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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
一章 呪われた娘
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08 呪いの結末2



 閉まりかけの城門を越え、ミリアの滝へと向かう。


 西門から出て、カリオン湖を迂回し、ミリアの川沿いに北西へと十日。切り立った岩山に囲まれた滝壺。そこがミリアの滝。


 上がる飛沫に、滝には常に虹がかかり、綺麗な水のおかげで岩山と言っても豊かな森に囲まれた美しい場所だ。


 宝石等を磨くための研磨剤となる、石灰岩が採れるため、わりとよく行く場所だ。ただ、片道十日もかかるので、シンはあまり好きではない。一度来てしまえば満喫できるし、来てよかったと思う。しかし今回のように出かける際、長期間借りている宿を一度解約しないと、その間の宿代は当然請求される。泊まっていないのに請求されるのが微妙に納得いかないのだが、解約していない以上、宿も入る予定の客を断らないといけないわけで、当然その分をシンからとらないと赤字だ。理由も解るし、解約をしないシンが悪いので仕方がない。


 ちなみに、宿、と言ってもシンが借りているのは一軒家風のものだ。一部屋で一軒家。木製の小さな部屋に、ベッドと小さな棚があるだけの狭い、狭い、部屋だ。キッチンはなく、トイレは外にある。冬の時期、雪が降ると寒さに震えながらトイレに行かなければならない。風呂もなく、トイレの隣の井戸で水を浴びるか、有料の大浴場に行くしかない。


 町に拠点を置いていても、護衛や何やらでしょっちゅう出かけるハンター御用達の宿で、似たような形の家というより、長屋がずらりと立ち並び、井戸とトイレは共用となっている。


 ハンターの数は日々増減している。死んだり、拠点を変えて出ていったり、逆にやってきたり。


 護衛、という仕事上同じ雇い主を抱き、共に戦う事も多い為、ハンター達は仲がいい。新しい者がやってきても、すぐに馴染む。その為大変騒々しいのだが、一泊の代金は銅貨一枚と安く、また、その騒々しさが良いのだ、と一定人数の旅人たちが数日借りていく。もしかしたら、ハンターというのは信用が第一の職業。問題を起こしては仕事の依頼も受けられなくなる為、一般的に言えばゴロツキなのだが、ハンター宿周辺は非常に治安が良いのも人気の一つかもしれない。


 とにかく、ハンター宿は常に数が足りていない。いつだって満員御礼。


 下手に解約すると数日から数か月、宿なしとなってしまう事もある。駆け出しのハンターなら、だが。シンのように実力があったり、長くハンター業をこなしている者は、一度解約してもその宿をとり置いておいてもらえるのは公然の秘密である。だからシンは、ユーリの護衛で長期間帰らないときは解約するのだが、今のとこ解約できるタイミングで出かけるのは十パーセント未満だ。常にユーリの店に入り浸っているせいなのだが。


 今回も無駄金使うなーと内心ぼやきつつ、黙ってユーリに付き合う。


 ミリアの滝には水スライムと、キラービー。それから、ジャイアントボアと熊が出る。


 水スライムは水属性のスライムで、通常のスライムよりも遥かに強い。身体も少々大きく、体力も高い。焚火の火ぐらい、その体の水分で簡単に消してしまう。ただ動きは鈍く、透明な体は、唯一の弱点が色濃くなっており、大変わかりやすいので雑魚。これは別に問題とならない。


 シンがユーリをここに一人で来させたくない理由は、他のモンスターたち。


 体調十五センチメートルもある、飛行系の昆虫モンスター、キラービー。蜂の針には麻痺毒。一刺しでは問題ないが、キラービーは一度に百匹近い大軍でやってくる。流石にそれほどの大群に刺されたら、麻痺どころか、ショック死してしまう。火が苦手なのだが、水スライムと一緒に出てこられると、水スライムに松明の火も、焚火の火も消されてしまうので、非常に恐ろしい敵となる。


 ジャイアントボアはその名のとおり、巨大猪。高さが二メートル以上ある巨大な猪は、硬い毛皮に覆われ、シンの短剣程度容易く弾く。突進力が強く、もしも正面から受けてしまえば、ユーリは当然として、シンでも生きてはいられない。そんな力強さを誇る。


 熊は、熊だ。モンスターではないが、その脅威はバカにできない。スライムに会うより余程怖い獣だろう。


 ユーリは錬金術師だ。戦う事を生業にしていない。実際、シンはユーリが戦う姿を見たことがない。彼の戦闘での存在意義は、彼が持ってくるアイテムくらいだろう。アイテムでの補助くらいしかできない。シンの後ろで茂みか木の影に隠れ、そっとアイテムを投げたり渡したりするくらい。


 どう考えてもスライム並みか、スライム以下の戦闘力しかもっていないように思えるユーリ。過保護なシンが見捨てられるわけがない。カリオン湖のような、街から近く、スライムしか出ない場所なら走って逃げるなり、どうとでもできるが、それ以外の場所ならユーリが言わなくても、いつでも行けるよう準備してユーリを待つ。ユーリもそれを知っているから、当然のようにシンに声をかける。さぁ、行こう、と。


 それを不思議に思ったことはない。不思議に思う必要もない。


 街で噂の魔法の錬金術師。その彼に、影のようにいつだって側に控える実力のあるハンター。


 それが街で言われている二人の関係。


 間違いであり、間違っていない。


「それにしてもシン。僕と出会ってもう何年だっけ?」


 不意に声をかけられ、うん? とシンは首を傾げた。


「七年、だな。俺がまだ駆け出しのハンターの頃だからな」

「君、今と違って背もまだ低かったし、細かったよね」

「まぁ、あの頃は十四歳だったからな。ハンターになって一年も経っていなかったし、そりゃ細いな」

「そうか、早いもんだねぇ」

「カインじゃねぇが、老けるぞ」

「それは困る。それにしても君、偶にはそうやって名前、呼んであげたら? いっつもいっつもおっさんかポンコツ騎士だなんて、酷くない?」

「酷くねぇよ。あのポンコツにゃそれくらい遠慮がない方がいいんだよ」

「確かに」


 それでも通じてなかったけどな、と肩を竦めるシンに、ユーリも苦笑を返す。


 三年も共にいて、あれだけ気さくに会話していて、それでもなお、気づいていなかったカインのとぼけ具合を思い出し、やれやれ、と溜息つくシン。


 シンだって最初から遠慮がなかったわけじゃない。いや、言葉遣いは初めからだったが、カインも時折シンと共にユーリの護衛をするようになって、共に外へと出かけるようになって二年。――といっても、カインがユーリの護衛をするのは、目的地が同じ場所だった時だけなのだが――最初はお偉い聖騎士様にあれこれさせるわけにはいかないだろう、と雑用は全てシンがやっていた。それが、今ではキャンプの際には顎で使うほどだ。その変化にカインは気づいていないのだから、ポンコツと呼ばれても仕方ないのだろう。


 一緒に出掛けるようになった最初は『アンタ』『騎士様』と呼んでいたのが、遠慮がまったくなくなった頃から『おっさん』『ポンコツ騎士』と呼ぶようになっているのだが、それさえも気づいていない。本当にポンコツとしか言いようがない。いや、初めて会った頃に一度『おっさん』と呼んだからかもしれない。


「シンってホント、一度気に入った人に甘いよね」

「そうか?」

「そうだよ」

「そうか」


 少し困ったように首の後ろをかく。自分では普通のつもりでいたが、ユーリが言うのならそうなのだろう。何しろ、ユーリの趣味は人間観察。己のもてる技全てを動員して、問題を抱えた人間だけが店に訪れるように細工し、やってきた人間を、まるで実験動物か何かのように観察する。ユーリが観察して「そうだ」と言えば「そうなのだ」と思えるほど、色々な人間を的確に分析していた。それが趣味の変わり者。


「シンの事は他の誰よりも良く見てるからね」

「まぁ、錬金釜の次くらいに長くお前と一緒にいるからな」

「そうだよー。だからもう、観念して僕の嫁になりなよー」


 バッと両手を広げて笑うユーリに、顔をしかめる。


「ぜってぇ嫌だ。俺は小さくて可愛い女の子が好きなんだよ。オメーみてーな、俺と同じ身長の男なんて御免だね」

「僕だって女の子のほうが好きだよー。その僕が主義を曲げてあげるんだから観念したらどう?」

「……なぁ、本気で言ってるのか?」

「いや全く。そんな事あるわけないだろう? 気持ち悪いこと言わないでよ!」


 本気で嫌そうな顔をしたシンに、真顔でこたえるユーリ。


 ごすっと音がして、ユーリの腹にシンの拳がめり込んだ。


 げふぅっとユーリが声を上げ、二歩後ずさると、殴られた腹部を押さえ、その場にしゃがみ込むが、シンは無視して歩く。


「おら、洞窟行くぞ、アホ」

「は、はぁい……う、うぅ……シン、流石に酷いよ。せめてもう少し手加減して。僕は君のように鍛えてないんだよ……」


 涙目で訴え、よれよれと立ち上がるユーリに、シンは冷たい視線をチラッと向けるだけにとどめた。そんなシンにユーリは、わざとらしく大きくぐすん、と声を上げてから追い越し、先に洞窟へと入る。


 洞窟に入ると急にひやりと冷たい空気が肌に触れる。


 滝の裏に隠れ、年中日の差し込まないこの洞窟は、常に気温が低く、肌寒い。ぶるっと震え、ローブの袖の下で鳥肌だった己の腕をさすりながら、ユーリは祭壇へと近づいた。


「アレグロ、居るかい?」

■■■(何用だ)■■■(ユーリ)


 声をかければ、祭壇のすぐ後ろにある、小さな池からぬぅっと顔を出す魚人。


 水の中から這い出し、ゆっくりとユーリに近づくたび、びちゃり、びちゃり、と水を含んだ足が音をたてる。


 魚の頭のせいで、最早何を言っているのかわからないが、ユーリはその音を正確に聞き取った。


「やぁ、アレグロ。今日はこれを持ってきたんだ」

■■■(それは)! ■■■■■■■■■■(取り返してくれたのか)?」


 取り出された手の平大の宝石。ユーリの手の中できらりと輝くそれを見た魚人は、その気配を大きく乱し、動揺を明確にした。同時にとても嬉しそうな気配が押し寄せてくるが、ユーリは残念そうに眉根を寄せ、ゆっくりと首を左右に振る。


「いや、取り返してないんだ。ごめんよ。前の宝玉は砕かれたそうでね、僕が新しく造りなおした……んだけど、これじゃぁ嫌かな?」

■■■■■■■■(そんなことはない)■■■■■■(君の気持ちが)■■■■(嬉しいよ)


 ゆるゆると左右に振られる魚頭。


「そうか。喜んでもらえて良かったよ」


 ユーリと共に、何度かこの魚人に会ったことのあるシンだが、何度会っても彼が何を言っているのかわからない。話を弾ませる二人を見ながら、錬金術師すげーという的外れな感想を抱く。


 本来、錬金術師だって彼の言葉はわからない。わかるユーリがすごいのだと知らず、不思議な学問を修める者だから、何でもできるのだろう、くらいの考えで、錬金術師全体を尊敬する。尊敬したところで、錬金術師の学校に行こうとは思わないが。


 あの魚人がいる限り、この洞窟内にモンスターがいることはない。鱗を組み合わせた鎖帷子のような服を着た、身長百六十センチメートルの半魚人、という割と間抜けな見た目だが、彼はああ見えて強い。シンは一度体術勝負で真っ向勝負し、為す術もなく敗れた事がある。見た目はアレだが、亜人種と呼ばれる、人と友好的な種族の彼は、洞窟内に人間の侵入を認めても、けしてモンスターの侵入を認めず、叩きのめす。そんな彼が洞窟内へモンスターの侵入を許すとは思えないので、洞窟の入り口だけを警戒しているうちに、ユーリが祭壇に宝玉を供えた。


 供えられた宝玉を魚人が触ると、きらり、と一瞬輝く。


「これで元通りだね」

■■■■■(ありがとう)■■■(ユーリ)

「いえいえ、どういたしまして。ところでアレグロ。一つお願いをしてもいいかな?」

■■■■■■■(できることなら)■■■■■(かまわない)

「君にしかできないことだよ。君がかけた呪い、止めてもらっても構わないかな?」

■■■■■■■■■(止めればいいんだな)?」

「うん。このままじゃ、水に影響でちゃうだろう? 錬金術師として、水に影響が出るのは困るんだよ」

■■■■(わかった)■■■■■■(怒りのあまり)■■■■■(君に迷惑を)■■■■■■■■■(かけてすまなかった)

「いやいや。こちらこそ、人間が君に迷惑をかけてすまなかったね」


 和やかに会話が進んでいく。それを首を傾げながら眺めるシン。


「じゃぁ、アレグロ。僕はここで採取して、一泊したら帰るよ」

■■■(そうか)■■■■■■■■(君に自然の恵みが)■■■■■■■(あらんことを)

「ありがとう」


 ひらりと手を振り、それに応えるように頷いた魚人は、べちゃべちゃと音をたてながら、元居た水の中へと姿を消した。


 くるりとユーリがシンを振り返る。


 不思議そうにユーリを見つめる目に、ん? と微笑んで首を傾げるユーリ。シンが何を言いたいのかわかっているのだが、自分で口にして尋ねない限り、答えないぞ、というアピールだ。


 こういう時のユーリは、意地が悪い。こちらがはっきりと口にするまで、のらりくらりと避けたり、はっきり口にしようとするとあえて被せるように声を出し、聞こえないふりをする。


 面倒な奴め、と嘆息して、口を開いた。


 どうせこういったときシンが、まともな答えを返すとは思わない。しかし、だからと言って無視すると、今度は鬱陶しいぐらいに話しかけてきて、仕方なく尋ねた時にはもう拗ねて答えてくれない。そうすると自分のストレスになる。こういう時はどうせ答えないだろう、という達観した気持ちで形式的に問えばよいのだ。


 そのシンの考えは、予想外に裏切られた。


 ユーリはあっさりと問いの答えを返したのだ。予想外過ぎて瞠目するシンに、ユーリは不気味な笑みを向ける。そこでようやく気付いた。


 呆れ果て、ああそうかい、と思わず愚痴のように呟くシンに、ユーリは笑みを満足げなものに変え、洞窟を出ていった。


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