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第5話 身体の機能を回復しよう!

 ――死んだあとのことは、よく考えた。


 現世の苦しみから解放された俺は、たぶん自殺の罰を受けることになる。

 けど俺は別に人を殺めたり、盗みを働いたりしてたわけじゃない。


 法的に問題なくとも人としてどうかと思われる行為に手を染めた記憶だってない。


 だからきっと、俺が落とされるのは地獄なんかじゃないはずだ。

 その場所は、天国と地獄の中間地点にある――煉獄さ――煉獄。


 予測としては、そこは業火に包まれている。キリスト教には疎いから完全に想像なんだけど、そこで俺は身体ごと前世の罪を焼却され、清浄な魂となって天国にいけるんだと、そう信じていた。


 だから再び目を覚ましたとき、そこが見覚えはなくともよく見知った場所であることに、俺は最初に戸惑いを覚えてしまった。


「……見知った天井だ」


 まるで病室のような一室で、俺はベッドらしきものに寝かされていた。

 LEDのような明かりに照らし出され、体感温度は暑くも冷たくもない。


 ……そして起き上がろうにも、ピクリとも身体が動かない。


 これはひょっとしてアレだろうか? 俺を煉獄に落とす際にビックリさせないよう、現実世界によくある光景でワンクッション置いておこうという、死後の世界からのちょっとした気づかいだろうか。


 だとしたら随分と配慮が足りてて慈悲深い世界だぞ――などと頭の隅で考えていると、顔の前にさっと影が差した。


「――天音くん?」


 そう俺を呼んだ声の持ち主は、掌を目の前に翳して往復させる。

 気がついた意思表示として、俺は目線でなく言葉でそれに応えた。


「おはよう、萩尾さん。俺、どのくらい寝てたのかな……?」


 俺より先に萩尾さんが目覚めてるのは予想外だった。


 なにしろ、記憶がたしかなら俺が先に屋上から飛び降りたはずだ。道理から言って、死後の世界で目覚めるのも当然俺が先のはず。

 なのに既にここには萩尾さんがいる。ということは、あのあとすぐに萩尾さんも俺のあとを追ってきてしまったのだろう。


 ……ああ、こんなことなら、もっとちゃんと萩尾さんに忠告しておくべきだった。


 先に立たなかった後悔に、俺の口から自然と謝罪の言葉が出る。


「ごめんね萩尾さん、あのあとすぐに君も飛び降りたんだね。だけど本当は、それはやっちゃいけなかったんだ。年頃の男女が同じ日、同じ場所で自殺したら誤解される。みんなに、心中だって思われてしまう……」


 言いながら、俺はとある光景を思い出す。

 月明かりの下で見た萩尾さんの姿は、とてもキレイだった。


 そんな美少女が俺と心中したなんて誤解を受けるのは、あまりにも忍びないと、そう思ったのだったが――。


「天音くんっ!!」


 ガバッ、と音がして、気づくと俺の身体が萩尾さんに抱きしめられている。

 抵抗はできない。だって身体とか動かないし。よって俺は声を出した。


「ちょっ、どうしたのさ萩尾さんっ?! お、落ち着いて!」

「よかった! よかったよう! 天音くん、ちゃんと目を覚ましてくれた!」

「そ、そんなの当然じゃないか。だって俺はこれから煉獄に……」

「生きててくれた!! 私、これからおじさんとおばさんを呼んでくるねっ!!」


 ――生きてる?


 それってどういう……と訊き返す間もなかった。


 萩尾さんは俺から離れると踵を返し、全力走で部屋の外へと駆けていってしまった。


「な……なんなんだいったい……?」


 誰もいなくなった部屋の中、そんな独り言を呟いた――その瞬間だった。

 ふと、俺の背筋に氷を突っ込まれたかのような悪寒が走る。


 それは見知った感覚だった。けどここにあるはずがなかった。


 死後の世界に怪物はいない。何故なら生と死という高い壁によって両者は隔てられている。だが俺は予想を外したことはない。


 だって俺が怪物を感知しているとき、怪物もまた俺を感知しているはずなのだから――。


 というわけで、俺が嫌な予感を覚えつつ、そんな邪な気が発せられている方向へと目をやり――いた!!


 その怪物は人のカタチをしていた。幼稚園では前から三番目という背の低さながらも、その凶暴さは折り紙つき。目元に涙を溜め、俺が魔改造してやったDX日●刀(長男verにリボンを巻いて女の子向けにしてみた)を右手に持ち、部屋の出入り口に立って、じっとこちらの様子を窺っている。


 ――ああ、もはや間違いようなんてない。


 我が家の恐ろしき覇王こと妹が、今にも人を殺しそうな瞳で俺のことをじっと見つめていた。


「よせ、やめろ……話せばわかる……」


 そんな制止の言葉を発したとき、妹は既にDX日●刀を両腕で振りかぶって走り始めていた!!


「お兄の、ボケエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」


 示現流もかくやという叫び声とともに全力で繰り出される銀●的ツッコミに、お兄こと天音卓己の肉体は非対応です。


「……スヤァ」


 そんなわけで、額に妹の呼吸壱ノ型・幼女全力斬りを食らった兄は、再び健やかな二度目の眠りに就きましたとさ……。



◇◇◇



 ……それから、色んな人たちと話をした。


 いや、前言撤回だ。それは話なんてものじゃなかった。

 お叱り、説教、その類だ。ともかく俺は怒られまくった。


 学校の先生から、教育委員会の人たちから、警察の人たちから事情を根掘り葉掘り聞き出され、あの夜俺がやらかしたことで責め立てられまくった。


「……もう二度とこんなことはいたしません」


 そう何度も誓約して解放されたのが夕方近く、俺はクタクタになっていた。

 ひと眠りすると次の日の昼になっている。その頃には、新たな来客がくる。


 またしても同じことが繰り返され、俺はベッドの中に居座りながらペコペコと頭を下げまくった。

 こんなことを繰り返しているとノイローゼになる。なった。明日もまた叱責される恐怖とともに眠り、そして目覚める。


 鏡に映る自分の頬はゲッソリとこけ、これは苦しんで死ぬという最悪のケースの死ではないのかと疑い出したとき、その日の来客があった。

 ガラガラと音を立てて引き戸が開くと、俺の背はベッドから条件反射で跳ね上がり、新たな来客に対してズバっと頭を下げていた。


「この度は、どうもすみませんでした! 自殺とかもう二度としないので、どうか勘弁してくださいっ!!」


 ……反応が、ない?


 ビビりつつ片目を開けると、そこにいたのは萩尾さんだった。

 ニッコリとした笑顔で、こちらに手を上げて一言。


「やっほー、天音くん。元気してる?」

「あれ? どうして萩尾さんがここに?」

「私がお見舞いに来ちゃいけない道理とかあるの? それよりフルーツバスケット持ってきたよ。一緒に食べよう」


 呆気に取られる俺をヨソに、持参したパイプ椅子に腰かける萩尾さん。


 こちらに差し出された紙皿の上のうさぎ型リンゴをかろうじて動く左手で摘まみ、ひとつ食べる。美味しい。

 食べ終えてひと心地ついた俺は、思わず萩尾さんに訊ねていた。


「ねえ萩尾さん、お見舞いにきてくれたのは素直に嬉しいよ。でも普段、この時間は偉い人たちにお説教を受けてたはずなんだけど……」

「ああ、あの空気読めないおバカな人たちね。もう来ないそうだから」

「え?」


 素っ頓狂な声が出た。だって、昨日はもう一度訪問するって……。

 そんな俺の疑問をどう思ったのか、萩尾さんはあっけらかんと。


「結構な大手術だったんだよ。天音くん、本当に死にかけてたんだから。自分の身体がどんなだったか、ご家族から聞いてない?」

「一応、だいたいのところは。臓器、一個失くしちゃったとか」


 二つある臓器じゃなかったら本気で死んでたらしい。

 怖いので、努めて考えないようにしてたりするわけだけど……。


「今は命に別条がないからいくらでも叱っていいとか、それ大人のエゴだよね。子どもは子どもで真剣に生きてるのにさ」

「それに本気で死のうともしてたわけだしね……」


 言ってしまって気づく、皮肉げな文言。

 だけど萩尾さんは特に気にした風もなく、淡々と。


「そーそー。だからそういう連中なんて無視しちゃえばいいんだよ。無視無視。それより天音くん、これからが大変だよ。リハビリ、ちゃんとやんないと身体固まったまま動かなくなっちゃうから」


 これまた、努めて考えずにいたことを突きつけてくる萩尾さんだった。

 タジタジになりつつ、俺は頬を掻いて一言。


「うん……まあ、やれる範囲でがんばってみるよ。萩尾さん?」


 じーっとこちらの様子を見ていた萩尾さんだったが、やにわにパイプ椅子から立ち上がると、ベッドの端から両手でガシッと俺の左手を掴んできた。


「ちょっ、は、萩尾さんっ!?」

「一緒にがんばろっ!! 私、応援するから!!」


 目をキラキラさせてそんなことを言ってのける萩尾さんは、ちょっとやそっとじゃ止まりそうもないほどやる気に満ちていた。

 そんなわけで、この日から俺と萩尾さんの地獄のリハビリテーションの日々が始まったのだった。



 ――半ば予想してた通り、リハビリテーションは過酷を極めた。


 そもそもが確実な死を前提としていた自殺だ。生き残ったあとのことなんて考えちゃいない。

 俺も、リハビリに対する正しい知識なんか持ち合わせていなかった。


 だから、俺の脳裏にうっすらとあったリハビリのイメージは、これまた某国民的アニメのそれ。機能回復訓練だった。


 機能回復訓練――それは、戦闘で傷ついた隊士が病院のような屋敷に集められ、ベッドに寝かしつけられて苦~い薬を飲まされるなどして体力を回復したのち、三人幼女にストレッチの名目でプロレス技をかけられたり、半分あっち向いてホイの要領で美少女と薬湯を掛け合ったり、美少女たちと鬼ごっこしたりといった、普通なら高いお金を支払って楽しむコンテンツをロハで楽しめる素敵な訓練であった。


 作中、隊士たちは曇っていた。過酷は過酷だったんだろう。だがいち視聴者である俺にはそう思えない。今すぐそこ変わってくれという他に言うことはない。言ってみれば、作中一の女好きである某金髪頭の隊士とほぼ同意見であった。


 そんな機能回復訓練のイメージが頭の片隅に残っていなかったと言えばウソになる。なんだかんだ言って、病院という公的機関が要求してくる回復速度は、人が無理せずにすむ程度に留まっているものと思い込んでいた節もあった。シンドイのはシンドイだろうけど、気の持ちようで耐えられるレベルではあると。


 だが甘かった。リハビリ初日から俺の身体は酷使された。

 動かずにいれば動けなくなる――萩尾さんが言っていたことは真実だった。


 俺についた理学療法士のおばさんもスパルタ式だった。これまでも重傷者の事後回復に努めてきたその理学療法士さんは、俺の身体の至る箇所がほぼ動かなくなってることを一瞬で見抜き、適切なリハビリ計画を組むと、それに沿って俺の身体を半ば無理矢理訓練したのである。


 ガチのリハビリに、泣きごとの一切は通用しない。

 そもそも、そういう甘えの入り込む余地とかまったくない。


 そんなわけで初日、リハビリセンターから吐き出された俺は、真っ白に燃え尽きていたのだった……。



「おつかれさま。天音くん、今日もがんばったね!」


 だが地獄も二週間続けば少しは慣れる。


 週末、金曜日。この日のリハビリを終えた俺は、病室で普段より早くお見舞いにきていた萩尾さんの出迎えを受けた。


「……今日も来てくれたんだね。いつもありがとう」

「あ、お花持ってきたから変えとくね。あと、今日から車椅子で病院内を移動していいって」

「え? 本当に?」

「うん、さっきここにきてた看護師さんから伝言を頼まれてたんだ。天音くん、すごくよくがんばってるって褒められてたよ」

「そうか、嬉しいな……」


 左指先で鼻を掻いて照れつつ、ちょっと複雑な感情。

 身体機能を停止させようとしていた俺が、今はその回復に本気で務めている。


「ねえ天音くん、これから少し病院内を散歩しない? 病室にこもってばかりいたら病気になっちゃいそうだし、心にもよくないよ」

「そうだね。けど俺、ちょっと今は疲れてるから……」


 本当は酷使に次ぐ酷使でメチャクチャ疲れているんだけど、と脳内で注釈。

 素直に引いてくれると思ったけれど、萩尾さんは椅子を押すジェスチャーをして。


「安心して! 私、押すから! 天音くんは椅子に座ってるだけでいいよ。それに……歩きながら一緒に話とかしたいし」


 毎日お見舞いにきてくれる萩尾さんの申し出をすげなく断れるほど、俺は強い心臓をしていない。

 じゃあお願いするよ、と頷くと、萩尾さんの表情がぱあっと華やいだ。



「そっかー。天音くん、まだ足の状態が思わしくないんだね……」


 病院内散歩に出た俺たちは、至る場所を巡った。

 いや、それはきっと語弊があるだろう。隅々まで巡った。これが本当だ。


 車椅子とはいえ大の男の重量を押し続けて疲れないのか、萩尾さんの口調に変化は見られない。

 むしろ、放っておくとこれから二周目に入ってしまいそうなほど、俺の話に夢中になっている。


 とはいえ、話途中なので俺もやめるわけにはいかないんだけど。


「正確には、遅れてる感じ。でも他は結構順調なんだ。組んでもらった計画をほぼ遅れなしで追っていけてる」

「そう。天音くん担当の理学療法士って、水野さん? それとも立花さん?」

「えーっと、水野さんだけど」


 唐突に飛んできた具体的な問いに答えると、萩尾さんは押していた車椅子を止めて言った。


「それ、すごいよ! 水野さんって、不測の事態も含めてリハビリ計画を立てることで院内でも有名だもん。かなりのハイペースで回復してるってことだよ」

「え? そうなの? てかそんなことまでよく知ってるね……」


 俺が萩尾さんの情報収集力に舌を巻くと、当の萩尾さんは胸を張って言った。


「そりゃあまあ。私ここ長いですから」

「俺がここに入院してから結構経ってるもんね……あの、今さらなんだけど、いつもお見舞いにきてくれて、本当にありがとう」


 振り返り、改めて礼を言うと、虚を突いたのか萩尾さんの頬が朱に染まる。


「な、なんか面と向かって言われると照れる……」

「そうかな、でもこれは俺の本音だから。偉い人たちにずっと謝罪し続けて心が参ってたとき、萩尾さんがお見舞いにきてくれて本当に嬉しかったし。誇張じゃなく、救いの女神に見えてたよ」


 ちょっとクサいかな、と思いつつ本音を言うと、萩尾さんがもじもじと両掌を擦り合わせた。


「ま、前々から思ってたんだけどね……天音くんのそういうトコ、ものすっごくズルいと思う……」

「そういうとこって、どういうとこ?」

「し、知らないっ! そんなことよりノド乾かない? 私、話しすぎてノド乾いちゃった。天音くんの分のジュースも買ってくるから、ちょっとここで待っててっ!」


 言うが早いが、くるりと背を向けてダッシュでジュースを買いにいく萩尾さん。

 病院内ではお静かに、の貼り紙がすぐそこにあるのに……。


「まあいっか」


 俺は呟いた。まあいい。それは本当だ。


 俺は一度死のうとしていた。自分の消滅を、他のすべてに優先して考えた。それは人として間違った態度だ。周りの人たちから責められるのもわかる。おでこにDX日●刀の一撃で許してくれた妹が破格な待遇なのもわかる。なにも訊かずに静養するよう言ってくれた両親なんてもはや神レベルだっていうのも。


 人に、恵まれていた。それを見ようとしていなかった。苦しみだけがすべてだった。でもこうして病院に入院して、距離を取って考える時間ができると、苦しみの意味が少しだけ変わった。それは人生の一部であって、すべてじゃない。


 車椅子に座ったまま、首を捻る。そこには階段がある。ここは7階で、その上は屋上だ。扉に鍵はかかっているだろう。自殺防止のため。けれど施錠し忘れている可能性もある。ならもう一度俺は飛べる。自らの足で地に立ち、階段を上がって屋上の外に出られるのなら。本気で、そうしたいのなら。


 車椅子を移動させ、階段の近くにつける。左手を伸ばして手摺りを握り、自分の中にまたあの衝動が起こるのか確かめてみる。


 その結果は――。


「まあ、いっか」


 そう独りごちて、手摺りから手を離した。その瞬間――。

 パタン、なにかが地に落ちる音がして、俺はそちらに振り返る。


 パックジュースを買って帰ってきた萩尾さんが、地べたにそれを落としていた。

 気まずい空気の中、つうっと萩尾さんの頬をなにかが伝うのを見た。


 ――けど、それはほんの一瞬だけ。


 萩尾さんはジュースを取り落とした方の袖を使ってぐしぐし目元を拭うと、肩を怒らせてずかずかとこちらに近寄ってきた。


 ダァンと、車椅子の肘掛けに手を叩きつけて、ジト目で曰く――。


「天音くん、私になにか、言うことあるよね?」

「えっ、いや、言うことなんて別に……」

「あ・る・よ・ねっ!?」

「あり……ありまぁす……」


 ものすごい勢いで凄まれ、なんだか記者会見で詰められてたいつぞやの女性研究者みたいな声になってしまった……。

 俺の肯定を見て取った萩尾さんと言えば正面で仁王立ちになり、むんずと腕を組んでこちらを静観している。


「じゃあ言ってみて……待って、やっぱりこっちから訊くから」

「き、訊くってなにを?」

「天音くん、今死にたいって、そう思ってたでしょ?」

「……それは……」


 どうなんだろう、という自問の答えは存外に早く出た。


 昔の俺ならきっと思ってた。大事な人を何度も奪われ続けた俺は死ぬしかないと。けど今は違う。俺が死んだら悲しむ人が大勢いる。それを知った。今までずっと見ようとしてこなかったそのことに、自殺してみてやっと気がつけたんだ。


 だから、答えなら決まっていた。萩尾さんに伝えなければと思う。

 でもただ伝えるだけじゃダメだ。言葉だけでは真に納得はしてもらえない。


 たしか国民的アニメの学パロの方で柱が言っていた。目は心の窓であると。誠実な人間は瞳に曇りがないと。

 誠実さ、俺にもそれが必要だ。曇りなき瞳で萩尾さんのことを見て、本音で答えてこそ信用してもらえる。


 俺は目に力を込めた。そして――満を持してその一言を告げる。


「……萩尾さん」

「うん?」

「思ってないよ。そんなの、全然。俺は死にたいなんてもうこれっぽっちも考えてない。ほら見て、俺の誠実な瞳を。人は、こんな目をしたまま嘘を吐けないんだ」


 そう言って、できるだけキラキラした瞳で萩尾さんを見た。

 そんな俺の瞳をじーっと覗き込み、萩尾さんは――。


「なにそのチャラ男みたいな目。悪いけど信用できない。天音くん、今日の病院内散歩はこれでおしまいね」


 とそんなことを言って、キュラキュラと病室方面へと車椅子を再び押していったのだった。


 ――あっれー!?

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