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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
七章 砂の牙城
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69 緩やかに壊れ行く音

ブクマありがとうございます!

はげみになります!



 ゆるりと離される手。しかめられた顔は、青い。目を閉じ、何かを考えるようにすること数瞬。すぐに左右に振られ、零された溜息。


 瞼が上がり、真っ直ぐに見つめる目。真剣な色をしたそれに、ユーリは首を傾げる。


「魔法使い殿」

「何?」

「少々疑問に思ったのだが、恋をするとどうなるのだ?」


 実に深刻そうな声音で問う。否、問うたクリストファーからすれば、非常に真剣な気持ちでの質問だった。


 一つの体に二つの意思。いかに一人を演じたとして、本来そこには二人がいる。


 純粋な問いかけだった。


「残念ながら、君の期待には応えられそうもない。僕たちは同じ女性を愛している」

「ほぉ……それは、結婚した女性か?」

「違うね。ところで、大丈夫? 後ろの人、すごい顔になってるよ」


 すい、と指差されるクリストファーの後方。ハッとしたように振り返った目に、鬼の形相で睨み付けるルルクが映った。


 少しだけ拓けた空間。五人の生者と一人の死体。死体を抱きかかえる青年。人ならざる者。国王。宰相。聖騎士長。


 この国の、始まりの王と呼ばれる化け物から、いつの間にか消えた歴史を聞かされたばかり。その状態で、その事実を確かめておきながら、国王が真面目に問いかけた内容。まるで緊張感も何もなく、しかも重要性もない。兄として、保護者として、そして宰相として、支え続けている王の、あまりにも情けない姿に、怒りが抑えきれない。しかし、氷の宰相。鬼の形相は一瞬で鳴りを潜めた。代わりに、どこまでも冷たい微笑みが浮かび、青い炎のような揺らめきが瞳に乗る。


 やばい、とクリストファーの頬がひくつく。


 自慢ではないが、いや、一切自慢できることではないが、クリストファーは過去に幾度もルルクを怒らせてきている。


 父親はどうしようもない愚か者。まともな母に王子として、王太子として、育てられはしたものの、親子としての触れ合いは殆どなかった。そんな余裕は、なかった。クリストファーが『家族の触れ合い』をした相手は、他人であるはずのルルクただ一人。弟のように可愛がってくれる年上の青年。兄のように感じるな、という方が無理な話だった。それ故に、ついつい余計な事をしたり、言っては、ルルクを怒らせてきた。そんなクリストファーだからわかる。これは、まずい、と。


 基本的にルルクはクリストファーに甘い。締めるところは締めるが、それでも甘い。そんなルルクが、本気で怒った時、彼は絶対零度の微笑みを浮かべ、正論で追いつめてくる。ぐうの音もでないそれは、最低でも三日は復活できないほど、心をへし折ってくる。その微笑みを、浮かべていた。


「じゃれ合いたいなら帰ってね。僕は先に行かなくちゃいけないんだ」


 口を開きかけたルルクを制したのは、ユーリ。


 いつもと変わらぬにんまりとした笑み。声の調子も変わらず、軽薄そうな軽さ。それでも、確かに従いたくなる、不思議な音。


 ルルクは開きかけた口を一度閉ざし、はぁ、と溜息を吐いた。


「……そうですね。陛下。帰ったら説教ですよ」

「す、すまなかった」


 自分にとっては至極重要な質問だった。それでも、それが今、重要かどうかと問われれば、否。がっくりと項垂れ、大人しくする。どうせ反論の余地はないのだから。


 ルルクはゆっくりと眼鏡を押し上げ、ユーリを見た。


「ユーリ。貴方が何者であろうと、どうでも良いです。陛下の邪魔さえしなければ、ですが」

「それは保証しかねるね。基本的に、僕からは動くことはないけれど、そちらが僕と敵対すれば、話は別になる」

「その時は、全力を以て、阻むとしよう」

「ははは。怖い怖い。氷の宰相に軍神とまで言われる聖騎士長。こんな分厚い壁、さて、どうやって崩そうか」


 さっとクリストファーを背に隠す二人に、ユーリは心底楽しそうに声を上げた。フードの影から、銀色の目がぎらりと輝く。しかし、それはすぐに消えた。


 まるで彼等への興味を失ったかのように、突然ユーリが視線を逸らした。そして、新しく視線の先に置いたのは、シン。己の手で、愛する人を殺すように仕向けた、相棒。


 自ら手にかけた、愛する女の死体を抱きしめるシンの、その目に感情はない。先程見せた怒りも、悲しみも、動揺も、その全てが消え、凪いだ水面のように静かな目で、女を見ている。


「シン、どうする?」


 静かな問いかけ。いつもと変わらず、まるで今日の献立を問うような、そんな気安ささえ感じる。


 シンの目だけが動き、ユーリを捕えた。視線が、ユーリに言葉の先を促す。


「一緒に行って、さっさと終わらせれば、その子を生き返らせてもいいよ」


 死者の復活。


 誰もが望み、誰もができず、絶望に沈んでいく。それを、容易く行おうという、化け物。甘い、甘い誘惑。悪魔の囁き。その先に、何があるのかを告げもせず、希望だけをちらつかせる。


「条件は何だ?」

「死後一時間以内」

「相手は何だ?」

「可愛い子だよ」


 歌うように、楽しげに紡がれる言葉。


「今、どれくらい経った?」

「十五分ってところだね」

「間に合うのか?」

「ぎりぎりさ。わかっているだろう? 僕が、敢えてこの時まで待っていたのを」


 ぎり、と奥歯がかみしめられる。


 わかっている。知っている。ユーリと言う男は、こういう男だ。絶望の中、足掻く人間を笑いながら眺める。その結果はあまり頓着しない。相手は絶望の中から希望を掴みとることもあれば、そのままどん底に落ちていくこともある。ただ、その過程と、結果を受けた時の相手の様子を眺めるのが好きなのだ。


 迷う時間は敢えて与えない。


「行く。行けば良いんだろう?」

「さぁ? それは未来の君が判断することさ」


 良いも悪いも結果が出なければ判断付かない。そして、その結果に評価するのは、未来でしかありえないんだ。


 にんまりとした笑みは崩れない。諭すように優しく語りかけている彼が、今何を考えているのか、ルルク達には全くわからなかった。


 言葉で答えず、シンはリリの死体を背負う。明確な意思。それを見て、ユーリは木べらを杖代わりに歩き出した。


 先ほどまでのように、ユーリの前を歩かないシン。先頭きって歩くユーリは、さして気にした様子もなく、ゆったりと歩いていく。


 暗い通路。頼れるのはユーリが腰に下げたランタンの明かりだけ。それでも、彼の足が迷うことなどない。あまりに慣れた様子に、クリストファーは首を傾げた。


「魔法使い殿。どこに、向かっているんだ?」

「この国の始まりの場所。遠い昔、僕が錬金術の研究に使っていた、研究室に行くんだよ。きっとあの子は待っている。見捨てて立ち去った僕が、帰ってくるのを、ね」

「その、あの子、というのは、何を望んでいるのですか?」

「あの子の願いは、後にも先にもただ一つ。家族三人(・・)で暮らすことさ」


 家族で暮らす。それは、極ありふれた、ささやかで、平凡な願い。家庭を持つ者なら、誰もが願うような、そんな願い。


 本当にそうだろうか、とルルクは眉根を寄せた。そんなささやかでありふれた願いの為、人が死ぬ。そんなことがあっても良いのだろうか。


 ちらり、とシンを見た。背に、女の死体を背負っている。とうにその体からは力が抜け、色々なものが出て行った。そしてその上で、冷たく、硬くなっていっているのだろう。


 ユーリは言った。その女がシンの想い人であることを。それを知っていながら、シンに敢えて教えず、殺させた。ささやかな願い事の為に、引き裂かれた二人。背に、失われていく温もりを感じながら、シンは今、何を思っているのか。


 歩く足取りは変わらない。足音一つ立てず、ユーリの後ろを影のように付き従う。なんの感情も見せない背中。拒絶さえ、ない。ただ在るだけの背を追うしかないルルクには、その心情をくみ取ることができなかった。


 闇の中に横たわる、重苦しい沈黙。奇妙な不安が、塵のように、じわじわと募っていく。カインは基本が無表情無言な為、こういった場でも動じた気配がない。居心地悪そうにしているのは、ただ人のルルクとクリストファーだけ。かといって、僅かに視線を合わせたところで、会話はない。そのような空気は、どこにもなかった。


 気を紛らわせようと周囲へ視線を巡らせるも、光源は心もとなく、殆どが闇に飲まれている。


 ここはいったいどこなのか。何故、城の地下にこのような場所があるのか。どこへと繋がっているのか。ルルク達にできる事は、精々思考を巡らせることだけ。


「この辺りは、最初のホムンクルス達の村さ」


 突然ユーリが語りだす。


「あの子たちが造った箱庭。あの子たちの望む、優しいだけの世界。五百年近く前、水神により世界が滅びかけたとき、災害がおき、地に沈んでしまった場所さ。懐かしいね」

「貴方は、もともとここに住んでいたのですか?」

「そうだよ」

「出て行った理由は聞きましたが、そういえば、何故、戻ってきたのですか? 何故、人としてこの国で生きているのですか?」


 そうだね、とユーリは笑う。暗闇ばかりでは気が滅入る。少し、昔話をしよう。


 フィンデルン王国が国として名を上げ二百年。世界が崩壊しかけるほどの天災が起きた。水の魔人アレグロの怒りにより、世界中の水が病んだ。


 フィンデルン王国は、錬金術の国。その余波を最も受けた国。


 水が病めば錬金術は成り立たない。それほど、錬金術に於いて水と言う存在は大きい。そして、水が病めば植物が病む。水の次に錬金術から切り離せない物。その二つが、この世から消えようとしていた。


 錬金術はあっという間に廃れ、沢山の錬金術師たちが、散り散りになった。中には命を落とした者もいる。そして病んだ水が、植物たちが、復活するまで、長い時が必要となり、あっという間に錬金術は衰退した。


 かつては主婦や子供でさえ、当たり前のように駆使していた学問。それが消え去るほどの強大な力。人知を超えた魔人の力。誰もが何となく知っていても、殆どが経験したことがなかった人外の力の衝撃はすさまじく、歴史書には、魔人の怒りについては記されていても、災害については何もない。魔人の力の前では些事としても数えらなれなかったか、それとも、それさえも魔人の力と認識されたか。


 ユーリは語る。 彼の天災の際、フィンデルン王国を襲った災害。地が揺れ、ひび割れ、地上を飲み込んだ。何が原因だったのか、ユーリ自身に興味はなく、とくに調べたりはしなかった。ただ、運が悪かったのだろう、とだけ語る。何しろ、その時既にユーリが国を離れて百年以上が経過していて、ユーリ自身、この国という存在自体にさほど興味がなかったのだ。ユーリがこの国を気にしていたのは、あくまでも、この場所は錬金術に向いている場所で、娘たちが生きていれば、娘たちの生活の場、という理由だから。その程度の場所。わざわざ、何かを調べようとは思わなかった。


 国は亡び、世界が元通りになるまで、時間がかかる。アレグロの下に身を寄せ、彼と共に過ごし、彼に世界中に連れて行ってもらいながら、世界の回復を待っていた。ふと気づけば、いつの間にか国が復興していた。その時は、気づかなかった。沈んだ国の上に、新しく国を建てたことに。沈んでしまった瓦礫の山から、何とか復興させたのだ、と思っていた。


 知ったのは偶然。


 アレグロに、水を伝ってあちらこちらに連れて行ってもらっている時。偶々、この場所に来た。そして、不思議なことに、ほぼそのまま、ただ地に沈んだだけの街並みを見、ようやくどういうことか気づいたのだ。


 警戒の為、アレグロと共に歩き回り、確認する。大きく崩れた場所は、全て補修の跡があり、誰かの手が加わったことがわかってから、一層警戒しつつ、調べたユーリは、地上に繋がるあの階段を見つけた。


 出て行ったら城の中で驚いた、そう言って笑うユーリ。城に突然現れた謎の男。よく捕まらなかったものだ、と思うが、共にいた相手が、世界を滅ぼしかけた強大な力を持つ魔人。捕まるわけがないのか、とルルクは溜息を零した。


 城に出るのを確認し、すぐ地下へと戻り、来た時と同じく、水を伝ってアレグロの住処へと帰る。そして、改めて堂々と正面から国に入った。ある程度調べ、すぐに国を出る。


 ユーリは不老不死。人の中で長くは生きる事が出来ない。必ず、誰かに気づかれ、化け物としてつるし上げられる。それがわかっていたから、居を構えることなく、流れ者のように振る舞った。しかしそれでは納得がいかない。それだけでは、足りない。一度火がついた探究心は、そう簡単に消えはしない。けれどもしばらくは近寄れず、また、行ったとしても長くは居られないジレンマ。


 だがその悩みもやがて解決した。アレグロから紹介された――正確には、水を汚す魔人がいて困る、という相談だった――知識の魔人マーレファ。彼女の汚れた水を浄化するための研究に幾らかの知識を与え、見返りに忘却の呪いを授けてもらった。その間にまた百余年経過していて、ユーリの探究心についた火の勢いは消えかける。それでも、何かに突き動かされるように動いていた。そして、王国に潜り込んで二百年余り。潜り込んではみたものの、特にこれと言って自分を脅かすことも、錬金術に対する冒涜もなく、緩やかに過ぎて行く。


 そして、時の中に埋もれていく記憶。薄れていく疑問。何故、自分がこの場所に居を構えたのか。流れていく人を見ながら、取り残される自分という異物だけが異様に目立ち、忘れ去った。その上、人として生き、人として死んでいく人々を見続け、何かが壊れていく。錬金術は衰退し、ユーリ以上の知識と技術を持った者はいない。新しい発見もない。惰性で暮らしながら、歪んでいく何か。それに気づいたとき、ユーリは人として生きる事を決めた。そのために、沢山の下準備を重ね、足場を固めた。


 ただ生きていくだけでは、壊れていく何かを止められない。そのために贄を求めた。自分を人たらしめん贄を。


 紛れもなく『普通』の人間で、純粋で真っ直ぐ。けれども歪んでいて、清濁を合わせた『人』という贄。それが、シンだった。


 ルルク達は知る。ユーリとシンの奇妙で歪な関係の理由を。そしてゾッとした。その贄が、今まさに失われようとしている。そうなったとき、崩壊は一瞬なのだろうか? それとも、既に緩やかに崩壊していて、それが顕現するのか。


 世界の崩壊の音を、遠くに聞きながら、震えた。


 不意に、歩くユーリの足が止まる。


 いつの間にか、奇妙な建物の前に立っていた。振り返り、ユーリが笑った。


 ここが始まりの場所で、結末を迎える場所だ。


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