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錬金術師は人間観察がお好き  作者: 猫田 トド
一章 呪われた娘
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07 呪いの結末1



 女をカインへと渡し、店内へ戻ってきたシンは、自分が蹴ったため、床に転がった椅子を持ち上げ、元の場所へと戻す。


 木製の丸椅子で背もたれはない。これもシンが持ち込んだ物の一つで、来客用に、と言ったわりにはシンは自分以外使っているのをほぼ見たことがない。しかし、それも仕方のない事なのだろう。何しろ、シンは暇なときは基本的に朝から晩までこの店に入り浸っている。用事があってこの店に朝から顔を出せないときは、その日一日顔を出さない。なのでこの椅子に自分以外が座る、などというレアな事態に遭遇するはずがないのだ。


 安い割には頑丈で、今のように蹴って立ち上がったとしても、どこかが欠けたり、足が折れたりすることはない。


 どかり、と椅子に座る。


「ようユーリ。宝玉の件どうすんだ? まさか本当にお前が買い戻すのか?」

「いや、まさか。探し出して買い戻してもいいけど、もう砕けてるなら造りなおした方が早いよ」


 ゆるりと左右に振られる首。


 シンの眉根がぐっと寄った。


「おいおい、あの宝玉、お前が造ったのかよ」

「うん。アレに関してはそうだね」

「……なんか含んでんな。素直に教える気はあるか?」

「ないって言ったら?」

「諦める」


 即答。


 思わず声を上げて笑ってしまう。


「随分あっさりだね」

「無駄な努力は嫌いなんだよ」

「成程。でもまぁ、別に隠す程じゃないから今回は答えるよ。アレは確かに僕が造った。でも、もともとあそこにあったモノじゃない。本物は以前、やっぱり盗まれてね。水神が嘆いていたから、心優しい僕が新しく造って祀ったんだよ」

「そん時の奴は呪われなかったのか?」

「さぁ? 僕は彼からそういったことは何も聞いていないから知らないよ」


 軽く肩を竦めるユーリ。


 あまりにも興味なさげな様子に、シンはふぅん、と軽く相槌を打つに留めた。


 シンは知っている。ユーリという男は、人間が大好きでしょっちゅう観察している割に、自分の目の前にいない人間への興味が極端に薄い。薄いというか、ない。全くと言っていいほど、ない。ユーリが興味を持つのは己の目の前にいる者だけ。噂話の当人も、目の前にいない限りは一切興味がない。興味がないから知ろうともしない。なんとも極端な男だ。だから、ユーリ自身が「知らない」と答えた人間の事なら、本当に「知らない」


 聞くだけ無駄なのだ。


 シンの中で、その話は完結した。だから次の話題を出す。


「宝玉返したら、水神は呪いを解くのか?」

「さぁ? お願いしたら彼なら解いてはくれるだろうけど、僕はそれについては特に何か言うつもりはないよ」

「ないのか?」

「ないね。だって、その方が面白そう(・・・・)だもん」


 にんまりと笑うユーリ。


 あ、ろくなこと考えていないな、とシンは口を閉ざした。


 この、腹に一物抱えてそうなにんまり顔の時は、大概ろくでもない結果を叩きだす。その結果でユーリが何か取り返しのつかない事になることはないが、彼に関わった誰かは大変な目に遭う。今回はあの身勝手な女だろう。


 ご愁傷様、と特に憐れむこともなく、心中で笑ったのは、思いの外自分が怒っていた、ということ。


 それも仕方がないだろう。つい先程までここに居たあの女は、実に最低な人間だった。性根が腐りきっているとしか思えない。自分がとった行動が自分だけでなく、国に住まう全ての者の不利益へと繋がる、と聞いても悪びれることなく、自分だけが逃げようとする。そんな最低な人間だった。


 カウンターに肘をつき、掌に顎を乗せるいつものポーズをとる。


「で? 宝玉ってすぐできんの?」

「材料はあるし、十時間くらいかな」

「材料ってなんだ?」

「エメラルド、サファイア、オパールだよ」

「え? あれってガチの宝石だったのか?」


 ぎょっと目を見開く。


 それにしても、とシンは首を傾げた。


 シンの記憶だと、あの宝玉は薄桃色の透き通った、拳大の球状。間違っても、エメラルド、サファイア、オパール……つまり、緑、青、乳白虹色ではない。ローズクオーツと言われた方がまだ納得できる。


「なんでその色の宝石から、あの色の宝石ができるんだよ」

「ふふふ。それが錬金術の不思議なところなんだよねー」


 理屈に興味のないのか、それとも、理解はしているが、事細かに説明したところでシンが理解できないと思っているのか、ユーリは笑うだけで教えようとはしない。シンもただ思ったことを素直に口にしただけに過ぎないので、ユーリから解答を得ようとは思っていなかった。だから、ユーリの言葉にただ、へぇ、と軽く相槌を打つだけ。


「僕しばらく調合にかかりきりになるから、店番頼んでいい?」

「ああ。どうせ客はこねぇんだ。かまわねーよ」

「酷いなぁ。偶には来てるだろう?」

「変なのがな」


 はん、と鼻で笑えば、ユーリは口を尖らせ、酷いなぁと呟き、またすぐ口許に笑みを浮かべる。頼んだよ、と一声かけ、続きの間になっている方の奥の部屋へと引っ込んだ。


 それを見送り、シンは腰にぶら下げていた袋から布や磨き粉等を取り出す。そして同じく腰に下げていた短刀を鞘から抜いた。カウンターに遠慮なく広げた道具で武器の手入れを始める。


 ユーリが奥の部屋で調合を始めてしまえば、二人の間に会話はない。ただ静かな時間が流れるだけ。


 ユーリのたてる調合の音、シンのたてる武器の手入れの音、勝手に動く掃除用具のたてる音。どれも微かで、不快という事はない。


 ユーリが調合に使う薬品の香り、シンが手入れに使う道具の香り、店の中に置かれた商品の香り。それも慣れた二人には不快ではない。


 ただ静かで、緩やかな時間が二人の間を、それぞれ違ったふうに流れていくだけ。


 壁に掛けられた時計の針がゆっくりと時間を刻んでいく。外の光が時間と共に角度を変え、色を変えていく。


 いつの間にか、ユーリのたてていたゴリゴリという何かを磨り潰す音も、シンのたてていたカチャカチャという金属のたてる音も消え、店内には、掃除用具が微かにたてる音しかしなくなっていた。


 窓から入る明かりはなくなり、窓の外は濃紺の闇に飲まれている。


 ユーリの店は細い路地裏から入り組んだ道を歩き、奥まったところにあるので、大通りの明かりも、喧噪も届かない。ただ静かな夜が、窓の外に横たわっていた。


 道具も武器もすっかり片付け、いつもと変わらぬ姿勢でカウンター前の椅子に腰かけたシンは、ぼんやりと店内を眺める。店内は、錬金釜の下で燃料なくとも延々燃え続ける『原初の火』と呼ばれる、謎の火を分けたランプに照らされ、夜になっても明るい。はっきりと見える、床の木目を何とはなしに数えていたシンの耳に、かたり、と微かな音。


 顔上げ、振り返ればユーリ。手には麻でできた紺色の巾着。拳大に膨らむそれに、できたのか、と独り言ちる。


「準備はできてるぞ」


 準備と言っても、シンの荷物は短剣と、ポシェット付きのベルトの中にある、幾らかの道具だけ。城壁の外へ雇い主と出る際、基本的に殆どの道具は雇い主が準備する。だからシンの道具は自分と、武器と、自分が必要な道具さえあればいい。野営用のテントや寝具を準備するのはユーリなのだから。


 上々だね、と頷くユーリ。


 巾着をカウンターに置くと、再び作業部屋へと戻り、すぐに大きなカゴと、簡易テントのセットを持ってくる。カゴはユーリが背に。簡易テントのセットはシンが担いだ。


 準備が整うとユーリは、人避けの香が入った瓶をカウンターの下から取り出す。それをポン、と店の床に放り投げれば、当然、瓶が割れ、ガラスが飛び散った。液体の代わりに薄紫色の気体が立ち込める。砕けたガラスは掃除道具達がすぐに片付け、後には何も残らない。


 店を出れば辺りは夜に浸食されている。


 暗い影が辺りを覆っていた。


 木製の扉を閉め、立派な南京錠で鍵をする。カランカランと微かな音が、店の中から聞こえた。来客を告げ、帰宅を告げるそのベルは、店主であるユーリが出かけるのを見送る唯一。軽やかで優しく、色褪せやすいユーリの世界を彩る。


 無意識に優しく微笑み、しかし、すぐにその笑みは消えた。


 一部始終を横目で見ていたシンが、何かを言う事はない。


「今何時かな?」

「二十時だな」

「城門が閉まるまで一時間か。間に合ってよかったよ」


 さぁ行こうか、と歩き出すユーリの後ろにぴったりとついていくシン。影のように、けして離れることなく。


「今出たら、十日後だから……九月七日にはミリアの滝につくな」

「そうだね」

「あの女、その間も呪いが進むんだよな?」

「そうだよ。何? 気になる? やっぱりああいう子、好みだった?」

「ちげぇよ。ただ……死ぬのかなって思っただけだ」

「いや、あの呪いで人は死なないよ」

「死なない?」


 呪いに詳しくないシンは、ユーリの言葉に首を傾げた。前にいるユーリの顔が窺い知れないように、ユーリがシンの動作を知ることはないというのに。


「アレは竜鱗症という病だ。人間の皮膚が、ゆっくりと鱗のような皮膚に代わり全身へと広がっていく。全身全てが鱗に覆われて七日経つと、魚人になる。魚人になって一年経つと魚になってしまう、という奇病だね」

「あぁー……あの発症例が少ないけど、数年に一度は必ず患者が現れるって言うアレか」

「そう、それ」


 罹患数が少なく治療法もこれといって有効的なものがなく、けれども時折突然完治する患者がいるので、わりと有名な病。


 周りに罹患したものがいないため、実際に見るのが初めてだったシン。成程あれがか、と頷き、確かにあの病自体では死なないな、と納得する。


「ふぅん。あれって呪いが原因なんだな」


 だから罹患者が少ないのか、と問えば、ユーリは大きく頷いた。


「そうだよ。だからあの子には『竜の雫』を売ろうとしたんだけどね」

「その『竜の雫』って呪いをどうにかできるのか?」

「違う違う。アレは、一時的に呪いを抑え込み、呪いの力を緩やかにする、いわゆる時間稼ぎ用の薬さ」


 時間を稼いでいる間に呪いのモトを取り除く。呪いを解呪してもらう。その為の薬さ、と説明をするユーリ。


「売れなくて残念だったな。俺を雇った分マイナスになったな」

「いやいやいや。全く問題ないよ」

「あん?」

「だって、どうせ後日、あのお嬢さんと、お嬢さんに依頼したバカな商人たちを一網打尽にしたカイン聖騎士長が、アホみたいな金を報奨金として持ってくるもん」

「あ、成程な」


 その姿が実に容易く想像でき、納得してしまう。


「まぁ、欲を言うなら、あの薬の代金をお嬢さんからもらった上でってのが理想だろうけどさ」

「お前そんなに金が好きだったか?」

「ん? いや? ただ、貰えるなら貰っといた方が良いだろう?」

「まぁ……確かに?」

「臨時収入があれば、シンの賃金アップもできたかもしんないし」

「いや、いらねぇよ。俺は俺の賃金を、ちゃんと身の丈に合った分にしてる」

「そうかなー? 初めの頃より強くなってるし、器用になってるんだから、もっと高値にしてもいいんじゃない?」


 シンの護衛代は出会ったときと変わらない。


 銀貨十枚。それがシンの護衛代。駆け出しのハンターよりも僅かに高い程度。


 駆け出しのハンターの相場が銀貨六~七枚なのだから、シンのように既に二つ名を冠するほど名の知れたハンターなら銀貨二十枚以上でも構わない。――その二つ名が戦闘に全く関係ないものだとしても。


「……銀貨十枚なのはお前だけだからいいんだよ。だいたい、俺が強くなったのはお前の護衛であちこち付き合わされたおかげだしな。お前ときたら本当にあちこち行くうえ、森で魔人と遭遇とか、ちょっと常識じゃ考えられない事、平然とするからな」

「あはは。あの時は流石の僕も焦ったよ。倒せて良かったよね~」


 二年ほど前の記憶がよみがえり、流石のユーリも苦笑する。


 魔人とは、通常人が到達できない高みに到達した、強者の総称のようなもの。


 一騎当千と言われるカインのような強者でさえ、一騎打ちは当然だが、軍を率いてきたとしても敵わない。そんな相手を、シンとユーリの二人で倒した記憶。


 倒したというより、あれは罠に嵌めた記憶だな、とシンは苦い顔をする。


 生きるか死ぬか、ではなく、死んだ、と強く感じたあの絶望。思い出すだけでもぞっとする。相手が己の強さに驕っていた、というのと、シンが閃いた罠が偶々功を成しただけ。あの時の閃きは、自分の考えでなかった、とシンは言った。だから、天啓だったのだろう。神が生きろと言ったのだ、とユーリは無神論者のくせにそう答え、二人で力尽きたようにその場に転がった。


 共に満身創痍で、ユーリが持ってきたアイテムも、シンが持ってきたアイテムも底を尽き、今ならスライム一匹で死ぬかもしれない。そんな事を考えながらも、手足を投げだし、二人で空を見上げた。


 朝から戦い、逃げ、それを繰り返し続け、気が付けば空は朱色と紫紺が飲み込んでいる。


 ああ綺麗だな、と心から思った。


「その他にも、折角寝ていた竜の逆鱗に、思いっきりこけてぶつかったお前を助け出して逃げたり、お前が人の話も聞かずに投げた爆弾のせいで探鉱に生き埋めになって、何とか生還したり、何を考えたのか、エルフの領域で採取したせいで百人以上のエルフに追いかけられたり……お前と一緒に居て何度死にそうな目にあったことやら……」


 ぶちぶちと呟くシンに、ああ、そんなこともあったね、と笑うユーリ。


 その顔に反省は、ない。


 あくまでも懐かしい思い出を楽しむ顔。本気で何度も死にかけたシンから見れば、殴りたい顔、だ。


「まぁ、何度も死にかけた経験が俺を強くした。そんなわけで、一応、感謝はしてるんでな。あと、お前の店にいると、色んな奴と知り合えるしな」


 時にはカインのような有力者とも知り合える。知り合いをモノにできるかどうかはシン次第だが、それでも、稀有な場所を与えてくれるユーリに感謝の念は堪えない。だから、本当は自分の護衛費が金貨一枚であることは隠し、十分の一の値段である銀貨十枚で請け負っていた。


 お前だけ特別な、と笑うユーリをちらりと振り返り、ユーリもまた、そっか、と軽く微笑んだ。


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