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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
一章 呪われた娘
9/85

09 呪いの結末3



 ミリアの滝で、カゴ一杯に石灰岩と、ハチミツを詰めた瓶を入れたユーリ。その他にも、水スライムを絞った際にとれるスライムシロップを詰めた瓶、キラービーの死骸から抜き取った毒針が詰まった箱も入っている。


 たった一日しかいなかったのだが、思いの外モンスターの襲撃があったことに、微妙な気持ちになりつつも、まぁ、シロップや毒針と言ったアイテムも手に入ったのだからいいのか、と一人納得するシン。


 もうすぐ東門が見えてくる、そんな場所まで辿り着き、ちらりと後に続くユーリを見る。


 石が大量に入り、重いであろうそのカゴを背負い、飄々とついてくる。意外に体力も力もあるその姿に、首を傾げたくなった。


 ユーリもシンも同じ身長で、百七十センチメートルだ。しかし、体重が違う。ユーリが六十キログラム。シンが五十二キログラム、と二人の差は十キロ近い。


 シンは細身で、無駄な筋肉がない。それは、ハンターという、思いの外過酷な職業で、食べた栄養が全て消費されるからかもしれない。そしてその職業を続けるうちに、シンの身についた動きに合わせた体躯に、筋肉のつき方になった結果だ。


 対してユーリは錬金術師で、戦闘をすることはない。全体的に筋肉はさほどあるようには思えない。いつもゆったりとした、まるで物語の魔法使いのようなダボダボのローブを纏っているのでわかりづらいのだが、触れる身体はどこもふにふにと柔らかく、腹部に至ってはシン曰く、入れた拳が痛みにくい良質のサンドバッグ、だ。


 そんなユーリが、ハンターであるシンの後を、やたらと重いカゴを背負ってついてくる。確かにシンはユーリを気遣い、途中で休憩は幾度も入れる。それに歩くペースも考えて配分している。しかし、それでもバテることもなく平気な顔をしてついてこられると、不思議に思ってしまうのだ。


 どこにそんな体力があるのか、と。


「お前、わりと元気だよな」

「そりゃぁ錬金術師ってのは体力勝負だからね。ものによっては、一度錬成を始めてしまえば、何日も寝食しないで釜をかき混ぜるし、こうしてしょっちゅう採取に来て、自分の半分はあるカゴを満杯にするんだよ? 体力無きゃやってらんないよー」

「ふぅん? 結構大変なんだな、錬金術師」

「まぁねぇ~。でもそうやって苦労しても、この前のように必要なくなったりもするけどねー」


 売れなかった竜の雫。


 基本的に薬には消費期限がある。しかし、それも仕方のない事だろう。なにしろ万物には劣化という名の逃れられない定めがある。人だろうと物だろうと、時間が経てばどうしたって劣化し、効力を失っていくものだ。


「ああいうのは捨てるのか?」

「捨てないよ。僕の造ったアイテムは、ハンスの酒場で高値で売れるからねー」

「ああ、錬金術依頼か」


 成程、と頷くシンに、ユーリは大きく頷いた。


 この国には、シン達ハンターの依頼を取りまとめる酒場と、錬金術に関する依頼を取りまとめた酒場の二つが存在する。


 ユーリのような錬金術師への依頼を取りまとめた酒場が、ハンスの酒場。目抜き通りの南に位置する場所にある。ユーリはそこの常連で、シンがユーリと出会うきっかけもそこだった。


 孤児院の子供の為に、シンが常備薬の依頼をした。それを受けたのがユーリ。


 この常備薬の依頼自体は、元々孤児院が出していた。薬の使用期限や在庫を確認して、三か月に一度依頼していたのだが、ある日からその薬の質が上がった。シンが使用しているわけではないので、初めは気づかなかったが、孤児院を経営している神父から話を聞いて知った。そしてその薬は、依頼が確実にこなされるようになってからのものだったということと、シンが依頼をするようになってからだったと教えられ、驚いた。


 あの薬のおかげで助かった子供たちは多い。礼が言いたくて酒場のマスターに、薬の効果やそれに感謝しているのだという話をそれとなくした。本来、依頼の仲介者であるマスターが、依頼者や受注者についてその情報を教えることはない。しかし、その時偶々、本当に偶然にも、その場にユーリがいたのだ。


 カウンター中央で酒を飲みながらマスターと話すシンに、じりじり近寄るユーリ。完全な不審者。しかし、警戒するシンに、マスターが彼こそがシンの依頼を受けてくれている人物だ、と教えてくれたことによって、意気投合。友人となった。


 ユーリは店をしているが、店は半分以上道楽。稼ぎは依頼の報酬が殆ど。あの酒場はユーリにとっては稼ぎの場であり、シンにとってはユーリと出会った大切な場所。


 そんなことを思い出しながら、城門をくぐり、見慣れた門番に軽く手を上げて応えつつ、ハンター通りを歩く。


 ユーリの店は、南側の目抜き通りから入り組んだ路地へと入っていった先にあるので、東門からは大分遠い。


「アレって高いのか?」

「え? 高くないよ。そうだねぇ……ハンスの酒場でも銀貨三枚程度さ。僕の店で直接買えば銀貨一枚だね」

「薬にしちゃ安いな」

「そりゃぁ安いよ。だって使った素材、思い出してごらんよ」

「確か……ミントの葉と、湖蛍の雫、か?」

「あとカリオン湖の水で造った蒸留水だね」


 湖蛍の雫以外は、時期を問わずいつでも手に入る素材。その辺の店でも手に入る。ユーリが自分で採りに行くのは、店の加工が気に食わないから、という理由のみ。それらをすべて考慮しても、やはり銀貨一枚は安い。


 竜の雫は呪いの進行を遅らせる薬。


 確かに特殊な状況下でしか使用はしないだろうけれども、『呪い』等と言う医師ではどうにもできない病に対し、それを僅かでも抑える。そんなものが、たったの銀貨一枚なわけがない。本来なら金貨でなければ済まないはずだ。


 そう、ユーリに言えば、彼は困ったように首を傾げた。


「そうは言ってもねぇ……確かに自分で採取しようと思えば、ミントの葉は採取時期が三月~十月。湖蛍の雫は六月~八月だけどね。この薬には使用期限がない。その時期に大量に採取して、調合してさえおけば、十年後だろうと二十年後だろうと同じ効果を得られる。そんなものに、高い金払わせるのもどうかと思うよ?」

「そんなの知ってるのは錬金術師くらいじゃないか?」

「そうだとしても、僕はそういうのは嫌いだな」

「貰えるものは貰うんじゃないのか?」

「貰えるなら、ね。でも、僕は別に金の亡者じゃないんでね」


 そりゃそうか、と納得した。


 確かにユーリは「あげる」と言われたものに対して、遠慮などという慎ましやかな考えは持っていない。だが、対価に関しては等価交換を基本としている。過不足なく。それはユーリがよく口にする言葉だ。


 どのような事にも価値はあり、その価値に見合った見返りさえあれば、それでいい。多すぎても少なすぎてもダメ。しかし、気持ちは別なのだ、とユーリは笑う。気持ちは相手の想い。それに遠慮する方が不躾なのだ、礼儀知らずだ、と。


 なんじゃそりゃ、と思ったこともあるが、まぁ言っていることは大体間違っていないので、納得はした。


「しかし、錬金術って不思議だな」

「そうかい?」

「ああ。だって、あの釜に素材放りこんでかき混ぜたら、数時間後には完成形のアイテム出てくるんだろう? しかも、液体とか、粉末とかは特定の入れ物に入って。どういう理屈なんだ?」

「錬金術最大の謎なんだよ」

「はぁ?」

「誰も知らないんだ。『錬金釜』という謎の釜と『原初の火』という謎の火があって、初めて錬金術はできるんだけど、釜に突っ込んだ素材が、どういう経緯でアイテムになるのか知っているのは誰もいないんだよね」

「お前も知らないのか?」

「勿論。そこで僕は考えたんだよ! 錬金釜は、原初の火という名の魔法陣により繋がった、異界への入り口なんじゃないかって!」


 突然の話に、はぁあ? と思わず声を上げた。


 ぐっと眉根が寄るのも仕方がない。異界だの魔法陣だの、ユーリの言葉は荒唐無稽が過ぎる。


「だってね、錬金釜は、錬金術でしか作り出せない。しかし、その錬金術は錬金釜と原初の火がなければできないんだよ? 今では学校で錬金釜を造るから、錬金釜自体の販売は珍しくない。火だって、あの火は燃料いらずで種火さえあれば、いくらでも増やせる。でも、それじゃぁおかしいんだよ。だったら錬金術はどうして始まったの? 最初の釜はどこから現れたの?」


 確かに、とシンは頷く。


 釜と火がなければ始まらない錬金術だが、その釜を造るのは錬金術。この大いなる矛盾を、どうやって解決したのか。


「だからさ、錬金術を最初に広めた人は異界の人間なんだよ! 異界人が最初の錬金釜をくれたんだ。それで、そこから少しずつ広まったんだよ、きっと。で、異界人が錬金術を広めた理由が、異界とこの世界を繋ぐためなんだ。彼らはこの世界の素材が欲しい。だから、錬金釜を通してその素材を送ってくれたら、それに見合ったアイテムを返してくれる。そういうふうに考えたら、夢がない? まぁ、実際には混ぜ合わせた物同士の特殊反応ってのが、どの錬金術の本にも書いてある通説なんだけどね」


 正直、色々と突っ込みたい内容だったが、それら全てを尋ねたとしても、ユーリの話を覆せる程の何かがあるわけでも、錬金術への理解があるわけでもないので、シンはただ素直に、そうだな、と頷くにとどめた。


 もう目の前にはユーリの店がある。


 見慣れた木造の店。その店の前に立つ巨漢に、あれ? と首を傾げた。


「カイン聖騎士長」

「おっさん」


 二人の声が重なる。


「ああ、戻ったな。無事で何よりだ」


 ご立派な聖騎士の鎧に、王家の紋章入りの純白のマント。腹の辺りにずっしりとくる重低音。女が放ってはおかないような整った、涼し気な顔立ち。ぴくりとも表情を変えず、軽く手を上げるカインに、首を傾げたままの二人が近寄った。


「どうしたの、カイン聖騎士長?」

「盗賊の捕縛協力に関する報奨金を持ってきた」


 マントの下から取り出される革袋。じゃらりと重い音をたてた。


「うん、まぁ、とりあえず中に入ろうか」


 たとえそれが全て銅貨だったとしても、なかなかの量であることが解る革袋に、思わず苦笑するユーリ。大金を平然と見せるカインに、シンも苦笑しながら「だな」と返した。良く判っていないカインだけが、そうか、と頷き、再び革袋をマントの下へとしまう。


 南京錠の鍵を外し、取り除くと中へ。


 カランカランとベルが鳴り、ユーリの帰宅を歓迎した。


 いつもの勝手に動き回る掃除用具はいない。床の上に転がり、シンと静かにしている。


「おや、終わってしまっていたか。また仮初の命を吹き込まないとね」


 一度散らばる掃除用具を避けて、奥の錬金釜のある部屋へと移動すると、ユーリは背負っていたカゴを無造作に床に置いた。それを横目で見ながら、シンは担いでたテントを所定の位置に置く。そして、店の床に転がる掃除用具をかき集め、再び戻ってきた。


「こいつ等どこに置く?」

「ああ、まとめてカゴの側に置いておいて。今夜錬成するから」


 ありがとう、という感謝の言葉に、ああ、と短く頷くと、言われたとおりに置く。そして店を経由してキッチンへと引っ込んだ。


 来客に椅子も茶も出さないユーリに代わり、それらを準備して戻ってくる。


「ほれおっさん。いつまでもぬぼっと突っ立ってないで、座んな」


 カウンターの前、シンの丸椅子の横に置かれた椅子。そこはカインがいつも席を勧められる場所。慣れたように礼を言い、座った。


 カウンターにはシンが入れた水出しのコーヒー。水に蒸留水を勝手に使っているのだが、この蒸留水、不思議な事に常にひんやりと冷たい。その上、水出しなのに、コーヒーの粉を入れたフィルターに入れるだけで、しっかりとコーヒーが出る。理由を聞いたが、それが蒸留水だからだ、と答えられ、首を傾げるしかなかった。


 コーヒーを一口堪能し、ふと、顔を上げる。


「で、おっさん。わざわざ報奨金の為にきたのか?」

「いや。報奨金は口実だな。……いや、一応陛下からの感謝の言葉を伝える名目もあるのだが」

「クリストファー国王陛下が僕に感謝?」


 ん? と首を傾げたユーリに、カインはああ、と頷いた。


「陛下に、お前があの盗賊に話した危険性の話をしたところ、いたく感謝されていた」

「え? あれってあくまでも可能性だよ?」

「そうかもしれないが、絶対にないとはいいきれない可能性だ。何しろあの滝裏の洞窟に住まう魚人は、魔人だからな。我々には理解できない超越者の何かを起こす可能性がある」


 カインの言葉に、ぎょっと目を見開くシン。それもそうだろう。あの魚人が魔人であるなど知らなかったのだから。


 あんな温厚な魔人もいるのかと驚くが、よく考えれば、魔人とは人知を超えた力を有した超越者の事だ。別に好戦的である必要はない。ただシン達が遭遇したことのある魔人が、突然襲ってくるような迷惑な魔人だっただけで。


 そして、彼が魔人であるのなら、あの強さも納得できる、と一つ頷いた。


「だからこれは、報奨金でもあり、陛下からの謝礼金でもある」


 どすり、と音をたてて置かれた革袋。


 カインほどの巨漢の掌よりもありそうなそれを眺め、苦笑を浮かべた。


「それにしても、多くない? 情報提供分ってわけじゃぁなさそうだけど?」

「……彼の錬金術師殿なら、水神の怒りをもおさめてくれよう、とのお言葉だった」

「成程、陛下には僕が宝玉を供えなおしたことがバレているわけだ」


 降参するように肩を竦め、コーヒーに口をつける。カインがそれに何かを言う事はなかったが、ぐいっと軽くユーリ側へ革袋を押しやる。


 革袋の中の金属でできた貨幣が動いたのだろう、じゃらりと音をたてるのを眺め、コーヒーカップを置いた。


「ありがたく頂戴するよ」

「ああ。……ところでユーリ」

「何?」

「呪いはどうなった?」


 問いかけに、ユーリはくすり、と笑った。


「ああ、止めるようにお願いしたよ」

「そうか、止めるように頼んだんだな?」


 なんてことのないふうに答えるユーリに、カインは静かに確認し直す。


「うん」

「そうか。それで、水神はなんと?」

「止めてくれるってさ」

「そうか。……憐れだな、あの娘」


 カインの言葉に、それまで黙ってコーヒーを飲んでいたシンが顔を上げた。


 何故あの女が憐れなのか、理解ができなかったのだ。


 確かに盗賊――犯罪者のレッテルは残るが、呪いはなくなる。それなのに、カインが憐れむ理由がわからない。


 困ったように二人を見るシンに、ユーリは優しく微笑んだ。


「シン、僕は呪いを止めてくれるよう頼んだけど、別に解呪してくれ、とは頼んでないんだよ」

「?」

「つまり、あの娘は一生あのまま、ということだ。呪いは病。解呪しない限り、変化した部分が戻ることはないのだ」

「成程……だからアンタはわざわざ待ったのか」


 カインが引き継いだ説明に、ようやくユーリがわざわざ二週間もまち、その方がおもしろそうだといった理由を、ミリアの滝でユーリに尋ねた時に浮かべた、不気味な笑みの理由を、正しく理解した。


 シンは滝でユーリに尋ねた。解呪を願わないのではなかったのか、と。それに対しユーリは、止めてくれとしか頼んでない、と答え、笑ったのだ。あの時の不気味な笑みに、まだ何か仕込んでいるのか、と呆れたのだが、まさかそれがこういう内容だとは思っていなかった。


 相変わらず性格の悪い男だ、と苦笑する。


 今ここで、穏やかで優しい微笑みを浮かべる青年は、その顔のせいか、思いの外性格の悪い男だという事をついつい忘れてしまう。


「そう。それで、彼女、どうなってるの?」

「全身の皮膚が鱗になり、顔も魚人寄りになっている。鏡で見せてやったところ、発狂せんばかりに暴れた」

「おいおい……年頃の娘に、醜くなった自分の顔を見せるなんて……アンタら騎士も随分とえげつねぇな……」

「……いや、何かしようと思って見せたのではない。あの娘が自ら望んだのだ。一応反省を促すため、呪いが解ければ元に戻る旨を教えたが、あの調子では聞いていたのかどうかも……」


 悪気なく余計な事をしているカインに、ユーリは笑いをこらえるように顔を背けて震え、シンは顔をしかめた。


「の、呪いは、止めてしまったから……もう、解呪はできないね……」


 ぶふふふ、と堪えきれず零しながら言うユーリに、シンは深い溜息をついた。


 ユーリは確実にカインが元に戻る方法を伝える、とわかっていた。そういう男だ。だからこそ、宝玉を供えるという名目で持っていき、彼に呪いを止めるよう、願った。


 本当に性格が悪い、と呆れてしまう。しかし、それを指摘したところで、何がどう変わるわけでもない。シンはただ、二人から視線を外し、ぼんやりと店の中を眺めた。


一章終了。

次回からの更新は、週一になるかと思われます。

毎週月曜日に更新できればいいなー……

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