センチ、横数メートルほどもある横断幕。

 そこに書かれた文字を読み上げる、大勢での唱和が俺を出迎えた。


 それを一身に浴びた印象を一言で言うと――気まずい。あまりに気まずい!


 ギギギ、となにかのマンガのような擬音を立てて首を捻り、助けを求める眼差しで背後を見る。

 そこには、満面笑顔で「わー」って言いながら拍手する萩尾さんがいた。


「私からも、天音くん退院おめでとう! これまで、よくがんばってきたね!」

「あ、ありがとう……あの、スタッフさんたちも、わざわざどうもありがとうございます……」


 向き直ると、俺は病院のスタッフさんたちにペコペコと平身低頭した……。

 その中から代表者と思しき壮年の男性が現れて、俺に握手を求めてくる。


「キミかな? 九死に一生を得たラッキーボーイ、ミスター天音は」

「あの、あなたはいったいどなたでしょうか?」


 ミギニギとシェイクハンドするその男性の正体に、俺は言ってから行き当たった。


「まさか……萩尾さんのお父さん!? こ、この度は御病院にてお世話になり、誠にありがとうございましたぁっ!!」


 と頭を下げるもの、男性は右手を軽く挙げて制止してくる。


「HAHAHA、違うなミスター天音。たしかにワタシは萩尾院長と同年代だが、彼とは親友の仲だ」

「そうなんですか。ではあなたは……?」

「私の名前は後藤智治ごとうともはる。君のオペを担当した天才執刀医だよ。気軽にゴッドハンドと呼んでくれたまえ」


 ゴッドハンドは気さくな人だった。

 ていうか、くれたまえ、とか花輪くん以外に使う人初めて見た……。


 アディオス、と手を振りながら去ってゆくゴッドハンドを見送ると、どすんと音がして俺の腰になにかが縋りついている。


「お兄! 来たよ! 退院おめ!」


 妹の華子だった。

 思えば、こいつにも随分と寂しい思いをさせちゃったな。


「お前も来てくれたんだな、うれしいよ」

「お兄、身体の調子はどう?」

「もう大丈夫。これからはまた華子と一緒に遊んでやれるからな……アレ? その手にあるのは?」


 ふと違和感を覚えて、俺は華子の手に握られている物体を注視した。

 発売日にに小遣いで買ってやったそれは、どうも俺の知るものとディテールが違うような……。


 その正体をたしかめるべく凝視しようとした矢先、なにかに気づいたらしき華子がとてとてとてーっと誰かのもとへ駆けていった。


「もか姉ーっ!!」


 ていうか、その先にいるのって……萩尾さん!?

 あんぐりと俺が口を開けた先で、笑顔の華子と萩尾さんがハイタッチを交わす。


「もか姉、ほんと久しぶりっ! 華子ね、背が伸びたんだよ? でっかくなっちゃったっ!」

「ホントに? 華ちゃんすごいね~成長期だね~!」

「うん! 華子マジすご! 前に測ったときより2ミリもおっきくなってたんだよ!」


 いやちょっと待てよ2ミリとか明らかに誤差だろ……じゃなくて、俺はこの二人の関係性をちゃんと問いたださないと。

 そんな俺の表情でなにか悟るところがあったのか、ニコニコ笑顔で華子とじゃれあっている萩尾さんが先に口を開いてくれた。


「あ、ひょっとして意外な組み合わせなのかな? 私と華ちゃん、結構前からの友だちなんだよ? ねー!」

「ねー!」


 笑い合う二人。おいてけぼりな俺。


「ビックリしたよ……だってそんな素振りなんて一度も」

「天音くんの手術が成功して、まだ集中治療室にいるときに知り合ったから」

「そっか、そうだよな……ごめんな華子、兄ちゃん心配かけて。アレ、そういやさっきから華子の振ってるヤツ、兄ちゃんが買ったのと違くないか?」


 発売日、華子にせがまれて玩具屋で朝から並んで買ったDX日●刀はたしか、当時それしかなかった長男verのヤツだ。


 二時間待って買って帰ると、華子は泣いた。超泣いた。

 これは推しの某女性柱のものではないと。華子のほしいのじゃないと。


 困り果てた俺は長男verのDX日●刀にピンクのリボンを巻き、兄ちゃん、コミックスの方で某女性柱はこっち使ってた気がするな~とウソまで言って、どうにか丸め込んだ記憶がある。


 そんな華子の魔改造DX日●刀が今、まるでプリ●ュアのスティックみたいにクリアでピンクピンクしていた。


 些細な俺の日常の謎は、またしても明快すぎる一発回答で吹き飛んだ。


「これねー、もか姉にもらったの。しのぷちゃんの日●刀なんだよ」

「華子、前から言ってるだろ~。しのぷちゃんじゃなくてしのぶちゃんだよね~……じゃやなくて、ええ!? アレってまだ発売前じゃっ!?」


 スマホで新規のCMを見た記憶があるけど、たしかあれは来月発売の新商品だったはず……。


「ああそれ? パパが玩具メーカーの社長さんの古くからの知り合いらしくて、話題に出したらもらったらしいよ?」

「えーっと萩尾さん、それマジな話なので?」

「ウソ吐いたってしかたないじゃない。ホントにホント。どうせタダだったし、気にしなくてもいいから。むしろ華ちゃんに使ってもらえて、私もうれしいし!」


 本心からそう言ってもらえて俺もうれしいのはうれしいんだけど……ロイヤルだ、あまりにも人脈がロイヤルすぎる・……!!


 半ば引き気味にその事実を咀嚼していると、背中にドンと大きな衝撃がある。


 この一撃、懐かしい感じは……。


「よくぞ生き残った我が息子よ……おや? そちらの可愛らしいお嬢さん、どこかでお会いしましたかな?」

「お久しぶりです天音さん。私、萩尾もとかです」

「ふむ、ということは息子の恩人。顔を忘れてしまっており恐悦至極。いつも息子のお見舞いにきてくださり、父として感謝の言葉もありませんぞ」


 柔道六段。質実剛健。

 息子の背を叩く、大きな手と身体の持ち主は父さんだった。


 ズバズバ切り込む父さんの言葉に、どういうわけか萩尾さんは頬を主に染めて目を伏せた。


「そんな……好きでやってることでしたから……」

「ほう、好きで。もしやお二方は既にそういうご関係?」

「ふえぇっ!? ちっ、ちがいますっ!!」


 えーっと、なんでオーバーリアクション気味なんだろかな萩尾さん。

 そこ普通に否定してくれていいから。このオッサンそういうタチな人間だから。


 ジト目で父さんを睨みつけていると、今度はまた別の知った声が聞こえた。


「……あらあら、ひょっとしてもう私おばあちゃんになっちゃうのかしら?」


 そんなことを言って、うふふ、と付け加えるように笑うのは母さんだ。


 ……恵体の父さんとおしとやかな母さんは、学生時代に美女と野獣ップルと呼ばれたとかどうとか。


「ほう、蒔絵まきえさんもそう思う。しかしそれは時期尚早。二人は学生。まだ十代」

「けれど燃え盛る炎は誰にも止められないもの。周囲が止めようとすればするほど強く赤く燃えるのが恋の炎というものよ、健男たけおさん」

「あ、あのー、私本当にそういうんじゃ……」


 息子の恋愛談義に花を咲かせる両親と、赤面しつつ手をあわあわさせてどうにか話を終わらせようとする萩尾さんの姿は、見てて少し忍びなかった。


 けど許してほしい。息子はそれを止めにいけない。いけば確実にからかわれる。伊達に17年間も二人の息子やってきてないから……。


「ミスター天音。ご家族が揃ったところで、一度集合フォトグラフを撮らないか? それとも先に肉を焼こうか? 私のゴッドハンドならレアもミディアムも自由自在だぞ」


 ゴッドハンド、一度退場してからバーベキューの準備してたのかよ!

 ここ病院の敷地内だぞ!!


 けど悲しいかなこれは渡りに船……。

 俺は大きな声でこう叫ぶことにした。


「今日はみなさん、お集まりいただきどうもありがとうございました!! これから、集合写真を、撮りまぁーすっ!!」


 ざわざわと騒いでいた人たちもこの一声には一致団結。


 10秒もしないうちに隊列を組むと、目の横でシャキーンと一斉に横ピースをキメた。


 ――あのね、それ集合写真の撮り方じゃないですからね!!

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[良い点] 面白いw超面白いですw一気に読みました シリアスな話かと思ったら28股で吹きましたw 願わくばラストが109式のNTRになりませんように(ry
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