70 森の中にて
今週もブクマが増えてる!!
どうしよう! めっちゃ嬉しい><!
ありがとうございます!
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生い茂る森。そこかしこに溢れた緑。巨大な木の根もとにうずくまる男がいた。男の傍らには、小さな子供一人分もありそうなかご。男の手はせっせと何かを摘み取ってはかごに放り込んでいる。
血管が浮き、皺が刻まれた手から、男がそれなりの年齢であることが知れる。
黙々と作業を繰り返し続けていた男が、ふいに手を止めた。ふぅ、と小さく溜息を零し、ゆっくりと立ち上がる。曲げていた腰を伸ばし、後ろに回した手で軽く叩く。まさに老人の動き。
ふと、男が空を見上げる。その眉根がゆっくりと寄った。
煙だ。
さほど遠くもないが、近くもない。そんな場所で黒煙が上がっていた。それも、一つ二つではない。山火事と言うには不安を煽るような、そんな煙。
そちらに何があるのかに気づいた男は、嫌そうに顔をしかめた。ほんのわずか、考えるようなそぶりを見せ、それからかごを背負うと、煙の方へと歩き出す。
草木をわけ、歩く男の足は、男の見た目に反し、随分としっかりとしていた。背負うかごにも、採取していた草花がみっちりと入っている。それを背負い、ごく普通に歩を進める様子は、十代の若人さえ共に歩けば置いて行かれそうな力強さがある。
息を乱すことなく歩き続ける男の足が、不意に止まった。
男の眼前で、炎が踊る。まるで喜びも悲しみも、有り得る日常の全てを飲み込む狂気のように。地を舐め、空へと舞いあがる。
そこかしこに倒れる人々。炎に絡め取られ、自重を支えきれずに崩れていく家屋。血の赤と、炎の赤に染まる景色が、森の中、切り取られた絵画のように、突然現れた。
またか、と男は溜息を零す。男がこの景色に出会うのは初めてではない。むしろ、最早両の手に行くほどだった。
賢王アルキメデス。素晴らしい内政手腕。他国が攻めてきても退けるほどの軍事力。そして、当時大陸中にその名をとどろかせ、幾つもの国を飲み込み、巨大化していた帝国とさえ、一歩も引かない対等な交渉ができる、舌腕を持つ王。誰もが彼を褒め称え、この国で生きる事に感謝していた。けれど、それは彼の上辺しか知らない者の感想。彼こそは、歴史上最も残酷で、冷酷で、狂王の名に相応しい王。
あちらこちらへ渡り歩いていた男は知っている。彼の欲望を満たす、醜い遊戯を。
狩りを、するのだ。
対象は人。
彼は時折護衛代わりに一軍を率い、視察に出る。そして山奥や、人との交流が少ない、村を見つけては、そこを狩場に遊びだす。逃げ惑う人をゆるゆると追いかけては、手にした剣で斬りつけ、子供への慈悲を請う親を見つけては、親の目の前で子供から殺す。希望を見せつけた後、絶望に叩き落とし、憎悪に身を焦がすように仕向けながら、彼は狩りを楽しむ。
王家の直轄地以外でも行う、彼の狩り。けれども、それは常に歓迎されていた。
彼が狩りを行った後、その場は焼かれ、何もなかったことにされる。そして、彼がどこからともなく連れてきた民をそこに住まわせ、あらゆる知識を授け、特産品を生み出し、道を整備し、街へと発展させる。
村よりも町。町よりも街。
領地が栄え、税収が上がる。
貴族たちは、彼の王の遊戯が、己の領地でこそ、行われるよう願う。
腐っている。この国は、腐っている。そう、思いながらも、男は国を出る事はない。ただ黙って己の趣味に没頭することで忘れる。そうして、生きていた。
そもそも男には他人への興味がない。自分と、自分にとって大切な身内以外、どうだって良い。どこで、どうなろうとも、知ったことではない。確かに、見ず知らずの人間が襲われ、理不尽に殺されれば、多少の不快感を覚える。だからといって、じゃぁ自分の命をかけて助けるのか、と問われれば、即座に否、と答える。その程度。そして、男にとっての大切な身内は、既にいない。だから、彼の王がどこでその暴威を振るおうとも、彼にとってはどうでも良いのだ。
しかし、今回は随分近いな、と男は顔をしかめた。
男が住み着いた場所は、ここから十キロは離れている。それでも、男にとってこの辺りはよく訪れる採取場所。気をつけねばなるまいな、と呆れたように左腕を撫でた。
しゃらり、と音をたてる腕輪。それこそが、老人と呼ぶべき年齢に差し掛かりそうな男が、一人で森の中を歩き回れる理由。
幽霊の腕輪。
それを身に着けている間、装着者はその存在をほぼ認識されなくなる。そこに居る、しかし、他人には認識できない。それは、男が生み出した新しい錬金術。世に公表されていない、錬金術。
男は世に沢山の錬金術を発表してきた。実用性があり、民が潤う物で、危険性が少ないモノだけを。どう考えても悪事に用いられる方が多いものは、殆ど発表を控えた。この腕輪だってそうだ。確かにこれが世間に発表されれば、モンスターを狩るハンター達、モンスターや盗賊と言った、危険を承知で世界中を旅する商人達。彼らの安全がぐっと上がる。勿論、この腕輪には弱点がある。存在を認識されないだけで、臭いを防ぐものではない。嗅覚が鋭いモノには気づかれる。既存のモンスター除けは必須。また、百パーセントの確率で気づかれないわけではない。男のテスト結果だと、九十八パーセントくらいだ。それでも、それだけの確率で気づかれない。
もしも、これを暗殺の手段として使われたら?
暗殺者はほぼ百パーセントの確率で任務を成功させるだろう。
盗賊が街に入り込むために使ったら?
こちらも殆ど百パーセント、入り込めるだろう。
より、危険が増す。そうわかっているから、世に公表しなかった。
そうやって発表するものしないもの、選択しながら発表してなお、人は、錬金術を悪事に用いた。
男は絶望し、発表することを止めた。そうすれば、錬金術協会などと名乗り、錬金術師を統括すると自称する者達が男の下に押し掛ける。煩わしくも研究の邪魔をする勢いで話しかけ、時には研究内容を盗んでいこうとさえする。
男が森の奥で一人、生きるのはそのため。
煩わしい全てを棄て、誰知れず、己の楽しみだけを追う。とうに使いきれないほどの金は稼いでいた。そもそも、男は自分の生活に金をかけない。豊水石で生み出す水を飲み、保存のきく保存食で食事はどうとでもなる。研究も、ただ研究室にこもり、誰かを雇うのではなく、自らの足で素材を集め、一人で研究をする男には、研究に対する費用がかからない。
男は、一人で生きていける。
男の所持していた研究室は、さほど広い研究室ではない。男一人しかいないから。だから、世に公表していない己の研究内容を使い、研究室を丸ごと持って逃げ出す。その時もこの腕輪は男を助けた。
男は燃え盛る村の中を歩く。
血と炎に彩られた村。
森の奥にあるような小さな村だ。端から端まで歩いたとして、三十分もかからない。まだ崩れそうにない家に入り、生存者がいないか探す。
彼の王の狂行を止めようとは思わない。その力を持っていたとしても。だが、見かけて生存者を探すくらいはする――一度も生存者に出会ったことはない。死んでいる者を埋葬はしないが、生存者がいれば、逃がしてやろうとは思っているが故の行動。
男は、一際大きな建物を覗いたとき、驚いた。
庇い合うように抱き合った夫婦。それだけなら、問題はない。問題は、その色。金と銀の髪。翡翠と紫水晶の目。この国には無い色。
彼の王の行動が問題にならない理由。それは、皆殺しにすることだけではない。他国の者を巻き込んでいないから。だから、知られないのだ。自国の小さな小さな、地図にさえ載っていないような、小さな村ばかりが標的となるから。
普通、地図にも乗らないような小さな村に、商人は立ち寄らない。大した稼ぎにならないから。それでも、時折あるのだ。個人で旅商人をしているような、駆け出しの商人たちが、練習がてらに誰の縄張りにもなっていないような小さな村を回ることが。年に一度、来るか来ないか。その商人たちがいるからこそ、村の者達は外の物を、情報を、手に入れることができる。
そんな、はぐれの商人だったのだろう。
運のない事だ、とこと切れた夫婦を見下ろす。このまま炎が踊り続ければ、二人の遺体は灰となる。消えてなくなる。
はぐれの商人が帰らぬ人となるのは珍しい事ではない。途中で護衛を雇っていなければ、だが。
護衛とはハンター。ハンターと言えば、他国にさえ友人知人を持つ、商人以上に顔の広い集団。高級取りのハンターから、新人ハンターまで、同じ国に拠点を持っていればハンター同士で知らぬ顔はない。そう言えるほど、ハンター同士は顔と名前が一致している。もしもどこかで帰らぬ人となれば、他のハンターがすぐに動く。ハンターの中で、野ざらしで帰れなくなるものは一パーセントにも満たない。だからこそ殆どの商人はハンターを雇う。
ぐるりと見渡した屋内。少し離れた場所に倒れる老夫婦。他に人はいない。
運がないな、と再度思うと同時に、危機管理能力が足りない、と呆れる。
見開いたままの目を、そっと閉ざす。
かたり、と音がした。振り返れば、赤子を抱いた少女。
「パパ……ママ……」
金色の髪を肩まで伸ばした、愛らしい顔立ちの少女。すっぽりと表情が抜け落ちたような青白い顔。血の気の失せた唇を割って零れた、か細い声。
ああ、なるほど、と理解する。
こと切れた夫婦。その片方ずつの色を持つ少女。親子で旅する旅商人。
小さな子供を連れていてなお、護衛を雇わないとは、と思わず眉根が寄る。
「君の、両親か?」
ゆらゆらと近づいてくる少女に問う。幽霊の腕輪の効果で男が視界に入っていなかった少女は、男の存在に気づいた。けれども男へと一瞥もくれない。そして、男の隣に立ち、ようやく小さく頷いた。かくん、と傾く頭。目は、両親から離れない。
炎に飲み込まれていく家屋の中、一部が崩れ、離れたところに倒れていた老夫婦が飲み込まれた。これ以上はここにいるのは危険だな、と男は判断する。
「残念だが二人は死んでいる。遺体を埋葬する時間はない。だが、今すぐ決めるなら、二人を連れて別な場所で埋葬ができる」
どうする、と静かに問う。
五歳程度の少女に問うようなことではない。そんな問いを、初老に入りかけの男は、淡々と告げた。少女の、光が抜け落ちたような翡翠色の目が、ゆっくりと男を捕える。二つの翡翠に映る、皺の刻まれた顔。
「お願い、します……」
か細い声が、告げる。赤子を抱きしめたまま、深々と下がる頭。
合格だ、と男は頷いた。普通なら大の大人だって取り乱す、そんな場面。少女と言うよりも、幼女と言って差し支えのない子供が、涙を零すこともなく、理性的で、そして正しい判断を下した。
素晴らしい、と内心称賛しつつ、懐からアイテムを取り出す。取り出したアイテムは、紐を通した石。浮遊石、と呼ばれるそれは、男の生み出したアイテムの一つ。石を結わえ付けた対象の重量を、限りなくゼロにする、というものだ。年々辛くなる材料採取の為、造り出した。水や石と言った重量級の物を採取する際、カゴに結わえ付け、持ち運ぶ為のもの。子供たちの両親だという遺体を、遺体の服の腰ひもでつないで一塊にした。そして、そこに浮遊石を結わえる。途端、二人の遺体が淡く輝く。
どっこらせ、と声をかけ、羽根のように軽くなったそれを持ち上げる。
背には半身ほどはありそうなカゴ。片腕には大人二人分の遺体。それらを軽々と持ち上げる男に、少女は目を見開いた。しかし男は気にしない。行くぞ、と短く声をかけると歩き出した。
急がなくてはならない。やがて炎に導かれ、雨が降る。そうすれば、ここを襲った者達が戻ってくるのだ。焼け跡を潰し、証拠を消すために。単身でアイテム採取をするからと言って、男はハンターではない。錬金術師だ。戦闘職ではないので、一軍相手に戦う等、できるはずもない。
炎に飲まれていく今なら、男たちの痕跡は残らない。今のうち、と言わんばかりに立ち去る。後ろをついてくる少女への配慮はない。それでも少女は赤子を腕に、男の後に続く。炎に飲まれる村から森へ。けもの道を大股で過ぎていく男に、必死に食らいつく。その背が見えなくなりそうになりながら、それでも腕に抱いた赤子だけはけして見捨てずに。
男は僅かに後ろを振り返り、感嘆に溜息を零した。これが、子供だろうか、と。男の知る子供は、もっと騒々しく、頭が足りず、我慢がないモノだと思っていただけに、少女の姿には驚くばかり。
「名を、聞いていなかったな。私はユリウス。君は、なんという?」
立ち止まり振り返る。
追いついた少女は、乱れる息を整えることなく、応えた。
アリア、と。
あぶな><;
ちょっと具合が悪くなって寝込んでたせいで、月曜更新ができないところだった……。
昔は高熱がでると、体全体がぼわっと熱くなって、頭が朦朧とする感じだったのですが、今は、関節から爆散するんじゃないかって痛みが関節を襲うようになりました。
母にぷーすか文句のメールを打ってみたところ、それが年を取るってことよ、とありがたーいお言葉をいただきましたw
年はとりたくないものですね……orz




