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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
八章 結び解け行く縁
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71 狂気の淵

今週もブクマが増えてる!

なんか、話数が多くなってきてるのにブクマが増えると、めっちゃ嬉しい><!

いつもよりご飯が進みます!

喜びに増量します!

ありがとうございます!



 埃一つない廊下。足元付近には、暗闇でもぼんやりと光り、玄関までの道のりを示す、緊急時の避難処置が施されている。それは、今は失われた錬金術アイテムで、錬成時は薄緑色の液体。液状時は光ることなく、ハケなどで薄く塗り伸ばし、乾燥させて初めて発光するようになる。


 いいな、あれ、とルルクはぼんやりと考え、いや、やはり、使えないな、と首を振った。


 避難経路がわかる、という事は、襲撃時に危険が増す、ということだ。やはり導入は現実的ではないな、と首を振る。


 壁に掛けられたランプの中で燃える火は、熱も何もない。これもやはり失われた技術で造られたアイテムだと、ユーリは説明する。原初の火を加工し、熱を持たず、燃え広がることもないようにしたのだという。それを入れるガラスも、錬金術で造った特殊なもの。高いところから落としても、割れる事はない。代わりに、加工に技術が必要となる。今ではその技術を持った職人はいないだろう、とユーリは寂しげに語った。


 彼が生きてきた時間。その間に失われたもの。それらを語るユーリの背は、とても懐かしそうで、とても寂しそうに見える。


「聞きたいのですが、貴方は隠れ住んでいたのですよね?」

「そうだね。そして、君はこう、質問したいんだね? 隠れ住んでた割には立派な建物に住んでいる。僕が建築技術を持っているとはとても思えない。これも、錬金術で建てたのか? と」


 先回りして告げられた疑問。振り返らずとも、彼がいつものにんまりとした笑みを浮かべているのがわかる。反感から、反射的に否定をしそうになるがぐっと堪えた。どうせ否定して見せたところで、ユーリには通用しない。それどころか、良い玩具だと言わんばかりに、ありとあらゆる言葉を駆使して追いつめられ、最終的に認めざるを得ない状況に追い詰められる。そんな無様、クリストファーの前で見せるわけにはいかない。


 そうだ、と肯定すれば、ユーリが袖の中へと手を入れ、何かを探った。やがてゆるりと取り出される左手。その指に、銀色の紐を通した石が摘ままれていた。紐の長さは三十センチメートル程度。


「これを結わえつけたものは、その重さを限りなくゼロにする。僕は、引っ越しの際にこの家にこれを結わえつけ、担いで移動したんだよ。他にも、世には出さなかったから僕しか知らないアイテムで、気配を遮断するものも使ったよ」

「ですがそれだけでは」

「勿論、森の中に突然この家が現れたら、問題になるだろうね。でも、もしも建物が見えないほど木々が高く生い茂り、更には辺り一帯に、今の店のように、普通には辿り着けないように、あらゆる錬金術アイテムを駆使してあったら?」


 浮遊石を持ったまま、人差し指だけを立て、ち、ち、と左右に振る。その指の動きを眺め、やがてルルクはゆるりと首を振った。今でさえ、ユーリの許可なくば辿り着けない店。許可されるのは、ユーリにとって認められた者以外には、ユーリの客となり得る者のみ。ルルクやクリストファーでさえ、辿り着くことはできない。そんな場所に、今より更に優れた錬金術アイテムを駆使されていて、辿り着ける者がいるのなら、是非とも紹介してもらいたい。


 無理ですね、と告げる声は、穏やかで、柔らかかった。先程浮かべていた厳しい表情が嘘のように、優しい微笑みさえ浮かんでいる。その後ろを歩くクリストファーも、大きく頷いていた。


「さて、あの扉の先にあの子はいるだろう。覚悟はいいかい?」


 いつの間にか浮遊石をしまっていたユーリが、今度はその白い指先で、先にある扉を指差していた。


 ずっしりとした巨大な扉。城の扉と言われても納得いきそうな、分厚く、重そうなその扉を前に、ユーリはゆっくりと手を翳した。その途端、扉に青白い光の線が走る。それは扉一面に奇妙な図を描いた。


 光がおさまると、カランカラン、とシンやカインにとっては聞き慣れた、アンティークゴールドのベルの音が鳴る。そして、内側から扉が開いた。


「おかえりなさいませ、ユリウス様。お嬢様がお待ちです」


 中から現れた、銀髪に紫色の目をした女性が頭を下げ、ゆっくりと告げる。それにユーリは眉根を寄せた。案内しようとする女性を、無言で押しのける。その手に、きらりと輝く指輪。指輪には一本の枝に絡まる蔦薔薇が彫り込まれている。


「まだこんなことをしてるなんてね。やれやれ。少し説教しないといけないね」


 うんざりしたように呟かれる言葉。その言葉を押しのけるように、可憐な声がユリウス様、と呼んだ。


 きらきらと輝く黄金が宙を滑る。ユーリにより押しのけられた女を、更に押しのけるようにしながら駆けてくる女。


 白い肌、翡翠色のぱっちりとした目。普段、女性の証をたゆたゆと揺らしながら歩くミーユを見慣れたユーリ達から見れば細身の体だが、女性らしさはしっかりとある。それなりに整った顔立ちの女は、頬を上気させ、とろりと蕩けた微笑みを浮かべていた。


 誰から見ても、見つめるユーリへ、特別な想いを持っていることが伺える。


 ゆったりと広がる闇。


 まるで物語の魔法使いのようなローブを羽織ったユーリが、女を迎え入れるようにゆったりと、両腕を広げた。女は、迷いなくその胸に飛び込み、嬉しそうに頬ずりをする。広げられていた腕は、女をそっと包み込んだ。


「ようやくお帰りなったのですね、ユリウス様」


 甘く転がす鈴のような声。まるで心に滑り込むような、奇妙な感覚さえ覚える。


 ユーリの両手が自身の指を絡めるように組み、しっかりと女の体を抑えてなお、カインは剣の柄にかけた手をけして外さない。表情の変わらないその顔に伝う、一滴の汗。全身を緊張させたまま、しっかりとルルク達を背に隠した。


 涼やかな紫の目は、ユーリの腕に抱かれた女をひたと睨み付けている。


 自分たちが最も信頼する男の態度に、ルルク達は首を傾げた。目の前にいるのは女だ。それも細身の。一騎当千と呼ばれる男が、冷や汗をかきながら構えるような相手ではない。何故、それほどまでに警戒しているのか。


「宰相。陛下を連れてお逃げください。私では時間稼ぎにもならないでしょうが、できうる限り、善処いたします」


 低い声が、そっと囁く。


 その内容に、ルルク達はますますどういうことだ、と眉根を寄せた。


「あら……居たのね? まぁ、丁度良いわ。貴方の役目は終わりよ。消えなさい、偽物。この国の、正当な王が戻られたわ」


 女が顔を上げ、クリストファーたちの方へと向けた。その顔に浮かぶ、優しげな笑み。しかし、その目は限りなく冷たい。人に向けるものではない。そう、まるで、無機物か何かに向けるかのように、熱のない視線。


 淡々とした命令。


 正当な王の帰還。ユーリを指しているのだ、と誰もが理解する。そして、それを告げる女。お嬢様、と先程の女が告げた。しかもユーリをユリウス、と呼ぶだけでなく、ユーリ自身が愛しげにその腕いている。つまり、その女こそ、先ほどユーリが言っていた娘。


 金髪碧眼の姉、アリア。


 銀髪紫眼の妹、マリア。


 女は、金髪碧眼。つまり、姉のアリア。思い出す。彼女が何、かを。


 魔神。


 それも、無意識に至ったという、正真正銘の化け物。しかも賢者の石を造り出し、不老不死の薬さえも造り出した錬金術の天才。


 天才であり、天災。


 何故そこまでカインが警戒するのか、瞬時に理解した。一騎当千とまで言われ、戦場に出れば敵兵が泣いて逃げ出すカインも魔人に勝てない。そんな魔人さえ、小指で捻れる存在が目の前にいる。


「お言葉ですが、その方はユーリ。魔法使いのユーリで、始まりの王ではありません」


 緊張に一度短く息を吸ったルルクは、それでも声を震わせることなく、一息に告げた。瞬間、とてつもない重圧に襲われる。空気がびりびりと震え、立っている事さえ困難になり、膝をついた。全身の毛穴が開き、一瞬で衣服の色が変わるほどの汗が噴き出す。辛うじて膝をつかず、反射的に抜き放ったカインの剣先が、振動していた。


 恐怖による震え。


 人や魔物と幾度となく戦い、時に命の危機さえ覚えたであろう騎士が、恐怖に震えていた。


 ひゅ、ひゅ、と乱れる息。それでも騎士として主を守る矜持か、膝もつかず、構えた剣を下ろすこともない。


「……は?」


 がくん、と奇妙な動きで女の首が傾く。ユーリの胸元から、女の首から上だけが覗いた。


 綺麗な翡翠色の目が、きゅぅっと広がる。丸く、空洞のようになり、光が消えた。光のない目で、声を上げたルルクを見る。


「ああ、いたの……? できそこない」


 ユーリにかけていたような、高く甘い声ではない。地を這うよう低く、悍ましい声。優しげな微笑みを浮かべていた口角が、ゆっくりと下がっていく。唾棄しそうな表情に変わるのに、そう時間はかからなかった。


「あの女ごときが、ユリウス様と成した子から造った失敗作」

「……君、彼女の事を知ってるの?」


 それまで黙っていたユーリが、ゆっくりと女に問う。途端に女は顔を綻ばせた。


 ユーリから声がかかったのが嬉しかったのか、頬を染め、花のような笑みを浮かべる。


「ええ。その頃にはユリウス様は立ち去られた後でしたのでお会いできませんでしたが、あのゴミたちはちゃんと捕えました。図々しくもユリウス様を誑かした女は、その罪に見合った罰を与えました」


 安心なさって、と笑う女に、ユーリはゆっくりと首を傾げる。そして、罰の内容を問うた。


「何したの?」

「初代影たちの練習台にしました。沢山の回復薬(ポーション)を使って、怪我は瞬時に治癒して、精神が壊れそうなときはギリギリ生かしておいた子供を鼻先に突き付けて、代わりに痛めつけたら、泣きながら戻ってきて……そうですねぇ、一年は保ちましたよ」


 お蔭で影たちも鍛えられました、ところころと楽しげに笑いながら、何てことないように告げる言葉は、正気を疑う内容。女からの重圧から解放され、何とか立ち上がったルルク達は、一様に青褪め、今度は別な恐怖に震えた。


 先ほどの重圧とは違う、もっと何か、気持ちの悪い感覚に鳥肌立つ。


 全員の目が、ユーリの背に集まった。


 まるで物語の魔法使いのようなローブを身にまとったユーリの背。そこから感じる不気味な気配。腕に抱かれている女が何故気づかないのか、と言いたくなるほど。


 女はまだ楽しげに笑っていた。


「最後は子供のホムンクルスを目の前で殺して、本物はとっくに保存液漬けになっているのを見せてあげたら、面白いぐらい取り乱して泣き叫んで、糞尿垂らして発狂しました。ね? ちゃんと相応しい罰を与えたでしょう?」


 まるで褒めて、と言わんばかりに愛らしい微笑みを向け、ユーリを見上げる女。背を向け、フードを被っているせいでユーリの顔は全く見えない。そのことに、初めて心から安堵した。


 相手の顔が見えないことを安堵したのは、誰もが初めての事だった。


 背にリリの死体を背負ったシンでさえ、ユーリの顔を見ようとはせず、青褪めたまま、二人から視線を外している。


「彼ができそこないってのは、もしかして、僕の子供を核にして、僕を造ろうとでもしていたのかな?」

「ええ! ユリウス様はもしかしたらお戻りになられないかもしれなかったから、保険をかけておきたかったの。でも、子供ではやはり本物は造れなかったわ。似たような性格になるようにまではできたけど、どうしてもユリウス様にはならなかった……」


 ふぅ、と悲しげに、悩ましげに零される溜息。眉根を寄せ、憂い顔を浮かべる女。


 狂っている。


 誰もが女の狂気に寒気を覚える。それでも逃げ出さないのは、絶対に無理だと知っているからか。それとも、その女の狂気さえ消し飛ぶような気配を醸し出す、不気味な男の存在の為か。


 僕、言ったよね?


 静かな声が告げる。その声に、この中で最もユーリと共にいたシンは、やべぇ、と呟いた。


 シンは知っている。その声が、ユーリが怒っている時だ、と。


 女は知らない。その声が、『ユーリ』がどうしようもないほど怒っている時だ、と。


 女はゆっくりと首を傾げ、ユーリを見上げた。そして、フードの中を覗き込む。


 光を反射する銀の目が、優しく緩み、口元にはいつものにんまりとした笑み。しかし、女はその顔を知らない。なぜなら、ユーリが『ユーリ』となったのは、女の下を立ち去った後だったから。ユーリとなってからの表情を、女は知らない。だからこそ、自分の状況に気づかず、少し不機嫌そうに眉根を寄せ、頬を膨らませた。


 まるで子供のような表情。


「お人形遊びしかできない君が、家族以外の他人と関わる事は一切禁じるって」


 忘れたの、マリア? そう、弧を描く口から滑り落ちる。


 驚いたように目を見開いた女は見た。銀色の目が、きらりと不思議な輝きを魅せたのを。


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