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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
八章 結び解け行く縁
79/85

78 失ったものを背に

今週もブクマが増えてる~!

いやぁ、文字数が増えるとブクマはつかないのかと思っていただけに、嬉しいです。

FOOO!!って言いながら片腕を上げたいです。

ありがとうござます!



 いつだって、息をするように辿り着けた。


 王都一の目抜き通り。その南にあるハンスの酒場横から一本路地裏に入り、長くうねる道を道なりに進むと不意に開けた場所にでる。その場にそびえる木は、妖精が宿ると言われ、昔から伐ることを忌諱されていた。その木を中心に、十メートル四方の僅かに開けた広場を右に曲がり、更に細い道へ。そこから真っすぐ進んだ先にある一軒の店。そこは錬金術師の店。


 不思議な事に、その店には特定の人物しか辿り着くことはできず、一説には、店の主人に客として認められたもののみが複数回訪れることを許されているのだという。もしもその場所に辿り着きたいのなら、本当に主人の助けが必要となり、純粋な心で願わなくては、けして辿り着けない。普通に聞いただけの道を歩いてきても、けして辿り着けないその店は、いつしか『魔法の店』と呼ばれていた。


 目を閉じればいつでも思い出せる。


 塵一つない綺麗な店内。勝手に動き回る掃除用具。壁に掛けられた棚に並べられた瓶は常に磨かれ、中の液体がきらりと光る。吊るされた薬草達は、たった今採ってきた、そういわれても納得するほど瑞々しい。


 無造作のようでその実、特定の法則をもって並べられた危険極まりない爆弾各種。吸い込まれそうな輝き誇る宝石たち。所狭しと置かれた商品棚の全てに、空き一つなく並べられた商品の数々。その商品が尽きるのを見たことはない。


 店舗の奥、扉のない区切りの向こうには大きな錬金釜。原初の火と呼ばれる、燃料もなく延々と燃え続ける謎の火により、中の液体は常にゆるく沸き立っている。


 カウンターに足を投げ出し、大きな揺り椅子にだらしなく身を持たれかける青年こそ、この店の主人。ユーリ、としか名乗らず、それが本名なのか、偽名なのか、誰も知らない。いつもどこかつまらなさそうな表情を浮かべ、ぼんやりと中空を眺めたり、本を読んでいたりする。


 劇薬から爆薬までなんでも取り扱う錬金術師の青年。この王国では珍しい存在ではないのに、彼の存在は国王でさえ一目置いていた。


 この主人が魔法使いだ、と言われてもおそらく、殆どの人間が納得するだろう。そんな、まるで絵本の中に登場してきそうな黒いローブを身に纏い、いつだって不思議な薬を与える謎の人物。年を取っているのかも謎で、いつからここにいるのか、誰も正確な事を知らない。気が付いたら、いた。


 そんな彼と共に常に在る青年。


 つんつんと跳ねる短い銀髪。三白眼とは言わないが、釣り目気味の目。カウンター前に設置された丸椅子に、片足立てて行儀悪く座っている。時に背を壁に預け、時にカウンターに肩肘ついて凭れかかり、来客を値踏みする。


 態度は悪いが情に厚く、人望も高い。出身の孤児院では子供たちに、ハンターの集まる西通りに行けば、ハンターたちに囲まれ、常に人の輪にいる癖に、一度ユーリと共に店の外へ出ればユーリの影のように控え、どこまでもついていく。その時ばかりは誰かが彼に気づき、囲むことはない。そんな不思議な青年。


 料理が上手く、城壁の外での採取時は勿論、ユーリの店でも料理は彼が担当する。


 懇意にし、遊びに訪れる友人たちに、茶を出すこともなければ椅子をすすめる事もない店主に代わり、椅子を用意し、茶を出す。ユーリが調合に忙しければ、代わりに店員のように働く。


 雇い主の為に働く、というよりも、できない子の為にあれやこれやと世話を焼く甲斐甲斐しい姿に、ユーリが冗談でいう『嫁』ではなく、『母親』が定着しつつあったのを、彼は知っていたのだろうか、と不意に首を傾げた。


 つい先日までその中に入って、楽しく笑い合っていたのだな、とカインは目を閉じる。


 ぺたり、とガンレットに覆われた手が、壁に触れた。そこは、カインの記憶が確かならば、ユーリの店へと続く道がある場所。今、彼の前には家屋の壁しかない。


 後ろにある、年中青々と茂っているはずの妖精の樹は、枯れ、朽ち果てている。まるで、そこだけが何年も経って様変わりをしているかのよう。


 たとえば、この明らかな空き家を叩き壊し、記憶のまま進んだとして、あの店に辿り着けるのだろうか、と考え、否、と即座に否定する。あの店は、ユーリに認められた者以外、けして訪れる事はできない。そして、自分は、自らその権利をかなぐり捨てた。今更あの場所を求めるなど、烏滸がましい。


 壁から手を離し、首の裏へ両手を回す。ごそごそと動かしたのち、ゆっくりと顔の前へ。その手に摘ままれた細い鎖。器用にも、ガンレットに覆われた手で外されたペンダント。その中心にはめ込まれた美しい宝石。普段なら日の光にきらりと輝いて見えるそれも、入り組んだ裏路地の、日がな一日けして日の射さない場所では、存在を主張することなく、沈黙を保っていた。


 ユーリが、この場所を訪れる事を認めた者にのみ、与えるもの。いうなれば、ユーリの興味の証。そう、カインは認識している。


 主君であるクリストファーでも、同士であるルルクも持たないもの。


 それが、役に立たなくなった。


 後悔はしていない。


 カインが剣を捧げたのはクリストファー。そして求めるものは、この国の安寧。そのためならば、たとえ身内でさえ手にかける。そう誓った。だから、友であろうとも、この国に害を成す可能性があり、排除対象となれば躊躇はない。


 繊細なペンダントを片手で握る。


 友だ、と言ってにんまりと笑った顔を今でも思い出せる。


 初めて、友だ、と認識した。


 少々年は離れていたが、共にいて苦も無く、むしろ息がしやすかった。


 誰もが否定した己の願いを、馬鹿にすることもなく、当然のように肯定してくれた。そして、その道を進むことを推してくれた。


 出会ってたったの四年。それでも、自分の今までの人生の中で、最も楽しい、充実した四年。そこを共に過ごした友人二人。


 己のしでかしたこととはいえ、ほんの僅か、寂しさを感じる。


 きっと彼らは知っていたのだろう。カインが本当の意味で彼らの味方にはなり得ないことを。だから、先手を打っていた。思い出すあの日。未だにカインの手の内に残る感触。肉を裂き骨を断つ感触。そうなることを予見していたかのように、ペンダントが沈黙したのも仕方がない。


 役に立たない、ただの装飾でしかなくなったペンダントを仕舞う。本来なら捨てねばならなかったのに、未練がましく身に着けて、今もなお、棄てる事が出来ないそれは、カインの胃のあたりを妙に冷めさせた。


――聖騎士長。

――おっさん。


 呼んでくれる声は耳に残る残滓だけ。


「聖騎士長、こちらにいらっしゃったのですか」


 呼ばれ、振り返れば、若い騎士。


 聖騎士の鎧ではなく、一般騎士の鎧を身にまとっているところを見るに、街中を巡回する警備の騎士だろう。カインを探して街中を駆け回ったのか、額から流れる汗が頬を伝っていた。


「どうした?」

「あ、いえ、お姿が見えなかったので……」


 少し困ったように眉尻が下がる。その様子にああ、と頷いた。


 どうやらクリストファーからルルク、どちらかが、城に姿の見えない自分を探していたか、いないな、と呟いたか。それで慌てて他の者が探しにきたのだろう。


 今、城では色々と問題が積み上がっている。問題解決の為、山ほどの書類と格闘し、その上で西へ東へと奔走中のルルクに至っては、城に泊まり込み、自宅への帰宅はいつのことだったかと首を傾げるほど。ルルク程でないにせよ、カインとて似たようなもの。その全てはカイン達が選んだことで、文句などない。


 そう、命じられていたこともあり、可能であればあの店に行き、残った物を回収するつもりだった。それができれば、一部の問題が先延ばしにできるから。けれどもあの場所は一人でしか訪れる事が出来ない。隙を見て、巡回に出ると告げて出てきた。ユーリの性格を考慮すれば、十中八九辿り着けないと想像はついていたので、さほど時間はかからないで帰還する予定だったが、思ったより時間が経っていたようだ。


 表情筋の殆どが仕事を放棄しているが、カインは実に感情豊かな性格をしている。後悔はしていないが、かといって何も思っていないわけではない。


 持ってはならないと思いつつも、感傷に浸っていた。情けない、と若い騎士に気づかれぬよう、小さく息を零す。


「えっと……ここは、なんですか?」


 日の光の当たらない、小さな広場。その中央には枯れ朽ちたような巨大な老木。それ以外はどう見ても要らなくなったものの、捨てる手間を惜しんで打ち捨てられたのであろう、割れ、朽ちた花瓶や箱、その他の粗大ごみ。


 多くの者が知らないだろう。この枯れた老木が、妖精が住むと言われ、この国が延々と戦争をしていてなお、滅ぶことはないのはこの樹の恩恵だと伝承にさえ残るがゆえに、伐る事を忌諱される樹で、この場所が、その樹を祀る場所だなど。カインとて、ユーリに教えられるまで知らなかったくらいだ。ずっと伝説の中にしか存在しないものだと思っていて、それが当然だったのだから。


 不思議そうに見渡す騎士に、カインは僅かに口を開きかけ、引き結んだ。そして即座に飲み込んだ言葉の代わりを吐き出す。


「いや、見通しの悪い路地があったのでな……」

「ああ、成程。こういった場所で犯罪があったりしますからね」

「ああ」


 若い騎士は疑う事もなく、大真面目に頷く。貴族特有の良く回る舌だ、などとカインが己を嗤っているなど気づくこともなく。


「しかし、私はずっとこの王都に住んでますが、この路地は初めて入りました」


 カインを探していなければ、きっとずっと見落としていただろう。そう告げる騎士に、まぁそうだろうな、とカインもまた、頷く。


 もともとこの路地自体が見落としやすい。南通りの顔のような宿屋の脇にある路地。けれども、もろもろの要因が重なって、気づきにくくなっている。目聡く気づけたとして、路地全体にユーリのアイテムの効果が発揮されており、そのまま真っ直ぐ東の教会通りに抜けてしまう。誰の記憶にも残らないような一本道で、地味な路地のようにしか感じられない。


 王都中を兵や騎士が巡回していても、一歩踏み込めば目の行き届かないところなんて腐るほどある。わざわざ危険を承知で犯罪が起こりそうな路地を歩く者は、いない。


「今後、ここも巡回のルートに入れますか?」

「……ああ、そうだな」


 一瞬、否、と答えそうになった事に僅かな動揺を覚える。


 それは、ユーリくらい目聡い者でなければ気づかない、その程度の躊躇。それでも、確かにあった。この場所を、彼等へとつながっていた場所を、関係のない誰かに土足で踏み込まれる嫌悪。そこから産まれた躊躇。


 かつてこの場所へ案内しようかと自らルルクへ尋ねたことがあった。その時は、ルルク自身がユーリの警戒を嫌い、否と答えたが、何も思う事がなかった。それなのに今は、他の誰かに踏み込まれると、荒らされた気がして苛立ちを覚える。


 人生で初めて感じる理不尽で、不可解な怒り。


 もともとカインは、貴族として己の感情をコントロールするように育てられた。騎士の道を選んだ後は、なお一層。生来の鉄面皮に加え、コントロールされた感情。口さがない者の誰もが言う。聖騎士長に情はない、と。それほどまで完璧に感情を操ってきたというのに。


 随分と人らしくなった、そう思い、思わず笑いたくなって、口元が微かに綻ぶ。それは、目の前の若い騎士にはわからない程度のものだったけれども、それでもカインは満足した。ユーリ達がもたらした、多くのモノに。


 警戒すべき個所を確認するように瓦礫の陰を覗き込んだり、空き家の中を覗き込む騎士に声をかける。


「呼んでいるのは陛下か? 宰相殿か?」

「あ、へ、陛下です、聖騎士長」

「お待たせするわけには行かないな。すぐに戻ろう。お前は引き続き街を警戒せよ」

「はっ」


 騎士の礼をし、立ち去る後姿を見送り、ゆっくりと妖精の樹を見上げる。


 枯れ、朽ち果てた樹。あれほど年中青々と茂っていた葉は枯葉一枚残っていない。


 まるでユーリのようだ、と思った。


 誰に知られることなくこの国に深く根を張り、静かな恩恵を与え続けた。誰もが求めながらも、依存することなく自立できる程度のささやかな恩恵。静かで、押し付けがましくない。


 けれども、限りなく薄情。


 誰もがささやかな恩恵への感謝を忘れ、反旗を翻せば、あっという間に背を向け立ち去る。後に何も残さない。今は残ったこの幹も、よく見れば黒く腐った部分がある。いずれ崩れ、完全に朽ちるだろう。


 後にその恩恵の素晴らしさを思い知ったところで、慈悲はない。


 あの日、あの時したように、樹に向かい、深く頭を下げるカイン。世話になった、と同じ言葉を紡ぎ、顔を上げると背を向けた。


 自らの手で棄てた。ならば、立ち止まっている暇はない。嘆くことも、謝罪をすることも許されない。だから、歩き出す。己自身の力で紡いでいくために。


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