81 エピローグ2
おっふっ
なんてこった!
もうエピローグ入ってるのに、今週もブクマが増えてる。
ひゃっほい!
ありがとうございます!
ぷるぷる喉を鳴らして猫に擬態しながら感謝いたします!
いつからそこに居たのか。
いつの間にそこに立っていたのか。
当たり前のように存在していた。
世界中の闇をかき集めたかのような黒いローブは、まるで物語の魔法使いのそれのよう。裾は地に届き、足元まで覆い隠す。目深に被ったローブのせいで、見えるのはにんまりと弧を描く口元だけ。
ゆったりと口が動く。
やぁ、とかけられた声は、まるで友にするかのように気さくな音。
理不尽な存在に、知らず知らず頬を汗が伝う。それでもクリストファーは浮かべた表情を崩さない。
「久しいな、魔法使い殿」
「そうだねぇ。聖騎士長に殺された日以来だね」
「これは異なことを。貴殿は生きておられるではないか」
さらりとかけられた言葉に、大げさなほど驚いて見せる。対するにんまりと笑った顔は、乱れることはない。
「僕を、とは一言も言っていないよ」
しまった、と思うが今更何を言うわけにもいかない。
思った以上に動揺していたようだ、と内心舌打ちする。
「それで? お怒りになってアレを送り込んでいらしたのか?」
「失礼な。過労死寸前の変態宰相を一思いに楽にしてやろうと思って連れてきてやったのに、なんて言いぐさなんだい?」
む、と口を尖らせる様子に、軽く息を吐く。どうやらまだ、そこまでは怒っていないらしい。まぁそうだろうな、と内心頷く。もしも目の前の人物が本気で怒っていたのなら、今頃この国は地図上から跡形もなく消えているだろう。魔法使いの称号は伊達ではないのだから。
「でも許したわけじゃないからね。だからこそ、彼を連れてきたんだ」
「彼は本物ですか?」
「さぁてね。それは自分で調べるといいよ」
にんまりと笑う顔。
「そもそも、君たちに本物かどうかなんて必要なの?」
問われた内容に瞬く。それはつい今しがたクリストファーがカインに問いかけ、カインが明確な答えを返した内容。いやいや、と慌ててクリストファーは内心首を左右に振る。確かにクリストファーはカインに問いかけた。しかし、それとこれは別問題だろう。何しろルルクは偽物と断罪された。ならば、再びショーンが偽物と断じられるのは遠慮願いたい。
そんなクリストファーにはお構いなしに、にんまりと笑いながら爆弾を投下する男。
「君達なんて、あの子にとって都合の良い存在になるように、好きに入れ替えられたんだ。今更血の濃さを重視する方がおかしいんじゃない?」
寝耳に水の発言。
確かに、ルルクが取り替え子であることは聞いた。だがそれ以外については何も聞いていない。だが、と思い至る。ルルクがそうであるように、他がそうである可能性は、当然あった。そもそも、貴族たちは男も女も殆ど似たような顔をしている。はっきりと違う顔立ちは珍しいほどに。逆に入れ替えやすいだろう。そして、発覚しづらい。
ぞっとした。
どれほど多くの駒が送り込まれていたのか、そして、上を失った今、その駒たちがどう動くのか、想像を絶する。
「君が何を考えているのか、手に取るようにわかるなぁ」
呆れたような声。
ハッとする。
クリストファーは自分が何と対峙していたのか思い出す。世界の命運一つ軽く左右できる化け物錬金術師、魔法使いのユーリ。そんな男の前で一瞬でも気を抜いてはいけないというのに、無意識に口元に当てていた手を下す。
「まぁ、その辺りの事は今はさておこうか。それよりも、本題に入ろう」
「ッ」
本題? と問いかけるよりも早く、金属同士がぶつかり合う音。驚いてそちらを向けば、カインの剣が、何かを抑えていた。
本日二度目の、いつの間に現れたのか。抜身の短刀を手にした青年。
燃えるような赤い髪。新緑の如き翠の目。派手な頭部に対し、身に纏う服はカラスの濡れ羽色。抜身の短刀をカイン聖騎士長の真後ろから振りぬいているのに、その相貌に感情は一切ない。
突然、気配も何もなく振りぬかれた剣に、ぎりぎりで反応したカインは畏怖した。それは、自分に振るわれたからこそ咄嗟に反応できた。もしもそれが、今のように視角からクリストファーに振るわれたとして、自分は反応できるだろうかと考え、即座に無理だと思い至る。
力は完全にカインの方が上で、抑えられさえすればどうとでもなる。けれども、次の瞬間、青年が消えた。否、正確に表現するには消えてはいない。ユーリから発せられた戻っておいで、という言葉に従うように、突然短刀を引いた。そして、普通に歩いてユーリの後ろに立った。それだけなのに、まるで消え、次の瞬間にはユーリの後ろに現れたように感じたのだ。
気配が恐ろしく稀薄。目の前にいるのにも拘わらず、いないが如し。
「相変わらずみたいだね」
困ったような声。
にんまりとした笑みは変わらないのに、どこか呆れたような、困ったような、どうしようもない子に向けられたかのような、そんな声音に、ハッとしてカインはユーリを見た。
「言ったろ? 暗殺者の剣の前では君でも危うい、と」
「……」
未だあの店に足を踏み込めた頃にされた忠告。あの時は逃げたタルポット子息のことを引き合いに出していた。だがその相手は既に死んでいる。ユーリからの助言を軽んじたわけではない。けれども、それについて考えていなかったのは確かだ。それどころではなかった、とも言う。
現在の目まぐるしい情勢では、他に裂いている時間がなかった。けれどもそれは言い訳でしかない。
口を引き結び、ぐうの音も出ない様子のカインに、ユーリは大げさに溜息を零し、ゆるゆると首を左右に振った。
「どうせそんな事だろうと思ったよ。だから、ね。僕から国王陛下にプレゼント。カイン聖騎士長はどうしたって魔人には到達できないんだから、君には絶対に必要だと思うんだ」
出ておいで、とユーリが声をかけると同時に、ユーリの後ろに立つ青年の後ろから、更に別な人物が顔を出した。
その顔に、ぎょっと目を見開くクリストファー。
元は灰銀だったが長い月日でくすみ、色褪せたのだろうと解る灰色の髪を短く整え、きっちりと神父服を着た壮年の男。その顔に見覚えがあった。
「暗部リーニャ・グルフェリックの頭首リーン神父だよ」
何故、と知らず知らず呟いていた。
あの日、あの場所で、自ら喉を突き自害した男。その男が、当たり前のように立っていた。
何故、と再び呟く。
あの日、あの場所で、シンは彼を選ばなかった。否、どちらも選ばなかった。だから、彼が立っているはずがない。立っていてはいけない。なぜならユーリにとってそれほどシンは重要な位置にいたから。彼の言葉をユーリが無碍にするはずがない。
そこではた、と気づく。そのシンを殺したのは自分達だ、と。
今のユーリには枷がない。彼が人側にいたのは、あくまでもシンと言う人間の観察対象がいたから。その枷がない今、彼はどちら側に立っているのだろうか、と考え、考えたくない、と脳が拒否を示した。
救いを求めるようにユーリの後方に控える、恐ろしいまでに気配のない青年へと目を向ける。
「可愛いだろ? 僕の護衛だよ」
にんまりと弧を描く唇を割って告げられた言葉に、絶望する。
ユーリはいつだってシンを観察対象と告げた。一人の人間だと、人間だからこそ、観察しているのだ、と。けれども今、後方に控える赤毛の青年に関してはただ護衛だ、とだけ告げた。つまり、観察対象ではない。となれば、人でない可能性が高い。それは、やはりユーリが人側に立つ枷ではないということ。
「さて、この暗部の主人は僕で、僕は一つの命令を出した。クリストファー国王陛下に、仕えよ、と」
絶望するクリストファーの事など知ったことではない、そう言わんばかりにユーリは話を進める。慌ててクリストファーはユーリの言葉を反芻し、ぐ、と眉根を寄せた。
「私に、仕えよ、ということは、私以外には、例えば、私の後に王となった者には仕えない、ということで良いのだろうか?」
「そうだよ」
こともなげに頷くユーリ。それに渋面を浮かべ、口元に手を当てるクリストファー。
一代限りの影。それにどれほどの価値があるのか。一代とはいえ、自由に動く駒を手に入れた、とは到底喜べない。なぜならクリストファーの死後も国は続いていくのだから。一代しか使えない駒に頼ることはできない。つまり、不要の長物、ともなり得るもの。
贈られても、と頭を悩ます。
「だからね、もし、彼らを駒にしたければ、自分で口説き落としてね」
嬉しそうに弾む声。
その言葉に、クリストファーもカインも瞠目した。
リーニャ・グルフェリック。この国の暗部。真なる王に仕える影。そして、自分たちはその真なる王であるユーリを害した存在。リーン神父側からすれば、自分達の本当の主人に害成した相手。真実自分たちに仕えるとは到底思えない。むしろ寝首をかかれる心配をしなければならないだろう。
けれど、ユーリは笑って告げた。安心して良い、と。主人である自分が命じている以上、その心配はない。その上で、口説き落とせ、と再度告げた。信頼関係はゼロ。友好関係も築けそうにない関係性の相手を魅了して見せろ、と無理難題をふっかける。
「ちなみに、無理だったときはこの国を滅ぼして僕の下に戻っておいで、と言ってある」
つまり、断るという選択肢はなく、また、口説き落とす、という未来以外受け付けない、と宣言されたのだ。
「これでも僕は譲歩したんだ。この国の者達は、カイン聖騎士長の咄嗟の判断に心から感謝すべきだと思うね。そうじゃなきゃ、僕が滅ぼしていたんだから」
にんまりとした笑みが歪む。
いや、描いた弧の形は変わらない。けれども、確かに歪んだ。薄らと、見る物すべての肝を冷やすような、怖気の走る微笑みに。
「永らえた寿命、精々有効に使って、本物にしてみなよ」
目深に被ったフードの奥から、銀色の目が一瞬だけ覗く。その冷たさに息をのんだ。薄気味悪い微笑みを浮かべる口元に対し、その目には一切の感情がない。相変わらず冷たいだけの目。
ああ、毒だ、と思わずにいられない。
じわりじわりと体を蝕んでいく毒。あの日、体内に潜り込み、緩やかに巡っていた毒が、再び騒ぎ出す。身を、心を、犯していく。けして逃れる事は出来ない。
既に囚われている。あの、銀色に。
彼は、まさしく王だった。自分たちの思考を奪い、己の望むまま操る、王だった。
「仰せのままに」
知らず、口が動く。
気が付けば玉座から立ち上がり、膝をつき、ユーリに対して首を垂れていた。まるで自らの主に対して行うように。そうせざるを得ない覇気を前に、王として生きてきたはずのクリストファーでさえ、抗う事が出来なかった。
これが、真なる王と呼ばれる者。そう、思う事さえなかった。
ふ、と空気が緩む。
銀色は、フードに隠れて見えない。にんまりと弧を描く口元はそのままに、代わりに嬉しそうな気配が感じられる。
「結果を心待ちにしているよ。君が王でいる間だけ、魔法使いとしてこの国にいながら、ね」
するりと背を向け、歩き出す。その後に静かに付き従う赤毛の青年。そして、二人の姿を隠すようにクリストファーの前に進み出るリーン神父。その穏やかな顔に、神父としての穏やかな微笑みを貼り付け、す、と手を上げた。次の瞬間、十数人の男たちが現れる。一様に首を垂れ、その顔を頑として見せない男達。
どこにいたのか、気配一つ感じられなかった。
本物の暗殺者たちの手腕に、この国最強の騎士であるカインも己の力量不足を感じずにはいられない。先程ユーリの言った言葉が頭を駆け巡る。カインは魔人に到達できない。その言葉を大人しく受け入れるしかない。自分には、目の前の集団に在る技術が圧倒的に足りていない。王を守るのに、この技術が必要で、そして、おそらく自分にはけしてそれを得る事が出来ないのだろうと理解する。そのために、わざわざ彼が連れてきたのだから。
あの時、あの咄嗟の判断は正解だったのだ、と思わずにいられない。
確かにユーリを怒らせた。けれども、それだけで済んだのだから。そして、その判断に一定の評価を下したからこそ、カインにとって守るべきものの為に、こうして力を貸してくれる。彼の、最後の友情を無駄にするべきではないのだろう、と理解した。
構えていた剣を鞘にしまう。この非礼さえ、詫びれなかったな、とその時になって初めて気づいた。けれども詫びる相手は既にいない。そして、詫びる機会を与えられなかった、という事は、詫びる必要がない、詫びを受け取る気がない、という事なのだろうと知る。
わざと間に立ち、その姿を見送らせなかった男達を超え、きっと扉を、この城を警護する兵の誰にも気づかれずに扉をくぐって出て行ったであろうその背に、静かに頭を下げた。主にするそれではなく、友にするように。




