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84 番外編 もう一つのEND



 王都一の目抜き通り。その南にあるハンスの酒場横から一本路地裏に入り、長くうねる道を道なりに進むと不意に開けた場所にでる。その場にそびえる木は、妖精が宿ると言われ、昔から伐ることを忌諱されていた。その木を中心に、十メートル四方の僅かに開けた広場を右に曲がり、更に細い道へ。そこから真っすぐ進んだ先にある一軒の店。そこは錬金術師の店。


 不思議な事に、その店には特定の人物しか辿り着くことはできず、一説には、店の主人に客として認められたもののみが複数回訪れることを許されているのだという。もしもその場所に辿り着きたいのなら、本当に主人の助けが必要となり、純粋な心で願わなくては、けして辿り着けない。普通に聞いただけの道を歩いてきても、けして辿り着けないその店は、いつしか『魔法の店』と呼ばれていた。


 烏の濡れ羽色の衣装を身に纏った青年が一人。派手な緋色の髪をした男は、誰の目にも止まることなく路地裏へと入り、荒れた道を音もなく歩いていく。その足は迷うことなく目的地を目指していた。


 『魔法の店』


 そこに住まうは薬と名がつけば、劇薬から爆薬までなんでも取り扱う錬金術師の青年。この王国では珍しい存在ではないのに、彼の存在は国王でさえ一目置いていた。


 塵一つない綺麗な店内。勝手に動き回る掃除用具。壁に掛けられた棚に並べられた瓶は常に磨かれ、中の液体がきらりと光る。吊るされた薬草達は、たった今採ってきた、そういわれても納得するほど瑞々しい。


 無造作のようで、その実特定の法則をもって並べられた危険極まりない爆弾各種。吸い込まれそうな輝き誇る宝石たち。所狭しと置かれた商品棚の全てに、空き一つなく並べられた商品の数々。その商品が尽きるのを、長くこの場に通うものでさえ、見たことはない。


 店舗の奥、扉のない区切りの向こうには大きな錬金釜。原初の火と呼ばれる、燃料もなく延々と燃え続ける謎の火により、中の液体は常にゆるく沸き立っている。


 カウンターに足を投げ出し、大きな揺り椅子にだらしなく身を持たれかける青年こそ、この店の主人。ユーリ、としか名乗らず、それが本名なのか、偽名なのか、誰も知らない。いつもどこかつまらなさそうな表情を浮かべ、ぼんやりと中空を眺めたり、本を読んでいたりする。


 この主人が魔法使いだ、と言われてもおそらく、殆どの人間が納得するだろう。そんな、まるで絵本の中に登場してきそうな黒いローブを身に纏い、いつだって不思議な薬を与える謎の人物。年を取っているのかも謎で、いつからここにいるのか、誰も正確な事を知らない。気が付いたら、いた。


 そんな青年の下へ訪れる一つの影。


 まるでスキップするような軽やかな足取り。


 楽しげに揺れる錆色の尾。頭部に生える錆色の耳はスキップに合わせるようにぴょこりぴょこりと跳ねる。


 がさつな性格なのか、何も気にすることなく、全力で開かれる扉。ばぁんと音をたて、その上に取り付けられたアンティークゴールドのベルが、壊れると言わんばかりに不満げな音をたてる。


「にゃ、にゃーん♪」

「やぁミーユ。扉は静かに開けてほしいな。壊れたら弁償させるよ」

「にゃーんっひどいにゃーんっ!」

「酷くない、酷くない」


 頬を膨らませ、相変わらず軽やかな足取りでカウンターに近づいてくるミーユに、カウンター向こうの揺り椅子にだらしなく腰掛けたユーリがひらりひらりと手を振る。


 どちらもまったく気にせず、ミーユはカウンター横に置かれた丸椅子を引きずり、ユーリの正面になるように腰かける。そして、そのままべたー、とカウンターに上半身を俯せに預けた。


「ふぃーっ疲れたにゃー。ユーリと出会って死んだのこれで二度目にゃー」

「前回は僕のせいじゃないじゃない」

「ユーリのせいにゃー」


 顔を上げ、ぷぅっとミーユが頬を膨らませる。対してユーリもまた、横暴な、と頬を膨らませた。


 ミーユと出会ったのは五年近く前。一目見て、伸びるな、と見抜いたユーリはシンと絡むように仕向けた。面倒見の良いシンは、一度懐に入れた者に甘い。当時まだ新人だったミーユに、ハンターのノウハウをしっかり覚えさせ、ある程度使えるようになったところで自分と出会うように導いた。


 そう、シンは信じている。


 だが、実際は違う。


 ミーユは、シンよりも先に出会っていた。


「はぁー……ホントユーリってクソミソにゃー」

「何っ!? 急に酷いこと言われたんですけど!?」

「そうじゃなきゃにゃんなのさー。もーこんなクズに目をつけられて、シンってば可哀相にゃー」

「まぁ、それに関しては、否定しないね」

「じゃぁ何にゃらするにゃー?」

「一度目の君の死亡が僕のせいだってことさ。アレは、君が悪い」


 人差し指一本だけ立て、左右に振る。


「なんでにゃーっアレはユーリが悪いにゃっ」


 にゃーにゃーっと喚きながら拳を振り上げる。対してユーリは鼻で笑った。


「アレは君が僕を見捨てて逃げようとしたからだろう。で? マーレファおばあちゃんにまた泣きつくの?」

「……やめとくにゃぁ。ばーちゃんはユーリの味方だからまた怒られるにゃぁ……」


 前も怒られたし、と唇を尖らせる。


 そう。ミーユは知識の魔人マーレファの孫娘。マーレファは普通の人間だが、伴侶が獣人。産まれた子供は獣人寄りだった為、獣人の里で暮らし、そこで結婚した。そうして産まれたのがミーユ。


 ミーユの身体能力の高さは獣人と魔人の祖母からの遺伝。


 現在は研究にしか興味のないマーレファだが、その昔はそれなりに家族の交流があった。主に恐怖の肝っ玉母からの、厳格祖母として。幼い頃に恐怖を刷り込まれたミーユは、マーレファにだけは逆らえない。彼女のお願いと言う名の命令に従い、ユーリに近づいた。そう、ミーユとユーリの出会いは、ミーユ自身が仕組んだものだった。


 初め、ユーリはミーユを表に出す予定はなかった。しかし、彼女のこの残念な方面に突き抜けた明るさは、隠すことに向かない。ならばいっそ表に出していた方が不自然でない。そう考え、ミーユにシンと出会うように依頼した。そうして、初心者冒険者ミーユは、面倒見の良い中堅冒険者シンの懐に潜り込み、ユーリの店で出会っても不自然ではない存在へとなったのだ。


 知らないのは、気づいていないのは、シンだけ。


「ああ、それにしても勿体ない。君は魔神になりえたはずなのに」

「えぇえ? もーなれないのかにゃー? 魔神になれれば、ばーちゃんから逃げられるのにー」

「あの子は何かしらの力が発現してるみたいでね。シンを気に入った人間は、能力を著しく落とすんだ」

「また難儀な能力にゃー」

「いや。彼の願望を叶えるには、最適なんだよ」


 揺り椅子に背を預け、天井を見上げる。


 不思議な言葉に、ミーユはカウンターに預けたままっだった上半身を起こし、首を傾げた。視線だけで続きを問う。


「彼はね、自分を必要とする人、を求めているんだ。無意識に。そして本能的な部分で、求めている相手が自分より強い可能性を感じ取っていた。だから、それに代わる誰かを造ろうとしていた、んじゃないかと思っているよ」

「ははぁ……こじらせてるにゃぁ」


 うへぇ、と口を曲げるミーユ。仮にも、それなりだとしても想いを寄せた相手に対する感想としてはどうかと思うことを、平気で口にした。


 素直すぎるほど素直なミーユに、ああ、やはり彼女の頭の足りなさは、魔人足る所以だろうなぁ、と正直な感想を抱きつつも、ユーリは口にしない。そして、やはり僕は気遣いができるな、等と検討違いな自画自賛をする。


「ああ、そうそう。いつもローブ仕込んでくれてありがとう」


 ミーユがユーリに近づいた理由。


 ローブの補充時期を間近で確認するため。


「それにしても、アタシが渡せばいいのに、なんでこんな面倒な真似してるにゃー?」

「まぁ、ちょっとした縁があるらしいよ」

「なんにゃ、それ! 詳しく話すにゃ!」

「え……?? 聞きたい? 自分の祖母の恋愛話……」

「ばーちゃんの弱みになるなら」


 耳をぴんとたて、きりっとした表情でどこまでも澄んだ眼差しを向けるミーユ。まるで純真な子供の真摯な表情を浮かべたその姿に、ユーリは呆れたように溜息を零した。天井を見上げるのを止め、代わりに今度は下を見るように項垂れ、ゆるゆると首を左右に振る。


 君のその懲りない、ぶれないところは好きだよ、と呟く声は多分に呆れを含んでいた。


「まぁ、ならないと思うし、勝手に過去を暴いたからとお仕置きされると思うよ」

「……じゃぁ、いいにゃぁー」


 しゅん、と垂れる耳。


 本当にわかりやすいよなぁ、と横目で観察する。


 垂れていた耳は、次の瞬間ピンと立ち、ミーユの興味が他へと移ったことを示した。不思議そうにこてん、と倒れる首。


「ユーリはこれからどうするにゃ?」

「シンを連れて隣に行くよ。しばらくしたら、この国は大きくなるだろうねぇ」

「なんかあったのかにゃ?」

「喧嘩を売られたから、買うだけさ」

「馬鹿だにゃぁ、こんなこじらせた変態に喧嘩を売るなんて。自殺願望でもあったのかにゃ?」

「酷い言われよう」


 さらっと飛んでくる暴言と言う矢に苦笑を浮かべつつ、ユーリは軽く肩を竦める。


「君はどうするの?」

「ばーちゃん次第にゃ。隣じゃアタシは動けないし」

「お土産欲しい?」

「物によるにゃー」

「君、最近賢くなったね」

「ユーリは前科がありすぎにゃ!」


 毛を逆立て、目を吊り上げるミーユに、ユーリはにんまりと笑った。しらないなぁ、なんのこと、とへらへらと笑いを含んだ声で告げ、ミーユの怒りを煽る。


 煽られ、カウンターをがたがたと揺らしながらキーキー喚くミーユを、のらりくらりと躱し続け、不意にミーユの怒りが静まり、訪れる沈黙。ユーリは、ゆっくりと首を傾げた。


「君は、シンをどう思う?」

「旦那にしたら楽できそーにゃ」

「うん、なかなか酷い感想をありがとう」

「で? ユーリはシンをどう思ってるにゃー?」


 本題はそっちだろう、と言わんばかりに投げやりに問いかけられ、その雑な対応にユーリは唇を尖らせた。けれども、それは紛れもない事実。すぐに唇を尖らせるのを止め、一つ息を吐く。


「面白いな、と思ってるよ。彼は、ホムンクルスと人間のハーフだ。本来、ホムンクルスに魔人は生まれない。ホムンクルスの血を受け続く者にもだ。けれども、あの子は素となった魔神の力を一部発現させようとしている。それはきっと人間の血が原因だろう。彼は、人間という存在の可能性を証明する存在だ。僕の素となった人間なら、バラバラにして、保管しただろうね」

「ふーん? ちょっと何言ってるのかわかんにゃいなー」

「うん、君ならそういうと思ったよ」


 つまらなさそうに揺れる尻尾を見ながら、だろうね、と頷く。そして、本当にわかりやすい、と呆れる。


 この先、魔人にもなれないまま、魔人と同じく狭い思考の幅で生きる彼女の今後を、僅かばかり憂う。シンと言う特殊な存在と出会わせてごめんね、と心の中で謝りつつ、まぁ、その相手に惚れた腫れたをしたのはそちらの落ち度であって、僕は悪くない、等と開き直る。


 にんまりとした笑顔の下に全てを飲み込み、開き直るクズ。


 ミーユの耳が片耳だけピコピコと跳ねた。大きな目がすっと半分ほどの大きさになる。じとっと睨み付ける目。


「ユーリ、今なんか変なこと考えてないかにゃ?」

「君は大概失礼だね」


 酷いな、と唇を尖らせ、勘の良さに流石は獣人、と呆れた。そして、だからこそ観察対象に向かないんだ、と付け加える。


 獣人は獣の本能で嗅ぎ取るのか、口に出さずとも、視線を向けずとも、ほんの僅か考えただけで敏感に察知するきらいがある。寛容なようで小心。人のように機微に聡くとも鈍感な方が、ユーリには好ましい。


 やはりシンは良い観察対象だなぁ、と笑う。


「ま、いいにゃ。それで? いつ発つにゃ? ローブの補充はどうするにゃ?」

「ローブはいいよ。物忘れ薬くらい造ろうと思えば造れるからね。だから明後日までには発つ予定」

「ふぅん? ま、寂しくなるにゃ。元気でにゃー」

「大丈夫大丈夫。どうせすぐ戻ってくるよ。ちょっと国を地図から消すだけだし」

「それ、ちょっとって言わないにゃー」

「僕の中ではちょっとさ」


 呆れたような声に、ひらひらと手を振る。


「隣潰してすぐ戻ってくるにゃ?」

「いや。帝国もちょっと釘を刺しに行ってくる。だからまぁ……一年は戻らないよ」

「ふぅん? まぁ、一年あれば、アタシも中堅ハンター狙えるかにゃぁ?」

「え? 無理じゃない? だって君、ちょっと抜けすぎだもん。ソロは無理でしょ」


 誰かとバディ組みなよ、と何てことのないように言われる言葉。昨年、バディを断られた人に向ける言葉ではない。


 ぶわっとミーユの目に涙がたまる。


「うわぁああんっユーリの意地悪! アタシがバディ断られたの知ってるくせにぃいっ」

「そもそもシンは僕のだ。君のバディなんかになるわけがないだろう。諦めて。さっさと次を探してよね」

「思いやりの欠片もない!」

「僕に何を期待しているの?」

「クズにゃっ! 傷ついた女性に優しくしてにゃ!」

「嫌だよ。ほら、そろそろ帰って。この後シンが来る予定なんだから」

「うわぁああんっクソ石やろぉおおおっ」


 だんだんとカウンターを両手の拳で叩いて抗議するも、一切取り合うことなく、揺り椅子から立ち上がり、後ろの本棚に近寄るユーリ。そのまま一冊の本を取出し、中を開いた。


 日に焼けない白く、荒れた指先がぱらりとページを捲る。


 知識の塊であるユーリにとって、本を読むという行動は意味がない。それでもそうするときは、ユーリが他をシャットアウトしたい時。こうなっては室内で雨が降ろうが、槍が降ろうが、全てを無視する。自分の怒りが暖簾に腕押しだと理解したミーユは、二度ほど宙を尾で叩いて不満を表しつつ、椅子から立ち上がった。


「戻ってきた時覚えてるにゃっ! めっちゃ良い男見つけて、バディ組んでるんだからぁあああっ」


 殆ど負け犬のような言葉を口にしながら、店を出て行く。


 やけっぱちのように力任せに開かれた扉。設置されたアンティークゴールドのベルが、いい加減にしろと言わんばかりに音をたてているが、それに応える者は誰もいなかった。



END


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