第二話「残された少女」
「ねえ、聞いてる?何してるの。」
少女の口調が強くなる。
「…あ…あ…。」
彼は完全に、パニックに陥っていた。彼女の接近に【気付つくことができなかった】。決して油断していたわけではなかった。目の前の作業に集中しつつも、耳による警戒は怠らなかった。完全に音を発しない人間はいない。しかも、相手は少女。全てが初めてのことだった。
少女は部屋の電気をつける。二人の姿が露わになった。彼は眩しさに顔をしかめる。
彼女は白いワンピース着ていた。年齢的には20歳前後といったところだろうか。顔は幼さが残るが、綺麗に整っていて、大人の女性らしい雰囲気も感じた。彼女は不審そうな顔で、ゆっくりとこちらに近づいてくる。とにかく、この状況を何とかしなくてはならない。彼はまだ冷静になれない頭で考える。
逃げるか?いやでも顔を見られている。指名手配は勘弁だ。今後の仕事がやりにくくなる。なら、証拠隠滅。相手は女で、力の差は明らか。しかし、彼の性格上それは無理だった。すぐに却下される。
結局、何も良い解決策は見つからないまま緊張した空気が二人の間に流れる。
そして少女が口を開いた。
「あなた、泥棒でしょ?」
少女は当たり前の質問をした。
「は、はい」
彼もまた、その口調につられ正直に答えてしまった。少女は、彼の後ろの金庫を覗き込む。
「その金庫の開けようとしたのね。でも、それ…空っぽよ?」
「え?」
彼は間抜けな声を出し、金庫の扉を開けた。少女の言うとおり、ゴミひとつ入ってなかった。
「残念ながら、この家にはもう、価値のあるものは残ってないわ」
少女はそう言って、うつむく。
「この家は、私の家族は、借金と私を残して、夜逃げしたのよ。泥棒さん、残念だけどこの家には本当に【何も】無い」
そうか、だからこの数日、人の気配が無かったのか。こんな場所にある家が不幸だとは思ってもみなかった。もっと調べるべきだった。なんという失態だ。もともとこの家には、誰もいなかったのだ。このかわいそうな少女以外。しかし、彼には同情している余裕は無い。
「わかった。なら、俺はすぐに出て行こう。誰にも言わないで、俺を逃がしてくれないか」
「え…?」
「俺は何も盗らずに出て行く。だから、見逃してくれ」
少女は怪訝な顔で彼を見る。
「普通、こういった場合。泥棒なら刃物やら銃やらを出して、脅すなり殺すなりするはずでしょ。しかもあなた、顔を見られてるのよ?」
「俺は殺しはやらないと決めてるんだ。俺が盗むのは金目のものだけだ。人の命なんて重すぎて持っていけないよ。な、だから黙って逃がしてくれればいいんだ。」
この際、逃げることができればよしとしよう。例え通報されたとしても、俺は逃げきれることが出来るはずだ。彼は手を合わせ、頭を下げた。
「……」
少女は黙って彼を見つめる。
「頼む!」
彼はさらに深く頭を下げた。
「……わかった。誰にも言わないであげる」
その言葉を聞いて、彼は喜んで顔を上げる。
「ほ、本当か?」
「ただし、条件がある」
「何だ?」
まるで立場が逆のようなやりとりだった。
少女は、にやりといたずらっぽい笑顔浮かべる。
「言ったわね。じゃあ聞いてもらうわ。」
二秒、少女は間を空ける。
「私を盗んで」